純白の魔法少女はその身を紅く染め直す
13:桜の花びらは地面から消える①
サツキは、目を覚ました。
「……?」
首を動かし周囲を見渡すと、そこはいつもの寝床である組織の実験室。視界に入る味気ない真っ白なベッドは、どこか病室をイメージさせてくる。そのベッドは、周囲を1枚の薄っぺらいカーテンで仕切られていた。
カーテンを隔てて、周囲には同じようなベッドが複数並んでいる。ここで、組織はキメラを作り出してはこうやって「管理」するように彼女たちを並べていくのだ。が、今他のベッドは空らしい。一切物音が聞こえない。
「……」
起き上がると、足元にカイトがいた。彼は、サツキの足元付近に頭を乗せて眠っている。その口元には、気持ち良さそうなほどのヨダレの跡が。それを見てしまうと、起こすのが忍びなくなってしまう。
きっと、起きないサツキを心配してついていてくれているのだろう。数年一緒に居るためか、そういう気遣いは口にしなくても伝わってくる。サツキは、そんな彼が好きだった。
「……ふふ」
その寝顔に微笑むと、音を立てないようゆっくりとベッドから身体を出し地面へと足をつけた。ひんやりとした感覚がつま先から足の裏を伝って感じられる。ここでは、靴も靴下もない。
サツキは、その感覚に慣れるとカーテンをこれまたゆっくりと開けて外へ繋がっている扉へと向かう。一瞬だけ振り向いたが、カイトはぐっすりと寝ている。起こさないことに成功したサツキ。再度笑うと、そのまま歩き出した。
いくつか扉を潜るも、そこにはベッド、ベッド、ベッド。同じ形のものが規律的に並べられているため、少しだけ気味が悪い。しかし、ここは実験室。サツキのようなキメラを作っては管理、作っては管理を繰り返しているのでこのような造りの方が効率的なのだ。
もちろん、その実験は失敗もする。いや、むしろ失敗の方が多い。キメラに必要な石の種類は豊富で、それがどう人間に適応していくのかがわかっていないためか、拒絶反応を示しそのまま命を落としていく子どもは大勢いる。
サツキも、その目で何度も「失敗作」を見てきた。……さっきまで楽しくおしゃべりをしていた友人が突然いなくなるのも、何度も何度も見てきた。
「……」
廊下に繋がっている部屋まで来ると、そこに置かれたベッドが赤黒く染まっているのが見えた。きっと、今日誰かが犠牲になったのだろう。
でも、自分は成功したもの。そう言い聞かせて、彼女は精神を落ち着かせる。サツキだって、こんなところに居たくない。しかし、元々孤児である彼女は、行く当てがないのだ。
「大丈夫、大丈夫」
そう言って、ベッド脇に立っている姿見で自身の身体を確認した。そこには、15歳にしては貧弱な見た目をした自分が立っている。着ている服が大きいのも相まって、それは惨めさを植えつけてくるもの。
服からはみ出ている肩、下着をつけず谷間のない胸、そこで光り輝く蛍石。サツキは、それを見る度に自身が人間ではなくなったことを実感する。
「あの人……」
気絶する前に対面した、ガスマスクの男性が頭を過ぎる。
その人は、とても不思議な人だった。意識が朦朧とする中、この胸にある石を破壊しようと躍起になっているのだけは感じられた。
サツキは、好きでこんな身体になったわけではない。起きたら、人間ではなくなっていたのだ。故に、自身の快楽よりも赤の他人であるキメラの石を取り外すことに集中していた彼が眩しく映ってしまった。少しだけ、無いはずの心臓部分が痛む。
「おや」
鏡の前で物思いにふけっていると、実験室に白衣を着たメガネの男性が入って着た。彼は、ポケットに手を突っ込み、少しだけ猫背になってサツキへと近づいてくる。
「よかった、起きましたか」
「先生、おはようございます」
この人は、サツキに石を埋め込んだ組織の人間。いつも白衣を纏い、眠そうにしている。組織の医者の兼用していて、よく風邪薬や湿布なども分けてくれる人。名を、八代と言う。サツキは、先生と呼んでいた。
「体調はどうですか」
「……特に変わったところは無いです」
「みたいだね。光り方もいつも通りだ」
彼は、サツキではなくその胸に宿している蛍石にしか興味がない。仕草や言葉で、それはサツキにも十分伝わってくる。
次の瞬間、
「……ぁっ」
八代は、何の断りも入れずに服の内部に手を入れてきた。それは、すぐに石のあるところにたどり着く。
ゆっくりと撫で回すように触られると、サツキの頬がみるみるうちに赤く染まっていく。その感情に逆らえるほど、彼女は強く無い。
「ん、ぁ……っ、っ」
「我慢しなくて良いよ」
声を抑えていると、そう八代が笑いながら言ってくる。しかし、ここで声を出せば奥で寝ている彼を起こしてしまうかもしれない。こんな状態を見られたく無いサツキは、必死に両手で口を覆い声を我慢する。
目をキュッと閉じたサツキは、早くその「診察」が終わることを祈り続けた。その行為は、ガスマスクの彼と同じなのに、与えてくるものが全く異なる。彼は、サツキに温かさを教えてくれた。しかし、目の前の八代からは石に対する興味しか感じられない。
