純白の魔法少女はその身を紅く染め直す
12:疑惑は月明かりに輝く①
まことのところから自身が飛ばされた場所へ急いで戻ったユキは、気配消しの魔法を解くとその辺りで一番大きな木陰で優雅に昼寝をした。いや、昼寝をしているように見せかけたといった方が良いか。にしては、リラックスしすぎている感が否めない。
なぜなら、その隣にはピクニックと勘違いしているのか、ピンク色の花が散りばめられた可愛らしいお弁当と水筒が置かれているため。いつ食べたのか定かではないが、その中身は空だ。お腹が膨れているのか、張本人はトロンとした目で空を眺めている。
「はー、これぞ休日って感じ」
通り風が気持ちよく、肌を刺激する。これで、片手に小説があれば完全にオフだ。……演習であることをすっかり忘れている気もするが、どうだか。
「……本当、規格外だよね」
手を腰に置き、それを呆れ目で見る風音。まさか、移動魔法によって困惑中であろう生徒がこんな状況でリラックスしていたとは微塵も思うまい。想定外の出来事に、どう反応して良いのかわからない様子を見せてくる。
「お前、何満喫してんの?」
「んー、昼寝?先生もしよ、風が気持ち良い」
そんな色っぽく言われましても……。
風音は、その発言に身の危険を感じたのか一歩下がった。わかるよ、その気持ち。
「家に帰ったらな」
「え、それじゃあお昼寝って言わないじゃん。夜寝だよ!」
と、どうでも良いツッコミをする始末。いまだに、その身体は地面に生い茂る青い芝に預けている。起きる気はなさそうだ。
「2人を相手にしてきたんだから、ちょっと休もうよ」
そう言って、目を瞑りながら風音を誘い続けるユキ。そよ風の気持ちよさに、本当に寝てしまいそうだ。足を組み、手を頭の下に敷きまるで自室にいるかのようにリラックスしている。緊張感の「き」の字もない。
「……なぜ、2人を相手にしてきたってわかんの?」
ごもっとも。
ユキは、その言葉に焦り目を開いた。
「い、いや。先生疲れてる感じだったからさ!適当だよ、適当!宇宙人が言ってたんだって!」
そんなバカな。
リラックスしすぎたらしい。上半身を起こし、必死になって両手をブンブンと振り否定を繰り返す。今更、遅い気もするが。
「はあ、天野はつかみどころがないな」
と、大きなため息をつく風音。半分諦めているのか、呆れ顔はそのままだ。
ユキと会話する人は、ため息をつく人が多い。何故なのかは……、本人が一番知っているはず。
「先生のそのガスマスクもね☆」
……いや、わかってないかもしれない。
ユキは、近くにあったお弁当と水筒をまとめて木の根元に置くと、そのまま立ちあがり背伸びをした。先ほどまでは焦っていた様子だったが、また優雅な動作に戻っている。これも、演技か。
「で、俺と手合わせしない?一応、演習だから」
「お断りしますー」
と、今まで散々誘ってきたのに断られた腹いせか、ユキは秒で断りをいれる。演習の意味を微塵も理解していない。いや、
「なんでさ」
「え、だってこれは先生と戦う演習じゃなくて逃げて仲間と合流できるかがポイントでしょう」
断りをいれたのは、演習を行なう本来の意味をわかっていたため。
その言葉に、風音は眉をピクリと動かす。
「みんなやられちゃってるし、もう戦う必要ないと思うけど」
「……」
「あ、先生。今俺のこと、顔が良いのに頭も良くて神様って不公平だなって思ったでしょ!」
さすがに言いすぎたと感じたユキは、誤魔化そうと言葉を発する。それでも、風音の表情は疑念にあふれていた。
まあ、口が滑ってしまうのも仕方がない。なぜなら、今までの3人の戦いをユキも終始見ていたから。彼とアリスのそのやり口を見て、演習の意味を理解したのだ。
もちろん、ただ見ていただけではない。バレずに少量の魔力を提供し、大きな怪我をさせないよう見守っていた。ゆえに、まことが転んだのも偶然ではない。ユキの仕業だった。
