《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
2-2.シャルリス・ネクティリア
「聞いてますよ。今日から新任の先生が来てくれるって。あなたがボクの先生になってくれるンっスか?」
エレノアに案内されて来たのは、大きな石造りの部屋だった。
何もない立方体の空間だった。いや。何もないというのは語弊がある。窓がある。朝日がさしこんでいる。少年が1人いる。それからドラゴンが1匹いる。
話しかけてきたのはその、赤い髪の少年だった。その少年が補欠の見習い竜騎士ということらしい。
伝えることだけ伝えると、エレノアは立ち去ってしまった。
ロンは部屋の隅に移動した。
「おい、ターゲットは女子って聞いてたけど、これで合ってるのか?」
《どうやら無事に、潜入できたようですね》
と、ハマメリスから返答がある。
「まぁな。言われた通りにザコを演じて、補欠の隊に回されたけどよ」
《それがターゲットの女子です》
「いや。男の子っぽいぜ」
《そう見えるというだけでしょう。髪が短いですが、女子のはずです。胸などを触って確認してみてください》
「それ普通に犯罪だからな」
先生、どうしたんっスか――と尋ねてきた。
不審に思われてはマズイ。
コホン――と咳払いをかました。
「いや。ただの独り言。オレは今日から補欠の隊の先生を任されることになった。ロンだ。よろしく」
「ボクは、シャルリス・ネクティリア。シャルリスって呼んでください」
あらためてその風貌を確認した。
真っ赤な髪の毛をショートボブにしている。目鼻立ちがハッキリしている。特に真紅にかがやく瞳には、若いチカラを感じさせられた。エレノアのような凄みはない。だが、くもりなき快活さを感じさせられた。
「女の子――なんだよな?」
失礼を承知で、率直に尋ねてみることにした。
「よく男に間違えられンっスけど。れっきとした女子っスよ」
と、シャルリスは頬を人差し指でかき、クチ先をとがらせてそう言った。
「ボーイッシュ女子ってわけか」
その短い髪の毛や、華奢な体格からは、余計なものをそぎ落としたような魅力を感じた。よくよく見てみれば、胸元のふくらみや、手足の丸みには女性特有のものがある。
もしかすると将来は大変な美女に化けるかもしれない。
「戦闘になったら長い髪の毛って邪魔かな――って思って切り落としたら、男と間違えられることが多くなったんっス」
「髪の長い竜騎士だっているだろ。エレノア竜騎士長とか、まさにその代表格だぜ。あの人はポニーテールに縛ってるけど」
「あー。たしかにブロンドの髪が長かったらキレイですよね。けど、ボクの場合は癖毛なんで、長く伸ばすと手入れとかも大変なんっスよ」
と、シャルリスは頭をかきむしった。
「見たところ直毛だがな」
「伸ばしたらカールするんです」
「オレは髪を伸ばしたことないから、良くわかんないなぁ」
「でも先生は、長髪でもよく似合うと思いますよ。すっごいキレイな黒髪ですし。しかもけっこうイケメン」
「おう。ゴマのすりかたを良くわかってるじゃないか」
「でしょ」
ニシシ、とシャルリスは歯を見せて笑った。キレイに並び整った歯だった。
(これがホントに、ヤツなのか?)
と、ロンは疑惑をおぼえた。
今回、ザコを演じて、わざわざ補欠の隊に回されるように計らった。
シャルリスに接近するためだ。
シャルリスに【腐肉の暴食】が寄生している疑惑がかけられているのだ。
それを調べるための潜入調査だ。
【腐肉の暴食】が、都市内にいるかもしれないなんて言うと、パニックになる可能性がある。秘密裏に調査を行えということだった。
あの戦いのとき――結局、【腐肉の暴食】を逃してしまったのだ。仕留めそこなった。
もしもこの少女の体内に【腐肉の暴食】が寄生していることが確定すれば、その場で抹殺せよということだ。無情である。しかしまぁ、確定したわけではない。何もなければ、それで良いのだ。
(つぅーか)
寄生ってなんだよ……と思う。聞けば聞くほど、【腐肉の暴食】ってのは、妙な能力を持っている。あまり良くわかっていないのだが、始祖、というのは通常のゾンビとは勝手が違うようだ。
「どうしたんっスか。先生」
と、シャルリスは不思議そうな表情をして見せた。
「いや。なんでもない。それより何してたんだ? このドラゴンに餌でもやってたのか?」
真っ赤なドラゴンだ。
大人しくはしているが、いちおう鎖でつながれていた。
「ガンバってなつかせてたんっスよ。ボクいちおう見習い竜騎士で、3年近くも卵黄学園にいるんですけど、ドラゴンをなつかせることが出来なくて、いつまで経っても卒業できないんです」
「卵黄学園って、何年制度なんだ?」
「べつに年とかは関係ないっスよ。竜騎士として1人前だと認められる試験があるんっスけど、それに合格すれば卒業できるっス」
「まぁ、半人前のヤツを卒業させるわけにはいかねェか」
至らない点があっても卒業できる――なんて甘えは許されない。なにせ竜騎士は死と向き合うことになるのだ。
「竜騎士になろうと思ったら、やっぱドラゴンを飼い慣らす必要がありますよね」
