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circulation ふわふわ砂糖菓子と巡る幸せのお話

弓屋 晶都

第5話 青い髪 2.りんご飴

「卵に、牛乳に、ベーコン、サラダ菜、パンにチーズにバターでしょ……」

スカイが両腕に抱えた紙袋。
それを、私が横から覗き込んで指差し確認している。
「おい、ラズ」
スカイの声に「うん?」と顔を上げる。
「魔法使いの嬢ちゃん、品物だよ」
前を見れば露店のおじさんが、色鮮やかなオレンジを二つ差し出していた。
「すみませんっ」
お金と引き換えにするつもりが、うっかり受け取り忘れていたらしい。
慌ててオレンジを受け取ると、おじさんがニカッと歯を見せて笑った。
「ラズ見て、さくらんぼがあるよ」
マントの裾をくいくいと引っ張られて、フォルテの方を向く。
「わぁ、ホントだ。早いね」
「けど高いねー……」
食べたいようではあるものの、その値段に負けそうなフォルテに
「もう少ししたら安くなるよ」
と声を掛ける。
もうオレンジも買ったことだし、今日のところはこれでいいだろう。
デュナが明日届け物を届けに行くと言っていたので、その収入次第では、明日はほんの少しだけ、さくらんぼに手を出してみてもいいかな?
と、量り売り用に詰まれたさくらんぼの山を、同じような色の瞳で見つめるフォルテを眺めて思う。
「ほらフォルテ、そろそろ日も暮れるし帰ろう?」
私の声にフォルテが
「うん……」
と、名残惜しそうにこちらへやってくる。
「あ、そうだ、フォルテ。スカイにもう聞いた?」
話題とともに雰囲気を変えるべく、明るく問いかける。
私を見上げて、ほんの一瞬だけ疑問符を浮かべたフォルテが「あ」と
小さく呟いて、抱いていた疑問を思い出す。
私達の会話に自分の名前が出た事が気になったのか、スカイが私の後ろから「俺がどうした?」とフォルテを覗き込む。
「あ……うん、えっとね。スカイに、聞きたいことが、あるんだけど……」
ぽつぽつと、途切れがちではあるけれど、フォルテが私の肩越しにスカイを見上げて話す。
「うん、何? 言ってごらん」
スカイが優しい声でふんわりと囁く。私の頭上から。
……もしかして、このままずっと私を挟んで会話するつもりかな? この2人は……。
そーっと横にずれてみようかと思った矢先に、デュナがヒールの音も高らかに登場した。
「いやー、さすがに国の玄関だけあるわねー。面白いものが色々買えたわ!!」
デュナの高いテンションと大きな声に、フォルテが口元まで出かかった言葉を飲み込む。
「……その荷物、全部家まで持って帰るのか?」
スカイが、家までの十日程の行程を思い浮かべながら、嫌そうにデュナの抱えた山盛りの荷物を見る。
「そうよ、あんたがね」
デュナが、やはり思ったとおりの答えを返す。
肺の中の全ての空気を吐き出さんばかりの勢いで、スカイが深いため息とともにうなだれた。
「暗くなってきたわ、早いとこ宿に戻りましょ」
と、一番遅くまで買い物をしていたデュナが悪びれもせず踵を返す。
真っ白い白衣の裾が、薄暗くなったマーケットに軌跡を残して翻る。
慌ててその後ろ姿を追いかける私達の耳に、小さな悲鳴が届いた。

私と同時にスカイも立ち止まる。
女の人の悲鳴……だったのかな。スカイにも聞こえたみたいだけど……。
フォルテは、私のマントの裾をぎゅっと握り締めて、不安そうに辺りを見回している。
「やめてくださいっ」
かすかだけれど、今度ははっきり聞こえた。
女性の抵抗する声が。
「こっちか!」
スカイが大通りから脇の道へと駆け出す。
デュナの方を見ると、私達の異変に気付いてこちらに向かっている。
走りながら魔法の発注をしていたのか、デュナの肩にどこからともなく風の精霊がすいっと身を寄せた。
それを確認して、私もスカイの後を追う。
「フォルテ、走るよ!」
「うん!」
マントからロッドを取り出しつつスカイの入った路地へ駆け込むと、その向こうにガラの悪そうな数人の男と、それに囲まれるエプロン姿の長い髪の女性と、その間に無理矢理入り込んだ黒いバンダナの姿があった。
「スカイ!」
思わず叫ぶと、スカイがこちらに気付いてひらひらと手を振る。
「おう、大丈夫だ。離れてろよ」
そう言われて、慌てて足を止める。

