純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

1:進み続ける時計の針②



「どうだ、気分は」
「……ミツネ」

大きなスクリーンに映し出された過去は、ユキの意思に関係なく動いている。それを、彼女は先頭で膝を抱えて見ていた。
この場面……彩華の記憶改竄がされた場面は、黒世が起きた時のもの。数年たっても、それは色褪せずにユキの心の中に入り込んでくる。

……ここは、マナによって展開されてたレンジュ国に伝わる時間軸移動の魔法の中。
ここにいれば、ミツネが来てくれると思い待ってたのだ。彼女は、それに応えるように現れた。

「元気?」
「ああ、元気だよ。特に変わりはない」

長年の付き合いであるユキには、その言葉が嘘だと気づく。しかし、それを指摘して何になるのか。
もっと別の話をしたいユキは、口を閉ざす。

「よかった」
「まことも元気だよ」
「……そう」

ミツネは今、ナイトメアの本拠地にいる。ゆえに、ここにいる彼女は実体ではない。無論、ユキも。ここは、双方にとっては夢の中なのだ。

まことの名前を聞くだけで、ユキの胸がズキっと痛んだ。ミツネの指示とはいえ、こうも簡単に真田シンに奪われてしまうとは思っていなかったらしい。
彼も、少しの間ではあったが大事な仲間だった。それを連れ戻すこともできない自分の不甲斐なさが、ユキの中に巡る。

「大丈夫。なるようになるさ」

と、いつもの優しい雰囲気は変わらない。

「……マナ、これの負担が大きいらしくて。あまり長くはいられない」
「本来なら同時に持ってはいけないものを持たしてるからな。マナは頑張ってるよ」
「うん……先生が魔力を補ってるみたい」
「はは、やはり手を出したか!」

と、言いながら、ミツネはユキの隣に腰を下ろす。その動作が不自然であったが、やはり言わないことに決めたらしい。ユキは、ミツネの顔を見るだけに止めている。

「先生のフェロモンを受け止められるのはマナくらいしかいないから。良い組み合わせだと思うよ」
「お前も大丈夫だろう。試してみたら?」
「先生は未成年に手を出さない」
「紳士じゃないか! 好感度が上がったよ」

他愛のない会話をしながら、ユキはミツネに寄りかかる。
それを、彼女は優しく受け入れてくれた。

「……サツキちゃんが心配だけど」
「あの子は大丈夫さ」

彼に好意を抱いているサツキがそれを知ったらどうなるのか。考えるだけで、複雑な気持ちになる。ユキとしては、自身が彼女の快楽を管理しているのも相まって、なんだかこっちまで申し訳なくなるのだ。
かといって、風音の自由を縛るのも違うとはわかっている。自分だって同じようなことをしているのだ。彼だけを責めるのはお門違いだろう。

「……そうだ、サツキといえば。カイトに呪いをかけたのはお前か?」

そんな葛藤に気づいたのか、ミツネが話題を変えてきた。こういう勘は、鋭い。

「……うん。ちょっと呼び寄せたかったから」
「やはりな。あいつはもう限界だぞ。これ以上は寿命を削る」
「あはは。見た目と違って我慢強いんだね。フォローしとくよ」
「頼むよ。後味が悪い」
「……」

すると、不意に会話が止まった。
しかし、静けさはない。目の前のスクリーンでは、相変わらず過去の物語が繰り広げられているためだ。

「……ミツネ」

視線をスクリーンに向けながら、ユキが名前を読呼んだ。とはいえ、その声は吐息と言われても納得するほど小さい。

しかし、ミツネは拾ってくれた。

「なんだ、ユキ」
「なんでもない」
「なんだって」
「……なんでもない」
「なんだよ、じれったい!」

まさか聞こえているとは思わなかったのだろう。
ユキは、隣で笑うミツネの顔を見ながら言いたいことを躊躇している。見かねたミツネは、そんな彼女の頭をゆっくりと撫でた。すると、

