《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

2-6.シャルリスの夢

 落っこちないように都市竜のウロコを手がかりにした。


「先生っ」


「シャルリス。無事かっ」


「なんとかッ。でもあんまり長持ちしなさそうっス」


 宙に放り出されたシャルリスもドラゴンのウロコにしがみついて、どうにか落下をふせいでいた。が、足が宙ぶらりんの状態になっている。


(あの野郎っ)
 と、ルエドにたいしての怒気をふくらませたが、今は憤怒にかまけている場合ではない。


 ロンはドラゴンに変身することができる。背中から翼を生やして、シャルリスを助けるという手段があった。
 しかし、それはロンが覚者であることを、シャルリスに明かすことになってしまう。
 都市竜を驚かせてしまうかもしれない。


 しかし。
 迷ってはいられないか――と決意した。このままではシャルリスが地上へ、真っ逆さまである。


 竜化しようとしたときだ。


《聞こえますか。ヘリコニア》


 覚者がひとりハマメリスの声が、イヤリングから聞こえてきた。


「悪いが、今は構ってやる時間はない」


《承知しております。しかしあなたは大丈夫でしょう》


 こんなときにもハマメリスの声には抑揚がない。ハマメリスも覚者のひとり。伝達者ハマメリスの特異な能力というのは、こうして他人に声を届けることが出来ることだ。


 声ばかり耳にしているが、ハマメリスの姿をロンも見たことがない。その恬淡とした声を聞いていると、もしかすると人間じゃないのかもしれない、なんて思うこともある。


「オレは無事だが、シャルリスが持たないぞ」


《それで結構です。しばしあの少女の状態を観察してください》


「は?」


《本来の目的をお忘れになってはいませんね。ターゲットの少女は、【腐肉の暴食】に寄生されている可能性があります。それを確認して、もし寄生されているようならば抹殺することが、ヘリコニアの任務です》


「ああ。それで?」


《やはりあなたは理解力が乏しいようですね。もしもターゲットの少女の体内に、【腐肉の暴食】が潜んでいるのならば、こういうときにそのチカラを発揮するのではないか……と思われます》


「だから、様子を見ろってのか」


《そう申しております》


 たしかにロンは、その任務のために、わざわざ卵黄学園に入園した。先生をやりに来たわけではないのだ。ならば、なによりもハマメリスの命令を優先するべきだ。


 が――。


「ナンセンスだ」


 ロンは都市竜のウロコから手を離した。カラダが反転する。足の裏を都市竜のウロコにくっつけた。


 駆ける。


「お、おわっ」


 と、シャルリスはついにこらえきれなくて、ウロコから手を離してしまったようだ。シャルリスのカラダが落下して行く。


「うわぁぁ――っ」
 と、シャルリスの悲鳴が響いた。


 ロンはみずからの腰から伸びている命綱を投げつけた。綱はシャルリスのカラダを巻き取った。引っ張り上げる。シャルリスの小さなカラダが、ロンの腕のなかにおさまった。


「シッカリつかまってろよ」


「せ、先生……っ」


 シャルリスは強くロンに抱きついてきた。いくらボーイッシュでも、女性らしいやわらかい肉の丸みを感じた。


 シャルリスのすがってくるその手の感触に、自分が守ってやらなくては……という気持ちにさせられた。
 潜入任務のためとはいえ、いちおう今はシャルリスの先生なのだ。


 左手でシャルリスのことをつかんだまま、右手でウロコをつかんでいた。
 いっきにみずからのカラダを上空へと跳ばした。
 さらにウロコを手がかり足がかりにして、都市竜の頭めがけて跳び上った。


