純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

1:桃花の雨が濡らすのは、夢か現か



それはモノクロで映されている。

これは、私の過去だ。
私は、目の前で繰り広げられている「映像」を、部屋の隅で黄色い瞳をさらけ出して見ていた。

『お主、わしのところに来ないかね?』

両親を亡くして何度目かの朝。家を燃やされ帰るところがなかった私は、ヒイズにある父親の実家に引きこもっていた。

そうだ、この日に彼らと初めて会ったんだ。テーブルに突っ伏して、両親の帰りを待っていた私の前に皇帝とミツネは現れた。
その目は優しく、何もかもを包み込む温かさを持ち合わせていた。が、当時の私にはそれがわからない。
その後ろには、神谷が背筋を伸ばして佇んでいる。

『……だれ』

涙を流しすぎて枯れてしまった私が、人ごとのように声を発する。

『わしは、レンジュ国の皇帝。そして、こちらがミツネ。わしの妻じゃ』

2人の年齢差は、30。以前、母親が話題にしていたので覚えていた。
若いミツネは、神谷と同じくシャンと背筋を伸ばして皇帝に寄り添っている。

『……しらない』
『天野ユキ、翡翠石の持ち主。……君がそうじゃな?』
『!!』

皇帝の言葉に、小さな私が反応する。
この「映像」は、見ているだけで辛かった。あの頃の自分は、何も知らない獣のように周囲を警戒することしかできない……。

『おまえも……おまえもこれがもくてきか!!!』

ピリピリとした空気がその場を支配していく。その殺気は、5歳児のものではない。
敵意むき出しの私は、椅子から立ち上がり皇帝たちと向き合った。

『……そうかもしれぬ』
『だったら、ここで死ね』

小さな私の瞳が、モノクロの中黄金に輝きはじめる。その光は私が立っているところまで広がってきた。
が、目の前の2人の表情は変わらず。神谷も、特に変わらない態度でそこに立っている。
小さな私は、それを気にせず彼らとの距離を詰めて拳に魔力を込めた。

『……!』

そうそう、この時皇帝の手で止められたんだっけ。本当になんとも思っていないみたいに。軽々とその拳を受け止めたんだ。
その温かさ……彼の体温は、今も手のひらに残っている。

『ユキ、私はあなたの味方です』

ミツネが、その様子を見て静かに言葉を紡ぐ。
こんな優しい顔をしていたんだ。別視点から見ると、いろんな気づきがある。

『……うそつき!おとなは!みんな!うそつきだ!!!』

そう言って、入り口にいた神谷を突き飛ばし私はその場から逃げた。1秒でも早くその場を逃れたいと、その小さな後ろ姿が語っている。


この後、自室で1人で泣いたっけ。
あー、懐かしい。あんな、敵意むき出しで人と接してたんだな。それから、泣いて、泣き疲れて眠って、そして。

……その後、どうしたんだっけ。
いくら考えても、思い出せない……。


***




なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする。とても温かく目覚めが良いのに、どんな夢だったのかは思い出せない。

そんなことを考えながらユキが起き上がると、そこは自室だった。
外の光が、カーテンの隙間を通して部屋に差し込んでいる。薄暗い中時計を見ると、昼を少し過ぎたところ。随分眠っていたようだ。

「……そうか、帰ったんだ」

マナからもらった血液を入れて、止血もだいたい終わった。過酷な任務の後は、こうやって休みをくれるのはありがたいもの。ユキは、それに甘えてゆっくりと過ごすことにする。

まだ多少ふらつくが、この程度なら動けないことはない。
自分の身体を確認していると、血が付いているはずの髪の毛が綺麗になっていることに気づく。シャワーを浴びた記憶がない……。

「え、覚えてないの?」
「!?」

ボーッとしていると、かなりの近距離で声が聞こえてきた。
ユキが急いでそちらを向くと、眠そうな顔をした風音と目が合う。素顔の彼は、同じベッドの上で肘枕をした体勢で、ユキを見つめていた。

