純白の魔法少女はその身を紅く染め直す
06-エピローグ①:もう、1人じゃない
「緊張しなくて良いよ。何度も言うけど、私はあなたを傷つけたくて話の場を設けているわけではないから」
「は、はい……」
サツキは、今までにないほど緊張していた。
それもそのはず。彼女の周りには、公安のありさを始め、その上司だろう男性、皇帝、今宮がいるのだから。もちろん、風音とユキも。
ここはレンジュ城のいつもの執務室。
今日は、ここでキメラに関する情報交換が行われる。
「こちら、私の上司で真鍋という者です。もちろん、彼もあなたを傷つけるようなことはしないわ」
「紹介いただきました、真鍋です。風音くんが言うように、悪いようにしないから安心して話してください」
真鍋と名乗った男性は、そう言って優しい視線をサツキに向けた。
それを見たサツキは、隣にいる風音の服を握りしめた手の力を少しだけ抜く。ずっと握りっぱなしだったので、結構シワがついてしまっていた。
「ただ、録音だけはさせてちょうだいね。そのくらいは良いでしょう、皇帝」
「……うぬ。ワシではなく、それは彼女の聞くべきかと」
「そうね。……サツキちゃん、どうかしら」
「……ロクオンってなんですか」
彼女の境遇を見れば、知らなくても不思議ではない。風音は、「?」を浮かべるサツキに向かって簡単に説明をした。すると、
「声、取られたらもう話せなくなっちゃうの?」
「違うよ。その場の声を音として録るだけだから、なくならない。サツキ自身に、変化はないよ」
「……なら、ロクオンしても良いです」
身体に傷を増やされると思ったらしい。そういう環境にいた、と事前に聞いていた公安の2人が発言を聞いて顔を歪めてしまった。ありさは、胸元から録音機を取り出すも、それを机に置くのを躊躇してしまう。
「あなたに害を加えるようなことはしないから。事前に言わずにごめんなさい」
「……お話、どこからした方が良いですか」
風音の説明で納得したらしいサツキが話を促すと、やっと録音機が稼働する。
「私たちからは、2つ。あなたがキメラになる直前に覚えていることと、キメラになった直後に覚えていることを話してください」
「はい」
「……」
風音は、耳を塞ぎたかった。そんな話、してどうするのか。
しかし、ユキも皇帝も今宮も、平然とした表情で彼女の話に耳を傾けている。自分だけが背けて良いものでもないことは、百も承知だった。
風音は、隣で口を開くサツキの手をギュッと握りしめる。自己満の域になるが、「もう1人じゃない」ことを彼女に知らせるために。
***
後ろで立って話を聞いていたユキは、サツキの淀みない回答に感心していた。
いつもオドオドしている彼女を見ていたので、少々心配だったのだ。どうやら、杞憂に終わりそうだ。
「……追加の質問良いかしら」
「どうぞ、答えられることならなんでも答えます」
「ありがとう」
キメラになる前後の話を終えたサツキに向かって、ありさが再度質問をするらしい。メモ帳に視線を落として、質問内容を確認していた。そして、
「あなたの他に、成功したキメラの話は聞いたことがあるかしら」
と、淡々とした言い方で発言してくる。
それは、サツキにとって残酷な質問であることはユキにもわかった。仲間思いの彼女のことだ。仲の良かった人たちが失敗していく様子を間近で見ていた光景もリンクしているに違いない。
案の定、一瞬にしてサツキの様子が一変してしまった。
「………………」
それは、すぐに彼女の瞳から涙になって流れ落ちていく。
「……」
「……」
キメラには、感情がない。
そう聞かされていた公安の2人は、その涙を見て黙り込んでしまった。
無論、隣にいた風音がサツキを抱きしめその感情を必死になって背負おうとしている様子も、誰も咎めず見守っている。
「サツキ、深呼吸しよう。オレの首に腕を回して」
「…………」
「そう、ゆっくり。オレの体温に意識集中して、ゆっくり息を吐いて。いい子、いい子」
「…………」
その声に合わせて、サツキが必死に風音の身体へとしがみつき呼吸をしようとする。放心状態にはなっていないようだ。
しかし、嗚咽が止まることはない。純粋無垢と言う言葉がこれほどぴったり合うものはないだろうと思わせてくる瞳からは、次々に涙がこぼれ落ちていく。
「オレも、一緒に背負うから。辛いことも楽しいことも、半分こしよう」
「……半分、こ?」
「うん。サツキは、ずっと一緒にいるんでしょう?オレと」
「……居たい」
「なら、半分こしよう」
いつもなら、ユキはその言葉を全力で茶化すだろう。しかし、今はそんな気になれなかった。
自らの意思とは関係なしにキメラにされてしまったサツキへの、同情から来ているのかもしれない。少しずつ落ち着きを取り戻しているサツキを見ていることしかできなかった。
「…………」
「ごめんなさい。お話します」
きっと、この2人ならどんな困難でも乗り越えて行けるだろう。
ユキは、ゆっくりと話し始めるサツキの背中を見ながら柄もなく微笑んでしまった。
          
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