純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

2:戯は鶉の巣の中で③



「……サツキちゃんと重ねないでね」
「わかってる」

そんな彼に向かってお願いをすると、はっきりとした物言いが返ってくる。それに安堵したユキは、風音の左足の刺青に手を添えて「呪い」を取り除いた。
そこに絡みつく蔦の刺青には、赤い花が咲きかけていた。こうやって色が鮮明に見えてしまうのは、それだけ呪いの力が強いことを現している。これでは、足が重くて動きにくいだろう。

「顔と左足だけ?」
「……そうだよ」
「他にも、もしあったらやるから」
「いや、これだけ」

呪いの箇所を確認したユキは、かがんだまま吸収魔法の光を発した指を、左足に絡みつく蔦へと這わせた。ゆっくりとなぞるように指を動かすと、ゴソゴソと蔦が動き出す。こうやって見ると、呪いも生きていることがわかる。

「病み上がりがやる魔力消費量じゃないでしょう……」
「んー、そんな消費しないよ。覚えたから、これからは俺が毎日やってあげる♡」

その指から漏れ出す光は温かく、風音の足を包んでいく。少々くすぐったいのか、やはり足が逃げてしまう。その反応が面白かったらしく、ユキがニヤつきながら風音の顔を覗くものだから敗北感がすごいだろう……。苦い顔をしながら、

「天野にされるくらいなら、家帰るよ」
「だっだら、なんで帰らないのさ?」
「……キメラについて調べてることを心配されたくないのと、サツキには見せたくないものがあるから」
「サツキちゃんに?何を?」
「……」

その質問に、眉間へしわを寄せ顔を真っ赤にする風音。その表情はあまり唐突な感情を出さない彼に珍しく、何かを思い出しているように口元を重くし、

「……姉貴」

と一言、下を向いて消え入りそうな声で言った。
その単語だけで、何を言いたいのかユキにはわかってしまう。なぜなら、

「ああ。風音一族だからか」

ユキも聞いたことがあったから。
風音一族は、マナもそうだが精力絶倫で常に異性を誘うフェロモンを撒き散らす。風音自身もそうなのだが、特に、女性はかなり濃い。
そんな中にサツキを放り込んだらどうなるのか、わかっているのだろう。酔っ払うだけでは済まない。今まで自覚していなかったのだが、自覚してしまえばもう知らぬふりはできないのだ。

「……そういうこと」
「遺伝……というか、呪いの効果ってすごいよなあ」

そう言って、ユキはまくりあげた服を下ろしてベッドに戻る。その際に、少しよろけてしまったが風音がそれを上手にカバーしてくれた。こういう部分を見ると、ユキもまだ本調子ではないことがわかる。顔は笑っているが、やはり「満身創痍」の状態らしい。

「ありがと。……サツキちゃんなら大丈夫だと思うけどな、キメラだし」
「……ナナオも大丈夫だったけどさ。そうじゃないんだよ」
「じゃあ、何を躊躇してんのさ」
「上の姉が、オレのこと溺愛してんの。彼女なんか連れてってみろ。危害加えられたらどうすんの」
「それは先生がかばえば済むじゃん。他に理由ありそうだけど」

と、彼の姉の溺愛具合を知らないユキだからこそ言える発言だ。しかし、風音には他にも理由があるらしい。少々特殊な姉について説明しようとしたが、口を閉ざした。その代わり、

「……サツキもあんな女になったらどうしようって考えると、やっぱり行けないな。家の中素っ裸で歩いて足広げてビール飲んで、しまいにはオレのこと押し倒してきて……絶対に無理」

と、苦々しい口調で、更に、顔を真っ赤にしながら発言する。相当参っているのだろう。きっと、彼にユキの色気がさほど効いていないのも、その問題の姉に鍛えられているからに違いない。
ユキは、そんな珍しいほど動揺を見せる風音を、興味深そうにベッドで眺めている。とはいえ、その光景はユキにとっても想像しやすいものだった。なぜなら……。

