circulation ふわふわ砂糖菓子と巡る幸せのお話

弓屋 晶都

第1話 赤い宝石 2.少女の依頼


お昼にはまだ少し早いが、朝という程の時間でもない。
ぽかぽかした日差しに包まれて、何だか眠くなってきた。

私達は今、町の片隅にある薬屋の前で、デュナが出てくるのを待っていた。
薬草集めの依頼主である、薬屋のおじさんには、私も何度か会った事がある。
少しひょろっとした風貌の、微笑むとなんだか儚げに見えてしまうような、優しそうな人だ。
深緑のエプロンに、丸いメガネがよく似合っていると感じた。

確か、フォルテより三つくらい年下の娘さんがいたんだよね……。

などと思い出していると、道の向こうから栗色の髪を揺らして女の子が駆け寄ってくる。
年の頃は八つか九つといったところか、見覚えのあるような、無いような……。
その後ろから、少女の母親らしき人物がこちらにペコリと頭を下げた。

「うちのお店に何か御用?」
くりっと小首をかしげて少女が問う。
ああ、薬屋さんの娘さんはこんな顔だったっけ。と、ぼんやりしていたら、隣でスカイがサッと膝をついた。
少女と同じ目線になったスカイが、人懐こい笑顔を見せる。
「今ね、僕のお友達が、お店で君のお父さんとお話をしてるんだ。
僕達はそのお話が終わるのを待ってるところなんだよ」
分かりやすい言葉で丁寧に説明をされて、少女は安心したように微笑んだ。
「なーんだ、そうなんだ。お怪我とか病気じゃないのね。よかった」
どうやら、私達を心配してくれていたらしい。
極度の緊張の後だからか、このぽかぽか陽気のせいか、どうにも頭が回っていない気がする。
それにしても、スカイが「僕」って言うのはどうにも似合わないなぁと……あれ?
気付けば、今まで私の隣で同じように壁にもたれて眠そうにしていたフォルテが居ない。

慌てて、辺りを見渡そうと身体を捻る。
いや、捻ろうとしたところで、スカイに肘を掴まれてしまった。

「フォルテに当たるぞ」

首だけで振り返ると、私のマントの後ろで、フォルテがそうっと少女を見ていた。
フォルテの視線に気付いて、少女がこちらを向いたかと思った瞬間。
フォルテはマントの陰に引っ込んでしまった。

「?」
少女が不思議そうに首を傾けている。
「ごめんね。この子ちょっと人見知りなの」
「ひとみしり? ってなあに?」
まだ膝をついたままのスカイが説明をする。
「その子はね、初めて会う人とお喋りするのが、ちょっと恥ずかしいんだよ」
「ほぇー」
「恥ずかしいんだけど、君と仲良くしたくて、そうやって覗いてたんだ」
ニコッとスカイが少女に微笑む。
「そうなんだ! じゃあね、えっと……」

少女がこちらに。というより私の後ろのフォルテに向き直る。
いつの間にか、少女の母親も傍まで来ていて、二人を見守っていた。

フォルテがまたそうっと顔を覗かせる。
今だとばかりに、少女がニコッと笑顔を見せた。
カチン。という音が聞こえた気がする。
固まってしまったまま、みるみる赤くなっていくフォルテ。

「私、ミリィって言うの。はじめまして、よろしくね」

フォルテより、歳も背も小さな女の子がハキハキと自己紹介をする。
その子によく合う、可愛い名前だった。が、ここはフォルテに返事をさせるべきだろう。
私が口を出すのは、もうちょっと後に……、と思うのだが、当のフォルテは固まったままである。

スカイが優しく声をかけた。
「ほら、フォルテ、挨拶してごらん。俺らがついてるからさ」
ぎくしゃくとした動きで、微かにスカイに頷いたフォルテが、そのまま私の顔を見上げてきた。
ニッコリと出来る限り優しい笑顔を向ける。
この子が頑張れますように。精一杯の祈りを込めて。
ほんの一瞬、ホッとしたような顔をして、フォルテがミリィに向き合った。
「…………わ……、私……その……」

