《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
2-1.手合わせ
ボコ――ッ
棒でワキバラを殴られて、ロンは宙を飛んだ。壁に叩きつけられた。ワキバラにも背中にも痛みが与えられた。最悪である。負けろ。実力を隠せ。そういう指示を受けているのだ。仕方がない。
「弱いな」
と、ロンのことを棒で殴ったエレノア・キャスティアンがそう言った。
ロンのことを殴ったその棒の先端で、石造りの床を叩いた。コツン。音が響く。
「痛ってー。本気で殴るんですから」
と、ロンは緩慢に立ち上がった。
卵黄学園――。
ここは都市クルスニクのなかにある。見習い竜騎士たちの学校である。
ロンはそこに新任教師として潜入することになった。
見習いの育成をしに来たわけではない。それなら潜入とは言わない。
ここは闘技室らしい。
ロンとエレノアの対峙している場所は、すり鉢の底のようになっていた。
周囲には観覧席があり、そのすべてが石材で組まれていた。かなりの広さがある。ドラゴンを使って戦うことも出来るようにしてあるのだろう。観客はいない。ロンとエレノアの2人きりだった。
「本気で殴って何が悪い。私たちは本気で若き竜騎士たちを育てなくてはならないのだ。手加減は出来ん」
「熱血ですね」
エレノア。都市クルスニクの竜騎士隊の騎士長をつとめる女性。同時に、この学園の責任者でもあるらしかった。竜騎士長、兼、学園長という解釈で相違ないはずだ。
「信任の教師どもは、まず私が手合せしてその実力を見定めることになっている。貴様は補欠確定だな」
「爪、割れちゃいましたよ」
棒で叩かれたときに一度、指に当たったのだ。右の小指がふくれていた。心臓みたいな脈動を小指の痛みから感じる。爪のあいまから血がにじみ出ている。着ている薄手のコートの袖で拭っておいた。
「話を聞いているのかッ」
「聞いてます。聞いてます」
殴られるのは好きではない。が、相手があのエレノアなのが救いだ。ブロンドの髪をポニーテールにまとめた美女である。凛然としたコハク色の双眸で睨まれると、チョットばかり興奮する。
「次は魔力だ。防いでみろ」
エレノアはそう言うと、魔法陣を展開した。赤い魔法陣。炎系統のものだ。コブシほどの大きさの火球が撃ちだされた。
ロンは可能なかぎり弱い魔防壁を張った。半透明の盾だ。ロンの張った魔防壁が撃ち砕かれた。白い光となって霧散する。
火球を受けたふりをして、ひそかにもう一度、魔防壁を張って防ぎきった。
「熱ちちちっ」
弱いフリをしなくてはならないのも楽じゃない。
「次は、私に向かって火球を撃ちこんでみろ」
赤い魔法陣を展開する。言われたとおりに射出した。エレノアはそれを右手だけで握りつぶすようにして消しとばした。
「魔力もいまひとつか。魔力のレベルはおおよそ20といったところだな。魔力検査の結果ではどうだったのだ?」
「検査では30でしたよ。ふつうの人は、こんなもんでしょ」
はぁ、とエレノアはため息を吐き落とした。
「先の戦。【腐肉の暴食戦】のことは知っているな」
「ええ。まぁ」
「都市クルスニクの水汲み部隊が、あの【腐肉の暴食】に襲われた。大きな戦だった。あのときの戦で、有望な竜騎士のたいはんが失われてしまっているのだ。今は貴様みたいなヤツでも必要なときだ」
知っているも何も、そのときに戦っていたのはロンである。
閃光のカルクをはじめに、優れた騎士たちがゾンビ化していった現場も見ている。
不愉快な気持ちがよみがえりそうになった。あまり思い出さないことにした。
「じゃあ、合格ってことで良いですかね。こう見えて、やるときはやる男なんですよ」
「クチだけは達者なようだな。もう一度、叩きのめしてやろうか」
と、エレノアは棒を構えた。
「いやぁ。さすがにこれ以上、叩かれるのはカンベンしてもらいですね。骨が逝っちゃいそうなんで」
「まぁ良い。覚者のようなヤツが来てくれると期待しているのだが、それは高望みというものだな」
と、棒をおさめてくれた。
「覚者のことを知ってるんですか」
