《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

2-1.手合わせ

 ボコ――ッ


 棒でワキバラを殴られて、ロンは宙を飛んだ。壁に叩きつけられた。ワキバラにも背中にも痛みが与えられた。最悪である。負けろ。実力を隠せ。そういう指示を受けているのだ。仕方がない。


「弱いな」
 と、ロンのことを棒で殴ったエレノア・キャスティアンがそう言った。


 ロンのことを殴ったその棒の先端で、石造りの床を叩いた。コツン。音が響く。


「痛ってー。本気で殴るんですから」
 と、ロンは緩慢に立ち上がった。


 卵黄学園――。
 ここは都市クルスニクのなかにある。見習い竜騎士たちの学校である。
 ロンはそこに新任教師として潜入することになった。
 見習いの育成をしに来たわけではない。それなら潜入とは言わない。


 ここは闘技室らしい。
 ロンとエレノアの対峙している場所は、すり鉢の底のようになっていた。
 周囲には観覧席があり、そのすべてが石材で組まれていた。かなりの広さがある。ドラゴンを使って戦うことも出来るようにしてあるのだろう。観客はいない。ロンとエレノアの2人きりだった。


「本気で殴って何が悪い。私たちは本気で若き竜騎士たちを育てなくてはならないのだ。手加減は出来ん」


「熱血ですね」


 エレノア。都市クルスニクの竜騎士隊の騎士長をつとめる女性。同時に、この学園の責任者でもあるらしかった。竜騎士長、兼、学園長という解釈で相違ないはずだ。


「信任の教師どもは、まず私が手合せしてその実力を見定めることになっている。貴様は補欠確定だな」


「爪、割れちゃいましたよ」


 棒で叩かれたときに一度、指に当たったのだ。右の小指がふくれていた。心臓みたいな脈動を小指の痛みから感じる。爪のあいまから血がにじみ出ている。着ている薄手のコートの袖で拭っておいた。


「話を聞いているのかッ」


「聞いてます。聞いてます」


 殴られるのは好きではない。が、相手があのエレノアなのが救いだ。ブロンドの髪をポニーテールにまとめた美女である。凛然としたコハク色の双眸で睨まれると、チョットばかり興奮する。


「次は魔力だ。防いでみろ」


 エレノアはそう言うと、魔法陣を展開した。赤い魔法陣。炎系統のものだ。コブシほどの大きさの火球ファイアー・ボールが撃ちだされた。


 ロンは可能なかぎり弱い魔防壁シールドを張った。半透明の盾だ。ロンの張った魔防壁シールドが撃ち砕かれた。白い光となって霧散する。


 火球ファイアー・ボールを受けたふりをして、ひそかにもう一度、魔防壁シールドを張って防ぎきった。


「熱ちちちっ」


 弱いフリをしなくてはならないのも楽じゃない。


「次は、私に向かって火球ファイアー・ボールを撃ちこんでみろ」


 赤い魔法陣を展開する。言われたとおりに射出した。エレノアはそれを右手だけで握りつぶすようにして消しとばした。


「魔力もいまひとつか。魔力のレベルはおおよそ20といったところだな。魔力検査の結果ではどうだったのだ?」


「検査では30でしたよ。ふつうの人は、こんなもんでしょ」


 はぁ、とエレノアはため息を吐き落とした。
「先の戦。【腐肉の暴食戦】のことは知っているな」


「ええ。まぁ」


「都市クルスニクの水汲み部隊が、あの【腐肉の暴食】に襲われた。大きな戦だった。あのときの戦で、有望な竜騎士のたいはんが失われてしまっているのだ。今は貴様みたいなヤツでも必要なときだ」


 知っているも何も、そのときに戦っていたのはロンである。
 閃光のカルクをはじめに、優れた騎士たちがゾンビ化していった現場も見ている。
 不愉快な気持ちがよみがえりそうになった。あまり思い出さないことにした。


「じゃあ、合格ってことで良いですかね。こう見えて、やるときはやる男なんですよ」


「クチだけは達者なようだな。もう一度、叩きのめしてやろうか」
 と、エレノアは棒を構えた。


「いやぁ。さすがにこれ以上、叩かれるのはカンベンしてもらいですね。骨が逝っちゃいそうなんで」


「まぁ良い。覚者のようなヤツが来てくれると期待しているのだが、それは高望みというものだな」
 と、棒をおさめてくれた。


「覚者のことを知ってるんですか」


「知らぬ者などいない。特異な能力を持つ、皇帝陛下に選ばれし8人。地上をゾンビから奪還しようと戦っている者たちだ。その存在は先の【腐肉の暴食戦】で周知の事実になったのだ」
 と、エレノアはコハク色の瞳をうるませた。


 戦っているときの凛々しい表情とは、まるで違ったものだった。急に戦士が女性に変貌したように見えて、ロンは狼狽した。


「覚者も有名になったもんですねぇ」


「あのとき【腐肉の暴食】を食らいつくした漆黒のドラゴン。その雄姿は竜騎士たちの網膜に焼き付けられている。圧倒的な強さであった」


 ロンのことだ。
 エレノアの目の前にいるのが、その覚者なのである。素性を打ち明けたい欲求に駆られた。辛うじてとどまった。実力を隠している努力がムダになるところだ。


「ですよね、ですよね。ヤッパリあのドラゴンは強かったですよね」


「貴様ごときに何がわかる。あれは強いなんて次元ではなかった。圧倒的だ。あれが覚者のチカラなのだ」


「うん、うん」
 照れ臭さに、後頭部を掻いた。


「なにゆえ貴様が満足そうなのだ」


「え? そんなふうに見えますかね?」


「まぁ良い。あの漆黒のドラゴンの雄姿は、竜騎士たちを興奮させるものがあるのだろう。いずれまた出会いたいものだ」
 と、エレノアがため息を吐き落とした。


(もう会ってンですけどねー)
 と、胸裏でつぶやいた。


 とにかく――と、急に凛々しい表情に戻って、エレノアがつづける。


「いちおう貴様は合格だ。補欠の生徒がいるから、その隊を任せるとしよう」


「りょ」


「なんだその軽い返事は。了解と言え、了解と」


「知らないんですか。いまの若い連中は、りょ、って言うんですよ」


 エレノアの広い額に青筋が浮かび上がった。


「まるで私が若くないというような物言いだな。もう1発、ぶん殴ってやる」


「え?」


 エレノアが駆けてきた。速い。一瞬姿が見えなかった。さすが竜騎士の長をつとめる女性である。頬を殴られそうになった。咄嗟にカラダが動いてしまった。屈む。エレノアの棒が空を切った。風を切る音がロンの頭上で響いた。


「ほお。たしかにやるときは、やる男のようだな。及第点だ。しかし戦うときぐらいは、イヤリングを外しておくことだ」
 と、エレノアは満足そうに微笑んでいた。

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