これで終わりじゃないよね?
第四話 覚悟が決まらない
「予め言っておくが、君の望みは私が叶える訳ではない」
「……なんだって?」
しばらくの沈黙の後、全てを知る者から発せられた言葉は意外なものだった。
俺としては、もうストレートに答えを教えてくれるのだとばかり思っていたので、余計にそう思った。
「君の望みである「生きる意味」は、君自身で解き明かすのだ」
「俺自身で解き明かす? あんたが教えてくれるんじゃないのか?」
「……答えを知ってもらいたいとは言ったが、教えると言った覚えは無い」
――その言葉を聞いて納得がいかなかった俺は、全てを知る者に問い詰めた。
「なあ、それでも良いんだけどさ、自分自身で解き明かせ、なんてそんなおかしい話あるかよ。今まで考えても考えても答えを知るには至れなかったんだぜ? だから俺はあんたみたいな存在を望み、あんたは俺の前に現れた。そうだろ? それに自分自身で解き明かせるくらいなら、あんたが出てくる必要もないはずだ」
どうしてもダメだったからあんたが来てくれたんじゃないのか?
頭がパンクするくらい考えても疑問しか湧かない俺に、どうやって解き明かせと言うのか……。
若干の失望がこもっていた俺の問い詰めに対し、全てを知る者は先程から少しも変わらない淡々とした口調で答えた。
「今が「時期」と言って良い。君がどうしようもなくなり、私のような存在を強く望むのも「時期」だっただけのこと。それは同時に、君がかねがね望み、考えてきた生きる意味を知ることが出来る「時期」でもあるのだ。そして今、君は私が出てくる必要はないはずだと言ったが、私は存在する必要がある。先程、私が述べた内容を思い出してくれれば理解してもらえるだろう。決して答えを教えるために私が居る訳ではない」
「……じゃあ俺はどうすれば良いんだ。その「時期」とやらに身を任せれば良いのか? それとも、また考えて考えて頭を悩ませってか? そんなことしたってどうせ答えは出ないぜ」
ここまで来ると、もう何が何だか分からなくなってくる。
俺が全てを知る者の存在を強く望むのも時期? 俺が生きる意味を知ることが出来るのも時期? ――ってことは、全てを知る者が言っていることは「運命」のことなのか?
「まだ私の話は終わっていない。最後まで聞いてもらおう」
「……ああ、話の腰を折って悪かった。続きを頼む」
俺が先を促すと、全てを知る者は相も変わらず、感情の起伏のまるで無い口調で言った。
「君はまもなく元に戻り、また普通に生活を送っていくことになる」
――この一言に俺が驚いてしまったのは、これから壮大な冒険が始まるんだとでも思っていたからだろうか?
「今まで通り……か?」
「そうだ」
「じゃあさ、ここはやっぱり夢の中なのか?」
「それは君の解釈に任せる」
「八ツ!そこも教えてはくれないんだな」
「私が教えることでもない。君は今「時期」の移り変わりの狭間にいる。この暗闇から次の景色に変わる時、君は答えに繋がっていく。ただそれだけのことだ」
「……なるほどな。まあとりあえず、ここは夢の中なんだって思うことにするよ。そして要するに、いつもと変わらない日常が過ぎていくのはもう終わりで、元に戻ってからは何らかの変化があるってことだな?」
――この得体のしれない空間から目覚めた後、何も変わらない日々が変わっていく。
そこまで大袈裟に変わるって訳でもなさそうだが、少なくとも今までのような単調な日々にはならないということだ。それが分かっているなら、幾分心が踊る……かもしれない。
「……一つ聞いて良いか?」
「何か質問でも?」
この暗闇から見慣れた景色に変わる時、答えに繋がる毎日を数えていくことになる。それだけで考えれば、一体何が起こるんだろうかとワクワクしてしまう。実際、今俺は若干嬉しいと感じているかもしれない。
しかし、もう単調でつまらないかもしれないが、平和だった毎日とはさよならをしなければならないんだなと思うと、なんだか哀愁を感じずには居られない。平和じゃ無くなるなんてことは無いのかもしれないが、今までの日々が変わらないで欲しいという気持ちが少なくとも俺の中に存在している。要するに、不安なのだ。
恐らく、これから起きるであろう出来事の中には受け容れ難い出来事もあるはず。
今のままだと、俺は多分受け容れることも出来ないだろうし、目を逸らして逃げてしまうかもしれない。だからこそ、訊いてみたかった。
「俺は……本当に生きる意味を知ることが出来るのか?」
「ん? その答えを知りたくは無いのか?」
「いや、そうじゃなくて。本当に答えはあるんだよな?」
「何故そのようなことを聞く?」
「俺はいつからか考えてきた生きる意味を知りたい。この気持ちは確かなんだ。それに、あんたみたいな存在が俺の目の前に現れてくれたことだって、普通に考えたらありえないことだぜ? だから、嬉しいし楽しみなんだよ。これからどんなことが起きるのか、生きる意味の答えはなんなんだろうかって。でも……」
「「覚悟が決まらない」んだな」
――最初、確かこんなやりとりがあったな。全てを知る者には何もかもお見通しってわけか?
「……そうだよ。どうしても躊躇してしまうんだ」
ここで、不安を和らげるように優しく諭してくれれば良かったのだが、全てを知る者は何も変わらない。ただ言葉だけを並べて、俺の耳に入れるのだ。
「心配する必要は無い。言ったはずだ。物事は思っているよりも単純であることが多いと」
「そんなこと言うけどさ、俺にとっては……」
――この時、俺は異変に気付いた。空間が歪み始めたのだ。グニャっと空間が折り曲げられ、まるでSF映画に出てきそうなワンシーンを見ているようだった。
でもそれより解せなかったのは、暗闇は徐々に明るく彩りを加えて行くにも係わらず、俺の視界は逆に暗黒で覆い尽くされていくということだった。
視界が真っ暗になるなら、周囲も真っ暗になるはずだが、違う。鮮やかに彩られていくのだ。
「ちょっと待ってくれ! 覚悟がまだ……」
「ここにはまた来ることになる。安心しろ」
――ああ、これは意識を失うってことなんだな。
意識が途切れる寸前、全てを知る者の口元が笑ったように見えた。
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