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これで終わりじゃないよね?

和語み

第九話 異質になること


 今朝はいつもとまるで違う心境だった。久しぶりに「学校に行きたい」と強く思ったのだ。
俺の今までを振り返ってみると、こんな気分になるのは高校入学前以来からというもの覚えが無い。

 ――高校生活も3年目。
 みんなが将来へ向かって一歩一歩、着実に歩を進めている。そんな今は、人生で最も希望と不安が生産される時期なのだろう。でも当然、みんな一人なんかじゃないわけで、嫌なことばかりでもない。

 悩んだとしても辛かったとしても、周りにいる友人、先生方、もしくはバイト先の先輩だったり、店長だったり、そして家族だったり。誰かしら相談出来る相手がいるはずだ。そんな人たちと会い、腹を据えて話し、泣き、笑い、時には乱れ……。いやいや、己の意見をぶつけ合ったりする。

 こうした喜怒哀楽の心と心のふれあいの中で、楽しいと思える瞬間は必ずあるはず。だからこそ「充実してるな」と思える。「幸せだなぁ」と思える。大体はそれが普通なのかもしれない。
しかし、未だ将来への展望が開けず、足元が定まっていない人間は俺だけではないはずだ。

 心に暗い影が差し、孤独な人……。蓄積された将来への希望と不安が、一気に弾けてしまう人間が出てしまわなければ良いが――。


「彼は友人を唆し、窃盗という悪行を働いたのだ……。良いですか? この部分、「友人を、そそのかし」読み仮名が、「そ・そ・の・か」で、その後に「し」がついて、「そそのかし」と読みます。彼は、友人をそそのかし、窃盗という悪行。これは「あくぎょう」と読みます。悪いことをする。悪い行いという意味ですね。似たような単語に、「悪業」と書いて、「あくごう」と読むものもありますが――」

 窓際の一番後ろの席。この絶好のポイントから、青と白のコントラストで彩られた実に爽快な空をぼんやりと眺める。今日は何をしようか。いや、もう俺の中ではやりたいことは決まっている……あっ赤トンボだ。

「もう秋か。早いもんだな……」
 
 身を淡いオレンジ色に染め、数匹で飛び回るそれは風景にひと味加えてくれる。

「仲、良さそうだよな……」

 まるで、晴天の空の下、無邪気にじゃれあっている子供たちを見ているようだ。こいつらの動向が気になり、ずっと目で追っていると、いつの間にか見失ってしまった。蚊ならまだしも、トンボすら途中で見失ってしまうなんて……。動体視力落ちたかな? 軽く苦笑し、ちらりと目線を前へやる。

「……ですから、彼は何故友人を唆してでも盗みなんてしたんでしょうか? それは次ページの四行目にある――」

 この現代文の授業はみんな眠そうにしている。
 現代文担当の岸田先生の授業は、ちょくちょく豆知識の披露も入って結構感心する時も多いんだけどな。……美人だし。
 にも関わらず、欠伸をかいていたり、机に突っ伏していたりするやつらの姿が目に付く。受験も近いってのに気楽だよな全く……。
 でも、それは俺も同じで、今日は授業を真面目に受ける気にはなれない――。
 しかし、やはり中にはしっかりノートを取っているやつもいる。大体が暇そうにしているので、そんなやつを見ていると真面目なやつだと思わずにはいられない。まあ、あれが普通なんだろうが、これが逆になると見方は変わってくる。

 例えば、みんな姿勢を正して真剣に授業を受けているとする。そして、その中に一人だけケータイを弄っている明らかに授業を聞く態度でない人間がいるとしよう。こんな状況で、仮に誰かが教室の外から中を覗いてみる。すると、まずいのいちに「この場にそぐわない変わったやつがいるぞ?」と、その人間に目がいってしまうだろう。

 そう、人は「異質」なものに敏感に反応する。

 どこかで見たことがあるのだが、何かのCMで、サッカーの試合中に一人の常識外れな人間が乱入してきた。プレー中の選手も、観客も、審判も、一様にそれに気づき、呆気にとられている。……まあ当たり前っちゃ当たり前だ。そして、その人間は警察官に取り押さえられてフィールドを去っていった……。というようなCMだったのだが、一つだけ変なところがあった。
 それは何かというと、その乱入者に気づいた選手、観客、審判、取り締まろうとする警察官も、全員が素っ裸だったのだ……。でも肝心の乱入者は? ……しっかりと衣服を着用していたのだ。

 たまたま見ることになったこのCMに対して、俺は大分真剣に考えた。
「サッカーの試合中」という括りに、何の関係もない観客が乱入した。「サッカーの試合中」には、観客が入り込んではいけない。「選手が居るべきフィールド」「ギャラリーが居るべき観客席」と、それぞれ存在していなければならないと「されている」場所があるのだから、当然、これが崩れると「異変」を感じる。そして、その「異変」を「常識」から外れている。と人は認識して、それを不快に思ったり、受け入れることを拒否したり、あるいは人であれば蔑んだりする。このケースはまさにそれだろう。