「知らぬ者などいない。特異な能力を持つ、皇帝陛下に選ばれし8人。地上をゾンビから奪還しようと戦っている者たちだ。その存在は先の【腐肉の暴食戦】で周知の事実になったのだ」
と、エレノアはコハク色の瞳をうるませた。
戦っているときの凛々しい表情とは、まるで違ったものだった。急に戦士が女性に変貌したように見えて、ロンは狼狽した。
「覚者も有名になったもんですねぇ」
「あのとき【腐肉の暴食】を食らいつくした漆黒のドラゴン。その雄姿は竜騎士たちの網膜に焼き付けられている。圧倒的な強さであった」
ロンのことだ。
エレノアの目の前にいるのが、その覚者なのである。素性を打ち明けたい欲求に駆られた。辛うじてとどまった。実力を隠している努力がムダになるところだ。
「ですよね、ですよね。ヤッパリあのドラゴンは強かったですよね」
「貴様ごときに何がわかる。あれは強いなんて次元ではなかった。圧倒的だ。あれが覚者のチカラなのだ」
「うん、うん」
照れ臭さに、後頭部を掻いた。
「なにゆえ貴様が満足そうなのだ」
「え? そんなふうに見えますかね?」
「まぁ良い。あの漆黒のドラゴンの雄姿は、竜騎士たちを興奮させるものがあるのだろう。いずれまた出会いたいものだ」
と、エレノアがため息を吐き落とした。
(もう会ってンですけどねー)
と、胸裏でつぶやいた。
とにかく――と、急に凛々しい表情に戻って、エレノアがつづける。
「いちおう貴様は合格だ。補欠の生徒がいるから、その隊を任せるとしよう」
「りょ」
「なんだその軽い返事は。了解と言え、了解と」
「知らないんですか。いまの若い連中は、りょ、って言うんですよ」
エレノアの広い額に青筋が浮かび上がった。
「まるで私が若くないというような物言いだな。もう1発、ぶん殴ってやる」
「え?」
エレノアが駆けてきた。速い。一瞬姿が見えなかった。さすが竜騎士の長をつとめる女性である。頬を殴られそうになった。咄嗟にカラダが動いてしまった。屈む。エレノアの棒が空を切った。風を切る音がロンの頭上で響いた。
「ほお。たしかにやるときは、やる男のようだな。及第点だ。しかし戦うときぐらいは、イヤリングを外しておくことだ」
と、エレノアは満足そうに微笑んでいた。
棒でワキバラを殴られて、ロンは宙を飛んだ。壁に叩きつけられた。ワキバラにも背中にも痛みが与えられた。最悪である。負けろ。実力を隠せ。そういう指示を受けているのだ。仕方がない。
「弱いな」
と、ロンのことを棒で殴ったエレノア・キャスティアンがそう言った。
ロンのことを殴ったその棒の先端で、石造りの床を叩いた。コツン。音が響く。
「痛ってー。本気で殴るんですから」
と、ロンは緩慢に立ち上がった。
卵黄学園――。
ここは都市クルスニクのなかにある。見習い竜騎士たちの学校である。
ロンはそこに新任教師として潜入することになった。
見習いの育成をしに来たわけではない。それなら潜入とは言わない。
ここは闘技室らしい。
ロンとエレノアの対峙している場所は、すり鉢の底のようになっていた。
周囲には観覧席があり、そのすべてが石材で組まれていた。かなりの広さがある。ドラゴンを使って戦うことも出来るようにしてあるのだろう。観客はいない。ロンとエレノアの2人きりだった。
「本気で殴って何が悪い。私たちは本気で若き竜騎士たちを育てなくてはならないのだ。手加減は出来ん」
「熱血ですね」
エレノア。都市クルスニクの竜騎士隊の騎士長をつとめる女性。同時に、この学園の責任者でもあるらしかった。竜騎士長、兼、学園長という解釈で相違ないはずだ。
「信任の教師どもは、まず私が手合せしてその実力を見定めることになっている。貴様は補欠確定だな」
「爪、割れちゃいましたよ」
棒で叩かれたときに一度、指に当たったのだ。右の小指がふくれていた。心臓みたいな脈動を小指の痛みから感じる。爪のあいまから血がにじみ出ている。着ている薄手のコートの袖で拭っておいた。
「話を聞いているのかッ」
「聞いてます。聞いてます」
殴られるのは好きではない。が、相手があのエレノアなのが救いだ。ブロンドの髪をポニーテールにまとめた美女である。凛然としたコハク色の双眸で睨まれると、チョットばかり興奮する。
「次は魔力だ。防いでみろ」
