純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

10:交差する生死②



「範囲爆破!」

刀がキラリと光り、敵のいる方へ……いや、ユキのいる方へ向かって雷が走る。瞬時に避けると、先ほどまでいた場所に爆風が舞うのが見えた。

「(相変わらず容赦ないなあ)」

本当に、敵と一緒にユキも一掃しようとしている。
その理由がなんとなくわかってしまうユキは、何も言えず。
彼とは、長い付き合いだった。犬猿の仲、というやつか。目が合えば、殴り合いばかりやっていた。
しかし、今はそんな気力もなかった。ただただ、彼に攻撃されているという事実が悲しい。ユキは、なぜかそう思ってしまった。

「……抜刀」

そんな彼女の様子をものともせず、アカネは指先を刀に沿って動かし反射していた光を消す。そして、敵に向かって見せつけるように構え威嚇していく。

「血族技、華道楽」

誰にも聞こえないようにつぶやくと、敵に向かって突撃していく。これは、彼の血族技だ。
その足跡には真っ赤な彼岸花が舞い散っている。それは、触れると下手すれば死に至るほど強力な毒性を持った植物。それを敵もわかっているのか、決して彼に近づこうとはしない。いや、その刀の届く範囲に入ればその餌食になると本能的に理解しているのか。

「はああ!!!」
「ぐあ!」
「ぎゃっ!!」

華麗な刀さばきに目を奪われるも一瞬。残党が、文字通り消されていく。
その体力、魔力量、戦闘技術。何をとっても敵に引けを取らない彼は、息を乱すことなく刀をふるう。その姿は、見ている人に一種の美を見せつけてくる。
圧倒的な力の差に、撤退していく敵が後を絶たない。それを、ユキが端から掻っ捌いていく。

「ひっ……」
「やめろ!」

ただ逃げることしかできない敵も、数名いた。標的にもってこいだ。
魔力強化専門として連れてこられた非戦闘要員だろう。とは言え、ここは戦場。情けは自身の死に直結してしまうため敵であれば倒すしかない。
敵は、悲鳴に近い声を発して彼らの猛攻に膝から崩れ落ちていく。
と、その時だった。

「っ……」

一瞬、足を取られたユキがよろける。その隙を、敵は見逃さない。

「っぐ……は」

瞬時に、背中へと槍が突き刺さる。防御シールドを張っていなかったため、それは深々と彼女を傷つけた。ユキが下を向くと、その先端が貫通しているのが見える。
槍が身体から外されると、ブシュッと液体の滴る音が響き心臓部分を中心に痛みが全身に駆け巡った。

「……ちっ」

すかさず、アカネがその敵を切り捨ててくれた。敵だけでなく、ユキの血がべったりと付いている槍を地面から拾い上げ真っ二つに折り使えなくする。
それを見たユキは、小さな声でお礼を懸命に絞り出した。

「ありがと……」
「ふざけるな」

小言をぶつぶつ言うが、決してその刀をユキに向けることはない。彼女を守るようにして、アカネが残党に向かっていく。
その後ろ姿を見つめるユキは、立っているだけで精一杯。一歩動けば、すぐ地面へと膝が崩れ落ちるだろう。アカネもそれをわかっているのか、「動け」と文句は言わない。

「はっ!!!」
「っ!」

気力に押され、動けない敵が次々となぎ倒される。素早いのに、そう見えない手さばきは敵も味方も魅力していく。それは、彼の足元にある華も例外なく。
真っ赤な華が、ユキの居る周囲にも散りばめられた。これで、彼女に敵が触れることはないだろう。その優しさが、ユキの胸をキュッと締め付けてくる。

そして、ザシュッと最後の敵の首が落とされた。呼吸を整えたアカネは、ゆっくりと鞘に刀をしまう。

「……」

少し、息が上がっているものの平然として周囲を見渡す。多少暴れすぎたものの、周囲への被害はさほどない。自然の多いザンカンでの戦い方を熟知しているようだ。元々、彼はザンカン出身。それも関係している。
苦しそうなユキの姿が目に入るが、これ以上手助けはしない様子。汚いものを見るかのような目で、彼女を見るも何もしない。冷たい視線が、ユキを射抜く。

「っ……ぁ……」

息がうまくできない彼女は、心臓を一突きされていた。そこから溢れ出す血は、止まることをしならい。地面に点々と花を作るが、黒いマントによってそれが目立たない。マントの奥に隠された瞳には、涙が滲んだ。痛み、惨めさ、そして、無力さ。ユキは、これ以上立っていられなくなり地面に膝を着けた。

