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これで終わりじゃないよね?

和語み

第五話 見つけた出会い


お絵かきは楽しい。
 限定されたことじゃないけど、何も無いところに自分の世界を創り出せる。
 えっ? 絵が下手? ……そんなことどうだっていいじゃない。あたしは待ってるの。いや、待つと決めたの。こうしてあたしの願いを描き続けていたのなら、必ず来てくれる。いつからなのかな? ふと、気付いたらその人を待ってたんだ。きっと、どこかでもう出会っているのかもしれない。でも、ここであたしは待ってる。きっと来るから。それが運命なんだと、あたしは信じる。

 だけど……描いた絵を消したりはしないでね?






 ――あっという間だった。

 眠りに落ちる瞬間や意識を失う瞬間などはあまり記憶に残らないものだが、暗闇が徐々に見覚えのある風景に変わっていくさまを今回はしっかりと覚えていた。

 一応は整理されて並べられているが、等間隔でキッチリ並ぶことはほとんどない一人用の机。それとセットになっているひんやりして硬い座り心地の悪い椅子。そして、部屋全体を包み込むかのように大きく眼前に広がる黒い板。これらが暗闇を覆いつくしていき、見る見る「ある場所」を形成していったのだ。

 その「ある場所」とは、この先、年齢を重ねていってもきっと忘れないであろう場所であり、それでいて俺を無性につまらない気分にさせてくれる場所――。

「ここは……教室?」

 室内を注意深く見回してみたが、やはり間違いない。
 ここは俺が毎日のように通う学校の教室で、俺の在籍する三年六組そのクラスだった。目にしっかりと焼きついてしまったこの教室を忘れるわけがない。

「なんでこんなとこに……うっ」

 途中、窓から射し込む西日を直視してしまい、その眩しさに思わず声を上げた。

「今は夕方なのか?」

 ここで妙な違和感を覚え、正面の時計を見てみる。――時間は午後四時をまわっていた。

「なんだよ、もう四時じゃないか。どうなってるんだ?」

 ハッと我に返った瞬間、俺は呆然とこの教室に立ち尽くしていることを自覚したわけだが、どうしてよりによって学校の教室という場所に突っ立っているのだろうか?

 得体のしれない空間に誘われる前、俺は真っ暗な自室のベッドで眠りについたはず……。だったら教室なんかにいるわけがないし、外がこんなにも美しい夕焼け空なわけがない。

 ――ここでふと、外の風景が見たいと思った。もしかすると、窓の外には全くの別世界が広がっているかもしれない。と、一瞬思ったからだ。

 俺はふらりと窓際へ歩いていき、窓の外へ目をやった。

 窓越しから見える風景は、今こそ赤く染まって夕暮れの訪れを感じさせてくれるが、残念ながら元はなにも変わらない、授業中にいつも眺めている風景そのものだった。

「……あっ、あそこのコンビニ、いつも俺がパン買ってくとこだ」

 更に通いなれたコンビニが目に入り、手前の嫌に長い赤信号がある交差点に苦戦しながら、学校までのラストスパートをかける朝を思い浮かべてしまった。

 普段は信号の指示にしっかりと従っているのだが、時間が無いときは昼メシ抜きでいいから斜めに走り抜けてしまおうか? などと、何台もの車を見送りながら学校までのショートカットを試みようとしている(成功すると、俺の計算では約十分もの短縮を図ることが出来る)。しかし、一分一秒の隙も見せない車の往来に敵うはずはない。それに、この交差点は油断をしない。たとえ、俺が車の往来をかいくぐって突破したとしても、「信号無視」という汚名を用意しているのだから……!

 そんなこんなで俺は毎日お昼を抜かしたことはない。高校卒業までの皆勤賞は間違いないが、いつかこの交差点に完全勝利してやる!

 ――実にささやかな希望に対し、強い闘志が湧き上がって来たのかは知らないが、意識が鮮明となり、落下防止の手すりを強く握り締めた。これは夢なんかじゃない、現実なんだと。

 恐らく、俺は夢から覚め、新しい「時期」のスタート地点に立っているのだ。そしてこれから生きる意味の答えに繋がっていく。だって全てを知る者も言っていたじゃないか。
「私が教えることでもない。君は今「時期」の移り変わりの狭間にいる。この暗闇から次の景色に変わる時、君は答えに繋がっていく。ただそれだけのことだ」と。

 それに、ここは俺が毎日のように通っている学校の教室だ。窓から見ているこの風景だって、登校の邪魔をする交差点だって、お気に入りのチョコチップスティックパンとコーヒー牛乳を買うコンビニだってそうだ。俺の記憶にあるものとなにも変わらない。この手すりだって――。