エレノアはそう言うと、魔法陣を展開した。赤い魔法陣。炎系統のものだ。コブシほどの大きさの火球が撃ちだされた。
ロンは可能なかぎり弱い魔防壁を張った。半透明の盾だ。ロンの張った魔防壁が撃ち砕かれた。白い光となって霧散する。
火球を受けたふりをして、ひそかにもう一度、魔防壁を張って防ぎきった。
「熱ちちちっ」
弱いフリをしなくてはならないのも楽じゃない。
「次は、私に向かって火球を撃ちこんでみろ」
赤い魔法陣を展開する。言われたとおりに射出した。エレノアはそれを右手だけで握りつぶすようにして消しとばした。
「魔力もいまひとつか。魔力のレベルはおおよそ20といったところだな。魔力検査の結果ではどうだったのだ?」
「検査では30でしたよ。ふつうの人は、こんなもんでしょ」
はぁ、とエレノアはため息を吐き落とした。
「先の戦。【腐肉の暴食戦】のことは知っているな」
「ええ。まぁ」
「都市クルスニクの水汲み部隊が、あの【腐肉の暴食】に襲われた。大きな戦だった。あのときの戦で、有望な竜騎士のたいはんが失われてしまっているのだ。今は貴様みたいなヤツでも必要なときだ」
知っているも何も、そのときに戦っていたのはロンである。
閃光のカルクをはじめに、優れた騎士たちがゾンビ化していった現場も見ている。
不愉快な気持ちがよみがえりそうになった。あまり思い出さないことにした。
「じゃあ、合格ってことで良いですかね。こう見えて、やるときはやる男なんですよ」
「クチだけは達者なようだな。もう一度、叩きのめしてやろうか」
と、エレノアは棒を構えた。
「いやぁ。さすがにこれ以上、叩かれるのはカンベンしてもらいですね。骨が逝っちゃいそうなんで」
「まぁ良い。覚者のようなヤツが来てくれると期待しているのだが、それは高望みというものだな」
と、棒をおさめてくれた。
「覚者のことを知ってるんですか」
「知らぬ者などいない。特異な能力を持つ、皇帝陛下に選ばれし8人。地上をゾンビから奪還しようと戦っている者たちだ。その存在は先の【腐肉の暴食戦】で周知の事実になったのだ」
と、エレノアはコハク色の瞳をうるませた。
戦っているときの凛々しい表情とは、まるで違ったものだった。急に戦士が女性に変貌したように見えて、ロンは狼狽した。
「覚者も有名になったもんですねぇ」
「あのとき【腐肉の暴食】を食らいつくした漆黒のドラゴン。その雄姿は竜騎士たちの網膜に焼き付けられている。圧倒的な強さであった」
ロンのことだ。
エレノアの目の前にいるのが、その覚者なのである。素性を打ち明けたい欲求に駆られた。辛うじてとどまった。実力を隠している努力がムダになるところだ。
「ですよね、ですよね。ヤッパリあのドラゴンは強かったですよね」
「貴様ごときに何がわかる。あれは強いなんて次元ではなかった。圧倒的だ。あれが覚者のチカラなのだ」
「うん、うん」
照れ臭さに、後頭部を掻いた。
「なにゆえ貴様が満足そうなのだ」
「え? そんなふうに見えますかね?」
「まぁ良い。あの漆黒のドラゴンの雄姿は、竜騎士たちを興奮させるものがあるのだろう。いずれまた出会いたいものだ」
と、エレノアがため息を吐き落とした。
(もう会ってンですけどねー)
と、胸裏でつぶやいた。
とにかく――と、急に凛々しい表情に戻って、エレノアがつづける。
「いちおう貴様は合格だ。補欠の生徒がいるから、その隊を任せるとしよう」
「りょ」
「なんだその軽い返事は。了解と言え、了解と」
「知らないんですか。いまの若い連中は、りょ、って言うんですよ」
エレノアの広い額に青筋が浮かび上がった。
「まるで私が若くないというような物言いだな。もう1発、ぶん殴ってやる」
「え?」
エレノアが駆けてきた。速い。一瞬姿が見えなかった。さすが竜騎士の長をつとめる女性である。頬を殴られそうになった。咄嗟にカラダが動いてしまった。屈む。エレノアの棒が空を切った。風を切る音がロンの頭上で響いた。
「ほお。たしかにやるときは、やる男のようだな。及第点だ。しかし戦うときぐらいは、イヤリングを外しておくことだ」
と、エレノアは満足そうに微笑んでいた。
コメント