男達から目を離さないようにしつつ、フォルテのケープの襟を掴んでずるずると後退する。
いかにもチンピラといった風な、男の数は全部で四人。
背の高いひょろっとした男と、ぽっちゃりした印象の男と、派手な柄物のシャツを着たサングラスの男と、痩せ気味の男。
その中ではサングラスの男がリーダー格なのだろう。
男達の中央に立ち、間に割って入ったスカイにいちゃもんを付け始める。
「何だぁ? お前は……。痛い目に遭いてぇのか?」
ここからではグラサン男の表情までは見えないが、おそらくスカイを思い切り睨みつけたのだろう。
大袈裟なほどに下から上へと顔を動かして、スカイを見下ろす体勢を取る。
スカイは生憎あまり背が高くない。
こうやって四人に囲まれると、その細い体も手伝ってか、どうしても不利に見えてしまう。
「ああ、ごめん、ちょっと待って」
スカイは至って普通にグラサン男に話しかけると、後ろの女性を振り返り、
「少しの間これを持っててくれる?」
と抱えていた紙袋を渡した。


「てめぇ!」
「舐めてんじゃねーぞ!!」

どの男が発した声かはわからないが、グラサン男がスカイに殴りかかったのを皮切りに、他の男達も一斉に黒いバンダナ目掛けて飛び掛かった。
「スカイ!」
私の隣で響いた小さな叫び声。
「フォルテ、大丈夫だよ」
心配でたまらないらしいフォルテに、なるべく優しく声を掛ける。
視線は男達から外さない。
スカイに負けた男達がこちらへ向かってくる可能性が十分にあるからだ。
その時は、私がフォルテの安全を確保しなくてはいけなかった。

