純白の魔法少女はその身を紅く染め直す
8:指先で愛を語って①
ザシュッと肉の切れる音がこだますると、その場にいた黒装束が静かに倒れた。目の前には、ナイフを構えるユキが瞳孔を見開き静かにその様子を見ている。
彼の後ろには、魔法攻撃をする風音の姿も。双方、人を傷つける行為に迷いはない様子。そんな2人の周りは、狼の残骸と倒れている人で埋もれていた。倒れているほとんどは、死んでいるように動かない。
ユキと風音は、息を乱さず背中合わせに敵との距離を取る。
「……レンジュ国の者とお見受けした。ザンカンの皇帝を出してくれ、話がしたい」
指揮を取っていた5名は、いつの間にか3名に減っていた。ユキが不思議に思い周囲を見渡すと、地面に倒れて動かなくなっている「それら」に紛れ込んでいるのを見つける。気づかないうちに「処分」したらしい。
「……」
「……」
敵の目的がわかるまでは話さない。それが、影の鉄則だ。彼らは、それを徹底して守っている故、口を開かない。ましてや、ここはレンジュではない。少しでもその選択を間違えるとこの場だけではなく国間での問題にまで発展してしまうだろう。慎重に動く必要があった。
「……まだこちらでは召喚できる。今のうちに言うことを」
「……っ、jd,k」
ちょうどユキの斜め前にいた黒装束が、そのタイミングでこちらに向かって魔法を唱え始めた。その詠唱は、小さくて2人の耳にまで聞こえない。しかし、拡張魔法で聞いている時間はない。
「……ぐっ」
すぐに、ユキの身体に重い衝撃が走った。金縛りだ。シールドでいなすも、予想以上の重みに顔を歪めてしまう。
しかし、その攻撃により、ユキはどこかで魔力増強をしている人がいるという確信を得た。今までの戦闘で魔力を消費しているのにも関わらず、ここまで強力な魔法が使えるのはおかしい。
「もう一度言う。これは、命令だ。ザンカンの皇帝を呼べ」
「……」
「……」
それでも応じない2人に痺れを切らせたのは、先方だった。
その口調は、先ほどまで明るく照らされていた草原と対照的なもの。太陽の光が照らしているも、それは不気味な影を落とすだけ。そのアンバランスさが、この場の緊張感を高めてくる。
「……この2人を殺しなさい」
その声と同時に、さらに多くの魔法使いが現れた。先ほどの魔法使いと合わせると、40人程度か。ユキが数えていた人数と一致する。全員が黒い衣装に身を包み、生気のない顔をさらけ出していた。
現れた奴らによって、草原の花が踏みつけられ黒く濁る。その姿を見て、風音の心がズキッと痛んだ。
彼は、自然に呪われつつも自然を愛しているのだ。その光景が地獄に映っていることだろう。
「(……先生、俺に任せて。防御だけよろしく)」
風音が動く前に、テレパシーで次の一手を伝えるユキ。決して敵には聞こえないよう、細心の注意をはらってテレパシーを送信している。故に、少々聞き取りにくかった様子。それでも、風音は神経を研ぎ澄まして受信すると、
「(どうするつもりなの)」
「(ん?一掃させるつもりー)」
「……」
と、少々大雑把な返答が戻ってきた。その回答に困っていると、
「先生の足首と膝、固定しておいて」
「……?あ、ああ」
と、今度はテレパシーではなく生声が飛んでくる。場違いなオーダーにキョトンとするも、その声は真剣そのもの。何か作戦があるのだろうと思い直すと、自身の足を固定し始める。すると、
「…………!」
疑問は、次の瞬間すぐに解決した。
ユキの周りに、風が立ち始めたためだ。いや、変化はそれだけではない。
「……なに、これ」
風音は、広いはずのフィールドを狭い牢獄のように感じた。とても美しいはずの草原が、一気に地獄になった気がした。目の前にいた、黒装束の集団から感じるものではない。味方であるはずのユキから発せられたものだった。
それは、「殺気」なんて生易しいものではない。もっと、闇の中に潜む何かをその場にいる人全員に植えつけてくる。
黒装束をまとった敵も、それを感じたのか2人から1歩下がった。
「……殺しなさい」
それでも、指示に従わないといけないと言う使命感で前に足を出そうとしてくる。風音には、そんな風に見えた。
指示を受けた魔法使い達は、動かない足を……いや、身体を必死に動かそうと躍起になっている。そんな様子を、何もできず見ている風音。敵ながら、その精神力には驚かされる。きっと、自身が命令されてもこの殺気の中では動けないだろう。
そんな強い殺気の渦の中心にいるのは、ユキだ。その人物は、風音が知っている彼でも彼女でもない。顔に仮面をつけているような、いや、中身が誰かにすり替わっているようなそんな印象を与えてくる。これは、「人間」の出すものではない。
「死にたいやつだけ、かかってきな」
嘲笑うかのような言い方は、挑発魔法の一種。それを聞いた敵が、一斉にユキへ向かって襲いかかる。