「天野、無理するな」

すると、地面スレスレで近くに居た風音が駆け寄ってくれた。小さな声で名前を呼ばれると、なぜか安堵の気持ちが大きくなる。影になっていると、自身の存在を忘れてしまうのだ。それを、影でもある彼もよく知っているのだろう。
ユキの身体を支える彼は、すぐに真っ赤に手を染め上げる。その出血量は、異常なもの。眉間のシワを深めながらユキを見下ろしている。
それを横目に、アカネがまことたちの方へ向かった。

「大丈夫ですか」

アカネは、まことが出したシールドを強制解除させ生存確認をする。周囲を見渡しても、幸い大怪我をした人はいない。武井も、すでに解毒が終わっていてあとは起きるのを待つだけになっていた。風音がやったのだろう。

「はい……ありがとうございます」

周りの死体を見て様々な感情が渦巻いているまことを察して、吉良が素早くお礼を言う。これだけの光景を、下界魔法使いになり立ての子どもが見る機会はない。こうなってしまうのは、仕方ない……。

「これが仕事なので」

しれっとした態度で応え、周囲を再度見渡す。重症なのは、ユキだけのようだ。その出血量を見てしまった彼は心配なのだろうか、視線を彼女に向けるがそれ以上のことはしない。

本来であれば、彼は伝言を頼まれてここにいるだけ。この戦闘は、想定外だった。しかし、職業柄それを放っておくことはできなかったらしい。
もう、敵の気配はない。それを確認し、

「武井氏は私が運びますので、みなさんは講堂へ向かいましょうか」

と、みんなを促した。

「……はい」

アカネの言葉に従い、まことたちは住民が避難している講堂へと足を進める。恐々と死体を避け、彼の後を追って行く……。その足取りは、まだ恐怖で震えていた。
今は、強い人の後ろで隠れているしか、生きる道はない。


「……っ……っ」

それを霞んだ視界の端で見つめるユキ。荒くなった呼吸を整えようとするが、それが難しいらしい。懸命に、呼吸をする動作だけに集中する。
風音は、そんな彼女に向かって回復魔法を唱えるも、雀の涙。出血は止まらず、どこからともなく溢れ出し地面に小さな水たまりを作っていく。

「……悪い、破くよ」

周りから人がいなくなると、そう断りを入れ彼はユキの服を破った。

「……!マジかよ」

予想以上の出血と傷の深さに驚愕する。傷は、心臓を貫通していた。
それでも、ユキは生きている。

「生きているのが奇跡じゃん……」

心臓がある周囲の皮膚が抉れ、脈打っているのが見える。動脈が切れているのだろう、どんどん血が溢れ出していた。どうやって治せば良いのか、風音にも見当がつかない。

「……やめろ、もう見せるな。あの光景だけは」
「どけ、邪魔だ」

そう独り言のように呟きながら、魔力譲渡と回復を繰り返す。しかし、血が止まらない。
すると、それを静止しまばゆい光を放ち回復魔法を展開する人物が割り込んで来た。

「……皇帝」
「お前の魔力も尽きるぞ」

横から入ったマナの手から、暖かい緑の光がさす。
若い彼女が、皇帝と呼ばれるだけのことはある。きっと、風音の魔力が満タンでもこんな眩しく暖かい光は出ないだろう。その光は、隣で両手を赤く染める風音の気持ちも落ち着かせてくれる。しかし、眉間のシワが消えることがない。

「なんで、こいつは無理をするんだろうな」
「……さあ」

回復魔法をかざしながら、マナがつぶやいてきた。彼女たちの関係を知らない風音は、なんと答えたら良いのかわからない。
こんな小さな子どもが、人を信頼できないほどの闇をなぜ抱えているのか。彼女の力とは何か。自分に手助けできることなないのか。彼は、ユキについて何もかもわからない。知りたいことがあるのに、それを彼女が拒絶しているようにしか見えないのだ。どうしようもできない。
目を閉じているユキの表情からは、何も見えてこない……。

「……こいつだけは、死なせないでくれな」

真剣な瞳をしたマナが、風音に話しかけてくる。

「……」
「苦しませないでほしいが、それは本人の意思に反する気がして。だからせめて……」
「……わかっています、わかってます。オレだって」

そうは言ったが、何一つわかっていない。
自分ではどうしようもできない苛立ちがぐるぐると巡りつつ、まばゆい光と気絶しているユキに視線を向ける。


          

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