《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
11-1.死
エレノアの執務室――。
左右は書架になっていた。書籍だけでなく、書類のようなものが詰め込まれている。整然としている。エレノアが整理しているのかもしれないし、補佐官が整理しているのかもしれない。
書籍はそう多く流通している者ではないけれど、マッタクないわけではない。地上からの回収物資のなかには、当時の人たちが残した書籍などを拾うことだってある。
エレノアは窓に顔を向けていた。
ロンからは、エレノアのそのポニーテールにまとめられたブロンドの髪と、棒でも入っているのかと思うように正された背中が見えていた。
「ゾンビが発生している地区の封鎖は、ほぼすべて完了した。今のところ城壁内部にゾンビはいないので、とりあえず隔離に成功した――と、言って良いだろう」
そちらの状況はどうだった、とエレノアが振り返ってロン尋ねてきた。
エレノアのほうも苦闘を強いられたのだろう。
布の鎧が血で赤く染められていた。
ブロンドの髪にも、乾いた血がコビりついている。
ロンのほうも負けず劣らず返り血に染まっている。クルスニクの頭部から這い上がろうとしてくるゾンビの始末のために、大量の返り血を浴びてきたのだ。
「まぁ、非常に言いにくいんですがね」
「竜読みの巫女は助からなかったか」
「ええ」
はぁ、とエレノアはため息を吐き落とした。
「あれは私の友人だった。しかし、助からなかったのならば仕方がない。この世界において、別れはいずれやってくるものだからな」
「もっと悪い報告が」
「あまり聞きたくないものだが、耳をふさぐわけにもいかん。報告してくれ」
「都市竜クルスニクは、死んでいました」
沈黙。
補佐官が泣きだしそうな顔をして、エレノアとロンの顔を見比べるようにしていた。
誰も動かしていないのに、壁にたてかけられていたエレノアの棒が床に倒れた。コロコロコロン。石造りの床に棒が転がる音が響いた。
「悪い。聞き違いかもしれん。もう一度言ってくれ」
と、エレノアは眉間をモミほぐすように指でおさえていた。
「都市竜クルスニクがですね。沼地にはまって死んでいました」
「それはつまり、もう二度と動かないという認識で構わないか?」
「ええ」
「二度と、この都市は、空を飛べないと? 見間違いということはないのか?」
と、エレノアがコハク色にかがやく鋭い目を向けてきた。
「オレは竜読みの巫女の救出のため、都市竜頭部へと向かいました。そのさいに都市竜の首は地面にうつ伏せになっていました。おかげで大量のゾンビが這い上がって来ていました」
「大量のゾンビというのは、いかほど?」
「正確な数はかぞえていませんが、おおよそ1000匹はいたかと思います。生きた人間の匂いに誘われたのでしょう」
「まさか、頭部から1000匹ものゾンビが!」
「御心配はいりません。処理はしてきました」
「さすがと言うべきか。1000匹ものゾンビを……。それで君は血まみれというわけか。いや。いまは感心している場合ではなかったな」
報告を続けてくれ、とエレノアが暗澹とした声で促してきた。
「ゾンビどもを処理して、都市竜の様子を確認した結果、すでに死んでいることが判明しました」
間髪入れずに、ロンはさらに続ける。
「都市竜が死んでいるせいで、いつもよりこの都市竜の姿勢が低くなっています」
「姿勢が?」
「そのせいで高度が下がって、瘴気が都市内にまで入ってきているのではないか。結果、瘴気の吸引が行われて、大量のゾンビ化が起きているのではないか――とうちのチェイテ・ノスフィルトが予測を立てていました。報告は以上です」
エレノアが補佐官に、ハーブティを淹れるように言った。補佐官はそれを受けて、すぐにハーブティを運んできた。
グラスには緑色の液体が満たされていた。水面にはアロマティカスと思われる葉っぱが浮いている。
エレノアはそれをいっきに飲み干した。
あまりに勢いよく飲んだためか、クチの端から液体がコボれていた。
「チェイテ・ノスフィルトの予測は、たしかにこの騒動の説明がつくものだな」
「はい」
「瘴気は、どこまで上がってくる?」
「わかりませんが、これ以上はクルスニクの高度も下がりはしないようです。おそらくこのあたりや、背面中央地区あたりは無事かと思われますが、確証はありません」
「都市竜は、なぜ死んだのだ? ゾンビに襲われたのか?」