途端、バターンと豪快な音を立てて、薬屋の扉が開け放たれた。
「うふふふふふふ……」
扉の向こうで、仁王立ちのデュナがなにやら怪しげな笑いを洩らしている。
その表情は、メガネの反射に遮られ、読むことが出来ない。

フォルテはというと、突然の音に驚いて、すっかりマントの後ろに戻ってしまっていた。
「おいおい、ねー……じゃない。デュナ! いきなりそんな思いっ切り扉開けたら危ないだろ!!」
扉は内外両方に開くタイプだったが、今回は思いきり外に開かれている。勢いが良すぎたのか、扉が戻って来ていない。

私達は、たまたま扉の当たらない位置に居たが、もしそうでなかったらと思うと、確かに空恐ろしかった。

デュナはそんなスカイの声を全く無視して、高らかに声を上げた。
「さぁ、美味しい物食べに行くわよー!」
足元では、ミリィがぽかんとデュナを見上げている。
そんな少女とその母親に、スカイと私でそれぞれ頭を下げて、さっさと歩いて行ってしまったデュナの後を、私達はバタバタと追いかけた。


薬草集めで貰える報酬は、はじめから決まっていた。
八百ピース。四人で美味しい物を食べれば、それだけで消えてしまう額だ。

先ほどの戦闘でデュナが投げた二本の薬瓶……それぞれの薬品を混ぜることにより爆発を起したのだろう。
爆発跡にはフラスコの破片が二本分あったように見えた。
その経費を回収するためには、お昼は美味しい物というよりも、安くて、不味くない物で済ませなくてはならないはずだった。

デュナは、冒険にはおよそ不向きなヒールの高い靴で、軽快に私達の前を歩いている。
後ろから窺い見る限り、その機嫌は、すこぶる良いように見えた。
やはり、あの薬屋で値段の交渉でもしたのだろうか。
実際、薬草を渡して決められた金額を受け取るだけにしては、時間がかかりすぎていた。
とにかく、デュナに聞いてみるのが早いかと、足を速めたその時、彼女がピタと立ち止まった。
慌てて止まろうとするも勢いが殺せず、デュナの背中が目と鼻の先に迫ったとき、後ろから両肩を力強く引かれる。
スカイだった。

「大丈夫か?」
「う、うん……危なかった……」
早鐘を打つ胸をなでおろしながら、デュナを見上げる。
彼女の視線の先には、沢山のクエストの募集記事が貼り付けられた掲示板があった。

「ちゃんと回り見とけよー」
彼の忠告はいつも不思議と嫌味なく聞こえる。
そんなことを思いながら、私も掲示板に目を向けた。
左手にフォルテがまとわりついてくる。
考え事をしながらデュナを追いかけたせいで、少し置いてけぼりにしてしまったようだ。
その小さな手をそっと握り返すと、フォルテは美味しそうなラズベリー色の瞳を細めて嬉しそうに微笑んだ。

「これ、いいわね。期限一週間でトランドまで。書籍を届ける依頼だわ」
デュナの指した小さなメモを皆で覗き込む。
フォルテには見づらい高さに貼られたメモだったが、スカイがひょいと抱き上げて見せていた。

十二という歳のわりには小さいフォルテだったが、その分軽い。
読み書きも、難しい単語が出てこない限り問題ない。
その点、こういったクエストの張り紙は、体力勝負で教養はちょっと……という人でも読めるように書かれている事が多く、フォルテにも十分理解の出来る内容だった。

「本の数は……二冊だな」
スカイが口に出して確認した。
以前、すぐ隣町へ書籍を届けるクエを引き受けたことがあるのだが、数についての記載がなかったものを、数冊だろうと軽く考えて酷い目に遭ったことがある。
せめて、馬車持ち推奨というように書いてあれば気付いたのだが……。