「ゆみさんとありささんならありえるねぇ。特に、ゆみさんか」
「いや、だからなんで名前知ってるのさ。ありさはともかく……」

その言葉に、赤面が治ってしまうほど驚く風音。サツキを保護した時に会っているありさは知っていて当然だろうが、その上の姉「ゆみ」との接点はないはずだ。マナとの会話時同様、ツッコミを入れざるを得ない。

「なんでって?今宮さんと、挨拶行ったから」
「は!?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「聞いてねえ!!」
「いつもユウトにお世話になっています♡って」
「やめろ、マジでやめろ……。なんていうか、お前自由すぎだろ」
「大丈夫、この姿で行ったから」
「そういう問題じゃねえ……」

そんな発言に、とうとう両手で顔を覆ってしまった風音。もう、ツッコミすら追いつかないらしい。
こんなことでいちいち驚いていては、ユキの近くにいることはできない。風音は、それを理解しつつあった……。

「余計帰れねえじゃん」
「えー、一緒についてってあげ「お断りします」」

と、間髪入れずに断る姿は本気だ。ユキは、そのやりとりにとうとう吹き出してしまった。やはり、遊ばれている。
しかし、彼にはまだ知らない事実があった。それは……。

「……そしたら、俺の部屋の隣空いてるから掃除してサツキちゃんと住みなよ。確か、俺のところより広かった気がする」
「城に?」
「そうそう。管理部付になるなら、城に住めるから」
「……そういうのって誰が仕切ってんの?」
「今宮さん。言えば、今日からでも手配してくれると思う」
「……じゃあ、お願いしようかな」
「わかりました、手配します」
「わっ!!?!????!??」

足の蕾を摘んでいる時、今宮が病室へと入ってきていたのだ。それをユキはわかっていたが、入り口のドアに背中を向けていた彼は気づかなかったらしい。そのいたずらに、今宮も乗っかって黙っていた。故に、その反応を見て吹き出しているではないか。
風音の反応が予想通りだったので、ユキもベッドの上で笑い転げている。風音は、そんないたずらに驚きながらも気分を悪くした様子はない。
それよりも、顔を隠していない方に重きが行った様子。急いで、ベッドに置いてあったガスマスクを装着した。それを見た今宮は、

「ユウトくんの刺青は、イチさんから聞いています。わかっていますから、隠さなくても大丈夫ですよ」
「え……、イチさんから?」

その名前に覚えがあるのか。風音の顔が、見たことがないくらいにほころんだ。ガスマスクをしていてもわかるほど、その表情は緩い。よほど、大切な人なのだろう。

「はい。下界魔法使いの教師を決めるのも皇帝の仕事なので、私も関与してるんですよ」
「イチさんが報告してたってことですか?」
「ええ。ユウトくんのことは、常に気にかけてました。まるで、あなたの親のようにね」
「……」

今宮の言葉に、再度嬉しそうな表情をする風音。
しかし、そんな温かい雰囲気を壊すのは、いつだって彼女だ。その話を静かに聞いていたユキは、


「へー、先生って俺の父のこと知ってるんだ」
「……は?」
「引率の仕事してるのは知ってたけど、まさか先生の担当だったとは知らなかったなあ」
「……おま、は?え?イチさんの子ども!?」

と、今までで一番大きな声を出して驚く風音。その声は、病室によく響く。
そんな反応にまたしても楽しそうに笑うユキは、やはり完全に遊んでいる。笑いながら人差し指を口元に持っていきサツキの方を向くと、ハッとした風音が口を閉ざす。変わらず穏やかな表情で寝ている彼女を見て、ホッとした表情になった。

「そうだよー。天野イチは、俺のお父さん」
「……え、そしたらイチさんってもう」
「……うん。もう、先生と一緒にいるところは見られないなあ」
「ごめん。失言だった」
「いいよー。湿っぽくされる方がいやだ」
「……」

風音も、彼女の両親が殺されていることを皇帝から聞いている。それが、まさか恩師だとは思っていなかったようで、少々放心状態ではあるものの素直に謝罪を口にした。
しかし、ユキにとっては、父親のことを大事に思っていた人がいたという事実の方がずっと嬉しかった。彼女は、両親の生前時期が幼すぎて何も外部とのつながりを知らないのだ。そういうつながりを知れることは、両親の生きていた証である。嬉しくないはずがない。