当のスカイは、口の端に笑顔を残したまま、グラサン男が真っ直ぐに伸ばしてきた腕をヒョイと避けると、すっぽ抜けた相手の手を取って放り投げる。
左右からの攻撃を屈んで避けると、そのまま背の高い男に足払い、男が地面に叩きつけられたときには、ぽっちゃりした男もまた地に転がされていた。
最後に残った痩せ気味の男に綺麗な回し蹴りを決めると、全ての男が地に伏しているのを見渡しながら、パタパタと土ぼこりを払う。
「ふぅ」
最初に吹っ飛ばされたグラサンの男がなんとか起き上がろうと腕をつく。
それを見下ろして
「まだやるなら相手するよ?」
と悪戯っぽい笑みを向けるスカイに、ゆがんで割れたグラサンを掛けた男の表情が引きつった。
「ちきしょう!! 覚えてやがれ!!」
とてもやられ役らしい台詞を吐き捨てて、バタバタと逃げて行くグラサンの男に、残された三人も慌てて体を起こし、後を追う。
「わー……あっという間だ……」
感嘆したような、フォルテの小さな呟き。
それにしても……
「……痛そう……」
私の呟きが耳に入ったのか、スカイがこちらに向けて苦笑を浮かべる。
「最後のか」
「うん」
スカイのブーツには鉄板が入っている。
あれで回し蹴りなどされた日には骨が砕けかねない気がするのだが……。
「まあ、手加減してたし、頭じゃなくて肩に入れといたからな」
そんなものかなぁ……。
それでも相当痛そうに見えた痩せ気味の彼が、早いとこ誰かに治癒してもらえるのを祈りながら、スカイの背後で私達の食料の入った紙袋を抱えている女性に視線を移す。
「大丈夫ですか?」
私の声に、逃げて行く男達の背中をぼんやり眺めていた私より背の高い女性が、そろりとこちらを見下ろす。
「……あ、ええ、大丈夫です……」
「荷物ありがとうな、重かったろ」
女性の手からそそくさと紙袋を回収するスカイ。
そこでやっと正気に戻ったのか、呆然としていた彼女が慌てはじめる。
「い、いえいえこちらこそ、本当にありがとうございました。助かりました!!」
ひとつに束ねられている腰まである長い髪と、柄の無いシンプルなエプロンをひらひらと翻しながら、ぺこぺこ頭を下げる女性。
「おう、気にすんな」
ニッと人懐こい笑顔で答えるスカイに、ほっとしたのか、ほんの少し落ち着きを取り戻した彼女に、いつの間にか私達の背後にいたデュナが尋ねる。
「何があったの?」
「あ、ええと……私、大通りでりんご飴の屋台を置いているんですが、そこにさっきの男達が因縁をつけてきて……」
「ふーん……大変ね」
事件や依頼に発展する気配がないとみると、途端に聞く気を失っているのが手に取るようにわかるデュナとは対照的に、スカイが心から心配そうな顔で聞く。
いや、本当に、心から心配しているのだろうけれど。
「こういう事って、よくあるのか?」
「いいえ、うちはこれが初めてです。けど……最近はあちこちの露店や出店が被害に遭ってるみたいで……」
しょんぼりとうな垂れる彼女。
それってつまり、最近治安が悪くなったって事なんだろうか。
近頃、幅を利かせてるという盗賊崩れ達の影響かなぁ……。
「そっか、大変だな……」
なんだろう。デュナと同じ言葉なのに、スカイが口にすると全く違う言葉のようだ。
彼女との距離が近くなって以降、ずっと私のマントの後ろに隠れていたフォルテが消え入りそうな声で言う。
「りんご……飴……?」
ああ、そこね。フォルテはそこが気になるんだね。
心の中で大きく頷きながら、目の前の彼女の耳へは届かなかったであろう質問を口にする。
「あの、りんご飴屋さんはこの近くなんですか?」
「ええ、すぐそこの……あ、うちの商品でよければ、お礼にいくつでもどうぞ」
ふんわり優しく微笑むと、デュナと同じくらいの歳に見えていた彼女は、もう少し年上に見えた。

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「りんご飴、おいしーねー♪」

フォルテが口の周りを真っ赤に染めて、満面の笑顔で言う。
周囲の飴をせっせと舐めているものの、いまだりんごに噛り付いていないフォルテ。
それはりんご飴の感想というよりも、単純に飴部分の感想ではないかと思うのだが、ひとまず笑顔で頷いて返す。

大きなりんご飴を四つと、小さなひめりんごの飴を二つ。
お姉さんは、遠慮せずいくらでもどうぞ、と言ってくれたのだが、これだけあれば十分過ぎる程だ。
宿に戻るまで待ちきれなかったらしいフォルテが、歩きながら、大きなりんご飴と必死で格闘している。

そんなフォルテのふわふわのプラチナブロンドが飴にペタペタと吸い寄せられるのを、見ていられなくなったらしいデュナが、小言を呟きながら荷物から取り出した輪ゴムで両サイドの髪を後ろにくくってあげている。

私はというと、デュナが抱えていた荷物のうち、二袋を抱えていた。
まあ、荷物のほとんどはスカイが受け持っているけれど……。
ようやくりんごに到達したフォルテが、シャクシャクと思ったよりもみずみずしい音を立てるのを聞きながら
「あんまり食べ過ぎるとお夕飯入らなくなるよ?」
と注意しておく。

りんご飴屋さんから三十分ほど歩いただろうか。日が暮れきった頃、ようやく宿に戻ってくる。
扉を入ってすぐの、小さな小さなフロントには誰も居なかったが、鍵はこの町を発つ日まで私達が管理する事になっているので、デュナが持ち歩いていた。
ガチャリ。と鍵を開けて中に入る。
荷物をひとまず部屋の隅、窓際の辺りに置いて一息つく。
結構重かったなぁ……。
食料品の袋だけをいくつか選ぶ。
りんご飴もあるし、お夕飯は簡単で良さそうだよね。
荷物を抱えて顔を上げると、窓の鍵が開いていることに気付いた。

