これで終わりじゃないよね?
第十五話 うごめきの始まり
午後のホームルームが終わり、クラスメイトたちは一様に帰り支度を始める。
――しかしながら、このタイミングになるといつも不思議に思うことがある。これから、みんな一様に学校から散っていくのは間違いない。だが、帰宅途中に同じクラスのヤツにばったり会う、なんてことはあまりない。同じ学校の人間もまた然りだ。まあ寄り道などをするとたまには会うこともあるが、中々出会うことは少ない。学校が終わったら皆どこへ行っているのだろう、と疑問に思うのは俺だけだろうか?
「高月おっつー!」
ボーっと座ったままだった俺の眼前で手がフリフリと振られた。――荻原だ。
「よっ荻原。おかげ様で昼休みに無事探し人に会えたよ」
「おー良かったじゃん!やっぱ俺の今までのリサーチも無駄じゃなかったんだな……」
荻原は、ウンウンと首を縦に振りながら満足気な表情を浮かべている。
「それで……お目当ての子って誰だった?」
「ああ、三組の神川だったよ」
俺がそう答えると、荻原は満足気な表情から一転、顔をしかめて顎をさすりながら言った。
「ふーん神川ねぇ……」
「なんだよ、腑に落ちないような感じだな。さてはお前の好みじゃねーってか?」
「いやいや、そんなことはないけど……神川、どうだった?」
「どうだったって……愉快な人だと思ったけど」
「愉快な人?」
愉快な人と聞くや否な、荻原は眉をキュっとつり上げて目を円くした。
「ああ、明るくて積極的で……それでいて面白い」
「明るくて、積極的で……面白い?」
「そうだね。泣き真似したり、急に笑い出したり、冗談なんか言ったり……。まあ掴みどころが無いような感じもするけど話してて飽きないっていうか……」
「マジかよ……神川ってそんなヤツだったんだ……」
「なぁ、どうしたんだ? 俺は神川の印象を感じたままに言ってるだけだぜ?」
荻原はさっきからしきりに首を捻っていた。
更にカラフルな手帳を取り出し、何やら書き込んでいる。
「いやな? 俺って神川とクラス一緒だったことあるんだよ。だからちょっと気になって」
「何が? もしかしてそのご自慢の手帳に書いてある内容と違うって言うのか?」
「ああ、その通り。違う、全然違う。違いすぎてビックリだぜ」
「そんなの知るか。神川は神川だろ」
「いーや、信じられないね! 神川はお前の言うようなヤツじゃなかったって! だってお前が言う神川と、俺が知る神川はまるで違うんだぞ」
荻原は、己のデータ、そして記憶との食違いに頭の整理が追いつかないのか、俺の言葉を鵜呑みになどしない。
「お前が信じられなくても現に俺は直接会ったんだぞ? 話もしたし」
「高月、そりゃ本当だよな?」
「こんなことで嘘なんかつくかよ……本当だよ」
「おかしい……到底信じられる話じゃないな」
荻原は文字通り、信じられないという様子でがっくり机に手をつきうな垂れた。――神川は前とそんなに違うのだろうか?
「それじゃあお前が知ってる、以前の神川はどんな人だったか教えてくれよ」
違うと言ってもそんな劇的な違いでもないはずだ。俺は荻原がそこまで言う「違い」ってものの理由を聞くことにした。
「……逆なんだよ」
「逆?」
荻原はバッと顔を俺に向けて言った。
「そうさ。お前は神川のことを明るくて積極的で面白いって言ってたよな? でも二年の時、俺とクラスが一緒だった時は、性格的に暗い、消極的、無口なヤツだったよ。お前の印象とはまったく違う。間逆なんだ。いつも教室で一人っきりでさ、あいつが誰かと一緒に居る姿なんて見たことが無い。そんな神川と似たような他のヤツでさえグループ作って集まってんのに神川だけはいつも一人だった。だから、俺には神川が愉快な人だなんてお世辞にも言えないし、思えない。でも虐げられてた様子も無かったし一応毎日登校はしてたんだけどな」
――荻原の話す内容は、俺からしたら大体予想がついていたことだった。
人は変わることが出来る。彼女は、きっとある時に変わりたいと強く決意したんだろう。決心することが出来れば人は強くなれるものだ。中途半端ではいけない、確固たる決意を持てば自分を変えることなんてそう難しいことではない。――かく言う俺もそうだ。
「なるほどな。それがお前の信じられないことなのか?」
「ああ、普通に考えておかしいだろ。あんなクラスの人間とろくに関わりを持たなかった人間が、何で急に明るくて積極的になれる? 高校に入って一年も二年も経ってから高校デビュー? どう考えても無理がある。髪型を今みたいに変えたのも最近の事なんだけど、俺には神川に何があったのか見当もつかないね」
荻原は力説する。
すでに時間が経って個人個人の位置付けやイメージってものが確立されている中で、元々暗くて消極的な性格だった人が明るくて積極的な性格に変わることなんて出来やしない。全く新しい環境ではなく、今まで浸かっていた環境の中で変わることなんて想像出来ない。彼の言いたいことはこんなところだろう。