「……まあ、いいや。そのことに気づいたのは偉いよ。でも、全員このマスクまで手も届かなかったし、天野も試してみない?」
「(疲れるか、マスクの下をみるか……よし)」
ユキは、その言葉を天秤にかける。そして、数秒考えるとそのまま再度大きく背伸びをし、風音と向き合った。答えは出たらしい。
「俺がマスク取ったら、焼肉おごってね」
どうやら、マスクの下を見たいという好奇心が勝ったようだ。いや、言葉の通り「焼肉が食べたい」だけかもしれないが。
昼寝していた木陰から出ると、手首を軽く回し構えの姿勢を取る。
「それが条件だったからな」
風音は、その返答を聞くとユキに向かって直進していく。そのスピードは、先ほどのまこと立ちの演習で見せていたもの。故に、さほどユキにとって危機感はなさそうだ。
「フィールド展開!」
それを見たユキは、ゆっくりと2人の周囲にフィールドを展開させる。近くで、アリスが見ているとわかったため、内部が見えない種類のものをあえて出した様子。それだけではない。フィールドを間に挟めば補助魔法は効果が切れることも狙っていた。
すぐに切れたことを感じ取った風音は、立ち止まり自らの魔力を増強させるべく回復魔法を唱え始める。
「(んー、やっぱり先生は強いね)」
ユキも、この状況になったら同じことをするだろう。
回復魔法は、魔力の消費を抑える役目もある。その分、治癒に集中させるためだ。治癒をする必要がなければ、自然と魔力増強に効果が変わる。
「(下界の魔力ってどのくらいだろう)」
もちろん、自分が下界の魔法使いであることを忘れていない。元々魔力量の多いユキは、かなりの手加減をしないといけないだろう。
しかし、本来の彼女は下界に所属したことがない。その、加減がよくわかっていないという致命的な部分が置き去りにされそうだ。
「他のことは考えず、オレに集中しろ」
そう言って、風音は目の前でボーッと何かを考えているユキに拳を向ける。懐に入ったそれをひらりと交わすと、
「え、告白……?今、俺告白された!?」
と、ユキが恥ずかしそうに頬を染めながら言った。その反応に、思わずずっこける風音。……演技であることを、願うばかりだ。
「な訳あるか!……!?」
当てるつもりで出したのに交わされてしまい、驚きながらも逆の手を握りしめてそれを放とうと猛スピードで仕掛けてくる。ユキはそれも軽々とかわすと、
「じゃあ、俺も本気出そうかな」
少量の殺気をまとい、風音の懐へと素早く移動した。
「!?」
ユキがまとっている殺気はかなり薄いものの、それでも下界の魔法使いが出すものではない。先ほどまで気持ちの良い日差しがさしていた場所は、その欠片も感じさせないほど緊張感漂う所になりつつある。
そのまま、手加減しつつも素早く拳を固めて彼に向かって放つと、
「っ!」
それを間一髪で避ける風音。ユキに対する疑念が、秒ごとに大きくなっている様子。
そもそも、下界の魔力量とコントロールで、動きながらもフィールドは展開されたままというのがおかしい。しかも、ぶれることなくそこに存在し続けているのだから尚更。フィールドを使いこなせない魔法使いでないと、まず無理なことなのだ。アカデミーを卒業したばかりの下界に、それは無理な話なのだ。
ユキは、果たして気づいているのかどうか。
「えーい! (ちょっとは外さないとな)」
そんな彼の疑念を知ったのか否か、蹴りを加えようと足を出し盛大にコケるふりをした。ズルッと何の音なのか定かではないが、地面が揺れるほどの勢いで尻餅を付いている。
「……大丈夫か?」
その盛大さに、思わず手を差し伸べる風音。案外優しいらしい。
「先生、優しい~」
