これで終わりじゃないよね?
第十四話 見知った間柄
「ヴー、ヴー。ヴー、ヴー……」
携帯のバイブレーションがポケットの中で低い唸りを上げている。
――メールだ。誰からだろう?
黒川美紗は、薄っすらとした期待を膨らましつつ携帯を取り出して内容を確認した。
――二件届いている。
一件目は…………はぁ、またあいつからだ。
「今何してる? まだ学校? 学校終わったらさぁ、どっか遊びに行かない? 俺今日はヒマしてるからさぁ」
これはシカトするのが最善の返事になると思う。私はそんなにヒマしてません。
二件目は…………。
「美紗、パパだよ。電話だと……お前は取ってくれないと思うからメールを送っておくよ。今日、口座に来月分のお金を振り込んでおいた。まだ今月は足りるよな? 今回はいつもより多めに振り込んでおいたから心配はいらない。……いつも寂しい思いをさせてすまないな。でも来週一度家に帰れると思うから。その時は一緒に美味しいものでも食いに行こう――」
ここまで読むと、美紗は携帯をポケットに押し込めた。
――虫の良い御託を並べたって一体何になるというのだろう? 嫌気が差してしょうがない。
薄っすらとした期待を抱いていた自分が惨めに思えてくる。どいつもこいつも――。その時、美紗は保健室から出て行く女子生徒の姿を見とめた。
――それにしても、彼女に俺はどう接していけば良いのだろう。
一人保健室に残された俺は、神川との会話を思い出しながら考えていた。実のところ、神川は俺のことをどう思っているのか。それが気掛かりでならないのだ。
昨日、俺は神川に告白をされた。「高月くんが好きだったの……」と。
それだけでも驚きなのだが、彼女は俺の明確な返答を求めてはいない。何となく、俺自身の選択を待っている節があるような気がしてならない。
さっきだってそうだ。彼女が俺たちの関係について尋ねてきたときも、「俺に任せる」と言ってさっさと保健室を出て行ってしまった。普通好きな相手に告白したら相手の反応が気になってしょうがないはずだ。しかし、彼女は俺がどう反応しようとあまり気にしていないような感じがする。
実際、俺の反応なんて彼女にとっては何の意味も持たないのかもしれない。意味があるのはどちらかというと彼女自身の…………ん?
――ここで、ふと入り口に気配を感じた。
「何だ、お前か……」
気配の正体は、先ほど派手なお祭り騒ぎを引き起こしていた張本人、黒川美紗だった。
「あらあら、誰かと思えばのぞみちゃんじゃない。元気?」
俺に対して馴れ馴れしい物言いをするこの黒川美紗という女生徒。
彼女は巷で「性悪な不良」と揶揄されているが、見た目はセミロングのフェミニンカールにほんのり赤み掛かった髪。そして、切れ長の目が印象的な品性を感じさせる顔立ち。色白で背も高く、スラリとした肢体で制服を優美に着こなしている姿から、パッと見良い所のお嬢様ではないのかという印象を受ける。
とてもじゃないが不良とは言い難く、またそのような行為に走っていること自体、信じられる話ではない。俺には、どうも悪い噂が一人歩きしている気がしてならない……が、先ほどの出来事は間違いなく彼女が主体となって行われたのだ……。
「その呼び方は止めろって」
「またぁー、そんな冷たいこと言わないでさ。ちょっとおしゃべりでもしない?」
黒川は俺を横目で見ながら通り過ぎ、ベッドに腰を掛けてあからさまな笑顔を向けてきた。
「……さっきは良くやったもんだな。何かあったのか?」
「別に? なーんにも無いよ。ただ私はいつだって気まぐれなの」
そう言うと、彼女は全身を投げ出すようにベッドに寝転がった。
「気まぐれでも他人を傷つけるようなことはするなよ、いい迷惑だぞ」
「はいはーい。覚えておきまーす。あーあ、怒られちゃった。せっかくさっきのこと心配してメールしてくれるんじゃないかなーって待ってたのに」
全然悪びれた様子もなく、細く白い腕を覗かせ煌びやかなネイルの施された指先をチラチラとさせる。こいつと話していても気分が悪くなるだけだな。一体何しに保健室まで来たんだろう。
――ま、この様子じゃサボりか。だが俺はサボっているわけにはいかない。きちんと真面目に、普通に授業を受ける。先生に遅れた理由を聞かれるのは面倒くさいからな。
「――ねぇ、のぞみちゃん」
