《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

10-4.歴史の名残

 地上――。
 廃都。


 白亜の建造物が建ち並んでいる。亀裂の入っているものや、半壊しているものがほとんどだ。道のあちこちに、人の大きさほどもある岩が落ちていた。石畳も砕けてしまっていて、非常に歩きにくい。


 けれど退廃のなかに、どことなく神々しさを感じさせられる。


 かつてこの場所で人が暮らしていたのだ。そう思うと、粛々とした気持ちにさせられるのだった。


「たしか、このあたりに落ちたはず……」
 と、チェイテが周囲を見回した。


 チェイテはドラゴンを連れて歩いている。


「気を付けるっスよ。死角が多いっスから。こういう場所には、ゾンビが多いって聞いたっスよ」


 見習いのときに、たしかそう習った。
 いつどこから、ゾンビが跳びかかってくるかわからない。


「かつてこの場所で暮らしていた人たちが、ゾンビになってるから」


「うん」


 何度か地上におりたことはあるけれど、こうして廃都を歩くのは、はじめてのことだった。


 石造りと思われる建造物のなかを覗きこんでみると、家具や食器のようなものも残されていた。


 人は、ホントウに地上で暮らしていたのだ。きっとかつての地上は、これほどの瘴気に満ちてはいなかったのだ。今朝見た夢みたいに、色鮮やかな世界だったのだ。


「この都市はまだキレイに残っているほうだと思う。酷いところは、跡形もないから」


「植物とかは、少ないっスね」


 地上は長いあいだ、人の手がくわわっていない。もっと生い茂っていているほうが自然だろう。


「瘴気の影響で、植物の育ちが悪くなってると聞いたことがある」


「それで、このあたりは、木々が少ないっスね」


「たぶん」


「チェイテは、廃都に来たことがあるっスか?」

 ううん、とチェイテが頭をふる。


「私もこれがはじめて。だけれど、お兄ちゃんから、いろいろと教えてもらった」


「お兄ちゃんがいるっスか」


「もう死んだ。【腐肉の暴食戦】で。ゾンビになっているのかもしれない」


「あ……」


 その殺した本人が、シャルリスのなかにいるのだ。
 申し訳ない気持ちになる。


「大丈夫。【腐肉の暴食】とシャルリスの区別はつけて考えてるから。だけど私はいずれ、お兄ちゃんの仇を討つ」


「……うん」
 と、シャルリスはうなずいた。


【腐肉の暴食】は何を思うのか。せめて謝るぐらいはしろ、と思う。肝心なときには、出てきてしゃべろうとしない。都合の良いヤツ。


「いた」
 と、チェイテが指さした。


「アリエル!」


 頭から血を流していた。おそらく落下のさいに、ヘルムが外れてしまったのだろう。
 壁に寄りかかって座り込んでいる。


 死んでいるのかと心配した。息はしていているようだ。途中まではドラゴンに乗っていたとはいえ、あの高さから落ちたのだ。命があることのほうが奇跡だ。


「マスクは無事みたい。だけど、竜読みの巫女がゾンビになったとき、いっしょに乗っていたから、もしかすると噛まれているかもしれない」


「たぶん大丈夫っスよ。頭の傷は噛まれた後じゃないし、他は竜具をしてるっスから。お腹のところと、股のところの防御は緩いっスけど、ケガはしてないみたいっスから」


「良かった」
 と、チェイテは肩を落としていた。
 安堵したのだろう。


 チェイテの感情らしい感情がかいま見えた瞬間だった。チェイテも仲間を大切にしているのだと思うと、すこしうれしかった。


「それにしても変っスよね。竜読みの巫女さんは、外傷を負ってなかったのに、ゾンビ化しちゃったっスよ」


「たぶん瘴気を吸ったんだと思う」


「瘴気? だけど瘴気は都市竜の上まではのぼって来ないはずっスよ。これは地上付近に漂っているものっスから」


「都市竜の様子がおかしかった。首を地面につけていたし、いつもより高度が低くなっていた。瘴気が漂ってる高度まで下がっていたんだと思う」


「あ、それで、都市のみんなも」


「たぶん。脇腹とか、もともと都市竜の低い位置にあった地区は、瘴気にやられたんだと思う」


 そう言えばチェイテは、臭いが妙だから、みんなにマスクを装着するようにうながしたのだ。


 そうか。
 なるほど、と合点がいった。


 今朝がた地震のようなものが起こった。もしかすると、あれは都市竜が地面に寝そべる音だったのかもしれない。そして瘴気が普段は来ない位置にまで上がってしまったのだ。


「そういうことっスか。でもどうして都市竜はグッタリしちゃってるんっスかね」


「それは、わからない」


 瞬間。


 ドゴォォォ――ッ


 砂塵とともに暴風が吹き荒れた。砂粒が目に入る。まばたき。顔面を手で守って、正面を見据えた。


 建造物を粉砕して、白い肉の巨体が現われた。チェイテの連れているドラゴンよりも大きい。身長はおおよそ5メートルほどだろうか。カラダも大きいが、手がやたらと大きかった。人間を一握りできそうなほどの大きさだった。