あれ?
出かけるとき、窓の鍵閉めるの忘れてた……?
確かに、スカイ達が開けて外を眺めてはいたものの、出かける前には閉めていたと思っていたが……。
次出かけるときには確認して出ようっと。

簡単な夕食の後、狭い廊下のキッチンでフォルテと片付けを済ませて部屋に戻ると、一番奥のベッドにスカイが仰向けで転がっていた。
と言っても、足はまだ床についている状態だが。
デュナは、今日買ってきたよく分からない品物を、あれこれテーブルに並べて分けている。
テーブルは部屋にひとつだけだったので、先ほどまでここには料理が並んでいた。
フォルテは、帰り道で食べていたりんご飴……今はもう半分ほどになっていたが、それを取り出して食べ始めている。
なんとなく手持ち無沙汰なのだが、まだ食べたばかりだし、お風呂に入るのも早いだろう。
私は、一番手前のベッドに腰を掛けてみる。
奥をスカイが使っているなら、真ん中がデュナで、この位置が私とフォルテのベッドになるだろう。
スカイは相変わらず仰向けで、右手首を目の上に乗せている。
……寝ているのかな。
眺めていると、スカイの左手が緩慢な動作でお腹を掻いた。
あー……。寝てそう。
昔、よくスカイがぺろんとお腹を出して昼寝していたのを思い出す。
盗賊の服装は、なるべく体にフィットして、動いたときに音が出ないような物になっている。
そのため、上着の裾もズボンの中に仕舞われて、きっちりベルトで固定されているのだが、もしそれが無かったら、きっと今頃スカイはお腹を出して寝ていたに違いない。
スカイは明日早速、朝から盗賊ギルドで技の特訓らしい。
その間に、私達は村長さんから預かったお届け物を届けに行く予定なのだが……。
「明日って何時頃出るの?」
疑問をデュナに投げかけてみる。
「そうね、何時がいいかしら。相手の都合も考えると、十時過ぎってとこかしらね」
てきぱきと、アイテムを磨いたり並べたりしていた手を止めて、こちらに振り返るとデュナが静かに話した。
眠っているスカイに配慮しての事だろう。
「じゃあ、いっぱい寝てていいね♪」
フォルテも気付いたのか、声は控えめに、それでも嬉しそうに話す。
「うーん、けどスカイが朝早いし……」
私が困った顔で返事をすると、デュナが
「それが八時から特訓だから、朝は六時半に起きて、皆でご飯にしましょうか」
と、まとめた。
「はーい」
ちょっぴり残念そうなフォルテ。
まだ若いというのに、フォルテは二度寝が大好きだった。
「フォルテ、もう少ししたらお風呂に入ろうね」
フォルテに声をかけると、
「うん。ねえラズもりんご飴食べようよ、美味しいよ!」
と誘われる。

うーん。お風呂から出て食べようかと思っていたけれど……。
こういうのは時間を置かない方が美味しいだろうし、なによりその満面の笑顔には逆らえなかった。
「そうだね。じゃあ私も食べようかな」
私の答えを聞いて、嬉しそうに瞳を輝かせると、フォルテはトトトと小走りで荷物に駆け寄り、うきうきとりんご飴を引っ張り出す。
また小走りで戻ってくるフォルテの揺れるスカートの裾を、小さな風の精霊が掠める。
そのまま、精霊はカーテンのかかった窓から外へと出て行く。

フラフラ余所見をしていないところを見ると、誰かに頼まれた仕事の最中なんだろうか?
でも、それならどうしてこんなところを通ったんだろう……。

そんな一瞬の疑問も、目の前に差し出された大きなりんご飴にかき消されて、私達はランタナでの最初の夜を穏やかに過ごした。

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