純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

2:戯は鶉の巣の中で①



「はあ?なんで?」

机に足を放ってだらしなく座る枝垂が、目の前で書類を読み上げている途中の女性に向かって怒りの言葉を投げつける。それに萎縮する女性は、薄暗い部屋の中でも十分わかるほど真っ青な顔色を披露していた。

「……申し訳「謝ってほしくて言ってんじゃねぇんだけど?」」

荒々しい言葉が、目の前の女性をさらに萎縮させた。
そんな相手の態度を楽しみながら言っているというのを隠そうともしない彼は、相当なサディスト気質。きっと、ここで彼女が緊張のために嘔吐すれば、手を叩いて喜んだだろう。

これは、ナイトメアのとある支部での出来事。
この場所に、サツキが暮らしていたラボも備わっていた。故に……

「はい……」
「……」

その枝垂の後ろには、カイトが従うように立っていた。
以前、サツキと一緒に過ごした時の笑顔は一切ない。むしろ、そんな表情を忘れてしまったのかどこまでも「無」になって目の前のやりとりを聞いていた。その頭には、グルグルに巻かれた包帯が存在を主張してくる。よくよく見ると、身体のあちこちに痣や切り傷が刻まれていた。

「…… (サツキが居なくなってから、ずっとこれだ)」

この支部を任されているリーダー的存在である枝垂は、サツキが……いや、サツキの身体がお気に入りだった。彼女には気づかないふりをしていたが、よく寝室問わず身体を弄ばれていたことをカイトもよく知っている。
その、サツキが居なくなったのだ。それが原因で、日に日に部下への八つ当たりが多くなっていた。今日だって、こんな状況を好まないカイトに対し、「命令」と称して見ていろと言うのだから相当だ。いつもなら、暗い地下室に監禁され少々人より丈夫な身体をいたぶられるだけなのに。カイトにとって、誰かの辛い表情を見るよりそっちの方がずっとずっと気が楽だった。

「もーいいよ。君」
「あ、あの。もう一度チャンスを……!」

元々枝垂は、部下を大事にしない。気に食わなければ、どんなに上役だろうが別支部の人間だろうが平気で殺すこともあった。有り余る体力は、もっぱら暴力に降り注がれているのだから誰も逆らえない。
しかし、サツキは例外。
それは、枝垂の下につく者はみんな知っていることだった。いや、組織ではかなり有名な話になってきている。だからと言って、弄ばれている彼女にも自由はないので誰も恨みも同情もしない。
枝垂は、満足そうに彼女の命乞いを見ながら、

「……カイトさー、この人今ここで殺して」

と、急にカイトへと話題を振ってきた。すぐ近くへ買い出しを頼むような、気軽い口調で。
話しかけられたカイトはビクッと肩を上げて反応するも、声が出せない。彼は、こうやっていつも人殺しをさせようとする。

「……」
「それとも、こいつとここでサカるか?血を吸ってもいいぞ」
「……」

吸血鬼の性を持つ彼は、女性の血を定期的に飲まないと発作を起こす身体だ。それを組織も知っているため、こうやって笑い者にされ、見世物にされる。その血は、女性が絶頂すればするほど温かく美味なものになるらしい。それも、知られてしまっていたので尚更。
彼の目の前で好きでもない女性と行為を促され、血を飲むまで見世物にされるのが最近の日課になりつつあった。枝垂は、自分が楽しめればなんでも良いのだ。人の気持ちなんか考えたことがないのだろう。

「…… (虫酸がはしる)」
「……カイトさん?」

しかし、カイトはまだまだ子どもの身分。従わないと、ここでは生きていけない年齢だった。
閉鎖空間の中、組織で生きていくために大人の言うことを聞くしかない。例外などなく、カイトもカゴの中の鳥なのだ。

少しだけ考えたカイトは、瞳の色を赤く染め女性に向かってゆっくりと歩いていった。その足取りは、決意しても重いもの。
その歩みに怖気付いた、そして、何をされるのかに気づいた女性は、持っていた書類を床へと落とし全身を震わせた。

