純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

6:怒りの刃、振り翳す白刃



「あの日と一緒なんよ」


浅谷は、自身の作った球体によって光輝いていた。それは、神々しいとまで思うほどの光。しかし、それを全否定するかのように、周囲にはドス黒い魔力が浮き彫りになっている。

「あの日、黒世でお前の大親友を殺した日とな!!」

その言葉と共に、球体が綾乃へと投げられた。とっさに自分の目の前に簡易的なバリアを張るも、動揺は隠せない。

「っ……!」

衝撃で、綾乃は数歩下がってしまった。足がぐらつき、今にでも膝を折ってしまいそうになる。それほど、強い攻撃だった。
そんな様子を見て満足そうな彼は、さらに呪術を展開すべく呪文を唱え始める。

「雫……雫」

しかし、綾乃の脳裏にはあの日の出来事が巡っている。目の前にいる浅谷のことは見えていないかのように、必死に1人の名前を呼び続けていた。


***


あの日。
それは、黒世が起きた春のこと。眠くなるような心地よい天気だった。
綾乃にとっては、教員試験を合格した日。同じチームの真田雫は、その合格に大喜びしてくれた。

『みなみ、おめでとう!』

雫は、綾乃を……綾乃みなみをまるで自分のことのようにはしゃぎながら祝福した。

『ありがとう』

みなみは頬を赤く染め、興奮が冷めない状態でお礼を言う。それ以外の言葉は、見つからなかった。
アカデミーには、合格発表を見に来た人たちで溢れかえっている。そんな人だかりの中、掲示板に張られた小さすぎる番号に自分の番号があるのか見つける作業は、とてつもなく重労働だった。下手すれば、試験内容を読み解くよりも彼女にとっては難しかったに違いない。
みなみは、自分の手に握られた番号確認用紙が手汗でしっとり濡れているのに気づく。その番号は、26。好きな偶数だったのを覚えている。

『まさか本当に私……教師になったの?』

まだ実感のわかないみなみは、手汗でしわくちゃになった紙を眺めながら言った。

『そうよ!ずっとなりたかった教師よ!』
『私が……』
『ちょっと!しっかりしなさいよ!』

雫の嬉しそうな顔と言ったら。自分が受かったかのような喜び具合に、自然とみなみの口元が緩まる。

実際、試験は想像を絶する難易度だった。筆記はもちろん、実技では上界の魔法使いには危険な瞬間移動やフィールドの張り方まで出題されたのだ。幸い、瞬間移動もフィールドもクリアできたみなみ。絶対に教師になるという強い想いが、教師へと合格させたといっても言い過ぎではない。

『教師になったんだあ……』

湧き上がる喜び。今まで、こんなに自分が喜べるなんて思わなかった。みなみは、そんな時に、喜びの先は放心状態なんだ、とくだらないことを考えていた。

『なによ!もっと喜びなさいよ!あとでお祝いの花贈ってあげる!』
『いたっ』

雫は、そんな放心状態のみなみに向かって背中を叩く。その痛みも、喜びの材料にすぎないほど歓喜に満ちていた。
彼女の実家は、バラ園。きっと、今まで見たことのない本数のお祝いの品が届くに違いない。みなみは、大親友とかつてないほどの喜びを感じていた。


【――――全魔法使いに継ぐ】


その喜びが途絶えたのは、無機質なひとつの地域放送からだった気がする。

【禁断の書が、何者かによって強奪された。繰り返す、禁断の書が】


『え、なにこれ?いたずら?』

雫は、あちらこちらに設置されたスピーカーから流れる放送を聞くと、そう言った。
そうだ、いたずらに違いない。あんな何重にもバリアを張った倉庫から盗めるわけがないと、雫だけでなくその放送を聞いた誰もがそう思った。そのためか、一瞬だけ周囲が静かになるものの誰も動こうとしない。

【主界魔法使いは、犯人を追跡。上界魔法使いは、住人の非難を優先。皇帝命令、皇帝命令。任務を遂行せよ】

その指示は、いたずらで出されるものではない。いたずらに、「皇帝」を名乗ってはいけない。
それを重々承知の人々は、やっとその放送が現実の出来事であるとわかった様子。少しずつではあるが、2人の周囲にいた人たちがテレパシーやスマホ、受信機などでチームと連携を取ろうと動き出した。

『いたずらでは……なさそうね』
『ええ……。禁断の書って』
『魔法省が管理してる、血族技とか禁則魔法をまとめたものよね』
『なんで、それが盗まれるの?』
『私に聞かないでよ、犯人じゃないんだからわかるわけないじゃないの』
『それもそうね……』