 しかし、俺は考えるべき部分が多かったこのCMを見て、本当に怖いのは「異質になること」だという答えを得た。

 ある日ある朝。いつもの街頭。変わりないいつもの光景。……なのだが、よく見ると布切れ一枚身に着けていない、素っ裸な人間が縦横無尽に歩き回っているではないか。人の目に晒されていく内に、そこら中で一定の距離を取り井戸端会議が開催される。

「うわ、何あれ変態?」

「あれってテレビかなんか?」

「あの人頭おかしいんじゃないの?」

 ――哀れなことに、この人間は「変質者」として、駆けつけた警察官に事情聴取され、パトカーで連れて行かれてしまった。まあ当たり前だろうな。裸で街を歩いていれば普通に捕まるだろう。

 でもなぜ? なぜ捕まってしまうんだ? それは、もちろん「普通じゃないから」だ。服も何も着ないで街中を闊歩するなんて頭がどうかしてるもんな……と、普通はそう思う。そうだ、ここが肝心だ。この「普通はそう思う」というのはどこから来ているんだろう? と考えたとき、何を隠そう、それは昔々から形作られてきた「常識」と兼ね合わせて判断した結果から判断しているのだ。

 CMの場合、周囲にいる素っ裸な人間たちは、服を着ている「変質者」に対して、「何だあいつは」「何であいつは服を着ているんだ」などと疑問に思う。そう、その他大勢とは違い、その相手が異質だからだ。

 これを街中に置き換えてみた場合、さっきみたいな「裸で歩いている人を、周りの服を着ている人間たちが変に思う」という構図が、「服を着て歩いている人を、周りの裸でいる人間たちが変に思う」のと同じ構図になる。

 はたから見れば、後者の方は普通おかしい話だが、それは俺の持つ「常識」からそういう概念が出てくるだけのことで、周囲でヒソヒソ話している奴らは、服を着ている人間を「異質」と捉えているので変に思わない。

 ――そうだ、常識がどうのこうのなどではなく、普通と違う。流れと違う。その場のノリと違う。いつもと違う。自分たちと違う。だからおかしいと思うんだろう。

「自分たちは、皆ちゃんと服を着ているのにあいつは……」

「自分たちは、皆裸なのにあいつは……」

 これらは両方とも間違ってはいないはずだ。
 しかし、その考えは異質なものに対する自身の見方だ。なので普通と違ってしまうと皆から不思議がられる。軽蔑される。――もしそうなったら俺はどうなるだろうか?


「――くん。月くん……。高月くーん?」

「え?」

「高月くん。今のところ聞いてましたか? 四行目の「悪いことだとは思ったけれど、あれは間違いなく僕の落としたリュックだ」の部分」

「あ、はい。……ああ、この部分はえっーと」

「聞いてなかったようなので、もう一度読みますね。……全く。どうしたんですか? 時計を見ながらブツブツブツブツと。昼休みまではまだまだありますよ。真面目に受ける気がないなら出てってくださいね」

「すみません……」

 どうやら、俺は考え過ぎて自分の世界にのめり込んでいたらしい。

 岸田先生の、数多の生徒の睡眠欲を増幅させるまったりと耳に張り付くような声に呼び戻されたが、それが無ければ「俺の哲学ショー」でも始まっていたかもしれない。
 ――ん? ちらっと山田が視界に入った。
 何だあいつ、ニヤニヤ笑いやがって……後で覚えてろよ?






「また変なこと考えちゃったな……」

 二限の現代文が終わり、俺は渡り廊下の開放された窓から見える、まだ橙に染まり切っていない紅葉を望んでいた。

「今行ってみようかな? いや、あそこに行くのは昼休みだ。それ以外は他のクラスでも見てみるか」

 俺のやりたいことというのは他でもない。昨日、美術室で会話した「彼女」に会うことだ。

 確かに彼女のことは知っているような気がするが、全く思い出せない。昨日からずっと考えていたが、時折見せた悲しい表情ばかりが浮かんでくる。イヤなもんだなぁ……。探し求める相手の手がかりが悲しい表情だけだなんて。

「まっ、考えてても始まんないか」

 中庭の情景をしばらく眺め、頭の中がスッキリしたところで、もう一人、俺の探していた人物を視界の中に見とめた。

 ――ついさっき、俺をニヤニヤと見ていた山田だった。さて、どうしてやろうかな?
隣にいるのは……おっ、元気だけは校内一の我らが担任、石垣武志その人じゃないか。石垣とのん気に歩いているヤツの顔を見ると、俺は鼻で笑い、彼の元へ歩み寄っていった……。


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