「そりゃ竜騎士だからな。ドラゴンはあらゆる疾病や状態異常にたいしての免疫を持ってる。だからゾンビ化もしない。ゾンビと戦うにはもってこいの生き物だ」
と、目の前にいた赤いドラゴンの頭をナでた。ウロコの硬い感触が、手のひらに伝わってくる。
かつて地上で生活していた人は、戦に馬を起用としてたと聞く。いまでは馬はただの移動手段だ。戦ならば必ずドラゴンが使われる。
「懐かせるのに、コツとかいるんっスかね」
「このドラゴンは、シャルリスのものなのか?」
「いえ。学園のものっス。ドラゴンは卵黄学園を卒業するさいに、個人のものになるので」
「学園の仕組みは詳しくないが、ドラゴンをなつかせるのは、わりと得意なほうだ」
「マジっスか!」
「話しかければ良いだけだ」
ロンはいちおうドラゴンでもある。ドラゴンとコミュニケーションをとることは、そう難しいことではない。
ただドラゴンは人間ほど高度なコミュニケーションを取らないので、ヤリトリする内容はいたってシンプルになる。
竜語で話しかけてみた。
「なんでお前、この娘になつかねェの?」
《美味そうな匂いがするから》
ということだった。
乗り手というより、餌として見られてる。
「うわっ。先生っ。なにそれ? ドラゴンと会話できんの? それってスゴくないっスか?」
と、当人のシャルリスは目を輝かせて興奮をあらわにしていた。
(あ……)
人前でドラゴンと会話しても良いのかな? 実力を隠して潜入しろって言われてるんだけど。まぁ良っか。
他者から聞いたときには、ロンのクチから唸り声が漏れているように聞こえるはずである。竜語はふつうの人間には理解できない。
「オレがドラゴンと話せることは秘密でよろしく」
「了解っス」
「チョット失礼」
ロンは屈んでシャルリスと目線の高さをあわせた。
シャルリスの首元に鼻をおしつけて、その匂いをたしかめてみた。べつに美味そうな匂いがするわけではない。むしろ少女らしい甘い香りがした。
「な、ななな、なにするんッスか。このヘンタイ!」
バチン。
頬をはたかれた。
少女だと思って油断していた。考えてみれば、ずいぶんとブシツケなことをしてしまった。
それにしてもさっきから、暴力を受けてばかりな気がする。
エレノアに案内されて来たのは、大きな石造りの部屋だった。
何もない立方体の空間だった。いや。何もないというのは語弊がある。窓がある。朝日がさしこんでいる。少年が1人いる。それからドラゴンが1匹いる。
話しかけてきたのはその、赤い髪の少年だった。その少年が補欠の見習い竜騎士ということらしい。
伝えることだけ伝えると、エレノアは立ち去ってしまった。
ロンは部屋の隅に移動した。
「おい、ターゲットは女子って聞いてたけど、これで合ってるのか?」
《どうやら無事に、潜入できたようですね》
と、ハマメリスから返答がある。
「まぁな。言われた通りにザコを演じて、補欠の隊に回されたけどよ」
《それがターゲットの女子です》
「いや。男の子っぽいぜ」
《そう見えるというだけでしょう。髪が短いですが、女子のはずです。胸などを触って確認してみてください》
「それ普通に犯罪だからな」
先生、どうしたんっスか――と尋ねてきた。
不審に思われてはマズイ。
コホン――と咳払いをかました。
「いや。ただの独り言。オレは今日から補欠の隊の先生を任されることになった。ロンだ。よろしく」
「ボクは、シャルリス・ネクティリア。シャルリスって呼んでください」
あらためてその風貌を確認した。
真っ赤な髪の毛をショートボブにしている。目鼻立ちがハッキリしている。特に真紅にかがやく瞳には、若いチカラを感じさせられた。エレノアのような凄みはない。だが、くもりなき快活さを感じさせられた。
「女の子――なんだよな?」
失礼を承知で、率直に尋ねてみることにした。
「よく男に間違えられンっスけど。れっきとした女子っスよ」
と、シャルリスは頬を人差し指でかき、クチ先をとがらせてそう言った。
「ボーイッシュ女子ってわけか」
その短い髪の毛や、華奢な体格からは、余計なものをそぎ落としたような魅力を感じた。よくよく見てみれば、胸元のふくらみや、手足の丸みには女性特有のものがある。
もしかすると将来は大変な美女に化けるかもしれない。
「戦闘になったら長い髪の毛って邪魔かな――って思って切り落としたら、男と間違えられることが多くなったんっス」
「髪の長い竜騎士だっているだろ。エレノア竜騎士長とか、まさにその代表格だぜ。あの人はポニーテールに縛ってるけど」
「あー。たしかにブロンドの髪が長かったらキレイですよね。けど、ボクの場合は癖毛なんで、長く伸ばすと手入れとかも大変なんっスよ」
と、シャルリスは頭をかきむしった。
「見たところ直毛だがな」
「伸ばしたらカールするんです」
「オレは髪を伸ばしたことないから、良くわかんないなぁ」
「でも先生は、長髪でもよく似合うと思いますよ。すっごいキレイな黒髪ですし。しかもけっこうイケメン」
「おう。ゴマのすりかたを良くわかってるじゃないか」
「でしょ」
ニシシ、とシャルリスは歯を見せて笑った。キレイに並び整った歯だった。
(これがホントに、ヤツなのか?)