「……いや、いや!」

逃げ出そうと足を動かすも、吸血鬼の睨みで思うように動けないらしい。彼らは、そうやって女性を視線で捕まえる。
カイトは、そのまま「獲物」の前に立つも、

「……できない」

と、視線を反らせて小さな声で一言呟く。その瞬間、赤い瞳が揺らいだ。
しかし、枝垂がそれを許すなんてことはない。イラついたような口調で、

「はあ?なんでさ。俺のいうことに逆らうの?」
「……そんなんじゃ」

ドスのきいた声が、カイトを精神的に縛り付けてくる。彼は、この声に逆らえない。逆らえないのを言い訳にして、女性を殺していくしか道はなかった。
血がにじむほど唇を噛んで、少々出てきてしまっている吸血鬼の欲望を抑え込むカイト。一度、その理性が外れてしまうと自身でもコントロールができない。それも、枝垂に知られていること。

「ははは!今更もう1人殺しても変わんねぇっての!それともなんだ?サツキでも殺しに行くか?死姦も楽しそうだし、面白ければなんでもいいぞ」
「……それはダメ」

サツキには、自身が人殺しになってしまったことを知られたくなかった。いつも太陽のように笑っている彼女に、汚い部分を見せるわけにはいかない。
それに、もう彼女には辛い思いもして欲しくなかった。それならば、カイトはどんな悪事にも進んで手を染めようと心に誓っている。 そのために、自分が組織に残ったのだと自身に言い聞かせて。

「あっ」

再度赤くなった瞳で女性を見据えたカイトは、そのまま人差し指を出し素早く左右に動かした。すると、複数の見えない鋭い糸が、女性の全身を引き裂く。
一瞬にして切り刻まれた女性は、短い悲鳴をあげ多方面に血を飛び散らす。その血は、枝垂の頰にも飛んでいった。それを、不快に思わないらしい彼は、

「ひゅー、やればできるじゃん」
「……」

と、ご機嫌な声を出す始末。
目の前に広がる血溜まりに肉片、それに赤く濡れた書類。そこに人がいたと、誰が信じるのだろうか。それほど、カイトの魔法によって骨まで細かく切り刻まれてしまった。その光景は、見られるものではない。視界にも入れたくないらしく、眉間に深いシワを寄せたカイトは横を向く。

「その表情。すげー、好き。もっと楽しませてよ?」
「……やめてください」

今、自分がどんな表情をしているのか。いくら思考を巡らせても、彼に答えはでない。
言葉で牽制することが、彼の精一杯だった。人を1人殺しておいて、こんなことを思う自身にも嫌気がさしていた。

「いつも通り、血は吸っていいよ。お腹すいたでしょ?」

そんな葛藤は、枝垂にとってどうでも良い。それよりも、これから起こる「副産物」の方に興味があるらしい。いや、今までのが余興でこれからが本番、といったところか。

「……」
「ただ、這い蹲って飲んでね?俺、優しいから見ててあげる」

そう言って、彼はカイトをどこまでも馬鹿にしてくる。
しかし、血肉を欲しているのは事実だった。その感情に罪悪感を覚えるカイトは、何も言い返せない。

「……ごめんなさい。ごめんなさい」

カイトは、言われた通りに床に跪いて「それ」に口をつけた。
一口舐めれば、あとは本能が理性を打ち破ってくる。残った理性は、彼の真っ赤な瞳から涙になってこぼれ落ちるだけ。食欲が止まらないカイトは、無我夢中で目の前に広がるご馳走に這いつくばる。
口の中に入った肉片を飴玉のように舌の上で転がし、味を堪能する。そして、絶頂を迎えさせていない肉体であることを後悔していた。

「……あー、最高」

その様子を高みの見物する枝垂。恍惚な表情をさせながら、カイトの無様な姿を楽しむ。


          

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