純白の魔法少女はその身を紅く染め直す
06-エピローグ②:大人の言うことには耳を傾けるべき
「ユキさん、再三の注意ですが」
「もう、何回も聞きました!わかりましたから!」
「いや、でも」
「今宮さんの過保護!」
「……でも」
これは、風音を管理部に入れることが決定した次の日のこと。
少年の姿になったユキは今宮と一緒に、管理部入りの決まった彼の実家があるセントラル郊外へと出向いていた。
「しつこい!」
「……後で泣きついても知りませんからね」
「ええ、泣きついたりしません!もちろん、助けを求めることもね!」
最初、今宮1人で行くつもりだったらしい。
それに面白がってユキがついてきた、……いや、ついてきてしまったと言った方が正しいか。
道中、今宮は必死になってユキに向かって「男装してください、今までにないほど完璧なものを」と何度も何度も口うるさいほど発言していた。それが煩くなってしまったユキは、とうとうカチンときてしまったという流れである。
「今の言葉、覚えておいてくださいね……」
「はいはい、今宮さんがしつこいってことも覚えておくよ!!」
「はあ……」
どうして自分の周りにいる女性はみんな我が強いのだろうか……。
今宮が、そうため息をついてしまうのは致し方ないのかもしれない。
***
「こんにちは、今宮です」
「はあい、今出ますね〜」
風音の家は、豪邸とまでは言わないがまあまあ立派な佇まいだった。敷地が、とにかく広い。通常の家3件分は少なくともあるだろう、そのくらいの広さを見せつけてくる。
その家の玄関口に今宮が声をかけると、すぐに女性の声が聞こえてきた。どうやら、アポはとってあったらしい。
「今宮さん、いらっしゃい!お久しぶりね!」
「お久しぶりです。アカデミーの事件以来ですね」
「ええ!そうね、懐かしいわ。……ところで、後ろにいる坊やはどちら様?」
「……えっと」
玄関が開かれると、そこにはブロンド色の見事なウェーブ髪を披露した女性の姿が。これまた、風音一族特有の顔を惜しげもなく魅せつけてくる。そのメリハリのある豊満な身体つきも、しっかりと。
「初めまして、管理部所属の天野ユキと申します」
「あらあら、ご丁寧にありがとうございます。私は、風音ゆみ。一応、麻取に所属しているわ」
ゆみと名乗った女性は、ユキを見ながら楽しそうに話しかけてくる。
しかし、なぜかそれを見ている今宮の表情はどんどん苦いものになっていく。何故だろうか、ユキにはわからない。
「お噂は予々。よろしくお願いします」
「若いのに偉いわねえ。ささ、入って頂戴」
ゆみの言葉で、2人は家の中へと入っていった。すると、風音と同じような甘い香りが鼻腔をついてくる。それは、一族特有のフェロモンの匂い。同性なら多少は大丈夫である香りも、異性が嗅げば何かしら支障が出そうな濃さである。
「大丈夫?慣れてないと男性には辛いかも」
「……大丈夫です。特に問題なく」
「そう……。今宮さんは、いまだに慣れないのよ。ほら」
ゆみがそう言って今宮の方へ視線を向ける。それにならってユキも視線を動かすと、顔を真っ赤にしながら縮こまっている今宮の姿が目に飛び込んでくる。
自分であれだけ注意しろと言ったのに、本人がこれである。ユキは、思わず笑ってしまった。
「あはは、今宮さんは耐性がないなあ」
「ねえ。……でも、何故あなたは大丈夫なの?」
「へ?」
「普通は彼みたいになるはずなんだけど。初めて訪れたなら尚更」
「あ、いえ。彼は……」
その笑い顔を見たゆみは、敵意に似た表情でユキの顔を覗いてくる。今宮が急いでフォローをいれるも、何を言ったら良いか思い出せない様子。
そんなに、フェロモンに当たらないことがおかしいのだろうか?彼女と同性である自身にはわからないようだ。首を傾げて、ゆみと今宮の様子を見ている。
いや、同性だから効かないのか!