 着地――。


「ふぅ。危なかったな。おい」


 どうにか竜化せずに、シャルリスのことを救い出すことが出来た。
 もともと命綱をくくりつけていた都市竜の角のところまで戻ってくることが出来た。


「先生。運動神経ヤバすぎるっスよ。いったいどうなってるんですか」


 信じられない生き物を見るような目で、シャルリスはロンのことを見てきた。


「たまたまだよ、たまたま」
 と、笑ってごまかした。
 それより、とロンはつづける。
「あの野郎。どこ行きやがった。さすがにシャレになってねェぞ」


 あの真ん中分けの青髪メガネを探したのだが、どこにも見当たらなかった。もう校舎のほうに戻ったのかもしれない。


「死んじゃうところだったっスね」
 と、シャルリスは都市竜の角にもたれかかっていた。
 ロンが両手で抱えてやっと手が回る。それぐらいの太さの角だった。


「あいつから、なにか恨みを買うようなことをしたのか?」


「ボクは悪気なかったんっスけどね。昔、この学園に入園したてのころは、ボクとルエドは同じ隊の見習いだったんっス」


「そんなに年齢が離れているのにか」


「竜騎士に年齢って、あんまり関係ないっスから。即戦力とみなされたら、子供でもすぐに出されるっスよ」


「なににせよ、同じ隊だった時だなんて、ずいぶん昔の話だろ」


 ええ――とシャルリスはうなずく。


「ボクと同じ隊だったせいで、ほかの隊との模擬戦で負けちゃったりしたんっスよ。そのことをルエドは根に持ってるんだと思うっス」


「数年前のことをまだ根に持ってるって、すげぇ粘着質だな、おい」


「名門貴族の家柄なんっスよ。それで成績とか、そういうことにはコダワリを持ってるみたいで」


「それでも、あんなことするか? 殺されかけたぞ。ついでにオレまで」


「ここでなら事故ってことで、誤魔化せると思ったんじゃないっスかね」
 ははは……とシャルリスはチカラなく笑った。


 たしかに、危ない現場だ。
 事故死をしても不思議ではない。


「こんなことされても、それでも竜騎士になりたいのか?」


 そこまでして竜騎士を目指す理由を、聞きそびれていた。良い機会だから、踏み入ってみることにした。


 急にシャルリスの真紅の目に輝きが戻ってきたように見えた。シャルリスがロンを見あげて言う。


「ボク、最終的には覚者になりたいんっス」


「は?」


 まさかシャルリスのクチから、覚者、という言葉が出てくるとは思わなかったので、面食らうことになった。


「竜騎士になって、名をあげて、そして覚者になりたいんっスよ」


「それは難しいンじゃねェかな。覚者って生まれつき特別な能力を持ってるヤツがなるわけだし。まぁ、跳び抜けた実力があるなら、スカウトとかもありえると思うけど」


 どうなんだろうか。
 あとでハマメリスに訊いてみよう。


「ボクの両親は、鉱山部隊に所属していたんっス」


 鉱山部隊というと、水汲み隊と同じような役割だ。ときおり地上におりて、鉱山資源を都市竜に持ち帰るのだ。


「それで娘が覚者を目指す理由がわからんが」


 まだ話の途中っスよ――と、シャルリスはつづけた。


「昔、ゾンビの大群が都市竜に押し寄せてきて、鉱山部隊の一部が都市竜に戻ってくる前に、空に上がることになったんっス」


「つまり、置いてきぼりか」


「ボクの両親も地上に取り残されて、それ以来、会ってないんっスよ」


「ほお」
 と、ロンはアイヅチをうった。
 重い話だったので、返す言葉に困ったのだ。


「だからボクは、覚者になって、それでお父さんとお母さんを探しに行きたいんっスよ。覚者って、都市を守るんじゃなくて、地上で戦うのが仕事だって聞いたから」


「言っちゃ悪いけど、地上に残されたヤツが、無事な可能性はきわめて低い」


 ほぼ確実に、ゾンビ化しているはずだ。


「それでもゾンビとして放浪していると思うと悲しくなるっスから。せめて竜食葬に付してやりたいっス」
 と、シャルリスは荷台に積み上げられた死体を見つめた。


「まぁ、動機としては悪くないんじゃないかな」


「そのために、まずは竜騎士を目指してるンっスよ」


 この快活な少女は、すると今は孤児なのか。物心ついたときから両親を知らないロンとは違う。親との死別を体験しているのだ。
 そこに悲しみや寂しさはあったのだろうか? あった……と思う。
 ロンはシャルリスではないから、その心境を完全に把握することは難しい。


 それでも――。
 そんな暗い過去を、微塵も感じさせないこの少女は、強いな、と思わせられた。


「あ、痛てっ」


 勢いよく立ち上がると同時に、シャルリスは前かがみになった。


「どうした?」


「ケガしちゃったみたいっス」
 と、シャルリスは腹をおさえていた。


「さっきの落とされたときのヤツか」


「ええ」


「医務室とかあるだろ。連れてってやるよ」


「でも、まだ餌やり終わってないっスから」
 と、荷台に積まれた死体にシャルリスは目をやった。


「オレがやっとくって」


「マジっスか。じゃあ、お願いするっス」


 ロンはシャルリスのことを抱きかかえて、医務室に連れて行くことにした。

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