純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

2:春暁は歌で締めくくる②



「おかえりなさいませ、ユキ様」

彼女が扉の下のレールを足でこすっていると、中から燕尾服に身を包んだ男性が姿を現す。
その人は、風音よりも背が高く、どことなく青年ユキの面影を見せてきた。青と黄色のオッドアイが印象的に映り込む。

「……えっと」
「お久しぶりです。ちょっと休憩させてください」

その状況についていけていない風音は、眠気も何もかも吹き飛んだようだ。驚いた表情で目の前にいる男性を見つつ、ユキの言葉を聞いていた。

「かしこまりました。……そちらの方は」
「……先生です」
「初めまして」
「さようですか。初めまして。私は天野家の執事を任されております、神谷と申します」

と、ユキのよくわからない説明に顔色を変えず、風音に向かって一礼してくる。それに急いで頭を下げるも、

「……神谷?」

どこかで聞き覚えがあるのか、名前に気がそれてしまう。風音は、「執事」と名乗った彼の姿を再度見るため素早く頭を上げた。

「……あなたさまは、風音一族とお見受けしております」
「……」

どうやら、こちらの正体は知られている様子。特に態度を変えるようなことはしないが、少々言い方が気になる。
しかし、風音はその人物に心当たりがないらしく首をかしげるだけ。入り口でボーッと佇んでいることしかできない。

「ユキ様、帰る時はご一報いただけると有難いです」
「ごめんなさい。難しい話は後でいいでしょうか。先に、先生を寝かしたいので」

ユキに向かって小言を吐く神谷。特に責めている様子はないが、少々棘を感じてしまう言い方だった。
それを軽く受け流し、ユキは風音の片腕にギュッと抱きつく。すると、

「……かしこまりました。こちらです」

魔法でスリッパを2足出してきた。光に包まれながら出現したそれは、風音にとって初めて見るもの。レンジュのほとんどの地域では、玄関で靴を脱ぐ習慣がないのだ。

「お飲み物は」
「眠れるように、カモミールを」
「かしこまりました」

どうしたら良いのかわからず2人のテキパキとした会話を聞いていると、

「先生、これ履きかえてください」
「……お邪魔します」

と、ユキが話しかけてきた。
とりあえずそれに従って靴を脱ぎ揃えると、風音は恐る恐るスリッパに履きかえる。
それは、意外にもはき心地が良い。少しだけ温まっているのは、魔法か。靴とは少々異なるふわっとした感触が、足元を通して身体に伝わってくる。そのまま、無言で腕を引っ張ってくるユキの手を頼りに奥へと進んでいく。

長く続く廊下は、窓から差し込む光が当たるとピカピカに磨き上げられていることがわかる。かと言って、滑るようなことはない。家の中だというのに埃の臭いを感じられず、毎日のように手入れされた空間であることは風音にもわかった。とはいえ、彼女にとってこの場所が何なのかまではわかっていない。すると、

「……ここ、前に住んでたところなんです」

心の中を読んだようなタイミングで、隣を歩いていたユキが話しかけてきた。とはいえ、その声は隣にいるにしては遠くから聞こえる。疑問に思ってそちらを向くと、彼女は窓から見える中庭を見ていた。

「旧家って言うんですかね?父親の実家で」
「思い出した、あの人」

なぜかその言葉で、風音は目の前で案内のごとく廊下を突き進む彼を思い出す。スリッパを履いているのにも関わらず、足音ひとつしない神谷。
記憶が正しければ、彼は……。

「……神谷は、父親の付き人でよく小さい頃にお世話になった人なんです。わかってたんですが……ごめんなさい」
「いや……別に」

その口調を聞く限り、やはり思っていた人物で間違いなさそうだ。

神谷は、「無力化」の血族技を受け継ぐ一族。呪われた印に蝕まれた風音一族と、過去にやり取りをしていたことがあったのだ。しかし、今に到るまでそのやりとりは完結していない。故に、風音の顔に蔓延る呪いもそのまま。
それをうっすらと覚えていたために、聞いたことがある名前だったようだ。

「今は何も考えないで休んでください」
「……あ、ああ」

案内された寝室には、ダブルサイズの低いベッドがひとつ。畳の部屋の隅にポツンと置かれていた。
他にも、ちゃぶ台やタンスなど、和テイストの家具がずらりと並ぶ。しかし、狭さは感じない程度の広さを保っていた。そこにスリッパを脱いで足を踏み入れると、すぐさま眠気が襲ってくる。
イグサ独特の香りは、風音にとって癒しの匂いだったらしい。少々ふらつく彼を横目に、微笑むユキ。

