これで終わりじゃないよね?
第十話 荻原
「あのさ、この学校内でお前が知ってるショートヘアの女の子って誰かいる?」
「お?……なーんか珍しいこともあるもんだなぁ」
「……別に珍しくないだろ」
「いやいや、普通ありえないって。お前そういう話題には一切食い付いてこないじゃん」
「まあな」
「あぁ、とうとうお前も異性への興味が芽生えたのか……。おまけにショートカットがお好み?」
「茶化すなって。今回はそんなのとは別物なんだよ。マジな話なんだ」
「えー? 何だよ恋の相談じゃねーの? つまんねーな」
「まあまあ、それはいつか聞かせてやるから。――それより知ってる限り名前挙げてみてくれない?」
「ふぅん……。まっ、いいよ。ショートなら誰でもいいの?」
「誰でも良いけど下級生ってのはナシな。同じ学年で」
「同じ学年かぁ……」
三限が終わり、俺はまず聞き込みから始めた。
何やら制服の内ポケットから手帳を取り出し、それを見てブツブツと自問自答を繰り返しているこの男。クラス。いや、学年の好色漢として知られる荻原に聞いてみることにした。
中々の美男子な彼は、その外見に似合わず?各女生徒の特徴などがビッシリと書き込まれているとされるカラフルな手帳を携帯し、毎日チェックと内容の更新を欠かさない。
俺からしてみれば、荻原のその姿勢は大いに評価に値するものではある。しかし、周囲の女子たちには「マメな人なんじゃない?」と評価されている一方で、「ただの変態じゃん」という厳しい見方をされていることを彼は知らない。いや、彼に知らせるのはあまりにも酷だろう――。
だが、彼に聞けば間違いなく目標の「彼女」にたどり着くことが出来るだろう。
「にしてもさぁ。何でお前ショートヘアの女の子が知りたいの?」
ふと、気づいたように荻原は俺に尋ねてきた。
「ん? ああ、ちょっと人探してんだよね」
「なるほど。生き別れた妹さん、ショートだったんだ……」
――何言ってんのこの人。
「んなわけないだろ……。そうじゃなくて!たまにあるじゃん?会ったことあるのに名前思い出せないってやつ」
「ああ、あるそれ。実際にそんな状況で相手と出くわすとすげぇ困るよな」
「いや、実はもう会ったんだよ、そんな状況で」
「えっ? マジで?」
「ああ、マジだよ。会ったとき相手は俺のこと知っててさ。でも俺は見覚えが無かったんだ」
「ふぅん。そういうこと。じゃ、お前のことだから「君のことは知らないけど、どこかで会ったことあるような気がするから思い出すまで待っててください」とか言っちゃったんだな? うんうん」
「……何で知ってんの?」
「え?」
――仰天した中にも落ち着きがあり、それでいて呆然としている表情。
この時の荻原の表情は、思わずスナップショットとしてお気に入りフォルダに保存してしまった。軽い沈黙の後、荻原は元の表情を取り戻すと、肩をすくめながら
「のぞむー。やっぱスゴイよお前」と称賛してくれた。
「何かおかしいか?」
「いや、何でもない。――にしたってお前短髪の子なんてうじゃうじゃいるぜ? うちの学校なんて68.4%がそうだろ」
「68.4%って……どんだけ詳細になってんの? そのデータ」
そんないらん統計はどうでもいいが、確かにそうだ。うちのクラスも、髪をいじっている女子はそうそう存在せず、普通に短髪が多い。
「なんかさぁ、ないの?」
「何が?」
「特徴だよ特徴! 髪型だけだなんて全然絞り込めねーよ。ほら、なんか背が高いとか眼鏡かけてるとかあの芸能人に似てるとか……」
「うーん、そうだなぁ……。とりあえずヘアピン使って髪留めてたな」
「ってまたそっち方面かよ……。いや、それ以外にさ、何つーかあの……まあ良いや。じゃあヘアピンはいくつだった?」
「いくつ? 確か四つ使ってたよ。左右に二つずつ」
「四つか。ちょっと待ってろよ……」
こいつヘアピンの個数までチェックしてるのか?髪色と同化してたらまじまじと見ないと区別出来ないぞあんなの。――その光景を思い浮かべると、彼が女子たちに何やら噂されてるのも頷ける。
やがて、荻原は数分と経たずに手帳と見比べて取っていたメモを俺に見せてくれた。
「ヘアピンを装着してる子自体が意外と少ない。たまに付けたりして登校してきたりする子もいないしな。ショートでヘアピンを付けている子の中でも、四つ付けてる子はこんだけだな」
――メモには、一組の工藤、荒井、二組の橋本、三組の神川、四組の仁科、桜井。そして、五組の嶋田の名前があった。
「どうだ?」
荻原がしきりにメモと俺の顔を見比べている。
「候補者は七人か」
学年に百と存在する女子生徒をすぐさまここまで絞り込むなんて……。あのカラフルな手帳の中身はどうなっているんだろう?
