《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
7-3.恐怖でカラダが動かない
「ゴメン……」
と、シャルリスは謝った。
「気にすることはない。シャルリスは騎竜術が未熟だから。ここ数日で乗りこなせるようになっただけでも充分」
と、チェイテが励ましてくれた。励ましてくれたのだろう――と思う。
「でも、もしアリエルがいなかったら、チェイテはゾンビに噛まれていたっスよ。あれだけロン先生に教えてもらったのに」
「心配ないですよ。お互いにフォローしあっていきましょう。セッカク小隊を組んでるんですから」
と、アリエルも慰めてくれた。
ふたりの言葉のおかげで、すこし気分は楽になったけれど、いまの失敗がシャルリスの心に深く刻まれることになった。
自分だけの失敗なら、前を向くのはそんなに難しくはない。けれど、自分の失敗で仲間に被害が及ぶのは辛いものがあった。
ずっと独りだった。セッカク出来た仲間なのだ。
肝心なときにドラゴンを上手く操れなかったことにも、ロンの教えをムダにしてしまったような虚無感をおぼえた。
「次は……次はガンバるっスよ」
チェイテとアリエルという仲間が出来た。今度はもう試験に落ちたくはない。3人一緒に合格したかった。
「急いだほうが良い。この湖に辿りついたのは、私たちがイチバンだったけど、今の騒ぎでほかの見習いたちがやって来ると思う」
「そうっスね」
生徒たちだけではない。
ゾンビだって、さっきの2匹だけとは限らないのだ。
水をより多く組んできた隊の勝ちだ。自分たちのため。そしてセッカク教えてくれたロンのためにも、イチバンの活躍をして見せたかった。
そして、ルエドの隊には負けたくないという気持ちもあった。
「さっそく来たみたいです」
と、アリエルが言った。
ゾンビかと思った。
違う。
緑の髪を頬のあたりまで伸ばしている少女だった。そのせいで目が隠れているうえに、キノコのような髪型になっている。
「マシュ・ルーマン……」
ルエドの隊の生徒だ。3人1組で行動しているはずだが、マシュはひとりだった。偵察としてひとりで来たのだろうか。
「マシュ」
と、アリエルが駆け寄った。
もともとはアリエルもルエドの隊に所属していて、マシュとは同期であるはずだ。何か思うところがあったのだろう。
「待って」
と、駆け寄ろうとするアリエルを、チェイテが呼びとめた。
「え?」
アリエルが足を止めて、振り返る。
不思議そうな表情で振り返るアリエルの向こうに、茂みのなかでたたずむマシュの姿が見えていた。
マシュのカラダがグニャリと粘土のように歪んだ。
マシュのまとっていた竜具が破けて、マシュのカラダからは幾本もの腕が生えていた。
背中から4本。ワキバラから2本。腹部からも2本。左右のフトモモからも5本生えている。各々の手は何かを求めるように蠢いていた。
「ゾ、ゾンビ……?」
マシュのカラダの腕の1本が、勢いよく伸びてきた。
アリエルの足首をつかんだ。
アリエルがうつ伏せに倒れる。ずりずりとマシュのもとに引き寄せられていく。
「シャルリス! チェイテ!」
と、アリエルが助けを求めた。
アリエルは、地面に爪をたてて、抵抗を試みていた。しかし、それでもなお引き寄せられていく。爪が剥がれて、指先から血が弾け跳ぶのが、シャルリスから見えた。
助けなければ――。でも、怖い。
シャルリスは、恐怖で麻痺していた。指先の1本も動かない。
(動け、動け、動け!)
