純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

5:空高く、きらめく星の眩しさ②




それは、星空が広がる丘の上にあった。
流れ星が珍しくないような、澄んだ空が広がっている。明かりの類はないが、月の光がそんな場所を綺麗に照らしてくれていた。
ここは、レンジュの城から少し離れた郊外にある場所。

「お父さん、お母さん」

影のフードを脱いだユキが、そこにいる。先ほどの暗殺任務の後、すぐにここへ来た。こうやって、彼女は時間を見つけて定期的に足を運ぶ。両親の眠る、慰霊碑へ。

白く長い髪を風になびかせて、無表情で立っている。その表情は、何を考えているのかわからない。
そんな彼女の目の前には、その身長の数十倍はある大きな慰霊碑が佇んでいる。そこには、多くの文字が刻まれていた。よく見ると、その文字は人の名前になっている。

「今ね、同年代の男の子の護衛してるの」

ユキは、首を少しだけ上げてその慰霊碑に向かってやはり無表情で話し始める。

「すっごく頭が良くてね、魔法の筋も良いの。その子の周りにも、温かくなる人が多くいる。彼も大切な人を亡くしてるんだって」

その声は、今にでも泣き出しそうなほど震えていた。それを、表情で抑えている様子。
彼女は、そのまま慰霊碑に向かって話し続ける。

「仲間って言うんだって。不思議な人たちでさ、同じ学校ってだけですぐ人を信頼するような人たちなの」

現状、ユキには一緒に現場で戦ってくれる仲間がいない。バックアップが万全でも、敵を目前にしての孤独は今の年齢の彼女には荷が重すぎるもの。
それは、本人が一番よく知っていた。自分は孤独なのだと、よく理解していた。だからこそ、人前では弱音を吐かない。吐いても、それがプラスに働くことがないと知っているのもあり。

「そんな人の中で……私、命を守る任務するんだ。次こそは……守ってみせる」

そう言うと、慰霊碑に両手を重ねた。まっすぐに伸ばした腕は、月明かりで白く反射し影のマントとの対比を見せる。同時に、彼女の頰に抑えていた一粒の涙が伝った。
その時。

「……っ!誰だ!」

背後に、人の気配があった。それに反応し、声とともに風魔法を投げつける。すると、

「……っと」

それを交わす風音の姿が目に飛び込んできた。
少女姿のユキと、彼の視線が合う。マントはなく、昼間のように黒い戦闘服とガスマスクを装着していた。ツヤっとした赤茶色の髪が、月明かりに照らされて鈍く光る。

「……風音さんですか」

ユキは、涙をマントで拭うと先ほどとは打って変わって静かな声で話しかけた。ここで無視しても、同じ国の影として良くないと判断したようだ。

「あれ、さっきの影じゃん」

白々しい嘘だとは気づいていたが、それを指摘してなんになるのか。半信半疑なのに確信しているような言い方をしていると気づくも、ユキは

「そうですよ」

と、感情を殺すよう無機質な声で答えた。
仲間であったことに対する安堵と、知り合いである警戒心が胸の中で巡っている。それは、いつも皇帝と話しているような口数ではない。もちろん、口調も。

「やっぱりね。体型とか声とか、隠しててもわかるよ」
「なんですか、それを言いに追っかけてきたんですか」

ヘラヘラと笑う風音に、ユキは少しイラついてしまう。どうしてこんなにもイラつくのか、考えても彼女にはわからない。

「ストーカーじゃないよ。ここに来る目的はひとつしかないでしょ」

そう言うと、ゆっくりとユキの隣に来て慰霊碑に向かって手を合わせた。それを、避けもせず静かに見守るユキ。その祈りの時間を邪魔してはいけないことを、彼女はわかっていた。

「……君も、大事な人を亡くしたんだね」

目を開けた風音の声は、ポツリとその場に響く。
マスクの奥に、どんな感情が隠れているのか。目元だけでは判断がつかない。

「別に、先生には関係ないじゃないですか」
「……ん?先生?」

風音は、素早くその言葉に反応する。気を緩めていたためか、ボロが出てしまう。

「…………皇帝から話は聞いてますので」
「そうか、君が皇帝に一番近い影か」
「さあ」

なんとかその質問にはぐらかすユキ。
昔から、こういう直球の嘘が苦手だった。それをわかっているのかどうなのか、風音は静かに頷いただけ。
少しして、

「オレは、弟を亡くしたよ。あの日」

と、呟くように言った。
あの日。それで、ユキはいつなのか理解する。いや、この国に生まれてそれを経験した人には、すぐわかるだろう。
それは、黒世が起きた日のことをさしている。

「村を守って、魔力を使い果たして……体をバラバラにされたよ」
「……なぜ、その話を私にするんですか」
「……ふっ」

頑ななユキに、風音が静かに笑う。その距離は、縮まることも離れることもない。

「同じ目をしてたからだよ」

視線が合った。彼は、意外にも優しい瞳をしている。
ユキは、その言葉と視線に耐えられなくなり目線を足元に落とした。同じ目……自分はどんな目をしてここに立っていたのか。考えてもわからないことだらけ。
なぜだか、その時彼女は隙間風がいつもよりも冷たく感じてしまった。

「子供がうろつく時間じゃないよ。帰りなさい」

親の元へ、とは言わない。
彼なりの優しさか。

「はい、おやすみなさい」

ユキは、風音に従いその場から静かに音もなく消える。先程と同様、綺麗にいなくなり、煙一つ立たなかった。

「……オレ、名前言ったか?」

しばらく慰霊碑を眺めていた風音は、ユキとの会話を思い出しそう呟いた。
月明かりが、いつもより綺麗に彼の瞳に映る。


          

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