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これで終わりじゃないよね?

和語み

第十一話 黒川さんと愉快な仲間たちの悪行


 女性のヒステリックな悲鳴にも似た広く伝わるこの音は、俺はもちろん、クラス全員にも聞こえていたようで、クラスメイトは一斉に音源へと駆けていく。例によって、俺もそれに続く。

「おーい高月! こっちこっち!」

 本日の晩御飯を一円でも安く。家計のために一円でも安く。がモットーの、近所の母ちゃんたちが繰り広げる死闘の戦場。どっかのスーパーの激安タイムサービスさながらの人だかりの中から、俺を呼ぶ声がする。

 だが、間違っても「ではでは、まずこちらから行きますよー! 通常五百グラム、五百九十八円の豚ロース薄切り肉! こちらがー? なっ、なんと二百円っー! 二百円でーす! 数量二十パック限りっ! お買い得ですよー! さあ皆さん買った買った!」
 なーんてものではない。

「ちょっとそこどけお前……ちょっと待ってろよ!」

 ――どこかで聞いたような声だと思ったんだ。人だかりの中から、あの山田がにゅいと出てきて俺に駆け寄ってきた。

「――はぁ、えらいことになってる。また黒川たちだぜ」

「なんだ山田かよ。しかもまたあいつらか? あの愉快な仲間たちが今度は何やったんだ?」

 山田の言う黒川たち……。俺の中では「黒川さんと愉快な仲間たち」と呼んでいるが、そいつらはいわゆる「学校の問題児」だ。 リーダー的な存在である黒川美紗を筆頭に、固定メンバー数人でいつもつるんで行動している。

 今のように、ちょくちょく校内で目立つ迷惑行為を働き、先生たちを困らせているどうしようもないやつらだ。噂によると、校外でも色々悪事を働いてるらしい。

 ま、校外で何をやっているかは知らないが、今回はあらかた消火器でもガラスに投げ込んだんだろう。あいつらの今までの行動を振り返ってみると、所詮その程度のレベルと容易に予想がつく。でも、こんなに人が集まってくるなんておかしいよな……。

 賑わう人だかりの先を見てみると、女子トイレの前面に広がっている大きな窓ガラスが派手に割れていた。そこには、黒川とその仲間二人が佇んでいるのが見え、更に窓下には……うずくまっている人?

「おい山田、何があったのか見てたのか?」

 さっきから世話しなく辺りを気にしていた山田に聞く。

「ん? ああ。あそこにうずくまってるのがいるだろ? あいつが黒川たちに突き飛ばされたんだ」

「突き飛ばされたって? それでぶつかって窓が割れたってか。おいおい……」

 ガラスがあんな酷い割れ方をしているなんて相当の衝撃だったんじゃないか?

「マジ、てめぇ調子乗りすぎなんだよ」

「何こいつ。黙ってんじゃねーよコラ」

「お前みたいなのが色気付いてんじゃねーよカス」

 黒川たちは、うずくまっている女子生徒に何やら罵声を飛ばしている。

「もしもーし、泣いてるんですかぁー?」

 先頭の黒川は、人をおちょくるような口調でそう言うと、しゃがみ込み、頭を抱えている女子生徒を小突きながら更に言い寄る。

「返事してくださーい! ねぇねぇ、泣いてるんでしょ? 何か言わないともっと泣かしちゃうよぉ?」

「……」

「ねぇねぇ、どーしたのぉ?」

「……」

「なにかあったんなら私が聞いてあげるよぉ?」

「……」

「ねぇーってばぁー」

「……」

「泣いてんのかって聞いてんだよ!」

 黒川は先ほどのふざけ半分の口調とは一転して急に大声を出し、威嚇するように後ろの壁を思いっきり蹴りつけた。

「…………あの」

「え? なぁに? 聞こえなーい」

 弱弱しく言葉を発しようとした女子生徒の髪を無造作に掴み、そのまま乱暴に引きずり床に叩きつけると、取り巻きと共に体を蹴りつけ始めた。

「キャハハ死んじゃえー! バーカバーカ!」

 三人で取り囲み、愉快そうに暴行を加え続ける。……これは酷いな。というか何があったんだ?

 今までこいつらがしてきたことと言えば、非常ベルを鳴らしたり、トイレを溢れさせて廊下を水浸しにしたり、教室中に画鋲をばら撒いたり、学校中の掲示物を全部破り捨てたりとかするだけだった。でもまあこんなイタズラは可愛いものじゃないか。しかし――。

「なあ、これやばくないか?」

 横から、険しい表情で山田が言ってきた。

「うん。そうだな、やばいと思う。だってこれ完璧いじめだからな」

 いじめ……。というか既に集団暴行の域だ。

「いや、それもやばいけどさ。なんにしたってこの状況がやばいんだって」

 俺が軽く構えていたのかは知らないが、いつになく山田は真剣だった。

「状況がやばいって?」

「そうだよ。目の前であんなことが起きてるのに周りのやつら何してんだ?」

 ふと、周囲を注意深く見てみると、かなりの人がひしめき合っている。だが、どいつもこいつも一定の距離を取り、ただ傍観に徹しているのが見て取れる。

「なっ? おかしいだろ? 何でみんな何もしないんだよ」

 ――山田の言うことはもっともだ。今、ここでは悪い集団心理が発生している。

 この異様な状況。誰が見ても、目の前で起きていることは止めなければならないことのはずだ。
しかし、こんな人数がいるにも係わらず、一人でも止めに入ろうとしている人の姿は見えない。

 いや、仮に思っていたとしても動けないのだろう。ほんの一歩を踏み出せないのだろう。

 かく言う俺もそうだ。ここで出て行って、余計なとばっちりは受けたくない。面倒事に巻き込まれたくないと思っている。俺が思っているということは、みんなもそう思っているはずだ。