「な、なんっスか、これは……」


 その巨体に気圧されて、思わず後ずさった。


「通常のゾンビよりも、2倍以上大きくなってる。これは巨大種」


「あれは――」


 巨大種ゾンビの頭部。ドラゴンの被り物――。
 竜読みの巫女が巨大種になったのだ。


 竜語をしゃべるのが夢だと言っていた。あの人がゾンビ化してしまったのかと思うと、胸裏を針で刺されたような気持ちになった。


 夢があっても、ゾンビになるのだ。
 こんな形で、彼女の夢はトン挫させられたのだ。


 ロンのしゃべる竜語というのが、どういう声なのか聞くこともなく……。


 巨大種に向かって、チェイテのドラゴンが飛びかかった。


「待って!」
 と、チェイテが言ったが遅かった。


 ドラゴンは、巨大種の手のひらで簡単にはたき落とされてしまった。ドラゴンが地面に叩きつけられて、砂埃がさらに舞い上がった。


「あ……」
 と、シャルリスは愕然とした。


 ここは地上だ。都市竜に戻るためにはドラゴンが必須だ。チェイテのドラゴンを失えば、都市竜に戻す術が他にない。地上に取り残されたのだ。


 いや。都市竜はいま地面に伏せている。今ならまだ、どうにか戻ることが出来るだろうか。けれど、ドラゴン無しでは、かなりの距離を歩く必要がある。


 絶望だ。
 なによりも――。
 正面のこの巨大種から、どう逃げれば良いのか……。


「シャルリス」
 チェイテが静かに口を開いた。


 巨大種を前にした絶望的な状況である。チェイテのドラゴンは地面に叩きつけられて昏倒している。アリエルもまだ意識が戻らないようだ。


「なに?」


「アリエルを背負って、この場所から逃げて。空に向かって火球ファイアー・ボールを撃てば、ロン隊長が気づいてくれるかもしれないから」


 気づいてくれるだろうか。
 ロンは頭部にいる大量のゾンビを、ひとりで押さえている真っ最中のはずだ。


「チェイテはどうするっスか」


「私は、こいつを足止めするから」


「そんな……そんなの無理っスよ。ドラゴンもいないのに、こんな巨大種を足止めだなんてしたら、チェイテが無事じゃ済まないっス」


「誰かが囮にならないと、ロン隊長が助けに来てくれるまでの時間が稼げない。このままでは3人とも……ッ」


 巨大種が手を伸ばしてきた。
 チェイテは赤い魔法陣を展開する。火球ファイアー・ボールを射出した。火球ファイアー・ボールは巨大種の手の肉を焼いたけれど、すぐに肉が再生していく。


 早く――といつにも増して険しい表情で、チェイテが言う。


「私の体格ではアリエルを背負えない。背負えたとしても、遠くまでは行けないから」


「でもッ」


 厭だ。
 失いたくない。


 わかっている。
 この巨大種は強い。シャルリスとチェイテの2人がかりでかかっても勝てない。このままでは3人とも死ぬ。あるいはゾンビ化する。


 ならば、チェイテを置いて、アリエルとシャルリスがこの場を離れたほうが、生存の可能性はあがる。しかしその場合は、チェイテは確実に死ぬことになる。


「左脇腹地区や、左背面地区の犠牲を思い出して。ときには、切り捨てなければならない命がある。切り捨てることで、助かる命があるのなら」


「……」


 竜騎士になれば、華々しく活躍ができると思っていた。ドラゴンに乗って、ゾンビと戦う姿がカッコウ良く見えていた。


 でも――。
 何も変わらない。
 鉱山部隊であった両親を失った日から、なにひとつ守れない。


 竜騎士がこんなにも凄絶だったなんて、思いもしなかった。ひとりも助けることが出来ない。そのうえ、セッカク出来た仲間まで見捨てなくてはならないのか。


 ボクは……無力だ……。


 巨大種の手のひらが飛んできた。チェイテが魔防壁シールドを張って、それを防いだ。押さえきれなかった。魔防壁シールドは割れて、チェイテの小さなカラダが跳ばされていた。壁に背中を打ちつけていた。


「なんで、なんでこんな辛い思いをしなくちゃいけないっスか」


 悔し涙が出てきた。


「それはオヌシが弱いからじゃろう」
 声がした。


 シャルリスの鎖骨のあいだから生やした首を、襟ぐりからのぞかせていた。バトリと向き合うようなカッコウになる。視界が、バトリの顔面で占められた。こうして間近で見てみると、その目の赤が異様に濃厚であることがわかる。


「ボクが……弱いから?」


「そうじゃろう。圧倒的な強さがあれば、守りたいものも守れるというものじゃ。あの竜人族の末裔や、覚者たちのようにな」


「そんなこと言われても、そんなにすぐ強くなんてなれないっスよ」


「ワシのチカラを貸してやろうか」


「え?」


「助けてやっても良いと言うておる。【腐肉の暴食】であるワシのチカラを使えば、この場は逃れられる。そうは思わぬか?」


「なにを――考えてるっスか」


「なぁに。ここでオヌシに死なれては、ワシも面白くないのでな。それだけのことじゃ」


 ニンマリと笑う。
 その赤い糸で縫い合わせた頬が不気味にゆがむ。
 ホントウにそうだろうか。
 何か魂胆がある気がする。


 しかし。
 今は、考えている余裕はない。


「わかった。ボクのカラダを使って良いので、助けて欲しいっス」


 封印を解くことにした。
 みずからの意識を、【腐肉の暴食】に分け与えた。

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