「なぁ、お前ってそういうのが面白いって言ってなかったっけ? 学校では地味だけど街中で会ったら派手だった、てのが面白いとかさ」
荻原の趣味……というか日課は観察からの妄想だ。だったら、この神川の変化ってものは面白く感じないのかな? 俺としてはむしろこっちの方が面白いと思う。
「はぁ……それとこれとじゃ話が別だ。面白くも何とも無い。神川に関しては疑問に思うだけだな。目に見える変化が起きたのなら、普通周りもそれに気付くだろ」
彼は意味深なことを言い残すと、一旦自分の席に鞄を取りに戻り、そのままそそくさと教室を出て行こうとした。
「おい、ちょっと待ってくれよ」
俺も後に続こうと鞄に教科書などを詰め込むが、ファスナーが引っ掛かって動かない。――こういう時に何で引っ掛かるかな。
荻原は教室の出口をまたごうとした時、ふと何かを思い出したのか、引き返し、ファスナーを上手く閉めようとあくせくする俺に近づいて来てまた話し出した。
「悪い、帰る前に一個いいか?」
「どうした?」
「神川の話とは別の話で、ちょっとお前に話ときたいと思ったことがあってさ……まあ実際、俺そんな情報通でも無いから一概には言えないんだけどさ、何やら噂が立ってんだよ」
噂……と聞き、俺は胸にズキッとくる痛みを感じた。何だか、ただ胸の奥が痛い。
「噂?」
「そう噂。……高月ってさ、このところ何か噂とか耳にしたことある?」
「いや、無いな」
「そうか、それは良かった……のかなぁ」
荻原は情けない顔をして言いよどむ。
「何だよ、俺は何言われても大抵のことは大丈夫だ」
「うーん…………いや、やっぱお前には言っちゃ悪い気がするから止めとく」
「気にするなって。言ってくれよ」
「そうか……」
見るからに荻原の表情が陰っている。俺に悪い……ってことは俺自身に繋がってくる話なのか?
「じゃあ言うけどさ…………今日昼前に女子トイレの前で何かあったろ?」
「ああ、あれね。お前大丈夫だった?」
「ハハッ、お前俺の心配してくれてたの? あの時やっぱ催さなくなっちゃってさ、トイレには行かなかったんだよ」
「そうだったんだ。心配はしてなかったけどやきもきはしたよね」
「やきもきってどういう意味?」
「いや、まあやきもきしたんだよ」
「何だよそれ」
ここでお互い苦笑した。――くだらないことだが、苦笑したことで荻原には話の余裕が出来たのかもしれない。彼は迷いなく続けた。
「話戻るけどさ、噂っていうのはあの時なんかやらかした黒川の様子がおかしいってことなんだ」
「黒川? あいつの様子がおかしいって?」
 女子トイレの前……という時点で何となく予感はしていたが、黒川という単語が荻原の口から発せられたことで胸の鼓動が早まるのを感じた。更に後悔の念が押し寄せてくる。ふとした安堵の時間さえも無かったように感じる。
「ああ。詳しくは知らないけど、何でもその黒川が怒ってるらしい」
「怒ってる?」
「そうらしいんだ。何に怒ってるのかは知らないけど、皆口々に言うんだ。最近黒川の「言動がおかしい」「態度が変わった」「怖い時がある」って」
――保健室で会った黒川はどうだった? 様子はおかしかった? 怒っていた? いつもと同じだったか? 様々な思いが交錯し、俺は混乱の坩堝に陥ってしまいそうだった。
「そういやお前ってあいつと仲良かったんだろ? 何かあったか知ってるか?」
「……黒川とは小さい頃ちょっとだけ関わっただけだよ。別に仲良くなんて無い」
「ふーん、そんなもんなのか。てっきり俺は毎日メールのやり取りをする仲だと……」
荻原が単純に思ったことを口にしているだけなのか俺を茶化しているのか判断がつかないが、顔をニヤつかせながら残念そうにしている。
「まあたまにメールくらいはするけど最近はあいつとあんま会わないしね」
例え顔を会わせたとしても、特にあいつと話すことなんて無い。
「……なあ、やっぱ言わないほうが良かった?」
「いや、言ってくれって言ったのは俺だし大丈夫だ」
「なら良いんだけど、あんま気を揉むなよ? それだけが気がかりだ」
「心配すんなって」
「そっか、なら良かった。それじゃ俺もう行くわ、じゃあな!」
「ああ、また明日な」
荻原は、最後に爽やかな笑顔を見せると急ぎ足で教室を出て行った。
「ふぅ、俺も帰るか……」
今日は神川と一緒に帰る――。
荻原の話が頭をめぐって考えがまとまらないが、確かに俺の中で何かが引っかかっている。嫌な予感がする、というのが正しい表現だろう。実に様々な事柄が湧き出してきて、また「いつもの俺」になってしまう寸前だった。あまり何かを考えたくない……。
俺は、何も起こらないで欲しい、とただ願うだけだった。
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