「はー、先生面白い。ね、今宮さん」
「見てて飽きないのは同感ですね」
「管理部にいないタイプだよー」
「確かに。賑やかになりそうですねえ」

と、2人して風音を見て笑ってくる。流石にそこまで言われると、少々虫の居処が悪い。案の定、

「……好きにしてよ」

と、少々むくれ顔を披露する風音。表情がわからなくても、拗ねた声でわかってしまうのだ。それも、ユキと今宮の笑いのタネにしかならない。
ひとしきり笑った今宮は、

「では、お言葉に甘えて好きにさせていただきますね。……ユキさん、今日の夜にユウトさんの魔力回路通しておいてください。皇帝命令です」

落ち着いた声で仕切り直し、仕事の話をしてきた。その表情は、先ほどとはうって変わって真剣そのもの。少々笑いを誘ってしまうほどベッドで優雅に寝そべるユキを見ても、笑わずに発言してくる。
すると、

「おー、まじか。そしたら魔力補給したいな、神谷」
「はい、お呼びでしょうか」

と、枕元にはいつの間にか神谷の姿が。
どうやら、神谷は主人であるユキが呼べばどこにでも姿を現すらしい。原理は不明だが。
いくら魔法を使っても、ここまで音を立てずに素早く移動することは不可能なのだ。それをやってのける彼は、何者なのか。

「いや、だからなんで……」

そんな疑問すら感じさせないほど、唐突に現れた神谷にもツッコミが追いつきそうにない。
今日、風音の心臓が何度悲鳴をあげているのだろうか。寿命が縮みそうな感覚が、彼を何度もおそっているに違いない。いや、今回に限っては驚いたのは彼だけではない。

「……神谷さん、びっくりさせないでくださいよ」

今宮なんか、顔を真っ青にして怯えているではないか。
彼は、涙腺も緩いが怖がりでもある。そこがまた、皇帝もユキも「おもちゃ」にしてしまう要因になっていた……。

「失礼しました。呼ばれたので出てきただけなのですが……」
「毎回毎回唐突すぎるんですって……」

どうやら、そんな2人は知り合いな様子。以前会ったことがあるようだ。
神谷は、そんな今宮に向かって頭を下げ謝罪をする。

「神谷ー、夕方までに魔力満タンにしたいんだけどできる?」
「おまかせください」
「ありがとー」

今宮に頭を下げた時より、深くお辞儀をする神谷。その姿は、どこまでも主人に忠誠を誓うもの。そんな様子を唖然とした表情で見ている風音は、2人の人間関係に多少興味を持った。ヒイズ地方を訪れた時、久しぶりに会ったような印象を受けたから余計。
しかし、風音はそれよりも今宮に言いたいことがあった。それを思い出し、いまだに真っ青な顔色を披露する今宮に向かって発言をする。

「というか今宮さん。俺は魔力回路最大限に通ってるし、強化もしてます」
「知ってますよ」
「別に、こんな状態の天野の負担増やさなくても」
「今のユウトさんでは、弱いって言ってるんです」
「……」

今宮のきっぱりとした言い方に、口を閉ざす風音。確かに、今の魔力回路では全力を出しても今宮やアリスに勝てないだろう。自身の中で限界を感じ取っていただけに、彼の言葉が胸に刺さる。

「管理部に所属されましたらすぐに重い任務が多々ありますので、ユウトさんも今のうちに限界突破しておいてください」

と、無茶振りを言う。
限界突破とは、その身に流れる魔力の器を大きくする行為のこと。「やれ」と言われてやれることではそうそうない。

「大丈夫、私がいればできます」
「……」
「先生は、限界突破したことありますか?」
「主界に上がる時、一回だけ」

不安そうな顔をしていたのだろう。そんな彼を見ながら、いつの間にか少女の姿に戻ったユキがフォローを入れてくる。
こう言う時、彼女の存在が心強い。管理部の任務内容を知らない風音は、あまり口数を増やさない方が良いとわかっているようだ。ユキの質問に素直に答えている。