私達の移動手段は、もっぱら徒歩だった。

もっとも、商売をする人達や、人数の多いパーティー、よほど腕の立つ冒険者以外で、馬や馬車を持っていることもまた珍しいのだが。

「じゃあ、これ申請してくるわよ」
皆の意思を確認して、デュナが張り紙を剥がした。
そのまま掲示板脇の小さな窓口に持って行く。

デュナが軽くノックすると、小さくガラス戸が開くのが見えた。
あそこで冒険免許証とPT登録証を提示して、クエストを引き受けることを伝えれば、あとは管理局の人が、依頼主に連絡をしてくれるという寸法だった。
依頼主が管理局にクエストの募集掲載料を払っているからこその仕組みではあったが、私達にとっては無料で使える有難いシステムだ。

二十年ほど前から、申請の際に管理局が今までのクエスト遂行履歴より、遂行可能レベルかを判断して許可を出すようになり、初級冒険者達のクエスト失敗率もぐっと下がったらしい。

大きなひさしのついた、大きな大きな掲示板の前では、まだスカイに持ち上げられたままのフォルテが、普段は目の届かない高さのクエストを読み漁っている。

真ん中から下の張り紙は、雑用ばかりが並んでいるが、それより上の物は、眺めるだけでもワクワクするものが多い。
囚われの姫の救出などという張り紙を見つけたときには、いつあれが剥がされるだろうかと毎日覘きに行ったものだ。

掲示板には、難易度の高いクエストほど、高いところに貼られる傾向があった。

誰でも出来そうな仕事は誰にでも見える位置に。
誰でもは出来ない仕事は見づらい位置に、と言う事なのだろうか。
腕の立つ冒険者が皆、背が高いわけでもないだろうに……。
などと、ぶつぶつ呟いているうちに、デュナが戻ってきた。

……そういえば、デュナに何か聞こうとしていた気がするのだが。
思い出せないままデュナについて歩いて行くと、安くて量があってそこそこ美味しい、いつもの大衆食堂ではなく、そこまで高くはないけれど、お味は絶品の隠れ家的レストランの前に着いた。

ああ、そうだ。
薬屋の主人から報酬をいくら貰えたのかという事を、聞こうとしていたんだった。

レストランの扉を開けて、スカイが呼んでいる。
「中入るぞー」
足元では、フォルテがキラキラと瞳を輝かせていた。
このお店のスイーツはちょっとしたものだ。
メニューを思い浮かべると、急にお腹が減ってきた。
「行こうか」
「うんっ」
フォルテの手を引いて、扉をくぐる。
その後ろを、音もなく戸を閉めてスカイが続く。
デュナはもう中のようだ。


「ねぇ、デュナ、薬屋さんからいくら貰えたの?」
山葡萄のジュースが三分の一ほど残ったグラスの中をストローで無意味にかき混ぜながら、向かいに座る白衣の女性に声をかける。

レストランで白衣というのは、どうも場違いな気もするのだが、脱いだら脱いだで、目に鮮やかなルビー色のキャミソールが、しかも丈は短くてヘソまで出ているとなると、ここは大人しく着ていてもらう他無い。
ちなみに、下は光沢のあるブラックレザーのタイトミニスカートに、編みタイツ。
足元は、さすがにピンヒールではないものの、ヒールの高い黒のエナメル靴に、ゴールドのチェーンが装飾されていた。
どこから見ても、冒険者には見えそうにないが、マッドサイエンティストには見えそうである。

私の質問を受けて、デュナは怪しくメガネを光らせた。

「ふふふふふ……。知りたい?」
その雰囲気に、素直に頷くことを一瞬躊躇してしまう。
「う、うん……。えーと、聞いていい話なら……」
フォルテに聞かせられないような話でないことを祈りつつ、心持ち姿勢を正して彼女に向き直る。

隣で、皿に残るポテトのクリームをせっせと掬っていたフォルテも、顔を上げてデュナを見つめた。

一方スカイは黙々と魚の身を拾っている。
器用な彼の手にかかれば、どんなに骨の多い魚だろうと、一欠片の身も残らない。
また、彼自身、こういったチマチマした作業をするのが好きなようだった。
こちらをチラとも見上げないところを見るに、スカイには、デュナが羽振りのいい理由が分かっているのかもしれない。