「こちらでお待ちください」
「はい、お願いします」

そのやりとりを見ていた神谷は特に何の反応を見せず、一礼すると扉を閉める。
その姿は、まさに執事そのもの。まっすぐに伸ばした背筋が、主人を前にしているということを感じさせてくる。

「ユキ様、間違いを起こさぬよう」

と、扉が閉まるギリギリのタイミングで釘をさすことも忘れないらしい。その言葉の意味がわからずボーッとしていた風音が、扉の音に我にかえり遅れて顔を赤くする。

「ふふっ。そんな関係に見えたんですかね」
「いや、そんなんじゃ……」

と、何だか言い訳じみた言葉をはくも、ユキにとっては笑いの素でしかなかったらしい。楽しそうに笑いながらベッドまで彼を引っ張っていく。

「ここならちゃんと休めますよ」

そう言って、ユキはベッドへと強制的に彼を座らせる。
いつも使っているベッドよりも低く、少しだけ風音は違和感を覚えるも、すぐにそれはどうでもよくなる。
ユキの落ち着いた声、畳の香り、見慣れない、しかし、どこか心が安らぐ家具。それに、布団から香ってくる太陽の暖かい匂いが揃えば、誰だって眠くなるもの。

「……悪い」
「うわ、体調管理できないとか、こうちゃんに言って教師剥奪しようかな」
「返す言葉もございません……」
「あはは、冗談です。私、結構先生のこと気に入ってますから」
「……」

ガスマスクを外すと、ユキが思っていた以上に真っ青な顔色が現れた。
睡眠時間を削って調べ物をしていただけかと思いきや、数日は寝ていない様子。調べ物以外の時間も、眠れない時間を過ごしていたのだろう。
それは、立っていられたのが不思議なくらいの顔色だった。

「あの時の恩返しですよ」
「ありがと……」

再度釘をさすユキの表情は、まさにいたずらっ子。彼の弱い部分を見たためか、イキイキとしている。
しかし、そこにはちゃんと感謝の気持ちも入っている。だからこそ、風音も何も言わずに頭を撫でてくれるのだろう。その身体は、すでに布団の中。今にでも、まぶたが閉じそうだ。

「……歌、サービスしますか?」
「……」

その言葉に、恥ずかしそうに腕で顔を隠し頷いてくる。それを見たユキが、笑いながら彼の隣に横になった。

「1時間で起こしますから」

そう言って、返事を待たずに歌声を響かせた。……母親譲りの、美しい歌声を。

「~♪」

数分たたずに、風音が眠りに入る。
魔力が戻ってきているのが、ユキから見ていてもわかった。かなり魔力が少なかったのだろう。いつもは見えないのに、彼を中心として薄い光が身体に吸収され始めているのが見える。

「……」

その扉の向こうには、飲み物を持ちながら主の歌声に耳を傾ける神谷の姿が。

「……イチ様、ユキ様とユウト様がいらっしゃいましたよ」

そう小さく呟いて、彼は温かく、そして嬉しそうに微笑んでいる。



***


「先生ー!」

きっかり2時間。全員、解散した場所に戻ってきていた。
毎回遅刻気味の風音も、ユキのスパルタすぎる容赦ない起こし方に観念したのだろう。集合時間の10分前には、龍の銅像の前に到着していた。同じ時間帯に戻ったゆり恵が、「先生ですか?」といつもは使わない敬語を使うほど驚いていたことも記載しておこう。

「どこに何があるか、なんとなくわかった?」
「うん、1人で回ったからゆっくりチェックできたよ!」
「先生が言ってた意味わかりました」

ヒイズ地方は、意外に細道が多い。複数人で歩くのに適してないのだ。大通りが立派なので、しっかり歩かないとそれはわからない。

「さっき、あっちでななみちゃん好きそうな甘味屋さんみつけたよ!」
「(きっと、かんなちゃんのところだろうな)」

ユキにとって、ここは庭だ。
数年前の記憶にはなるが、そこまでガラッと変わっているところはなかった。風音を「寝かしつけた」ユキは、その足取りで街を散策していたのだ。懐かしい街並みは、以前と同じくユキを優しく迎えてくれた。

「そうそう、あっちにアクセサリーショップがあったよ。これ、2人に」

と言って、ゆり恵にピンクの簪、早苗にオレンジの髪飾りを手渡す。
それは、2人の得意魔法色。まるで、以前から所持していたかのようにそれぞれの手におさまった。

「嬉しい!」
「ありがとう、ユキくん」

と、2人も嬉しそうな顔をしてお礼を言い、すでにアクセサリーの見せ合いっこをしている。
こういうマメな部分が、女性に好かれるのだろう。ユキの徹底した男装は、やはり抜かりない。これが女性だとわかっている風音は、その光景を複雑そうに眺めている……。

