純白の魔法少女はその身を紅く染め直す
3:卯の花腐しと送り梅雨②
「逃げて!ゆり恵ちゃん!」
そのスキを、トラが見逃すはずもない。
すぐさま、その口から吐かれた炎がゆり恵に向かってまっすぐに飛んでくる。
早苗は、その光景に目を瞑ってしまった。
「きゃ!?」
「ゆり恵ちゃん!」
案の定、トラの口から吐かれた炎が迷うことなくゆり恵の左腕へとへ直撃する。火の粉が降りかかると、すぐに彼女の短い悲鳴が早苗の耳に届く。恐る恐る目を開けると、
「サツキ!」
「魔力増強!麻痺弾左20°」
そこに、鋭い言葉を発する風音に背中を押されたサツキが呪文を唱えているのが視界に飛び込んできた。そのコントロールの良さは、さすが教師の補佐をしているだけあるなと思わせるもの。
教師は、生徒の生死に関わらない限りサポートをしてはいけないのだ。こういう時、補佐が役立つ。
そんなサツキの麻痺弾によって、トラの口は封じられてしまった。
「いっけえええ!!」
そのタイミングで、今まで遊んでいたユキが動き出す。
彼は、追いかけていた蝶々を素早く魔法光で分解し、いつの間にか手にしていたナイフへとその鱗粉を塗りつけた。そして、これまた素早くトラの背中に飛び乗ると、そのナイフを力一杯突き立てる。
黄色い鱗粉がトラの体内へと入り込むと、苦しそうな甲高い悲鳴がその場に響き渡った。
「……」
「……え?」
目の前で起きている光景を、ただ見ているだけのゆり恵。彼女の左腕に癒術をかけながら、早苗もそちらに目を向けている。しかし、双方何が起きたのか理解していない様子。
ユキの攻撃によって、トラはパチパチと音を立てて光の物質へと変化した。そして、そのまま風に吹かれてどこかに行ってしまう。
「……ごめんなさい」
脅威の去ったことを感じ取ったゆり恵は、チームメンバーに向かって謝罪の言葉を口にした。自身の行動によって、もう少しで他の人までもを巻き込んでしまそうになったのだ。怪我をしたのは本人だが、それでも気まずさは残る。
「大丈夫!それより、怪我大丈夫かな」
「う、うん……」
「まあ、今のは仕方ない」
早苗と風音の言葉で、ゆり恵の表情が少しだけ楽になった。しかし、罰が悪そうな顔して落ち込んでいるのには変わりない。気持ちの切り替えをスパッとするには、まだまだ未熟な年齢なのだ。
「……ユキくん、今のなに?」
そんなゆり恵の背中に手を置きながら、早苗が助け船を出す。
彼女は、こういう気遣いもできる。
「んーとね、さっきのは悪属性だから光属性のモンスターの一部を練りこんで体内に入れ込んだの」
「あー、授業でやった!属性のやつ」
「……やっぱり、ユキ君はすごいね」
「知らなかった……」
どうやら、属性の話はアカデミーでもされていたらしい。しかし、それは机上のみ。実践で使うところまで習っていない彼女たちが知らなくても仕方ない。
サツキも、今の光景に驚いているのか放心状態に近い顔をしている。
「まあ、今のは応用ね。すぐそこに逆属性のモンスターがいるとも限らないし。やる前に仲間に教えた方がよかったけど……。まあ、今回はお手柄だったよ」
「(あの先生が私を褒めているだと!?) ……え、褒めても何もあげないよ」
「……何もいらないよ」
せっかく素直に褒めたのに、これでは台無しである。
「……ということで、後藤はしっかり演習の成果出したし、桜田はタイミングがアレだったけど仲間を思いやる気持ちを持てたね。天野はモンスター倒したし、サツキも援護したので……」
その言葉に、4人は期待の眼差しで風音の顔を覗き込む。その表情を1人ひとり確認した彼は、
「焼肉行きますか」
と、笑顔になって約束を果たすべく発言をした。
その声に、顔を合わせた4人は、
「やった!」
「わーい!」
「先生大好き!」
「先生イケメン!」
と、手を叩いて喜んだ。
ユキなんか、「イケメン!」と言いつつも彼の顔を見ているわけでもなく。すでにメニュー表を開いて食べたいものをチェックしていた。どこから持ってきたんだろうか……。