教室に戻ろうと動き出す寸前に、黒川が起き上がり俺を呼び止めた。
「何? 俺もう行くぜ? それにその呼び方は止めてくれ。良い思い出無いからさ」
「あっははは! だよねー。私がみんなの前で「のぞみちゃん」って言ったらみんな過剰反応しちゃってさ。特に男子がしつこかったよねー!」
「……お前が一番しつこかったよ」
「しつこくないよぉー! 望ったら私に呼ばれるときだけは嬉しそうだったじゃん。だから私は喜ばせてあげようとしてただけ。いつも顔真っ赤だったよー? 嬉しかったんでしょ、の・ぞ・みちゃんっ!」
「あーもーしつこいなぁ! これから一切この話題無し! 昔の話だしもう忘れよう、そのほうがいい」
彼女のノリはとても不愉快だ。人をおちょくる様な態度や言動は、俺の嫌いな事柄の上位に食い込む。まして、軽く苛立つ俺を見る黒川は愉快そうにケラケラと笑っているのだ。不快感が助長されるのも無理はない。
「ははっ、やっぱ望って面白いね!」
「俺は面白くない。ってかホント俺行くよ? まだ何かあるなら早く言ってくれ」
「うーん、まあ何てこともないんだけど……」
黒川が何を考えているのか知らないが、ニヤニヤとした表情で俺を見つめてくる。
――例え、彼女が容姿端麗で、はたから見れば魅力的に映ったとしても、それは決して気持ちの良いものではなかった。なぜか腹の奥がジトッと湿り、重くなる。
「どうした?」
「さっきさぁ、保健室から誰か出て行ったと思うんだけど…………あれ誰?」
「気になるか?」
「もちろん。「保健室で二人っきり」なんてある意味最高のシチュエーションだと思わない?」
「別に……俺からしたらそんなでもないな。まあお前にとっちゃ最高なんだろうけど」
「そっか、そんなでもないんだぁ……。で、誰なの?」
「あれは神川さんだよ、三組の神川亜希。そういやお前と同じクラスだったよな? 知ってる?」
「神川さん? ……何だ、神川さんだったんだぁ。じゃあその神川さんと二人で何してたの?」
「何してたって……別に何もしてないよ」
「私が見た神川さん、ジャージを着ていたみたいだったけど」
「ジャージ着てたからなんだっていうんだよ。五限が体育なんだろ?」
「……三組は五限英語だよ」
「五限は英語? そうか、そりゃ気になるな。まあ別に俺は気にならなかったけどね」
「……そっか」
ニヤニヤと不気味な笑みを見せていた黒川は、一通り俺に質問をすると、怪訝そうな表情を浮かべつつも何やら納得しているようだった。
「もう用はないよな? じゃあ俺は行くから。またな――」
とうとう俺が教室に戻ろうとしたとき、二つの甲高い声が聞こえてきた。
「……だよねー。でもいなかったらさぁ…………あー! 美紗ぁー!」
「おおっ? 誰かと思えば由美じゃない! あっ梨香もいるー!」
「いたいた! 美紗ぁー、さっきね? 美紗がここに居なかったらどうしようか話してたんだ」
「ははっ、何それー?」
こいつらは黒川の取り巻きの山賀由美と田辺梨香――。
「キーンコーンカーンコーン……」
良いタイミングでチャイムが昼休み終了の合図を告げた。――このチャイムが鳴り終わるまでに教室に戻れたらセーフ。間に合わなかったらアウト。セーフだったら明日は晴れ、アウトだったら明日は雨……だ。
実にくだらない制約を己に課し、俺は全速力で教室まで駆けていった――。
「ねえ美紗。さっきのって高月でしょ?」
「うん、そうだよ」
「二人して何やってたの? まさか美紗と高月って……」
「やだぁー、由美ったら何想像しちゃってんの? そんなわけないじゃない」
「そうかなぁ? 二人って昔から仲良かったんでしょ?」
「まあ色々あったしね……ねぇねぇ、それよりもさ! これからカラオケでも行かない? もうやる気なくなっちゃってさぁ」
「私もー! 授業なんてかったるくて受けてらんないよね」
「だよねー、鈴田のヤツほんっとウザい! ツバ飛ばしまくりやがって。キモいっつーの」
「キャハハ! ホントだよ、最後のほう完全にアタマイッちゃってたし。今頃血管切れてぶっ倒れてんじゃない?」
「ハハッ! それはヤバいってー」
「良い年して器小さすぎなんだよねー。だからずっと独身なんじゃね?」
「そうだよー! きっとそう! キャハハハハ……」
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