さっきの失態を取り返さなくてはならない。そんなことを思っているあいだにも、アリエルのカラダは、引きずり込まれていく。
マシュという少女がゾンビだった。感染したのかもしれない。原因は定かではないが、ただのゾンビではない。融合種か何かだ。強敵である。
マトモにやりあって、勝てる相手ではない。
だからといって、このままアリエルを見捨てるわけにはいかない。
セッカクできた、仲間なのだ。
「んんッ」
舌を噛んだ。
痛みを自分への叱咤とした。恐怖による硬直をといた。
アリエルに駆け寄った。アリエルの足首をつかんでいるゾンビの腕。ナイフで切り落とした。ちぎれた腕は、まるで陸に打ち上げられた魚のように、その場で跳ねまわっていた。
「大丈夫っスか?」
すぐアリエルのことを抱き起した。
「うん。ありがと」
アリエルの目はキレイだと思う。エレノアと同じくコハク色に輝いている。その目に涙がたまっていた。
「チェイテ! ドラゴンに乗って戦うっスよ」
チェイテもまた、恐怖に硬直していたようだ。弾かれたように動き出した。連れていた白銀のドラゴンにまたがると、マシュに踊りかかった。
しかしふつうのゾンビのようにはいかなかった。マシュの無数の腕が、ドラゴンのクチ元に巻きついていた。これではクチを開けられない。
騎竜しているチェイテが、ドラゴンから引きずりおろされようとしていた。マシュの首が蛇みたいに伸びて、チェイテに噛みつこうとしている。
「うぉぉぉッ」
シャルリスは赤いウロコのドラゴンにまたがって、その背中を思いきり蹴りつけた。それを受けたドラゴンが猛進する。
シャルリスが前傾姿勢になると、ドラゴンが地面を蹴って、翼を広げた。
マシュの腕に、シャルリスのドラゴンがかぶりついた。
「チェイテ!」
「大丈夫。助かった」
やった。
今度こそドラゴンを上手く操ることが出来たのだ。自分にだって、ドラゴンに乗りこなすことが出来たのだ。歓喜がこみ上げてきた。
油断していた。
「シャルリス。後ろ!」
「え?」
チェイテが指さしている。シャルリスもそれを受けて振り向いた。
マシュの顔がすぐ近くにあった。ふつうのゾンビとは違う。風貌は人間のままだった。顔にもケロイドはないし、顔色も土気色にはなっていない。けれど、目元が赤い糸で縫い付けられていた。
いまにも獲物に食らいつこうとクチを大きく開けている。上の歯と下の歯のあいだには、ヨダレが糸を引いていた。
そのクチが……。
シャルリスの腹に……噛みついた。痛みが、走る。布の鎧(クロス・アーマー)の上から、竜具をまとっている。が、腹のあたりは、竜具がなかった。
騎竜術の妨げになるから、腹と股の防御は薄いのだ。ロンにそう忠告されたことを、今さら思い出した。
「あぁ……」
噛まれてしまった。
ゾンビに、噛まれてしまったのだ。
驟雨のような絶望が、シャルリスの胸裏に落ちてきた。
瞬間――。
「グラァァァッ」
巨大な影が、シャルリスの視界をおおった。その巨大な影はよく見ると、漆黒のドラゴンだった。
これは――。
【腐肉の暴食戦】のさいに出現したドラゴンだ。その漆黒のドラゴンが、マシュのカラダを食い散らしていた。
マシュはまるで溺れまいとするかのように、その場でもがいていた。そんなマシュを容赦なく、ドラゴンが食い散らして行く。
その漆黒のドラゴンを、こうして間近で見て、なんて美しい黒いウロコをしているのだろうか……と、シャルリスは思っていた。
全身が熱い。
ゾンビ化がはじまろうとしているのかもしれない。
と、シャルリスは謝った。
「気にすることはない。シャルリスは騎竜術が未熟だから。ここ数日で乗りこなせるようになっただけでも充分」
と、チェイテが励ましてくれた。励ましてくれたのだろう――と思う。
「でも、もしアリエルがいなかったら、チェイテはゾンビに噛まれていたっスよ。あれだけロン先生に教えてもらったのに」
「心配ないですよ。お互いにフォローしあっていきましょう。セッカク小隊を組んでるんですから」
と、アリエルも慰めてくれた。
ふたりの言葉のおかげで、すこし気分は楽になったけれど、いまの失敗がシャルリスの心に深く刻まれることになった。
自分だけの失敗なら、前を向くのはそんなに難しくはない。けれど、自分の失敗で仲間に被害が及ぶのは辛いものがあった。
ずっと独りだった。セッカク出来た仲間なのだ。
肝心なときにドラゴンを上手く操れなかったことにも、ロンの教えをムダにしてしまったような虚無感をおぼえた。
「次は……次はガンバるっスよ」
チェイテとアリエルという仲間が出来た。今度はもう試験に落ちたくはない。3人一緒に合格したかった。
「急いだほうが良い。この湖に辿りついたのは、私たちがイチバンだったけど、今の騒ぎでほかの見習いたちがやって来ると思う」
「そうっスね」
生徒たちだけではない。
ゾンビだって、さっきの2匹だけとは限らないのだ。
水をより多く組んできた隊の勝ちだ。自分たちのため。そしてセッカク教えてくれたロンのためにも、イチバンの活躍をして見せたかった。
そして、ルエドの隊には負けたくないという気持ちもあった。
「さっそく来たみたいです」
と、アリエルが言った。
ゾンビかと思った。
違う。
緑の髪を頬のあたりまで伸ばしている少女だった。そのせいで目が隠れているうえに、キノコのような髪型になっている。
「マシュ・ルーマン……」
ルエドの隊の生徒だ。3人1組で行動しているはずだが、マシュはひとりだった。偵察としてひとりで来たのだろうか。
「マシュ」
と、アリエルが駆け寄った。
もともとはアリエルもルエドの隊に所属していて、マシュとは同期であるはずだ。何か思うところがあったのだろう。
「待って」
と、駆け寄ろうとするアリエルを、チェイテが呼びとめた。
「え?」
アリエルが足を止めて、振り返る。
不思議そうな表情で振り返るアリエルの向こうに、茂みのなかでたたずむマシュの姿が見えていた。
マシュのカラダがグニャリと粘土のように歪んだ。
マシュのまとっていた竜具が破けて、マシュのカラダからは幾本もの腕が生えていた。
背中から4本。ワキバラから2本。腹部からも2本。左右のフトモモからも5本生えている。各々の手は何かを求めるように蠢いていた。
「ゾ、ゾンビ……?」
マシュのカラダの腕の1本が、勢いよく伸びてきた。
アリエルの足首をつかんだ。
アリエルがうつ伏せに倒れる。ずりずりとマシュのもとに引き寄せられていく。
「シャルリス! チェイテ!」
と、アリエルが助けを求めた。
アリエルは、地面に爪をたてて、抵抗を試みていた。しかし、それでもなお引き寄せられていく。爪が剥がれて、指先から血が弾け跳ぶのが、シャルリスから見えた。
助けなければ――。でも、怖い。
シャルリスは、恐怖で麻痺していた。指先の1本も動かない。
(動け、動け、動け!)