「行こう~」
「の前に、任務報告ね」
「あ!忘れてたよ」
「……焼肉じゃなくて、任務がメインだからな」
しっかりメインの任務もこなしたナンバー3のメンバーは、ウキウキとした気持ちで帰路についた。今日の夕飯は、賑やかになりそうだ。
まことのことで暗くなっていたメンバーを、少しでも明るくさせたいという風音なりの気遣いでも合った。
***
「……マナ」
ユキが執務室を開けると、皇帝の席にはマナが座っていた。その後ろには、アリスが。
マナは、机に積まれた書類に目を通しながら、
「ななみか。今日は楽しかったらしいな」
と、声をかけた。
任務内容は、その日のうちに皇帝も目を通すのだ。
「うん。任務の後にね、みんなで焼肉行った!先生の口座潰してきたよ!」
と、まあなんとも物騒な報告をするユキ。
その凹んだお腹の中には、どの程度の肉が詰まっているのか。想像は難しい。
「ははは、そうかそうか。それは楽しそうでよかった。次は、私があいつの口座を潰してやろうか!」
風音がいないのをいいことに、言いたい放題だ。
マナならやり得るのをわかっているアリスは、後ろで静かに合掌をする……。
「で、要件は?」
そんなアリスから追加の書類を受け取りながら視線を向けると、珍しくしどろもどろになったユキを目が合った。
それは、何かしてほしいことがあるのをマナに印象付けてくる。
「……忙しいなら後でで良い」
と、案の定何かしてほしいのだろう、遠慮がちな声量になってユキは下を向いてしまった。
しかし、マナにはそれだけで用件が伝わったらしい。
「アリス、後どのくらいで終わる?」
「この3枚に印をいただければひと段落します」
「ふむ。なら、時間が空くな……」
そう言って、優しい表情になってユキの方を向いた。
「……いいの?」
「約束だからな。……アリス、急用があればさばいておけ。ルナもそろそろ帰ってくるだろう」
「御意。ユキ、少しゆっくりしなさい」
「あり、がとう……」
断られると思っていたらしいユキは、拍子抜けしたような表情になりながらお礼の言葉を口にする。
その顔は、わがままを言っている自覚があるかのように真っ赤に染まっていく。
「それよりユキ。身体はどう?」
「……もう大丈夫、です」
「そう……無理はしないで少し休みなさいね」
「ありがとうございます。……マナ、中庭でいい?」
「ああ、すぐ行くぞ」
「うん!」
マナの返答を聞くと、ユキは嬉しそうに頬を紅潮させて執務室を出て行った。
「……ああいう顔を見ると、ななみが未成年だってことを思い出すよ」
「ですね。色々こなすから、どうしても大人扱いしちゃいます」
「ああ。……まだちゃんとやったことないから、これを機に使いこなせるようにするさ」
「無理はしないでください」
アリスの心配そうな声に、
「ははは、ルナと同じこと言ってる!」
と、大笑いするマナ。
心配されるのを嫌う彼女は、こうやって毎回笑い飛ばす。
「もー!本気で心配してるのに!」
「わかってるさ、ありがとう」
アリスを茶化しつつ、言われた3枚の書類に印を押したマナは背伸びをした。
執務は、目を使うので肩が凝るのだ。これだけは、魔法でどうにかできるようなものではない。
「さて、行くとしよう」
「……マナ皇帝」
「ん?」
入り口へ向かうマナを、アリスが呼び止めた。
「……ユキのこと、よろしくお願いします」
「ん、任されたよ」
マナは、アリスの顔を見ずそのまま執務室を後にする。
「……」
パタンと静かに扉が閉まった執務室は、いつも通り書類の山と化している。今から、これを廃棄なのか提出なのか、印が必要なのかさばく必要がある。その仕分けを、忙しい皇帝にさせるわけには行かないのだ。
時計の針は、11時を指している。
「よし、やるわよ」
アリスは、頬をパチンと両手で叩いて気合を入れ、その山に向き合った。
          
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