「じゃあ、任務やってこうか」

だいぶ回復したのか、さっきよりマシな顔色になった風音がみんなを促した。
寝ている時、ユキが魔力譲渡もしている。魔力は満タンになっているだろう。

「はーい」
「やるやる!」
「ご飯も食べたから元気!」
「私、丼もの初めて食べた」
「私はお寿司食べた」
「あ、いいな!僕もそれと迷ったけどお蕎麦食べたよ」

と、楽しそうに1人行動の時の話をしている。
ヒイズは、食べ物も独特だ。好奇心旺盛な年頃なこともあり、それは楽しい思い出になったことだろう。
そのまま、4人は互いに記憶されている任務を読みあげて遂行する順番を決める。

「私のは、郵便局に行って配達する任務!」
「こっちは、生態調査。聞いたことない動物だなあ」
「私は、ヒイズ市役所の荷物整理かな」
「俺は……明日の日付で護衛任務」

ユキの読み上げた任務に、3人が固まる。

「え?今日泊まり?」
「準備してない……」
「先生!また!?」

……寝不足だったので許してあげてください。

またまた伝え忘れていた風音は、「あー」と誤魔化すように声を出し、

「……ごめん。そういえば、宿取ったわ。悪いんだけど、保護者に連絡取ってもらって良い?」

素直に謝った。
すると、それに慣れつつあるチームメンバーは、

「もー、先生って結構抜けてるよね」
「仕方ないよ、他にも任務受けてるんだし」
「先生、もう年だから」

と、慣れている様子。
なお、最後の発言はユキだ。何も言い返せない風音は、ピクッと反応して苦い表情になる。それを見た他の3人が大きな声で笑うものだから、通行人たちが不思議そうな顔して通り過ぎるのは致し方ない。それを見た風音が、さらにふてくされた表情になる。

「……お詫びと言ったらあれだけど、露天風呂あるところにしてるからそれで許してよ」

今まで散々笑っていた3人は、その言葉で目を輝かせた。

この地域には、「温泉」というお風呂が存在する。ユキたちの地域の「シャワーが中心」というものではなく、「湯につかる」というのが習慣になってた。
自分の地域でそれをやりたくても、ユニットバスが普及してしまっているので難しいのだ。今まで経験したことがない「温泉」に、興味を持つのは当然のことだろう。
しかも、自然の中で楽しめる露天風呂と来たら、それ以上望むものはない。ユキも、久しぶりの温泉に心が踊る。

「先生最高!」
「ありがとうございます!」
「一生ついて行きます!」

そのはしゃぎようと言ったら。またまた通行人が怪訝そうな顔してのぞいてきたが、まあこれは許してもらいたいところ。龍の銅像がある広場は、相変わらず人通りが激しいのだ。

「じゃあ、まずは保護者に連絡入れて。そのあと、任務の順番決めて今日中に3つ、明日1つでこなそうな」
「はーい」
「お母さんに連絡する!」
「僕はお手伝いさんに」
「お父さん、出るかな」

大体のスケジュールが決まったので一安心し、それぞれ家族や家政婦に連絡を取り始める3人。
それを見つめるユキの手に、3人のようにスマホはない。彼女には、帰りを待ってくれる家族はいないから。

ユキにとって、帰りを待つ人がいる事実が単純に羨ましい。もちろん、皇帝や彩華も家族だが血は繋がっていない。生前の両親と仲が良かった分、その光景は残酷に映った。
だからこそ、まことの環境に共感を覚えるのかもしれない……。

「……」

その背中に、風音が無言で手を添えてくる。特に何も言わず、ユキはその行為に甘えた。

「したよ!」
「僕も!とりあえず、営業時間の関係もあるし、郵便局・市役所・生態調査の順が良いと思うんだけど……」

と、連絡の取れたゆり恵とまことが、任務の順番を話し始める。
遅れて、早苗が話に入った。

「その順番で私も良いと思う」
「じゃあ、それで!いいかな、先生」
「いいよ。効率がいい順番だと思う」
「がんばろうね!」

下界の任務は、魔法を使うものが少ない。手や足を動かすものばかりだ。
これは、体力の基盤を作るという目的も隠れている。3人はそれを理解し始めていたため、任務内容に関して文句を言うような邪推なことはしない。

「初日の任務みたいに、次の日筋肉痛にならないようにしないと」
「そのための温泉だよ!」
「楽しみ」
「気は抜かないようにね」

風音の言葉に、

「はーい!」

と、それぞれ元気よく言葉を返した。
郵便局は、この広場から目と鼻の先。5人は、天気が良く日差しが心地よく照りつける街中をゆっくりと移動する。

          

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