さっきの失態を取り返さなくてはならない。そんなことを思っているあいだにも、アリエルのカラダは、引きずり込まれていく。
マシュという少女がゾンビだった。感染したのかもしれない。原因は定かではないが、ただのゾンビではない。融合種か何かだ。強敵である。
マトモにやりあって、勝てる相手ではない。
だからといって、このままアリエルを見捨てるわけにはいかない。
セッカクできた、仲間なのだ。
「んんッ」
舌を噛んだ。
痛みを自分への叱咤とした。恐怖による硬直をといた。
アリエルに駆け寄った。アリエルの足首をつかんでいるゾンビの腕。ナイフで切り落とした。ちぎれた腕は、まるで陸に打ち上げられた魚のように、その場で跳ねまわっていた。
「大丈夫っスか?」
すぐアリエルのことを抱き起した。
「うん。ありがと」
アリエルの目はキレイだと思う。エレノアと同じくコハク色に輝いている。その目に涙がたまっていた。
「チェイテ! ドラゴンに乗って戦うっスよ」
チェイテもまた、恐怖に硬直していたようだ。弾かれたように動き出した。連れていた白銀のドラゴンにまたがると、マシュに踊りかかった。
しかしふつうのゾンビのようにはいかなかった。マシュの無数の腕が、ドラゴンのクチ元に巻きついていた。これではクチを開けられない。
騎竜しているチェイテが、ドラゴンから引きずりおろされようとしていた。マシュの首が蛇みたいに伸びて、チェイテに噛みつこうとしている。
「うぉぉぉッ」
シャルリスは赤いウロコのドラゴンにまたがって、その背中を思いきり蹴りつけた。それを受けたドラゴンが猛進する。
シャルリスが前傾姿勢になると、ドラゴンが地面を蹴って、翼を広げた。
マシュの腕に、シャルリスのドラゴンがかぶりついた。
「チェイテ!」
「大丈夫。助かった」
やった。
今度こそドラゴンを上手く操ることが出来たのだ。自分にだって、ドラゴンに乗りこなすことが出来たのだ。歓喜がこみ上げてきた。
油断していた。
「シャルリス。後ろ!」
「え?」
チェイテが指さしている。シャルリスもそれを受けて振り向いた。
マシュの顔がすぐ近くにあった。ふつうのゾンビとは違う。風貌は人間のままだった。顔にもケロイドはないし、顔色も土気色にはなっていない。けれど、目元が赤い糸で縫い付けられていた。
いまにも獲物に食らいつこうとクチを大きく開けている。上の歯と下の歯のあいだには、ヨダレが糸を引いていた。
そのクチが……。
シャルリスの腹に……噛みついた。痛みが、走る。布の鎧(クロス・アーマー)の上から、竜具をまとっている。が、腹のあたりは、竜具がなかった。
騎竜術の妨げになるから、腹と股の防御は薄いのだ。ロンにそう忠告されたことを、今さら思い出した。
「あぁ……」
噛まれてしまった。
ゾンビに、噛まれてしまったのだ。
驟雨のような絶望が、シャルリスの胸裏に落ちてきた。
瞬間――。
「グラァァァッ」
巨大な影が、シャルリスの視界をおおった。その巨大な影はよく見ると、漆黒のドラゴンだった。
これは――。
【腐肉の暴食戦】のさいに出現したドラゴンだ。その漆黒のドラゴンが、マシュのカラダを食い散らしていた。
マシュはまるで溺れまいとするかのように、その場でもがいていた。そんなマシュを容赦なく、ドラゴンが食い散らして行く。
その漆黒のドラゴンを、こうして間近で見て、なんて美しい黒いウロコをしているのだろうか……と、シャルリスは思っていた。
全身が熱い。
ゾンビ化がはじまろうとしているのかもしれない。
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