ユキは、その事実に気づきハッとした表情になった。勘の鋭いゆみは、その表情を見逃すはずもなく……。
「……もしかして、女性だったりします?」
「い、いえ。そんなことは」
「じゃあ、神谷一族のような血族技でも持っているのかしら?」
「いや、その」
「今宮さん、今日ってユウトの管理部入りのお話よねえ」
「あ、あはは」
今宮の焦りようと言ったら。
期限ギリギリの書類を執務室から見つけた時も、こんな顔をしていなかった。今は、それ以上にマズい状況なのだろうか。
「……効かないことが、そんなに珍しいんですか?」
思い切ってユキがそう聞くと、
「そうねえ。もし、あなたが男性なら今宮さんのようにならないとおかしいわ、100%ね。それほど、この家のフェロモンは強いの」
「へえ。でも、俺には効いてない」
「そうなの。きっと、あなたが女性だからかしらね」
「……だったらどうなんですか?性別がそんなに大事?」
「ユキさん!」
事の重大さがよくわかっていないユキは、キョトンとした表情になってゆみに向かって質問をした。
しかし、それがいけなかった。
「ふふふ。私ね、ユウトに女を近づけるのが大っ嫌いなの。ねえ、わかる?」
「……は?」
「ユウトの視界に入って良い女は、私だけ。身体に触れて良いのも私だけ。ねえ、そうでしょ?今宮さん」
先ほどの愛想の良いゆみは、いつの間にか消えていた。
そこには、敵意をむき出しにしてユキを睨みつけ殺意に近い「嫉妬」を見せつけてくる1人の女性がいた。……しかも、かなり重症の。
これが、俗に言う「ブラコン」なのだろう。しかも、流石のユキも風音に同情してしまうほどのレベルの。
「ユキさん……」
「……今宮さん、ごめん」
「だからあれほど忠告したのに」
「理由言ってよ……」
「言ったところで信じましたか」
「……やっぱ、大人の言うことは素直に聞くべきだよね」
「わかっていただけて光栄です……」
なんて悠長な会話をしているも、目の前の「女」は消えそうにない。
「あらあ、何かしら?もしかして、ユウトと会話しちゃった?視線を合わせちゃった?そんなことないわよねえ、だって私だって最近あの子に会えていないんだもの」
「……い、いえ。先生とは特に」
「先生……?なあに、そう言うプレイを楽しむような仲なの?」
「あ、いや、その……」
「ユキさん、もう喋らないでください……」
「……」
何を言っても無駄である。
ゆみの恐ろしいほどの睨みは、本来の目的である管理部への加入の話をさせてくれそうにない。
今宮は、ため息をつきつつこの状況をどう打破しようか懸命になって思考を巡らせる。
しかし、その思考はジリジリと迫りくるゆみによって停止する勢いである。とりあえず、彼はユキを連れてきたことを酷く後悔した。
「ふふふ。ねえ、あなた。お話しましょう、ユウトについて。さあ、奥に入って」
「……い、いえ。その」
「遠慮なんかいらないわ。姿を隠してるってことは、やましい何かでもあるのでしょう?お話して、すっきりさっぱり消えてもらおうと思うの」
「き、消え……?」
「ええ。だって、ユウトに女は2人もいらないもの。私がいれば十分。ねえ、今宮さん?」
「あ、あはは。ははは」
容姿が整っている故、その姿が更に威圧的に見えてしまう。ユキも今宮も、今までにないほどの滝汗を流しつつ目の前にいる「化物」を見ていることしかできない。
「……今宮さん、俺退散する」
「そうしてください……」
冷静さを失ったゆみは、今にでもユキに飛びつきそうな勢いである。
完璧な男装も彼女たちのフェロモンを前にすれば簡単に見破られてしまうことを学んだユキは、静かに、静かにその場から瞬間移動をした。
あとは、今宮がなんとかおさめてくれるだろう。
          
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