《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

7-3.恐怖でカラダが動かない

「ゴメン……」
 と、シャルリスは謝った。


「気にすることはない。シャルリスは騎竜術が未熟だから。ここ数日で乗りこなせるようになっただけでも充分」
 と、チェイテが励ましてくれた。励ましてくれたのだろう――と思う。


「でも、もしアリエルがいなかったら、チェイテはゾンビに噛まれていたっスよ。あれだけロン先生に教えてもらったのに」


「心配ないですよ。お互いにフォローしあっていきましょう。セッカク小隊を組んでるんですから」
 と、アリエルも慰めてくれた。


 ふたりの言葉のおかげで、すこし気分は楽になったけれど、いまの失敗がシャルリスの心に深く刻まれることになった。


 自分だけの失敗なら、前を向くのはそんなに難しくはない。けれど、自分の失敗で仲間に被害が及ぶのは辛いものがあった。


 ずっと独りだった。セッカク出来た仲間なのだ。


 肝心なときにドラゴンを上手く操れなかったことにも、ロンの教えをムダにしてしまったような虚無感をおぼえた。


「次は……次はガンバるっスよ」


 チェイテとアリエルという仲間が出来た。今度はもう試験に落ちたくはない。3人一緒に合格したかった。


「急いだほうが良い。この湖に辿りついたのは、私たちがイチバンだったけど、今の騒ぎでほかの見習いたちがやって来ると思う」


「そうっスね」


 生徒たちだけではない。
 ゾンビだって、さっきの2匹だけとは限らないのだ。


 水をより多く組んできた隊の勝ちだ。自分たちのため。そしてセッカク教えてくれたロンのためにも、イチバンの活躍をして見せたかった。
 そして、ルエドの隊には負けたくないという気持ちもあった。


「さっそく来たみたいです」
 と、アリエルが言った。


 ゾンビかと思った。
 違う。


 緑の髪を頬のあたりまで伸ばしている少女だった。そのせいで目が隠れているうえに、キノコのような髪型になっている。


「マシュ・ルーマン……」


 ルエドの隊の生徒だ。3人1組で行動しているはずだが、マシュはひとりだった。偵察としてひとりで来たのだろうか。


「マシュ」
 と、アリエルが駆け寄った。


 もともとはアリエルもルエドの隊に所属していて、マシュとは同期であるはずだ。何か思うところがあったのだろう。


「待って」
 と、駆け寄ろうとするアリエルを、チェイテが呼びとめた。


「え?」
 アリエルが足を止めて、振り返る。


 不思議そうな表情で振り返るアリエルの向こうに、茂みのなかでたたずむマシュの姿が見えていた。


 マシュのカラダがグニャリと粘土のように歪んだ。


 マシュのまとっていた竜具が破けて、マシュのカラダからは幾本もの腕が生えていた。


 背中から4本。ワキバラから2本。腹部からも2本。左右のフトモモからも5本生えている。各々の手は何かを求めるように蠢いていた。


「ゾ、ゾンビ……?」


 マシュのカラダの腕の1本が、勢いよく伸びてきた。
 アリエルの足首をつかんだ。
 アリエルがうつ伏せに倒れる。ずりずりとマシュのもとに引き寄せられていく。


「シャルリス! チェイテ!」
 と、アリエルが助けを求めた。


 アリエルは、地面に爪をたてて、抵抗を試みていた。しかし、それでもなお引き寄せられていく。爪が剥がれて、指先から血が弾け跳ぶのが、シャルリスから見えた。


 助けなければ――。でも、怖い。
 シャルリスは、恐怖で麻痺していた。指先の1本も動かない。


(動け、動け、動け!)


 さっきの失態を取り返さなくてはならない。そんなことを思っているあいだにも、アリエルのカラダは、引きずり込まれていく。


 マシュという少女がゾンビだった。感染したのかもしれない。原因は定かではないが、ただのゾンビではない。融合種か何かだ。強敵である。


 マトモにやりあって、勝てる相手ではない。
 だからといって、このままアリエルを見捨てるわけにはいかない。


 セッカクできた、仲間なのだ。


「んんッ」
 舌を噛んだ。


 痛みを自分への叱咤とした。恐怖による硬直をといた。


 アリエルに駆け寄った。アリエルの足首をつかんでいるゾンビの腕。ナイフで切り落とした。ちぎれた腕は、まるで陸に打ち上げられた魚のように、その場で跳ねまわっていた。


「大丈夫っスか?」
 すぐアリエルのことを抱き起した。


「うん。ありがと」


 アリエルの目はキレイだと思う。エレノアと同じくコハク色に輝いている。その目に涙がたまっていた。


「チェイテ! ドラゴンに乗って戦うっスよ」


 チェイテもまた、恐怖に硬直していたようだ。弾かれたように動き出した。連れていた白銀のドラゴンにまたがると、マシュに踊りかかった。


 しかしふつうのゾンビのようにはいかなかった。マシュの無数の腕が、ドラゴンのクチ元に巻きついていた。これではクチを開けられない。


 騎竜しているチェイテが、ドラゴンから引きずりおろされようとしていた。マシュの首が蛇みたいに伸びて、チェイテに噛みつこうとしている。


「うぉぉぉッ」


 シャルリスは赤いウロコのドラゴンにまたがって、その背中を思いきり蹴りつけた。それを受けたドラゴンが猛進する。
 シャルリスが前傾姿勢になると、ドラゴンが地面を蹴って、翼を広げた。


 マシュの腕に、シャルリスのドラゴンがかぶりついた。


「チェイテ!」


「大丈夫。助かった」


 やった。
 今度こそドラゴンを上手く操ることが出来たのだ。自分にだって、ドラゴンに乗りこなすことが出来たのだ。歓喜がこみ上げてきた。


 油断していた。


「シャルリス。後ろ!」


「え?」


 チェイテが指さしている。シャルリスもそれを受けて振り向いた。


 マシュの顔がすぐ近くにあった。ふつうのゾンビとは違う。風貌は人間のままだった。顔にもケロイドはないし、顔色も土気色にはなっていない。けれど、目元が赤い糸で縫い付けられていた。


 いまにも獲物に食らいつこうとクチを大きく開けている。上の歯と下の歯のあいだには、ヨダレが糸を引いていた。


 そのクチが……。
 シャルリスの腹に……噛みついた。痛みが、走る。布の鎧(クロス・アーマー)の上から、竜具をまとっている。が、腹のあたりは、竜具がなかった。


 騎竜術の妨げになるから、腹と股の防御は薄いのだ。ロンにそう忠告されたことを、今さら思い出した。


「あぁ……」


 噛まれてしまった。
 ゾンビに、噛まれてしまったのだ。


 驟雨のような絶望が、シャルリスの胸裏に落ちてきた。


 瞬間――。


「グラァァァッ」
 巨大な影が、シャルリスの視界をおおった。その巨大な影はよく見ると、漆黒のドラゴンだった。


 これは――。


【腐肉の暴食戦】のさいに出現したドラゴンだ。その漆黒のドラゴンが、マシュのカラダを食い散らしていた。


 マシュはまるで溺れまいとするかのように、その場でもがいていた。そんなマシュを容赦なく、ドラゴンが食い散らして行く。


 その漆黒のドラゴンを、こうして間近で見て、なんて美しい黒いウロコをしているのだろうか……と、シャルリスは思っていた。


 全身が熱い。
 ゾンビ化がはじまろうとしているのかもしれない。

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