考えに没頭すると、すぐ周りが見えなくなる私に対して、スカイは何かに集中していても周りには常に気を配っていられる人だった。
「実はね、あのおじさんに、ブラックオウザスの牙を買ってもらっちゃったのよ」
ニヤリと悪い笑みを浮かべて、デュナが答える。
顔には髪の影が落ち、メガネだけが怪しく光っている。

ブラックオウザスというのは、私達と今朝戦闘になった黒い獣の名前だった。
「へぇ、そうなんだ。牙が薬になるの? 知らなかった」
うんうんと満足気に頷くデュナ。
「それで、いくらで買ってもらえたの?」
私の声に、ギシッと一瞬デュナが固まったように見えた。が、すぐにグラスを引き寄せると、泡がはじける琥珀色の液体を流し込んだ。

このお店のジンジャーエールには、通常の物と辛口の物の二種類があって、デュナが飲んでいるその辛口のジャンジャーエールは、私やスカイではむせてしまうほどキツいものだった。

「さ、さんぜんよ、さんぜん」
微妙にカタコトなデュナの言葉に、スカイが顔を上げないまま突っ込む。
「絶対それの倍はもらってるな」
「えっ! てことは、六千ピース!?」
私の声に、ちらほらと店内の人達の視線が集まる。
うわー……ちょっと大きな声出しすぎちゃった……。
「ちょっと、声が大きいわよ、そんなたいした額じゃ無し……」
確かに、道行く人の財布に、六千ピース入っていたところで、驚くような額ではないが、私の財布に入っているのだとしたら驚く。
そんな額だった。
具体的にいうならば、十代二十代の一般職に勤める人のひと月の給料の、まあ三分の一程といったところである。

「そもそも、牙だけでそんな額もらえるはず無いじゃない」
「牙に、爪に、目玉まで拾ってただろ?」
そっとフォークとナイフを揃えて、スカイが顔を上げた。
「うぐっ、あんた、怪我治してたんじゃなかったの?」
「治してもらいながらでも、そのくらいは気付くって。どうせまたくだらない研究費に充てるつもりだったんだろ」
「そのくだらない研究の成果に、あんたは今日救われたのよ?」
「救われたと同時に死にかけただろ!!!」
スカイの声に、また店内の注目が集まる。

「ま、まあまあ……。 実際、いつもデュナの研究には助けられてるんだし……」
なんとかなだめようとすると、スカイが鋭く振り返った。
「こういうの見逃したらダメだって。大体、俺が突っ込まなかったら、三千ピースは全部デュナの懐行きだぞ?」
「うーん……。でも、見つけてきたのも拾ってきたのもデュナなわけだし……」
私の言葉に気を良くしたデュナがふんぞり返る。
普段は白衣に隠されているが、そのプロポーションはなかなかのものだ。

「ほーら、ラズはこう言ってるじゃない。フォルテも、千もらえたら十分よねー?」
突然ふられたフォルテは、しばし考えて
「うん。千ピースあったら、お菓子いーーーーっぱい買える♪」
と、嬉しそうに答えた。
実際、デュナの研究には何かとお金がかかるのだろう。
完成品が出来るまでには、調整を重ねなくてはならないのだろうし、彼女が試作品とやらを抱えてスカイに迫る姿は、もはや日常だった。

それに、デュナは私やフォルテには何かとふるまってくれることも多く、今回の事にしたって、私達に千ずつは還元してくれる事を、素直に有難いと思っていた。
旅に必要ないくつかの雑貨を買って、ほんの少し嗜好品を買ったところで、十分貯金に回せる。
それはフォルテも同じだった。

そう、デュナは決して暴君ではないのである。スカイ以外に対しては。
「ちょっと待てよ? ラズに千でフォルテに千で、俺には?」
「あんたには五百ね」
「何でだよっ!!」
「あんたがもう少し使える奴だったら、牙も爪も木っ端微塵にならずに、もっと沢山取れてたのよ?」
「俺今レベル二十五だぞ!? 相当頑張ってただろ!!」
「自分で言うようじゃまだまだね。もう、あんた他のお客さんの迷惑になるから出て行きなさい」
「まだ食事中だっつーの!!」
「あんたデザート食べないじゃない」
「コーヒーぐらい飲ませろ!」