「そこまでは判明しませんでした」
それを知っていたかもしれない竜読みの巫女は、すでにこの世にはいない。
「つまり、我々はここで死ぬ、ということか。空に戻れない以上、地上にいるゾンビに押しつぶされるしかない。大人しく死を待つしかない――か」
エレノアがナイフと思われるものを手にとったので、ロンはあわてて抑え込んだ。
「何をするつもりですか」
「自決だ。ゾンビになるぐらいなら、ここで死んだほうが――」
「早まらないでください」
「……何か策でもあるか」
「いちおう」
「そうだな。竜騎士長である私が、すぐに自決などするべきではなかった。取り乱して悪かった」 と、ナイフを鞘にしまいこんでくれた。
いつも猛々しいエレノアの弱さが、かいま見えた気がした。
距離が近い。
エレノアからは、花の蜜のような香りがしたので、ロンは1歩後ずさった。
「都市竜クルスニクが死んでいる以上、残された民を避難させる必要があります」
「避難? どこに避難する? 周囲は瘴気とゾンビに包まれた地上ではないか。我々は地獄に叩き落とされたのだ」
「他の都市竜を、ここに連れてきます」
「都市竜を誘導するなんてことが――いや、君なら出来るのか」
「ええ。竜語で」
「しかし時間がかかるだろう。飛べない以上は、いずれここにもゾンビが押し寄せてくるはずだ。瘴気の心配もある」
「近くに帝都竜ヘルシングが飛んでいます。すぐ近くに着陸させましょう。早ければ1時間ほどで」
「遅ければ?」
「2時間」
「それまでこの都市が持つかどうか……」
と、エレノアが窓の外に目をやる。封鎖した城門棟の向こう。逃げ遅れた人々はすでにゾンビ化していることだろう。多くのゾンビが蔓延しているはずだ。
「オレが留守のあいだ、この都市の守りはオレの仲間にやらせます。覚者の援軍が2人到着したようです」
「なるほど。悪い報告ばかりではないな」
と、エレノアの表情がすこしやわらいだ。
「チョット変な連中ですけど、紹介してもよろしいでしょうか」
「ああ。覚者に会うのは楽しみだ。是非紹介して欲しい」
ロンが2人を引きいれた。
どうもーっ、と場違いに明るく男が入ってきた。ツギハギだらけのトンガリ帽子に、ツギハギだらけのコートを着ている。白銀の髪にキツネ目。そして背中には巨大な裁縫針を背負っている。狡猾そうな印象を人に与える。
「こちらが裁縫者アジサイです」
もうひとり、全身に岩のよろいをまとった大男だ。もはや岩のカタマリにしか見えない。覚者たちのなかでも、言葉を交わした者は少ない。ウワサではドワーフ族だと聞いている。印象もヘッタクレもない。ただの岩のカタマリだ。背中に大槌を背負っていた。
「で、こちらが採掘者ミツマタです」
「これがウワサに聞く覚者たちか。覚者が3人もッ」
と、さきほどまでの消沈はどこへやら、エレノアは声を弾ませていた。
もはや情緒が不安定だ。
この絶望的な状況を悲観しないように、ムリに明るく装っているのかもしれない。
「これは御美しい。こちらこそお会いできて光栄です。都市竜クルスニクの戦姫。あなたの美貌は、このオレさまの継ぎはぎだらけの心臓を撃ち抜いてしまった」
と、アジサイがトンガリ帽子を脱いで、仰々しく頭を下げた。
「覚者にホめられるとは、お世辞でも嬉しく思う」
と、エレノアは困ったような笑みを浮かべていた。
気にしないでください――と、ロンはクチをはさんだ。
「アジサイは女性なら誰でもホめそやす癖があります。それから、採掘者ミツマタはクチ数が少ないですが、ふたりともいつもこの調子ですので」
オレさまはホントウに美しい女性にしか声をかけたりはしない――と、アジサイが言っていたが黙殺しておいた。
この男に泣かされてきた女性は、星の数ほどいる。
女癖が非常に悪いのだ。
まさかエレノアが誑かされることはないと思うが、アジサイに弄ばれないように用心しておかなければならない。
「2時間。いや。1時間。どうにか持ちこたえてください。これからオレは帝都へ行ってきますので」
「わかった。そちらに付き人はいらんか?」
「シャルリスを連れて行きます。あれはいつ暴走するかわかりませんし、オレの傍に置いておく必要があるでしょう」
そうだな、とエレノアはうなずいた。
「こんな大役を部外者である君に任せてしまって申し訳なく思う」
「まぁ、竜神教の教えでは、オレは神の末裔らしいですからね。それなりに努力してみますよ」