「え、は??なんっ……!?!?」

その光景に慌てふためく姿は、いつも冷静なユキにしては珍しい。ベッドから落ちそうになったユキを、彼が間一髪で抱きよせ、

「……言っとくけど、なにもしてないよ。天野が手を離さないからこうなったの」

言わんとしていることがわかったのか、先回りしてその箇所を指差してくる。それに従って目線を動かすと、右手が彼の服に巻かれているベルトを握っていた。
ユキは、反射的にサッと手を避け彼から離れる。そして、自分の格好に気づくと顔を真っ赤にして急いで布団を手繰り寄せた。
その反動で、ベッドに置いてあったガスマスクが腰に当たりカシャンと小さな音を立てる。

「……見ました?」
「見たけど不可抗力でしょ」
「……変態教師」

眠る時に服を着ないのは、いつものこと。こうやって肌を曝け出していないと、良く眠れないのは昔から。

ただ、なぜ風音がここにいてどんな工程でこうなったのか。思い出そうにもやはり思い出せない。ユキは、深呼吸をしつつ再度毛布を持つ手に力を入れる。

「一晩我慢させてそれはないんじゃないの?」

と、笑いながら起き上がると、風音は眠そうに欠伸をする。
どうやら、一晩中眠っていないようだった。

そりゃあ、全裸の女性が隣で寝ていれば、誰だって眠れないのは致し方ない。
しかし、ユキも文句が言いたい様子。

「……流石にこの距離だと、先生の気に当てられそうです」

彼を見ているだけで、ユキはその身体の香りに酔ってしまいそうになった。制御していないのだろう、いつもより強めのフェロモンが至近距離から鼻腔を刺激し呼吸が早まっていく。
それを目の前で披露されれば、自身のせいであるとはいえ一言何か言いたくなる。

「全く同じことそのまま返すよ。早く服着て」
「……」

とは言うものの、さほどなんとも思っていないような口調で話す風音を無言で睨みつけながら、薄手の布団を引っ張り出し身体に巻きつけクローゼットへと向かうユキ。布団の裾が床を這いずるが、それを気にする余裕はない。

「サツキちゃんは?」

服を選びながら、ベッドへ腰掛けている彼に声をかけた。何か話していないと心臓の音がうるさい、とでもいうように。

「サツキは、桜田と後藤と一緒に任務に出かけたよ」
「……そうですか。やはり、まことは」
「ん……。皇帝も向こうに行ったって」
「…………え、今なんて」
「皇帝、いなくなったよ」

風音の発した言葉で、服を選んでいた手が止まり少しずつ下がっていく。力が抜けたのか、身体に巻いていた布団も一緒にストンと床に落ちた。
しかし、ユキはそれに気づいていない。瞬きをすることすら忘れた彼女は、裸体を曝け出したまま虚空を見つめ続けている。

その様子を見た風音は、ベッドから立ち上がり、

「大丈夫、オレはお前の側にいる。何があっても……」

肩を震わせるユキを後ろから強く抱きしめた。
今にでも倒れそうなほど真っ青な顔をした彼女は、身体を硬直させて下を向くだけ。その表情は、絶望に支配されていく。

「……」

ユキは、特にその腕を払い除けることはしなかった。彼の腕に震える手を重ね、その言葉にすがりつくよう強く握るだけ。
それは、「助け」を求めている印象を風音に与えてくる。

それに気づいた風音は、手を掴み彼女の前に立ち自身の心臓の音を聞かせるように、頭に片手を添えて胸へゆっくりと引き寄せる。

「……うぅ、あ。あぁ、あ、あ」

情緒不安定になったユキのすすり泣きが、静寂を保った部屋に響く。



彼は、その音が聞こえなくなるまで、何も話さずユキを抱きしめ続けた。


          

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