ユキは、素直に彼の手を握って立ち上がった。打ち付けたお尻をさすっている。いや、服の汚れを気にしているのに近いところを見ると、ダメージは少なそうだ。
「焔球」
体勢を整えたユキを見た風音は、そのまま近距離で火の球を複数投げつける。演習は継続するらしい。
「うわ、ちょ!」
それを焦ったように見せつつも、全てかわしていく。
「やめてよ、肌荒れるじゃん!」
やる気を出したのかと思えば、理由は違う場所にあるようだ。まあ、ユキらしい。
外した球は、フィールドにぶつかり爆発することなく吸収されてなくなっていった。決してシールドを出さず、火の球に対応するユキ。その動きは、やはり下界魔法使いのものではない。
「もう!怒ったんだからね!」
ユキは、境なしに投げられる火の球をかわしながら眉を潜め出す。機嫌を損ねたか。表情に、イラつきを感じる。
そのまま、地面にしっかりと足をつくように体勢を整えたユキは、両手を前に出し……。
「必殺☆こうちゃ」
ジリリリリリリリリ。
すると、ユキの言葉を遮るように急にどこからかアラーム音が響く。
「…… (助かった……いつもの口癖が……)」
あれは、口癖だったのか……。
冒頭部分を聞く限り、それは呪文ではなくただの気合い入れ。以前、影の任務で風音に披露した技を展開しようとしていたらしい。
「こうちゃ?」
その言葉をどこかで聞いたことがある風音は、首を傾げながらスマホのアラームを切った。青い色をしたスマホケースが、太陽の日差しにキラリと光る。
「こうちゃ……紅茶……を一緒に飲もう?」
と、ごまかし先ほどまで飲んでいた水筒を渡す。いつ取りに行ったのか。
「……いらないよ」
そう言って、ユキの出したフィールドに近づき手をかざす。それは、温かく彼の手を包み込む。
「これって、血族技?」
フィールドの巧妙さに気づき、風音が問う。本来であれば、フィールドは出した人以外が触れると拒絶反応を示す。でないと、簡単に乗っ取られてしまうためだ。もちろん、出した相手よりも魔力量の多い相手が触れればそれは例外で、掛け直しが可能になる。
しかし、今そのフィールドは触れてもなんの変化を見せない。かといって、掛け直しができるというわけでもない。風音は、首を傾げた。
「俺、天野一族って聞いたことないんだけど」
それを聞かれたユキの表情に、影が落ちる。しかし、背を向けていた風音はそれに気づかなかっただろう。
「……レンジュの一族じゃないし、聞いたことなくて当然だと思う」
そう言って、ユキはフィールドを解いた。と、同時に触れていた風音が手を離す。
すると、目の前にはアリスが。何が起きているのか見えていなかったので、かなりヒヤヒヤしたようだ。硬い表情がそれを物語っている。
「そうか……。じゃあ瀬田さん、お疲れ様です。全員回収して広場に集合で」
アリスは、無傷の2人に安堵した。真っ青だった顔色は、少しずつ戻っていく。
ポーカーフェイスの得意な彼女にしては珍しい。それほど、心配したようだ。
「……はい、ここから一番遠い真田くん回収してきますね」
「そしたら、オレは桜田と後藤を持っていきます」
「じゃあ、俺は昼寝を続け「お前はこのまま集合場所に行け」」
言いたいことを遮られ、却下されてしまう。
そりゃあ、そうですよね。一応、演習ですもんね。
「はあーい」
しぶしぶと、それに従うユキ。その様子を見る限り、調子は元に戻ってるようだ。ユキが背を向けて広場へと歩き出した時、2人が双方に散った気配を感じ取る。
「先生が知っているはずないよ。……同じ国でもね」
聞こえないようにそう呟くと、静かに広場への道を歩いていった。この森は、ユキにとって庭のような場所だったらしい。迷わずまっすぐ目的地へと向かっていく。
          
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