今まで視界にも入らなかった地味なクラスメイトが、実はかなりのイケメンチャラ男だったなんてことある!?(仮)

細木あすか

死にたくない



「梓、どう?」
「寝てるよ。今は熱も下がってるし」

「……?」

トイレに起きると、パパとママの声がリビングからする。ママ、帰ってきたんだ。

1人で行くの怖いから要起こしたんだけど、全然起きないの。こっちは、いつも起きてついてってあげてるのに!
でも、わたしは要のおねえちゃんだもんね。がまんがまん。

「良かったわ。倒れたって聞いた時はびっくりしたもの」
「体質だから、付き合って行かないと」
「そうね。……ストレスだったら、何だか申し訳ないわ」
「医者から、違うって言われてるじゃないか。これ以上悪くなった時のために、今必死に働いてるんだ。それは、梓もわかってくれてる」
「……そうだけど」

「ママ、おしっこ」

なんだか、むずしいお話をしてるみたい。パパが、いつもよりもっと変な顔してる。
……ううん、見間違いだったのかも。だって、パパってば笑ってばっかりだし。

「あら、瑞季。起こしちゃった? トイレ行こうね」
「うん」
「パパにおやすみ言って」
「おやすみ、パパ」
「おやすみ、瑞季」

いつものパパとママだ。
2人そろってると、うれしいな。パパも、ケーサツなんか行かないで毎日家にいれば良いのに。


***


「さーつー……いてっ!」
「……っ」

休憩時間。
五月のいる控え室のドアを開けると、出て行こうとした人にぶつかってしまった。
オレは、ぶつけた鼻を押さえながら相手を見る。すると、

「……美香さん?」

その人は、謝罪の言葉もなしにスタジオとは反対の方へ走って行ってしまった。顔見る暇がないくらい猛スピードで。
多分、美香さんだったと思う。ありゃ、泣いてたな。

「なんだ? ……五月、入るぞ」

スタジオ内は、走ったら危ないんだぞ。
……なんて、年下のオレが言ったところでな。芸歴はオレの方が長いけど、高校生活の名残りなのか、目上の人には礼儀正しく接していたい。

彼女の行動に疑問を持ちながら、オレは控え室の扉を開けた。すると、

「っ……、ふ、ふ、っ」
「五月!?」

部屋の隅っこで、必死に息を殺している五月がいた。
身体を縮こませて、更に、瞳孔を見開いて過呼吸寸前の状態で。……いや、発作起きてるな。

「しっかりしろ! 何があった」
「っ、っ、……っ、ぁ」
「もう、大丈夫だから。深呼吸しろ」
「っ、ふ、っ、っ……ぅ」
「上手いぞ。ゆっくり、ゆっくり」

声をかけると、オレに気づいた五月が身体を預けてきた。全身の力が抜けたと思ったら、瞬きひとつしない瞳から涙がこぼれ落ちる。
にしても、すげー汗。何があったんだ?

「今、美香さんらしき人出てきたけど……」
「っ! ……ぁ、っ、ひっ、ひっ」
「あ、悪りぃ。もう大丈夫だから、とりあえず落ち着…………」

美香さんの名前を出した瞬間、五月の呼吸音が激しくなった。
背中をさすろうと手を伸ばした時、オレは衝撃的なものを見てしまう。

「お前……」

白いワイシャツの一部が赤く染まっていたからびっくりしたが、よくよく見ると口紅らしい。胸元部分に深い皺が付き、フロントボタンがいくつか取れている。
それだけじゃねぇ。その奥の肌には、紛れもないキスマがいくつもつけられていた。
床に視線を落とすと、こいつがしてたベルトが落ちてるじゃんか。まさか……。

「ここでヤったのか……?」
「っ……ち、が」

オレがそう言うと、五月は怯えた表情になって必死に首を振ってきた。両目から、ボロボロと涙をながしながら。
まあ、こいつが職場で盛るわけねぇよな。っつーことは……。

「……っんの野郎ォ!!」
「っ、……っだ、め」
「離せ! とっ捕まえてブン殴ってやる!」

あの女、五月のこと襲いやがったんだ!

オレが立ち上がろうとすると、五月は震える手で腕を掴んでくる。簡単に振り払える力なのに、オレにはそれができない。

しばらく苦しそうに息をしていたが、過呼吸が落ち着いたところで口を開いてきた。

「俺、は、……やっぱ、断っちゃ、ダメ、なんだ」
「は?」
「いいよっ、て。言わなきゃ、死んじゃ……う」
「……五月」
「鈴木、さんみたいに……俺は、強くなれ、な、い。恥ずかし、い」
「……」

どうやら、五月は美香さんとの何かを断ったらしい。……梓に告白するために、色々整理するって言ってたから、それか?
にしたって、この仕打ちはねぇよ。勝手すぎる。

「迷惑、だ。俺、なんかが。……好きじゃない。勘違い、だ。好きになっちゃ、いけ、ない」
「五月、落ち着け」
「女の人、こ、わい。急で……勃たなくて、ぅうぇぇ!」
「落ち着け。もういいから、落ち着け!」

五月は、何があったのか断片的に話しながら、嘔吐してしまった。さっき一緒に食ったオムライスが、床を汚していく。

「ぅ、う、おぇっ!」
「楽んなるなら、吐いちまえ。まだ、本番まで時間あっから」
「ふ、ふ、うぅあ」
「今日、終わるまでオレの近くにいろよ」

それから本番が始まるまでずっと、五月は梓の名前を呼びながら瞬きひとつせず「ごめんなさい」を繰り返した。

          

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