 俺は力強く握り締めていた手すりを離し、両手で力いっぱい打ちつけた。


「ガン! ガン!」


 一回、二回。


「ガンガンガン!」


 三、四、五……。


「ガン……バァンッ!」


 ――最後の一撃だけ音と感触が違ったので、壊してしまったかと思ったが、単に打ちどころが悪かっただけだった。じわじわと言い知れぬ痛みが襲ってくる。

「すぅ……ふぅ…………」

 静かに激痛を耐え、ぽつりと呟いた。


「参ったな」


 若干混乱していたかもしれない。ここでゆっくりと深呼吸して心を落ち着けた。
自分自身、ハプニングや突然のアクシデントなどに見舞われても、動揺したり慌てたりすることなく、冷静に物事を考え行動出来ると思っていたが、それは大きな間違いだった。

 想像していた以上の出来事に直面してみると、ろくに頭が回らない。
今だって「俺は眠ってしまっていたのかぁ」くらいの捉え方で良いはずで、なにも頭を悩ます必要なんかないのだ。面白い夢を見たな、また続きが見れたらいいなと、楽天的に捉えればいいだけの話なのだ。

 しかし俺は考えてしまう。「これは現実じゃないよ」と誰が言ったわけでもないのに、今の現状を信じることが出来ない。匂いが。目に映るものが。手から脳へ伝わる痛みが。確かに毎日登校している学校だと思わせる。夢じゃない、現実なんだと思わせる。

 でもダメなのだ。余計に考えを巡らして疑念を持ってしまう。本当にここは現実なのかと。

「…………ハッ!」

 あの得体の知れない空間で、全てを知る者に何度も言われた言葉が自然と頭に浮び、思わず失笑しまった。

「あいつならきっと「物事は思っているよりも単純であることが多い」とかなんとか言うんだろうな」

 全てを知る者は、俺が疑問を投げかけたりするとこのように返してきていた。
今思うと、あいつは明言を避けていた気がする。というか、少なくとも俺の疑問に対してはっきりと答えたりはしなかった。あくまでも、俺自身の推測や判断に任せていたような気がする。

 答えは俺自身で解き明かせとかなんとか言っていたが、今までどうしても解き明かせなかったんだ。自力で解き明かせるなんて到底思えない。どんな出来事があったら分かるというのだろうか?

 あいつの意味深な発言のおかげで、俺はますます道を見失っていく。全てを知る者は、一体何のために俺の前に現れたんだ? 

「くそ、これがいつもの放課後であれば悩むことなんてないんだろうな」


「じゃあ「いつもの」ってなに?」


 ――俺が悪態まじりに嘆息を漏らすと、唐突に「声」が聞こえた。

 俺は咄嗟に後ろを振り返ったが、誰もいない。元からこの教室には誰もいなかったが、今はっきりと聞こえた。いや、「聞こえた」というよりは、「頭のなかで響いた」というのが正しい表現かもしれない。

 この「声」は、全てを知る者と出会ってから聞こえるようになった。
今までにも何度か聞こえていたのだが、取るに足らないものはその度に無視していた。

 最初は「とうとう俺も幻聴が聞こえる日が来るなんてなぁ」と軽く自分を嘲る余裕もあったのだが、次第にこの「声」は無視出来ないものになっていた。

 何故なら、この「声」は俺にとって不快でしかなかったからだ。馬鹿にしたような、見下したような、そんな感じ。無性に腹が立ってくる。今回のは鮮明に聞こえたが、いつまでも無視し続けられる自信はない。こんな状況だから余計にそう思ってしまうのかもしれないが、あまり聞こえて欲しくないものに変わりはなかった。

 ――俺の分身が影となってささやいていたらさぞ面白いことだろう。

「物事は思っているよりも単純であることが多い、か……」

 揚げ足を取るような不快な声をかわし、俺は教室を後にした。






 小学校低学年くらいの頃だったか、クラスの連中とかくれんぼをした時のことを思い出した。

 俺が鬼。他に四人いた仲間は自分の思うままに隠れる。鬼は一分数えてからじゃないと動き出してはいけないルールだった。かくれんぼが始まり、早々に仲間は散っていく。その足音を聞きながら、俺はどこから調べていこうか模索する。

 ――しかしながらこの時の気持ちの高揚感は何ともいえない。
求める獲物は限られた範囲に必ず潜んでいるのだ。行方が全く分からない訳でもない。隠れやすい、身を潜められる場所なども知れている。これでは最初から勝利は決まっているも同然だ。
にもかかわらず、「ここに隠れれば見つからないだろう」などと安堵のため息をついている間抜け共を鬼となった俺は一掃する。居場所がバレてしまった時の「そんなバカな!」というヤツらの驚愕の表情を見るのが最高なんだ。