と、ロンは肩をすくめた。
左右は書架になっていた。書籍だけでなく、書類のようなものが詰め込まれている。整然としている。エレノアが整理しているのかもしれないし、補佐官が整理しているのかもしれない。
書籍はそう多く流通している者ではないけれど、マッタクないわけではない。地上からの回収物資のなかには、当時の人たちが残した書籍などを拾うことだってある。
エレノアは窓に顔を向けていた。
ロンからは、エレノアのそのポニーテールにまとめられたブロンドの髪と、棒でも入っているのかと思うように正された背中が見えていた。
「ゾンビが発生している地区の封鎖は、ほぼすべて完了した。今のところ城壁内部にゾンビはいないので、とりあえず隔離に成功した――と、言って良いだろう」
そちらの状況はどうだった、とエレノアが振り返ってロン尋ねてきた。
エレノアのほうも苦闘を強いられたのだろう。
布の鎧が血で赤く染められていた。
ブロンドの髪にも、乾いた血がコビりついている。
ロンのほうも負けず劣らず返り血に染まっている。クルスニクの頭部から這い上がろうとしてくるゾンビの始末のために、大量の返り血を浴びてきたのだ。
「まぁ、非常に言いにくいんですがね」
「竜読みの巫女は助からなかったか」
「ええ」
はぁ、とエレノアはため息を吐き落とした。
「あれは私の友人だった。しかし、助からなかったのならば仕方がない。この世界において、別れはいずれやってくるものだからな」
「もっと悪い報告が」
「あまり聞きたくないものだが、耳をふさぐわけにもいかん。報告してくれ」
「都市竜クルスニクは、死んでいました」
沈黙。
補佐官が泣きだしそうな顔をして、エレノアとロンの顔を見比べるようにしていた。
誰も動かしていないのに、壁にたてかけられていたエレノアの棒が床に倒れた。コロコロコロン。石造りの床に棒が転がる音が響いた。
「悪い。聞き違いかもしれん。もう一度言ってくれ」
と、エレノアは眉間をモミほぐすように指でおさえていた。
「都市竜クルスニクがですね。沼地にはまって死んでいました」
「それはつまり、もう二度と動かないという認識で構わないか?」
「ええ」
「二度と、この都市は、空を飛べないと? 見間違いということはないのか?」
と、エレノアがコハク色にかがやく鋭い目を向けてきた。
「オレは竜読みの巫女の救出のため、都市竜頭部へと向かいました。そのさいに都市竜の首は地面にうつ伏せになっていました。おかげで大量のゾンビが這い上がって来ていました」
「大量のゾンビというのは、いかほど?」
「正確な数はかぞえていませんが、おおよそ1000匹はいたかと思います。生きた人間の匂いに誘われたのでしょう」
「まさか、頭部から1000匹ものゾンビが!」
「御心配はいりません。処理はしてきました」
「さすがと言うべきか。1000匹ものゾンビを……。それで君は血まみれというわけか。いや。いまは感心している場合ではなかったな」
報告を続けてくれ、とエレノアが暗澹とした声で促してきた。
「ゾンビどもを処理して、都市竜の様子を確認した結果、すでに死んでいることが判明しました」
間髪入れずに、ロンはさらに続ける。
「都市竜が死んでいるせいで、いつもよりこの都市竜の姿勢が低くなっています」
「姿勢が?」
「そのせいで高度が下がって、瘴気が都市内にまで入ってきているのではないか。結果、瘴気の吸引が行われて、大量のゾンビ化が起きているのではないか――とうちのチェイテ・ノスフィルトが予測を立てていました。報告は以上です」
エレノアが補佐官に、ハーブティを淹れるように言った。補佐官はそれを受けて、すぐにハーブティを運んできた。
グラスには緑色の液体が満たされていた。水面にはアロマティカスと思われる葉っぱが浮いている。
エレノアはそれをいっきに飲み干した。
あまりに勢いよく飲んだためか、クチの端から液体がコボれていた。
「チェイテ・ノスフィルトの予測は、たしかにこの騒動の説明がつくものだな」
「はい」
「瘴気は、どこまで上がってくる?」
「わかりませんが、これ以上はクルスニクの高度も下がりはしないようです。おそらくこのあたりや、背面中央地区あたりは無事かと思われますが、確証はありません」
「都市竜は、なぜ死んだのだ? ゾンビに襲われたのか?」
「そこまでは判明しませんでした」
それを知っていたかもしれない竜読みの巫女は、すでにこの世にはいない。