みなみと雫も、真剣な表情になって周囲と同じく任務へと向かう。先ほどまでの喜びは、どこかへ消えてしまっていた。急に周囲の温度が下がった気がして、みなみは身体を震わす。今まで自身を照らしてくれていた太陽が、なんだか不気味に瞳にうつった。

『こちら上界ナンバー12、ヤイガ地方に向かいます』
『承知』

持っていた受信機で上層部へ連絡を取ると、すぐに受信が入った。
上層部から届いた短い返事を聞くと、2人はヤイガ地方へと足を動かす。

『まさか本当に禁断の書が盗まれるなんて……』
『真田の書もあったわよね。登録されたって雫言ってたし』
『……』

みなみが怯えた表情を出しながらそう親友に問うも、返事はない。急な出来事によって動揺していた彼女は、その小さな変化に気づかず慌ただしくなった周囲に目を向ける。
今まで任務はこなしてきたが、緊急任務は初めてだった。彼女たちに緊張するなという方が無理だろう。

『とにかく、住人の避難が先ね』
『え、ええ。そうね』

怯えたみなみとは正反対の頼もしい雫。震えている彼女を引っ張りながらどんどん先へ行く。

『……息子、大丈夫かしら』

雫は、一児の母でもあった。急ぎながらも、お手伝いさんに任せてきた自分の息子が気になる様子。胸ポケットから出したスマホには、その息子の写真が。今の状況が嘘のように感じるほどの笑顔を、こちらに向けている。

『急いで避難させて、自宅へ戻りましょう』
『……そうね』

みなみには、足の不自由は弟が家で待っている。早く帰りたいという気持ちは、雫と同じくらい強かった。彼女は、雫の方を見ずに走り出す……。

そして、ヤイガ地方で住人の避難中。
真田雫は、帰らぬ人となってしまった。

何があったかは、みなみにもわからない。任務を終えて集合した時、既にもうこの世にはいないと報告をもらった。あの、無機質な受信機から出てくる声で。
遺体を探そうにも、場所がわからない。周囲を一通り見回るも、彼女の肉片ひとつ見つからなかった。おかしいと思いつつも、これ以上散策するなとの指示が出れば何もできない。
みなみは、悔し涙で視界を濁しながら魔警の胸ぐらを掴んで抗議したのを最後にその日の記憶はなくなっていた。きっと、記憶操作系の魔法で消されたのだろう。
それから数年、時間を見つけては大親友の痕跡を探るも今に至るまで何も見つかっていない。しかし……。


***


「……そう。あなたが」

綾乃は、片手でバリアを張り飛んできた球体を全て止める。先ほどのように、足はズレなかった。激しい怒りが、彼女の身体にねっとりとまとわりつく。

「……!?」

それが、魔力増加のスピードを助けた。浅谷が驚くほど急激に、綾乃の魔力は目に見えて増えていく。
彼女は、無言で両手を広げ彼に向かって風を巻き起こした。呪文を唱えないその風は、刃となって浅谷の全身を浅く切り刻む。
彼の展開するバリアをも凌ぐ風の刃には、彼女の怒りが込められていた。球体を作る隙を作らせず、綾乃の攻撃は続く。

「な、なんだよ!あいつだろ、真田まことって。あいつの息子だろ」

攻撃を諦めた浅谷は、防御に徹することにしたらしい。バリアを円柱状に張り、風を少しでもしのごうと腕を前に出してガードする。しかし、鋭い刃によって浅い傷が全身に増える一方。

「あんなクソ女!偽善の塊で男誘惑して!真田シンを誘惑しやがって!!!最期は息子とあんたのこと言ってたよあの偽善女」

火に油を注ぐとは、このこと。浅谷には、それがわかっていなかった。大切な人のいない彼には、一生わからない部類の感情が。
笑いながらそう言った彼の利き腕が、怒りの風で容赦無く切断される。

「ぐっ……」

痛みで、バリアが薄くなった。切断された腕は、そのまま床に転がり血だまりが広がっていく。
それでも怒りがおさまらない綾乃は、そこがアカデミーであることを忘れ怒り狂う。

「お前が……雫を…………」

血まみれの浅谷に対して、憎悪にも似た魔力が増え続けた。それと同時に、彼女の瞳にはいつのまにか涙が溜まっている。

「お前がッ……」

視界が霞んで、よく見えていない。
しかし、彼女はこう思った。


いいんだ。
雫の敵だから。
どこに当たっても、殺してもいいんだ。
それだけのことを、目の前のヤツはやってるんだから。



正気を失った綾乃は、片手を空に上げるとそれを敵に向かって振り下ろす。


「ストップ」


しかし、それを寸前で止めた人物がいた。
その人物は、2人の間へ唐突に現れる。

          

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