「あ、……んぅ、ふ、ふ」
それでも、漏れ出る声はどこまでも甘い。瞳を涙で潤ませながら、懸命に声を抑え呼吸を整えようと必死なサツキ。それを見た八代は、満足そうな表情をしながらやっとその手を離した。
「良好なので、いつものお薬入れますね」
そう言って、サツキを近くの清潔なベッドに寝かせると、どこからか注射器を持ってきた。その容器の中には、透明でドロッとした液体が入っている。
それは、知らない自分になってしまう薬。人を傷つけることに怯える彼女に、高慢な性格を植えつけてくる薬。
抵抗しても無駄とわかっているサツキは、その後どうなるのかわかっていても避けられない。
「少し痛いですよ」
「……お願いします」
注射よりも、その後の自分を想像するだけで心が痛かった。しかし、ここでは子どもは無力だ。自分の中にあるいろんな感情を押し殺して大人に従うしか、生きていく術はない。それは、キメラになっても変わらない事実。
「(あの人に……また会えるかな)」
ちくりと腕に違和感を覚えると、サツキは目を瞑りながらそう思った。
もう一度会いたい。会って何するというわけでもないが、会いたかった。
サツキは、サーっと薬が全体に行き渡っているのをゆっくりと味わう。一瞬だけ身体の力が抜けると、
「さあ、私の可愛い可愛い21号。お仕事の時間ですよ」
「……ふふ、任せなさい」
サツキは、彼の言葉で起き上がった。
返事をする声に、「少女」の面影はない。
***
「ユキ!」
「あれ、姫だ」
仕事を終えて、自室へと帰る途中の廊下を歩いていた時。青年姿のユキは、彩華と鉢合わせした。
彼女と最後に会ったのは、風音とトラブル (?) を起こして寝込んでいた時以来。ザンカンでの出来事を挟んだのもあり、何だか懐かしく感じてしまう。
「おかえり!帰ってたのは聞いていたけど……」
「もう大丈夫だよ、ありがとう」
彩華は、ザンカンへ行く前日、ボロボロになったユキの見舞いに駆けつけてくれた。アリスに付き添われ涙を流す姿は、今でもユキの中で印象に残っている。それほど、彼女は他人に涙を見せない。
ユキがその笑顔につられて笑うと、彩華がその距離を近づけてきた。シャンと、民族衣装につけられた鈴が廊下に響く。目の前まで来ると、
「お父様ったら、人使いがあらいわよね。はい!」
そう言って、両手を広げてきた。その大胆な行動が恥ずかしいのか、本人は少しだけ俯き加減にユキを見ている。
どこまでも愛おしい彼女へ、ユキは微笑みながらゆっくりと抱きしめた。すぐに、いつもの体温が身体を巡る。それは、どんな瞬間よりも心地よい。
「……ごめんね」
「無事ならそれでいいの……」
「姫……」
「……」
きっと、彩華にも言いたいことがたくさんあるだろう。しかし、そう呟くとギューッと腕の力を強めるだけにとどまった。
管理部としてどんな任務をしているのか、彼女なりにわかっているのだ。国の裏側を支えるユキのことを心配しつつも、口出ししてはいけないことも。そして、これ以上の関係を持つことが高望みであることも、彼女にはわかっている。
その健気さは、きっとユキが本当の男性であればイチコロだっただろう。胸の奥をざわつかせながら、その小さく埋められた頭を撫で上げていると、
「あーお熱いこと!」
と、いつの間にかアリスがそこに立っていた。いつから見ていたのか、気づかなかったユキが、
「うわ!え!?」
変な声を出しながら急いで彩華から離れようとするものの、彼女が許してくれない。ユキは、顔を真っ赤にしながら引き剥がそうとしたが、
「やー!!!」
と、全力で拒否している。……それを、ちょっとだけ可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
「少し付き合ってあげなさいよ」
そんな一部始終を、アリスが楽しそうに見ていた。今にでもスマホあたりを取り出して写真を撮り、皇帝や今宮に見せようと企んでいる顔も伺える。しかし、そうはならなかった。
「行きたいところがあるんでしょ?」
アリスの声に、彼女は腕の中でこくりと頷く。
理解が追いついていないユキがアリスを見ると、視線が交わった。その顔は、意外にも優しい。何かあるらしいが、教える気はなさそうだ。
彼女は、彩華の味方であることが多い。もちろん、秘密にしていることはあるものの、過保護にすることはなく、その様子を見守ってくれる。だからこそ、彩華も彼女に懐くのだ。
「……行こうか」
「私はお邪魔虫だと思うので、退散するわね」
そう言ってひらひらと手を振ると、アリスは移動魔法でシュッと消えてしまった。自由奔放な人だ。
「……手」
誰もいなくなった廊下で、ユキは彩華に向かって手を差し出した。それをしっかりと握り返してくれる彼女は、ニッコリと笑っている。
「こっち来て」
身体が離れると、ユキはされるがままに歩き出す。その行き先は、知っているような気がした。
          
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