純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

2:ピエロは官能を刺激する



「こんにちは、私は天野ななみ。あなたたちは?」

ななみと名乗った少女は、クルッと振り向きNo.3のメンバーと顔を合わせにっこりと笑った。真っ赤なワンピースの存在に負けないほど、その笑顔が絵になっている。
それを見たまことだけじゃなく、ゆり恵と早苗もその笑顔に見とれてしまった。そのくらい、魅力的な笑顔だった。
なお、まことは、頬を赤らめて少しだけ下を向く。目のやり場に困るといったところか。

「え、……あまの?」
「……あれ?」
「似てる……」

笑顔にやられてぼーっとしていたゆり恵は、「天野」の名前に反応して現実にかえる。
その言葉で、他のメンバーも目の前にある顔が見覚えのあるものだと気づいた様子。それは、いたずらっ子のような笑い顔をするとさらに特徴がわかる。……まあ、本人だからな。

「もしかして、ユキくんの親戚?」

と、最初に気づいた彼女が口を開いた。
すると、ななみと名乗った少女がにっこりと笑いながら頷いてくる。それに、「やっぱり!」とゆり恵が手を叩きながら嬉しそうに声を上げた。
声が大きかったのか、通行人が怪訝そうな表情になってこちらを見ている。それを見たゆり恵が罰の悪そうな顔になると、ななみが懐かしそうに笑ってきた。それで緊張が解けたのか、

「僕は、真田まこと。こっちが桜田ゆり恵ちゃん、後藤早苗ちゃん。下界の魔法使いだよ」

と、まことが率先して自己紹介をしてくれた。それに合わせ、各々が頭を下げる。
一連の流れを隣で見ている風音は、なんだか居心地が悪そうだ。ぴったりと腕に絡みついたユキ……いや、ここではななみと呼ぼう……が、何を考えているのか見当もつかない様子らしい。

「ん!よろしく!」

やっとそんな彼から離れたななみは、3人に向かって両手を差し出した。すると、その手を順に握り返し挨拶を交わしていく。

「へい、お待ちぃ!」

そこに、先ほど注文したお汁粉がタイミングよく届いた。
小さな盆の上に、大きなお椀と新しいスプーン、お箸が。なお、お椀からは湯気がしっかりと見える。出来立てらしい。甘い香りが、3人の胃を刺激する。

「ありがとうおっちゃん!んでもって、あと5つ追加!」
「はいよ!」
「超特急でねー」
「ななみちゃんの注文はいつも大変だなあ!」
「特急料金払うから!」
「いいよいいよ、これからもご贔屓に!」

「いつも」ということは、常連なのだろうか。ななみと楽しそうに会話をしつつ、店員は奥へと消えていく。
それを側で静かに見ていた4人は、見逃さなかった。その店員の持っている伝表に、正の字がかなりたくさん書かれていることを……。
まことなんか、ブツブツと呟きそれを数えようとしていたが、どうやら数え終わる前に伝票が仕舞われてしまった様子。悔しそうな表情になっている。

「ね!ここの美味しいの!食べてって!」

と、新たな注文を終えたななみが3人の背中を押す。あれよこれよという間に、まことたちは真っ赤な敷物が丁寧に敷かれている長椅子に腰を下ろす。固そうに見えるが、座り心地は悪くない。近くに置かれている大きな傘が日差しを遮っているためか、そこは涼しさすら覚える。

「ほら〜、ユウトも♡」

と、優しく誘導した3人とは異なり、力任せに誘導される風音。ななみは、放心状態に近い彼も促し3人と対面している長椅子へ強引に座らせてしまう。それを彼は、抵抗せずに……いや、しても無駄だとわかっているのかため息を漏らしながらストンと席についた。
その隣に、当然のように座るななみ。幸せそうだ。

「ななみちゃんは、先生とどんな関係ですか?」

一連の流れを見届けたゆり恵が、ななみに向かってストレートに聞く。他の2人も興味があるようで、視線を一方的に絡み合ってる2人に向けた。それを面白そうに受け取るななみ。ケタケタと笑い声をあげながら返事をするも……。

「んー、無関係?」
「え?」
「あ、冗談。なんていうか、ある日森の中で出会ったというか」

熊か。
ななみの回答に、笑いをこらえる3人。見た目よりは健全な関係らしいと思ったのか、変な質問は飛んでこない。

「先生、眼中にないね」
「……みたい」
「お待たせ!お汁粉5つだよ!」
「早い!おっちゃんありがとう〜」
「ななみちゃん分は次作っとくからねー」
「さすが!わかってる〜」

風音は、半ば諦めながら店員とななみの会話を流しつつ、運ばれてきたお汁粉を手に取った……。
とはいえ、先ほど抱きしめられた時にいくつかの情報はもらっている。国境をその姿じゃないと通れないこと、しばらく同行することなどなど。
確かに、厳格な国境管理だ。普通に国境を抜ければ、少年姿では捕縛されてしまう。彼女の魔法でもそれを破ることは出来ないのだろう。
ふざけながらも、しっかりと情報伝達するあたりはさすが管理部の一員である。

「え、美味しい」
「本当!」
「うん、今までで一番美味しいかも」
「でしょでしょ〜。ここのお汁粉は美味しいんだよ!」

3人とも、運ばれてきたお汁粉を一口食べるとすぐに表情を明るくして絶賛した。続けて、2口、3口と箸が自然と進むようで賑やかだった場所に静寂が訪れる。
それは、そこまで甘くなく、さらっと食べられるものだった。白玉も変に噛みにくいものではなく、かといって食感がないということもない。ななみの食べる量はともかく、このお汁粉ならあと数杯はいけそうだとここにいた全員が感じたに違いない。