「……お母さんって呼んでいい?」

と、先ほど同様消え入りそうな声で、やっと要望を告げられたようだ。その顔は、りんごのように真っ赤になっている。

それを聞いたミツネは、意外だったのだろう。キョトンとした表情になって、言葉を失っているではないか。とはいえ、それは失望の類ではない。

「……」
「やっぱりなんでもない!」

その反応を見て、照れ隠しなのかプイッとそっぽを向いてしまったユキ。スクリーンに向けられていた視線は、どんどん下に向けられていく。

ダルマのように丸くなってしまったユキを見て、ミツネは笑った。

「お前は私の娘だよ、いくらでも呼びなさい」
「……お母さん。お母さん」
「なんだ、甘えん坊な娘だな」

その笑い声を聞いたユキは、ガバッと上半身を起こしてそのまま、ミツネに向かって抱きついた。

側から見たら、それは親子の微笑ましい光景にしか見えない。赤の他人同士であるのに、誰が見ても親子だと言うだろう。それほど自然に、2人は身を寄せ合っていた。

「お母さん。……お母さん、お母さん」

しかし、その温かさがユキの身体へ残酷に染み込んでくる。
次第に涙声になる震えたそれを、どうしても隠せないようだ。

「ユキ、ごめんな。……ごめんな」

それに気づいたミツネは、ユキの頭を再度ゆっくりと撫で上げた。

この時間がずっと続けば良いのに。

互いに思っていることは同じだった。
しかし、2人の意志とは関係なしに、時間は少しずつ歯車を狂わせながら動き出している……。


***


同時刻、ナイトメアの本拠地にて。

「……」

まことは、目の前で床へ突っ伏しているレンジュ皇帝を無表情で見つめていた。
皇帝は……、皇帝に身体変化しているミツネは、気絶しているのかビクともしない。服から覗いている皮膚からは、おびただしい数の傷が見えている。

「起きたら再開しろ」
「はい、お父さん」

その手に握られているのは、小型のナイフ。先端には、乾ききった血液がこびりついていた。

シンの指示を聞くや否や、まことは今まで聞いたことがないほど冷たい声色で返事をする。

「……」

それを部屋の端で見ていたのは、監視役のカイトだ。その隣には、八代が平然とした態度で立っている。

「(この人は、息子を人殺しにさせようとしている)」

カイトは、何度かこの同席していた。
しかし、やはり慣れないせいか吐き気が止まらない。本来優しい性格の彼に、拷問のような行為は縁がないのだ。

ここ最近は、ずっとレンジュの皇帝をただ痛めつける行為を繰り返している。少しずつ、まことの「良心」という感覚をなくすかのように。
その成果もあり、一昨日辺りからまことのナイフを握る手に迷いがなくなっていることに、カイトは気づいていた。

これは、人間のやることではない。

「(こんなの、間違っている……)」

何度か、耐えきれなくなって退席してしまい彼も罰を受けた。
体力のなくなっているカイトをかばったのは、八代だけ。シンとまことは、カイトの身体にもいくつもの傷を残した。

「調子はどうですか」
「大丈夫です……」

とは言ったものの、「大丈夫」ではないのは一目瞭然だった。
痩せこけた頬、土色の顔、正気のない瞳。今のカイトは、そんな出立ちをしている。

八代は、そんなカイトの腕を取り脈を図った。

「……少し休みましょうか」
「大丈夫です」
「……少し散歩してきてください。気分転換です」
「……わかりました」

自分のことを心配してくれていることはわかっていた。しかし、この彼も所詮「吸血鬼であるカイト」にしか興味がないのも、同時にわかっているようだ。その頑なな態度が、物語っている。

「行ってきます」
「行ってらっしゃい」

カイトは、八代に背中を押されつつ、そのまま血生臭くなった部屋を後にする。
本来なら無我夢中になるその香りは、今のカイトにはどうしても魅力的にうつらなかった。



          

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