 ここで出て行ったらどうなるか……。みんな、それを恐怖しているのだ。しかし、こんな中でも傷ついている人間がいる。黒川たちに暴行を受けている生徒は間違いなく深いダメージを与えられ続けている。その他大勢の視線に晒されながら……。

「俺は見ていられない」

 ここで俺の心を打ち抜いたのは山田の一言だった。

「お前、まさかあいつらを止める気か?」

「当たり前だろ! だって困っているやつをほっとけねーじゃん! ……高月、意外とお前も度胸無いやつだよな。そつのない風に見えて、肝心なところはスカして距離を置こうとする。俺前から思ってたんだけどさ、そういうとこ直したほうがいいと思うぞ」

 ――山田はスゴイやつだな、と思った。

 この空気をブチ破って行ける勇気があるなんて……。それは即ち異質になるってことだぞ? 異質になることの恐怖を理解しているからこそ、山田の気概を立派に思う。さり気なく、山田は俺に喝も入れてくれたが、まさにその通りだと思う。今の山田と比べたら、俺はさぞや小さい存在なのだろう……。

 でも、それが俺の生き方。いわゆる「利口な生き方」ってやつだ。今まで俺はそうして生きてきた。だから、小さい存在なのだ。なんて俺が感じる義理もないはずだ――。

「それに今行けばさ、なんか窮地を救うヒーローみたいでカッコいいじゃん」

 …………あれ? 山田君?

「お前は俺の勇姿をここで見ててくれな!」

 気合十分。二回ほど深呼吸して覚悟を決めた彼は、今にも威勢の良い叫び声が聞こえてくるかのように、猛然と人だかりの中を突き進んでいく――。

「コラッ! お前ら何やってるんだ!」

 と、その時。生徒指導部のトップ、保健体育の鈴田を筆頭に、先生数名が騒ぎを聞きつけてやってきた。正義感あふれる生徒の中に、「騒ぎが起きているので先生を呼びに行く」という模範的行動を取った生徒がいたらしい。

「おい黒川! 止めろっ!」

 鈴田が黒川を引き剥がそうと後ろから羽交い絞めにすると、

「キャー! 誰かー! 教師が生徒にセクハラしてまーす!」

 と黒川が甲高い声で叫び、ジタバタと暴れる。一緒になって暴行を加えていた二人も、静止に来た先生方を妨害している。そして、よく見ると暴行を受けていた生徒の姿は無い。俺が黒川たちの反抗に気を取られている間に、すでにもう非難させていたというわけか。

「みんなも授業始まるから! 早く戻りなさい!」

 数名の先生が、ギャラリーと化した生徒の群れを各教室へ向かわせようと躍起になっている。先生側から見れば、さっさとギャラリーを退けて、何事も無かったかのようにその場を取り繕いたいのだろう。

 ――学校という機関について、そこに軽く十年は属している俺が得た答えがある。それは、「機械的である」ということだ。

 例えば、今のように何か問題が起きたとしても、全校生徒で考える機会を与えず、当事者同士で解決させ、関係ないものには一刻も早く忘れさせようとする。

 さっきの先生の一声、「みんなも授業始まるから! 早く戻りなさい!」も、「あなたたちには関係ないことです! 早く忘れなさい!」と言っているように俺は聞こえてならない。

 そうではなくて、何か問題が発生するたびに、問題の大小係わらず、全校一丸となって問題解決の場を設ければ、生徒指導部なんて作る必要も無いはずだ。生じた問題から目を逸らさず、しっかり見つめていけばいい。どうして、こうもさらっとしているのだろうか。

 接着力の落ちたセロテープのように、もう貼ることが出来ないのに、まだそれで貼ろうとしているのと同じように感じる。今回も、どうせ黒川たちには大して罰も無く、厳重注意程度で済まされるんだろうな。罵られ、暴行を受けていたあの女子生徒はどうしたら救われるのだろう。注意、注意を繰り返していくということは、あの女子生徒に繰り返し傷をつけていくことになるんだぞ――。

「なあ、高月。俺っていつになったら春が来るんだろう」

 俺はハッとした。数センチの間隔も無いほどの距離から声が聞こえたのだ。

 振り向いてみると、ついさっき気合を入れて人だかりに突っ込んでいった山田の姿があった。めちゃくちゃ熱い男だった山田が、こんどはめちゃくちゃ病弱な男に変貌していた。顔が暗い。

 ――そう。山田は、女子にカッコいいところを魅せるためにあんなに気合が入っていたのだ。

「さあな……。でも、俺はお前のこと好きだぜ」

「高月、さっきは嫌なこと言ってゴメンな。やっぱりお前は良いやつだよ……」

「気にすんなって」

 落ち込む山田を励ましつつ、俺たちも教室に戻る。
 少し気になり、チラリと後ろを向いてみると、ちょうど黒川と目が合った――。

「黒川、か……」






 四限の世界史の時間。俺はまた思考を巡らしていた。

 俺は、生産性も無いような無駄なことばかり行う人間は気に入らない。ましてや、それによって他人に被害を及ぼすような人間は決して解せない。更に、それがあの黒川であるのなら尚更だ。

「あいつ……。本当にどうしちまったんだろう」

 煮え切らない気持ちが交錯し、とても気分が悪かった。

 ……そういえば、荻原がトイレに立った直後に事件が起きたんだっけ。あいつ大丈夫だったのかな?俺は荻原の後姿に目をやったが、至って何事も無かったかのように座っている。

 しかし、あの時トイレから出てきて、何事もなくない光景に遭遇してしまった場合の彼の表情を思い浮かべてしまい、俺は笑いを堪えるのに必死だった。

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