「じゃあ、勝手はわかってる感じですね。魔力回路変更させると、植物ってどうなります?」
「前は、暴走した。1週間近く熱出した記憶がある」
「熱は仕方ないですね。今回も出るって思っておいてください」
「わかった……」
「それより、呪いをどうするか考えないとですね。下手に身体全体に広がっちゃったら取り返しつかない」
「その辺りはコントロールするよ」
「できます?」
「完全に呪いの中身吸収してもらえれば、少しはできる」
「わかりました。それも、神谷にお願いします」
「承知です」
「……お願いします」

と、ユキを中心にトントンと物事が決まっていった。
その判断力も、風音を圧倒していくもの。いつものおちゃらけた彼女が仮の姿だと、いやでもわかってしまうのだ。
そもそも、この限界突破は皇帝命令と言われている。断ることは、できないだろう。

「では、ユキ様。準備に入りましょうか」
「お願いします」
「では、よろしくお願いしますね」

要件を言い終えた今宮は、話がまとまるとそのまま部屋を出て行ってしまった。どうやら、まだ彼には仕事が残っているらしい。風音も皇帝のサボりぐせを知っているので、容易に想像ができてしまう。

「先生も、夜までに魔力満タンにしておいてくださいね」
「……わかった。ここでいい?」
「うん。そこのソファで寝たらどうですか?」
「そうする」

今宮が出て行った方向を見ながら、これから何が起きるのかを考える。が、どうしても想像ができないらしく途中で思考回路を止めたようだ。彼の諦めきった表情が、それを物語っている。
そんな彼の魔力回復が「睡眠」とわかっているユキは、近くに会ったソファを指差した。すると、神谷が

「子守唄でも歌いましょうか」
「いらない!」
「おや。ユキ様がしてらしたので、それがないと眠れないのかと思っていました」
「……」

と、感情が一切入っていない無機質な声でそう聞いてくる。それは、風音の羞恥心を煽るのに十分だったようだ。今、彼はヒイズでの光景を思い出しているのだろう。眉を下げ、何も言わずに下を向いてしまった。

「先生、可愛いですよ♡」
「うるせえ……」

とはいうものの、否定はしない。
それほど、ユキの歌が心地よかったのだろう。彼女は、歌も相当上手い。

「私の歌は、母親譲りなんです。私もよく、小さい頃歌ってもらってた」
「……」
「その声を気に入ってくれる人がいるってことは、まだ自分の中に母親が生きてるんだなって思って。嬉しいです。先生、ありがとう」
「また聴かせてね」

その母親も、父親と一緒に殺されている。
幸せを奪った辛い現実を、自分の目の前にいる彼女がどう受け止めているのか。風音には、その表情を見てもわからなかった。そんな彼女の笑顔をもっと見たいと思う彼は、改めて管理部付になった事実と向き合うことを決意する。

「ユキ様、そろそろ彼に睡眠をとらせないと」
「ん。先生、付き合ってくれてありがとうございます」
「……っ!?」

ユキはそう言って、彼の返事を待たずに手を伸ばし催眠魔法を発動させる。
一瞬の出来事に抵抗できず。その場に崩れ落ちるように倒れた風音を、神谷が寸前でキャッチした。
そして、近くのソファへと寝かせ身体が痛まないよう体勢も整えている。ガスマスクをサッと取るその手際のよさは、さすが執事といったところ。

「神谷、あまり先生をいじめないでくださいね」
「……イチ様のご友人です。これでも十分気を使っていますが」
「はは、わかりにくいですよ」

マスクをサイドテーブルに置きながら表情を変えずに言うので、流石のユキも笑ってしまう。

神谷とは、ヒイズで会うのが久しぶりだった。それまでは、自身が彼のことを拒絶してしまっていた。
風音の休息を取らせたいという名目でこうやって再開できたのは、ある意味運命だったということだろう。ユキは、そんな状況に素直に喜んでいた。これからも、彼を頼る機会が多そうだ。

「……早速ですが、魔力補充手伝ってください」
「仰せのままに」


神谷は、寝ている風音とサツキをチラッと横目で確認すると、跪き差し出された小さな手の甲へとキスを落とした。その姿は、主人へ絶対服従するという決意の表れでもあった。


          

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