 というのは今の俺だったらという話で、実際は誰も見つけられなくて泣いていたんだったよな……。まあ、あれは鬼が逆に嵌められるかくれんぼだったんだからしょうがないのだが。

 ――思わず小さい頃やった「鬼退治かくれんぼ」が脳裏を過ぎってしまうほど、校内には人気がない。

 放課後には最後の授業の最中居眠りをしてしまい、そのまま寝過ごしている生徒の残党がいてもおかしくないのだが、物音一つ聞こえない。軽く他の教室も覗いて入ったが、やはり誰も居ない。こんな時は孤独感に苛まれそうになるが、居ないものは居ないのだ。たまにはこんな放課後もあっていい。

 でも流石にここは学校だ。校内に人っ子一人いないわけはないだろう。誰かの策略じゃあるまいし、いずれ獲物は目の前に現れてくれる。普通は道を歩いていて、人間に出会わないほうが難しいのだ。更に限定された学校という小さな区域内では、きっと人間に出会う確立もグンと上がるはずだ。

 このような根拠もなにもない自信でも、持っていないよりは格段に気構えが違ってくるのは何でだろうか? 人間、一度信じたことを疑うのは中々出来ることではないから、まあ自然なことなんだろうが……。


「ダァン! ダン! ガラガラ! バタンッ!」


 急に、重い本棚が転倒して地面に叩きつけられた時のような凄まじい物音が聞こえた。
考え事をしながらぼんやりと階段を降りていたのだが、そのおかげでくだらない考え事は一気に消し飛び、咄嗟に「人がいる!」と思った。

 人がいると思ってから階段を飛び降りるまでは本当に一瞬。音が聞こえたとほぼ同時に、俺は階段を飛び降り、物音の発生源へと駆けていった。

「ここを曲がると……美術室か?」

 音の所在は美術室で間違いない。一般教室がある棟の反対、特別棟の方から聞こえていたのだから、美術室では相当な事態が起こっていると考えられる。ここは急いで飛び込んでいったほうが良さそうだが、なぜか警戒心が解けない。何故なら、未だに物音が聞こえて止まないからだ。

 入り口が見通せる廊下に差し掛かると、俺は気付かれては大変と僅かな音も立てまいと静かに歩み寄り、そっと中の様子を伺った。

 しかし、部屋を覗く左目には認識出来る範囲内に物音を立てている正体を見とめることは出来ない。――というか無駄に散らかってるしな。

 どんな高さ、角度から先を見通そうとしても、乱暴に色が塗られたキャンバスやら、背の高い彫像やら椅子で視界が遮られる。

 でも面白いもので、この決して綺麗とは言えない空間も、そこが「美術室」であることによって「美術室らしさ」と形容されてしまうのも然りだ。――おもちゃで遊んでる。だから子供? いやいやそんなわけはない。おもちゃといっても種類がある。それぞれ、子供のためのおもちゃ。大人のための……って俺は何を考えているんだ。まあ何にしろ「それらしさ」ってものがあるのだろうな。


「――ガタンタン! ギッギギギッ」


 尚も続く物音。こうしていても埒が明かないので、思い切って中に入ることに決めた。「失礼しまーす」と一言入れ、扉をやや乱暴に開ける……。


「ガラララッ! バン!」


 たとえ物音を出していようと気付くだろうという音で対抗したが、物音は未だ止むことはなかった。よく見渡してみると、左奥の余った机や椅子が積み上げられている場所の前に誰かがいる。
 ――周囲には机と椅子が散乱している。どうやら轟音の正体はあの一角を豪快に倒壊させてしまったかららしい。

「おーい! 大丈夫か!?」

「ガガガッ、ガンガン! ガラガラガラ……」

 多少大きな声で呼びかけたが、まるで聞こえていない。仕方がないので直接声をかけにいく。謎の空間からここへやって来て初めて出会う人だ。是非とも話をしておきたい。

 ガラクタ……いや、生徒の作品をかき分け、その人物に近寄って言った。

「ちょっと、聞こえてる?」

 すると、椅子を拾おうと伸ばす手が止まる。――ここまで近付く前に気配で分からなかったのか?

 軽く肩で息をするその人は、「ふう」と一息入れた後俺のほうへ振り向いた。――目が合う。
数秒見つめあった後、フワッと心地良い香りが追ってきた。……女の子だった。

「あーっ!」

 急にデカイ声で叫ばれたので、思わず「うわっ!」と後ずさりしてしまった。

「高月くん! 待ってたよ、あたし!」

「え?」

俺待ち合わせなんてしてたっけ?

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