二人の会話に入り込めず、ちらと横を見ると、フォルテもこちらを見上げていた。
「まあ、いつものことだからね」
フォルテに小さくささやくと
「うん♪」
という返事が可愛い笑顔と共に返ってきた。

「デザート楽しみだね。私、木苺のモンブランが乗ったタルトにしたんだよ」
キラキラと瞳を輝かせて話すフォルテ。
もしかして、彼女の耳に二人の言い争う声は届いていないのかもしれない。
「そっか。美味しそうだね」
「ラズにも、一口あげるからね」
「うん、ありがとう。私のクリームチーズのケーキも一口あげるね。マンゴーのソースが美味しいんだよ」
「わーっ楽しみーっ」
うずうずしているフォルテには申し訳ないが、デザートが来るのはもう少し先になるだろう。
この二人の口喧嘩が収まらないことには、このテーブルにウェイターは近寄りそうになかった。


デザートをお腹に納めて、二杯目の紅茶をカップに注いだ頃、一人の少女が店内に駆け込んできた。

年の頃十七〜十八といったところか、私と同じ程度の年齢に見えるその顔に、いくらかの汗と、明らかな焦りを浮かべていた。

店内での待ち合わせに遅刻してしまったとかだろうか。と考えつつ、ぼんやりと彼女を眺めていると、キョロキョロと店内を見回すその視線にピッタリ合ってしまった。
途端、こちらに駆け寄る少女。

「え?」
私の声に、少女に背を向ける形で座っていたデュナとスカイも振り返る。
「すみません、あの、冒険者さん……ですか?」
白衣のデュナと、おおよそ十五歳には見えないフォルテを見て、声の終わりが小さくなる。
この国では、十五歳になるまでは、それぞれの職業に就くことを許されていないからだ。

そして、私の格好はというと、大きなつばのとんがり帽子に、濃紫のローブ。濃紫のグローブ。
どこからどう見ても、魔法使い以外の何者にも見えない。
紫色というのは、魔力を宿す色とされ、精神統一の助けになるため、魔法使いが好んで身に付ける色だった。

まあ、帽子も、服もズボンも全部が紫なのは、私自身の精神コントロールの悪さを主張しているようで若干恥ずかしくもあったが、駆け出しの魔法使いなど、皆このようなものだ……と、思いたい……。

店内ではさすがに、帽子とグローブは外していたが、何しろ大きな帽子なので、椅子にかけていても十分目を引いたようだ。
「ああ、そうだよ」
スカイが人懐こい笑顔で答える。
「あ、あの、届け物の依頼をお願いしたいのですが……」
クエストの依頼なら、わざわざ直接言わなくても、掲示板に貼り出せばいいはずなのに、よっぽど手数料を払いたくないのか、それとも……。
ぐいと重くなった肩に隣をみると、フォルテが恥ずかしそうに
私のマントを引っ張って影を作っていた。
そんなに力いっぱい引っ張られると、伸びちゃうよ……。

「どこまで、何を届けてほしいの?」
スカイの声に、デュナが継ぎ足す。
「期限と報酬は?」
「ええと……届けていただきたいのは小さな雑貨で、場所はトランド、期限は……出来る限り早めでお願いしたいです」
「ふーん。それで、報酬は?」
デュナのメガネが怪しく光る。
「そ、それが……手持ちがほとんどなくて……その……百五十ほどしか……」
少女は、申し訳なさそうに目を伏せながら答えた。
百五十では、屋台の安いホットドッグを四人で食べることくらいしかできないなぁ。などと思いつつ、デュナの反応を待つ。

デュナは、残念そうに長く息を吐きながら、頭を振った。
途端に少女の表情が曇る。
がっかりというよりは、やっぱりといった雰囲気だった。
もしかすると、今まで何件か声をかけた後なのかもしれない。