ユキは、笑いながら持っていたナイフを握りしめ、攻撃に備えた。
「増強、シールド展開」
その後ろで、防御に徹しユキに魔力増強を送る風音。背中合わせではあるものの、ユキの場所は把握している。見えなくても器用に援護するのだが、やはりどうしても彼の手は小刻みに震えてしまう。それは、得体の知れない相手に背中を預けている恐怖か、それとも、自身も捕食されると思う恐怖か。彼にもわかっていない。
「(これが……翡翠?)」
それは、震えだけではおさまらない。怯えが冷や汗となって、風音の背中を伝ってくる。その冷たさも、恐怖を作り出していた。この殺気に勝てる人はいないだろう。
固定し、震えるはずのない膝が震えている。気づかないうちに、頬には涙が伝う……。
「弱いよ!」
「ぐあっ!」
「っぁあ」
そんな風音を置き去りにし、ユキは彼からもらったオレンジ色の強化魔法を身体にまとい黒装束を投げ飛ばす。すると、ぽんぽんと面白いように人が飛ぶこと飛ぶこと。そして、それらは彼の魔力によって地面に強く叩きつけられる。
その流れは止まらず、1人へ蹴りを炸裂させ、その反動を利用して隣の敵へと拳を振るう。無駄のない動きに、目を奪われる者も多かった。
「……ぐわっ」
「あぁ……!!」
ナイフで殺した敵を投げ飛ばし、敵の視界を遮って瞬間移動。そして、相手の心臓を突き刺す……。それは、一瞬でも気を抜くとその動きが見えなくなるほどのスピードだった。
「ば、け……もの」
次々と倒れていく敵に、容赦無くユキのナイフが走る。
それは、どちらかが死ぬまで続く。そう、敵も感じたのだろう。
「……撤退だ」
と、指示を出していた人が絞り出すような声でつぶやいた。力の差がありすぎて、目の前の光景を信じられないように眺めている。
その証拠に、撤退の言葉を発した時点ですでにほとんどの敵が死んでいた。これでは、司令塔の意味を果たしていない。
「……ヒッ」
ユキは、途中から現れた最後の1人の首を素早く落とし、撤退指示を出した人へ瞬間移動した。そのうちの2名は、腰が抜けているらしく地べたに座って動かない。
「……こっちが質問に答えないのに悪いんだけどさ」
「あ、あ、……」
司令塔の人物のマントを容赦無く外し、首にナイフを突き立てるユキ。その表情は、無の境地に立っている。顔を暴かれたそいつは、初老の男性。変声していたらしい、先ほどのハリを感じさせる声はもう聞こえない。
死への恐怖を感じているのだろう、顔を歪ませ息をするのも慎重になっている。目の前のバケモノが発している声を静かに聞くことしかできない様子だった。その緊張感は、風音にも伝わってくる。
「……真田シン。わかる?」
「!!!」
「……真田?」
ユキがそう質問すると、初老の男性は大きく目を見開いた。口をワナワナと震わせ、言葉を発しようにも声が出ない。
ユキの発した名前に聞き覚えのあった風音が反応するも、その声は無視される。いや、小さい声だったので聞こえなかったのかもしれない。その疑問が回収されることはなく、
「素直で嬉しいよ。さよなら」
にっこりと笑い、ユキは初老男性に突き立てたナイフをゆっくりと奥に進めた。すぐに、鮮血がユキを、地面を真っ赤に染め上げていく。不気味なことに、痛みによる悲鳴は一切聞こえなかった。それほど、恐怖に支配されてしまっていたということか。
ユキは、そのまま頸動脈を狙いゆっくりと引き裂き、初老男性の血をワザと方々へと飛び散らせた。それは、隣で腰を抜かしていた2人の敵にも降り注ぐ。
どこまでも恐怖で人を支配しようとするそのやり口は、手馴れたもの。人の心理を逆手に取れないと、ここまで徹底できない。
「……ああああああああああ」
「よくも、よくも……!」
「シールド、増強」
すると、生き残った2名は立ち上がってユキへ攻撃魔法を唱えてきた。
その動きは、予想がつくもの。人は、脳みそが恐怖に支配されると特攻したくなる性質がある。今回は、そのケースに該当したようだ。
流石の風音も予想できたらしく、素早くユキの前にシールドを展開させる。小爆発を起こす呪術がそれにぶち当たり、一瞬だけ視界が狭くなった。しかし、彼は止まらない。
「サンキュ」
風音に向かってお礼を言うと、突撃してきた彼らへナイフを一文字に走らせた。シュパッと乾いた短い音が響く。
敵は、操り人形の意糸が切れたかのように、音もなく倒れた。きっと、切られたことにも気づいていない。その表情を見れば、一目瞭然だった。
そして……。
「……出てきなよ」
全員倒したのに、ユキはそう言った。使ったナイフをしまいながら、世間話でもするかのような気軽さで言葉を発する。
「……!?」
すると、目の前の茂みの中から黒い服をまとった女性……サツキが姿を見せた。
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