「――俺のデータが確実なら、この七人の中に探してる子がいるだろうよ」
「荻原、ありがとう。本当に助かったよ」
「いや、こんなん大したこと無いって。まあ、毎日ちゃんと続けてることが役に立つってのは嬉しいけどね」
俺が感謝の意を述べると、荻原は若干照れているようだった。
「なあ、前から聞きたかったんだけどさ、なんでお前は毎日毎日女子のメモなんか取ってんの? 今回は助かったけどさ、言っちゃなんだけど……。正直、お前のそれかなり怪しいぞ」
「ハハッ! お前でも俺のことそんな風に思ったりするんだ?」
「いや、俺は別に良いと思ってるんだけどね。たださ、普通そんなことする人なんていないだろ?」
「まあね。少なくとも、この学校では俺みたいなのいないんじゃない?」
荻原は、軽く自虐気味に答える。いや、どこ探してもいないと思うんだけどな……。
「でも、これは俺の日課なんだよ。言ってみれば毎日の楽しみだな。例えば、学校では地味な雰囲気の子が、街でバッタリ会ったらブランド物のバッグに真っ赤なハイヒール。それに毛皮のコート姿だったらどうよ? めちゃくちゃ面白いじゃん」
「まあそんなことがあればだけどな」
「だから毎日、女子の外見とか雰囲気とかをチェックしてるんだよ。そうしておくことで、ちょっとしたその子の変化を察知できる。その上で、女の子の心情ってのを想像するのが俺は好きなんだ。バッサリ髪短くしたんなら、失恋したのかな……。とか、イメチェンしたのかな……。とか、ただ長いの邪魔だったんだろうな……。とかね」
「何かそれってさ……」
――俺が今何か言おうとしたのを察したのか、荻原は両手を頭の後ろで組んで言った。
「いや、今高月が言わんとしてることは大体想像がつく。それに、他のやつらが俺のことをどんな風に思ってるかも知ってる。だって自分でもそんな風に思ってんだから。でも、俺にはそんなの関係ない。どう思われようが、俺の楽しみのためにやってることなんだし、周りの目は気にならないね。そして周りに迷惑かけるつもりもないし」
――思ったよりも、荻原は「自分」ってものを持ってるんだな。
他人から見ればくだらないことかもしれない。変わっていることかもしれない。でも、自分がそれをやりたいがために行っていることなのだから、他人からどう思われようが関係ない。それはそれで立派なものだと思う。第一、人の目を気にしてばかりでは何も出来ないしな。その点、彼は己の体裁を省みず、あえて果敢にも眼前の目的に飛び込んでいくことによって、自分だけの自由な世界を得ることが出来ているのだ。
「でも一つだけ聞いておきたいことがある」
荻原が、急に口調を重くして聞いてきた。
「何?」
「実際のところ……俺って女子からどう思われてんの?」
――なるほど。さっきは周りからどう思われてるか知っているんだ。みたいなことを言っていたが、この機会にはっきりさせとこうってわけか。
「のぞむーなら知ってるっしょ?」
どことなく荻原の表情が、クリスマスプレゼントの中身が自分の頼んだものに違いないと確信している子供のようになっていた。――だが、現実はそう甘くないんだよな。
「ああ、知ってるよ」
「頼む! 情報提供してあげたんだし、今度はそっちが情報提供してくれ!」
「別に良いけど……」
この際だ。はっきり言っておこうかな。――いや、これでいいか。
「みんな、影でお前のこと変態って呼んでるぞ。「カッコいい変態」って」
「…………ふぅ、んじゃまあ俺はちょっとトイレ行ってくるわ」
数秒の硬直状態のあと、彼はふらりと席を立った。――信じたくなかった事実をはっきりと聞かされて、若干心に応えたか?
「荻原、ありがとう! また何か奢ってやるからなー!」
トイレへと出発した荻原の背中に向かって礼を言うと、彼は振り向いて合図した。――笑顔で涙を流しながら。なんだかんだ言って、やっぱあいつは頼りになる。まさしく適任だったな。と、我ながらに思った。
「よし、じゃあ早速こいつらを偵察に行こう」
とその前に、一旦席に戻り、次の授業の準備だ。
――ここで思ったのだが、荻原がくれたメモに書かれた名前で思い浮かぶ顔が無い。つまり、一人たりとも知らないということだ。この俺が、学年の人間の名前を全員把握出来てなかったことに軽くあきれてしまった。
一年間、関わることもないだろうという人間だとしても、顔、名前くらいは知っておかないと後々面倒なことになるし、物事もそう簡単には運べなくなる。どんな情報でも、「知っておく必要がある」のだ。少なくとも俺の場合は。
そう考えてみると、俺も荻原に負けないくらい様々な事柄をチェックしている。……いや、荻原とはまた違うか。しかし、誰であろうとも好奇心が無くなることはない。今も、後五分しか休み時間が無いが、目的までの手がかりが掴めた今、どうしても早くその姿を見てみたいと思っている。美術室で会った彼女の姿を見たい。会って、また話したい……。
柄にも無く、俺の心がはしゃいでいた。
――うん、考えたら即行動だ。四限が始まる前にさっさと見てこよう。
そう決意し、教室を出ようすると、「ガシャーン!!」というけたたましい破砕音が耳に飛び込んできた。
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