「いいよ。トランドの、誰に渡せばいいの?」
答えたのはスカイだった。
「え、引き受けてくださるんですか!?」
「ああ、どうせ俺達トランドに行く予定だったからね。気にしなくていいよ」
「……あんたは、もうちょっと気にしなさいよ」
「あ、ありがとうございますっっ!!」
デュナの小さな呟きは、少女の歓喜の声にかき消されてしまった。
「困ったときはお互い様だよ」
爽やかな笑顔を添えたスカイの言葉には、何の迷いも無い。
彼は、そういう人だった。
むしろ、そんな彼の職業が盗賊だという事の方が、私にはいまだに納得できない。
デュナも、こういう時のスカイには何を言っても無駄だと分かっているようで、それ以上は、口を挟むことなく、彼女の話を聞いている。

そんなわけで、『出来る限り早く』という彼女の願いを叶えるべく、私達は早速、午後からトランドへ向けて出発することになった。


日も暮れかかった頃、ホヨンという小さな村で宿をとる。
今朝の疲れもあったので、今日はベッドで寝ようというデュナの提案だった。
……ということは、明日は野宿かな。

私達の部屋にはベッドが二つ。私とフォルテは同じベッドだ。
もうひとつのベッドにはデュナ。スカイは別室だった。
部屋にひとつだけある、机の前の椅子に腰掛けて、デュナが赤い石を覗き込んでいた。
片目には、メガネの上から拡大鏡のようなものを当てている。
デュナは既にシャワーを浴び終え、宿備え付けのバスローブ姿だった。
大きく組んだその片足が、露わになっている。
間接照明しかない室内では、その肌はさらにきめ細やかに見えた。

相変わらずのスタイルの良さに、心の中でため息をつきつつも、自分のものとは比較しないよう心がけて、慎重に視線を移す。
彼女が赤い石を傾ける度に、ライトに照らされた石から赤い色をした影が彼女の頬や胸元に落ちた。

『雑貨を届けてほしい』
そう言った少女が開いた手の平には、赤い石が握られていた。
研磨してあるのか、もともとこうなのか、丸いフォルムのその石は
鮮やかな色で輝きを放っている。
宝石……なんだとしたら、その大きさ、結構な値打ちのものではないのだろうか。

管理局を通さない依頼ということは、どこにも履歴が残らないわけで、はじめから『宝石を届けてくれ』などと言っては、そのまま宝石だけを持ち逃げられる危険性も十分ある。
妖しく艶めく赤い石に目をやって、考える。
では、この石を託された私達は、彼女に信頼されたという事なのだろうか……?

明日一日歩けば、明後日にはトランドに着くはずだ。
この石は、ちゃんと彼女のお姉さんに届けてあげたい。
「ラズー、お湯溜まったー」
バスルームから、フォルテがひょっこり顔を出す。
「あ、ありがとー。じゃあ入ろっか」
「うんっ」
この、溜めたお湯に浸かるという入浴法をとる人間は、この辺りでは非常に珍しい。
デュナもスカイも、年中通してシャワーのみだった。
私には、ゆっくり浴槽に浸かって、歩き疲れた足をしっかり揉み解す事こそが、疲れを癒す最良の方法だと思えるのだけど……。
着替えを抱えてバスルームに向かう私に、デュナが声をかけた。
「悪いけど、先に寝るわね」
振り返ると、赤い石はもう仕舞い込まれていた。

「はーい、おやすみなさい」
「おやすみ」
バスルームから、脱ぎかけの服に絡まったフォルテが慌てて顔を出す。
「お、おやすみなさいっ」
「はい、おやすみね」
ひらひらと手を振って、ベッドにもぐりこむデュナを背に、フォルテをバスルームに押し戻す。
ケープがヘッドドレスに引っかかって、じたばたともがいている彼女からよいしょとケープを引き抜いた。
「ぷわっ」と小さな声を上げて、プルプルと頭を振っているフォルテに「明日もいっぱい歩くからね。今夜はしっかり足を休めようね」と声をかける。

一日目の夜は、こうして更けていった。


          

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