「確かに、美味しいね」

と、続けて風音も3人に同調した。

「……!?」
「……!?」
「……!?」

その瞬間。
同じことを考えた3人が、ものすごいスピードで目の前で同調してきた彼の方を向く。そのスピードは、測定すれば光速よりも速かったことだろう。

「あーー!!!」

しかし、すでに飲み終わっていたようで、目の前ではお椀の中身を空っぽにしてくつろぐマスク姿の風音が。どうやら、少々気づくのが遅かったようだ。

「マスク!マスク外してるところ見たかったのに!」
「失敗した……」
「嘘でしょ、早すぎる……」

と、かなり悔しがっている3人。それを見た風音は、「?」を浮かべてその様子を眺めていた。

「美味しいでしょ?絶品なんだよ!毎日食べても飽きない」

そんな3人を横目に、ななみもぐいっとお椀を傾けている。
ふと視線を向けると、お椀の数が20を超えているではないか。どれだけ飲むのだろうか……。チラッと見ただけの早苗が、食べ終わったお椀を盆に戻しながら苦笑いをする。

「ちょっと、ななみちゃん!これ以上常連増やすと、ななみちゃんの分減らすからね!」
「……も、もっと美味しいお店どこかにあるはず!うん!」
「……」
「……」
「……」

取り分を減らされるのは嫌らしい。奥から聞こえてきた店員の声に、静かになにやら訂正をしている。その切り替えの速さに、3人があきれ顔になった。
誰の目から見ても、目の前に積まれているお椀の中身が入っているとは思えないお腹をさするななみ。少し落ち着いたようだ。満足そうな表情になって、風音の肩に頭を置いてくつろいでいる。それを見たゆり恵が、

「あの、ユキくんの体調知らないですか?」

と、質問をした。すると、

「12歳でしょ?……私と同じだから、タメ口でいいよ」

にっこりと笑い、ななみがそれに答えた。
12歳でその体型……。女の子2人は、羨ましがった。

「ユキはねー、今この街に来てるよ。後で呼んでおくよ〜」
「本当!?ありがとう!体調大丈夫かな……」
「大丈夫。男の子は元気だから!」
「そ、そうよね!よかった」

ゆり恵の声が、一段高くなる。まことも、早苗もその隣で嬉しそうに顔を合わせた。
一方、ななみはそんな風に心配されたことがないのだろう。少しだけ頬を赤くして下を向いていた。唯一その表情の変化に気づいた風音が、彼女の頭をゆっくりと撫でるも照れ隠しなのか

「ねえ、ユウトー。今からどこ行くの?」

標的を風音に切り替えて、楽しそうに彼の腕に自らの腕をくねらせる。絶対に、わざと胸を当てている!
それに気づいている風音は、

「とりあえず挨拶がてら任務受付行くよ。そのあとちょっとだけ身体動かす予定」

と、平常心で返す。特に腕を払うことはしないらしい。大人の余裕か。いや、表情を伺う限り、諦めている感が強い。

「え!私も、ユウトと運動したい!激しいやつ♡」

と、さらに腕を強く握るななみ。しかし、やはり彼は興味がなさそうに無気力で視線を合わせない。虚空を見つめている彼は、何を考えているのやら。
それを見ていた3人は、静かに風音に向かって同情の眼差しを向ける。

「ねえ、いいでしょ?ね?」
「はあ、……手加減しろよ」

止めても聞かないことは嫌という程わかっていたので、あえて止めないらしい。
それよりも、今までとの態度の違いに、どう接したら良いのかわからない風音。とりあえず、動向を見ることにしたようだ。

「もちろん!その代わり、……夜最後まで付き合ってね」

と、まあさらりとまたすごいことを。
風音は、「反応したら負け」とでもいうように飛んでいるカンコウドリに目を向けている。

「……これが大人なのかな」
「ななみちゃんってすごいね……」
「てか、先生が諦めてるの気のせい?」

ゆり恵の感覚は鋭い。
クスクスと笑いながらその光景を見ている3人。風音との距離感がなんとなくわかってきたようで、これもチームとしての第一歩といったところか。こういう交流は、大事な時間だ。

「ごちそうさま。……とりあえず受付に移動するか」
「おっちゃ~ん!お金、こうちゃんにツケといて!」

と、いつもの気だるそうな風音の言葉で、ななみが店員を呼びつけた。
皇帝の苦労を知るというかなんというか。「皇帝=こうちゃん」と知る風音は、その行動に渋い顔をする。

「はいよ!また来てね!」

と、店員はいつもそうなのだろう、慣れた感じで伝票を受け取り答えている。
お椀を数えたら、その数32。風音たちの分を引いて28杯!ななみは、1人でその量を食べてしまった……。

「ごちそうさまでした!」
「美味しかった」
「また来ます」
「だめ!私の分が減らされる!」
「あはは」
「それより!早く~こっちこっち!」

よほど取り分を減らされたくないのか。すでに、彼女は広場の方に駆け出している。
真っ赤なワンピースを翻し、木々の間から手を振っていた。

「待って!」
「今行く!」

それに、元気よくまこととゆり恵が続く。少し遅れて、荷物を肩にかけて早苗もそれに続いた。
大きな傘の外に出ると、すぐに太陽の日差しが肌を照りつけてくる。しかし、眩しくないそれは、不快感よりも居心地の良さを全員に与えてくれていた。これも、自然に囲まれている街ゆえ。
そんな自然を楽しみつつ、4人が目的地へと走る中。

「はあ……」

かなり振り回された風音は、その後ろ姿を見ながら大きなため息をつく。しかし、そこまで嫌ではないようで「付き合ってやるか」の心境らしい。大きく背伸びをすると、ゆっくりとした足取りでその後を追う。
なんだかんだ言って、みんなユキには甘いのだ。


          

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