「つまり、我々はここで死ぬ、ということか。空に戻れない以上、地上にいるゾンビに押しつぶされるしかない。大人しく死を待つしかない――か」
エレノアがナイフと思われるものを手にとったので、ロンはあわてて抑え込んだ。
「何をするつもりですか」
「自決だ。ゾンビになるぐらいなら、ここで死んだほうが――」
「早まらないでください」
「……何か策でもあるか」
「いちおう」
「そうだな。竜騎士長である私が、すぐに自決などするべきではなかった。取り乱して悪かった」 と、ナイフを鞘にしまいこんでくれた。
いつも猛々しいエレノアの弱さが、かいま見えた気がした。
距離が近い。
エレノアからは、花の蜜のような香りがしたので、ロンは1歩後ずさった。
「都市竜クルスニクが死んでいる以上、残された民を避難させる必要があります」
「避難? どこに避難する? 周囲は瘴気とゾンビに包まれた地上ではないか。我々は地獄に叩き落とされたのだ」
「他の都市竜を、ここに連れてきます」
「都市竜を誘導するなんてことが――いや、君なら出来るのか」
「ええ。竜語で」
「しかし時間がかかるだろう。飛べない以上は、いずれここにもゾンビが押し寄せてくるはずだ。瘴気の心配もある」
「近くに帝都竜ヘルシングが飛んでいます。すぐ近くに着陸させましょう。早ければ1時間ほどで」
「遅ければ?」
「2時間」
「それまでこの都市が持つかどうか……」
と、エレノアが窓の外に目をやる。封鎖した城門棟の向こう。逃げ遅れた人々はすでにゾンビ化していることだろう。多くのゾンビが蔓延しているはずだ。
「オレが留守のあいだ、この都市の守りはオレの仲間にやらせます。覚者の援軍が2人到着したようです」
「なるほど。悪い報告ばかりではないな」
と、エレノアの表情がすこしやわらいだ。
「チョット変な連中ですけど、紹介してもよろしいでしょうか」
「ああ。覚者に会うのは楽しみだ。是非紹介して欲しい」
ロンが2人を引きいれた。
どうもーっ、と場違いに明るく男が入ってきた。ツギハギだらけのトンガリ帽子に、ツギハギだらけのコートを着ている。白銀の髪にキツネ目。そして背中には巨大な裁縫針を背負っている。狡猾そうな印象を人に与える。
「こちらが裁縫者アジサイです」
もうひとり、全身に岩のよろいをまとった大男だ。もはや岩のカタマリにしか見えない。覚者たちのなかでも、言葉を交わした者は少ない。ウワサではドワーフ族だと聞いている。印象もヘッタクレもない。ただの岩のカタマリだ。背中に大槌を背負っていた。
「で、こちらが採掘者ミツマタです」
「これがウワサに聞く覚者たちか。覚者が3人もッ」
と、さきほどまでの消沈はどこへやら、エレノアは声を弾ませていた。
もはや情緒が不安定だ。
この絶望的な状況を悲観しないように、ムリに明るく装っているのかもしれない。
「これは御美しい。こちらこそお会いできて光栄です。都市竜クルスニクの戦姫。あなたの美貌は、このオレさまの継ぎはぎだらけの心臓を撃ち抜いてしまった」
と、アジサイがトンガリ帽子を脱いで、仰々しく頭を下げた。
「覚者にホめられるとは、お世辞でも嬉しく思う」
と、エレノアは困ったような笑みを浮かべていた。
気にしないでください――と、ロンはクチをはさんだ。
「アジサイは女性なら誰でもホめそやす癖があります。それから、採掘者ミツマタはクチ数が少ないですが、ふたりともいつもこの調子ですので」
オレさまはホントウに美しい女性にしか声をかけたりはしない――と、アジサイが言っていたが黙殺しておいた。
この男に泣かされてきた女性は、星の数ほどいる。
女癖が非常に悪いのだ。
まさかエレノアが誑かされることはないと思うが、アジサイに弄ばれないように用心しておかなければならない。
「2時間。いや。1時間。どうにか持ちこたえてください。これからオレは帝都へ行ってきますので」
「わかった。そちらに付き人はいらんか?」
「シャルリスを連れて行きます。あれはいつ暴走するかわかりませんし、オレの傍に置いておく必要があるでしょう」
そうだな、とエレノアはうなずいた。
「こんな大役を部外者である君に任せてしまって申し訳なく思う」
「まぁ、竜神教の教えでは、オレは神の末裔らしいですからね。それなりに努力してみますよ」
と、ロンは肩をすくめた。
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