と、ロンは疑惑をおぼえた。
今回、ザコを演じて、わざわざ補欠の隊に回されるように計らった。
シャルリスに接近するためだ。
シャルリスに【腐肉の暴食】が寄生している疑惑がかけられているのだ。
それを調べるための潜入調査だ。
【腐肉の暴食】が、都市内にいるかもしれないなんて言うと、パニックになる可能性がある。秘密裏に調査を行えということだった。
あの戦いのとき――結局、【腐肉の暴食】を逃してしまったのだ。仕留めそこなった。
もしもこの少女の体内に【腐肉の暴食】が寄生していることが確定すれば、その場で抹殺せよということだ。無情である。しかしまぁ、確定したわけではない。何もなければ、それで良いのだ。
(つぅーか)
寄生ってなんだよ……と思う。聞けば聞くほど、【腐肉の暴食】ってのは、妙な能力を持っている。あまり良くわかっていないのだが、始祖、というのは通常のゾンビとは勝手が違うようだ。
「どうしたんっスか。先生」
と、シャルリスは不思議そうな表情をして見せた。
「いや。なんでもない。それより何してたんだ? このドラゴンに餌でもやってたのか?」
真っ赤なドラゴンだ。
大人しくはしているが、いちおう鎖でつながれていた。
「ガンバってなつかせてたんっスよ。ボクいちおう見習い竜騎士で、3年近くも卵黄学園にいるんですけど、ドラゴンをなつかせることが出来なくて、いつまで経っても卒業できないんです」
「卵黄学園って、何年制度なんだ?」
「べつに年とかは関係ないっスよ。竜騎士として1人前だと認められる試験があるんっスけど、それに合格すれば卒業できるっス」
「まぁ、半人前のヤツを卒業させるわけにはいかねェか」
至らない点があっても卒業できる――なんて甘えは許されない。なにせ竜騎士は死と向き合うことになるのだ。
「竜騎士になろうと思ったら、やっぱドラゴンを飼い慣らす必要がありますよね」
「そりゃ竜騎士だからな。ドラゴンはあらゆる疾病や状態異常にたいしての免疫を持ってる。だからゾンビ化もしない。ゾンビと戦うにはもってこいの生き物だ」
と、目の前にいた赤いドラゴンの頭をナでた。ウロコの硬い感触が、手のひらに伝わってくる。
かつて地上で生活していた人は、戦に馬を起用としてたと聞く。いまでは馬はただの移動手段だ。戦ならば必ずドラゴンが使われる。
「懐かせるのに、コツとかいるんっスかね」
「このドラゴンは、シャルリスのものなのか?」
「いえ。学園のものっス。ドラゴンは卵黄学園を卒業するさいに、個人のものになるので」
「学園の仕組みは詳しくないが、ドラゴンをなつかせるのは、わりと得意なほうだ」
「マジっスか!」
「話しかければ良いだけだ」
ロンはいちおうドラゴンでもある。ドラゴンとコミュニケーションをとることは、そう難しいことではない。
ただドラゴンは人間ほど高度なコミュニケーションを取らないので、ヤリトリする内容はいたってシンプルになる。
竜語で話しかけてみた。
「なんでお前、この娘になつかねェの?」
《美味そうな匂いがするから》
ということだった。
乗り手というより、餌として見られてる。
「うわっ。先生っ。なにそれ? ドラゴンと会話できんの? それってスゴくないっスか?」
と、当人のシャルリスは目を輝かせて興奮をあらわにしていた。
(あ……)
人前でドラゴンと会話しても良いのかな? 実力を隠して潜入しろって言われてるんだけど。まぁ良っか。
他者から聞いたときには、ロンのクチから唸り声が漏れているように聞こえるはずである。竜語はふつうの人間には理解できない。
「オレがドラゴンと話せることは秘密でよろしく」
「了解っス」
「チョット失礼」
ロンは屈んでシャルリスと目線の高さをあわせた。
シャルリスの首元に鼻をおしつけて、その匂いをたしかめてみた。べつに美味そうな匂いがするわけではない。むしろ少女らしい甘い香りがした。
「な、ななな、なにするんッスか。このヘンタイ!」
バチン。
頬をはたかれた。
少女だと思って油断していた。考えてみれば、ずいぶんとブシツケなことをしてしまった。
それにしてもさっきから、暴力を受けてばかりな気がする。
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