純白の魔法少女はその身を紅く染め直す
10:姿を探す
その日の夜。
「こうちゃぁぁぁぁあああん☆」
なんだか、前もこんなことがあった気がする。
白髪少女の元の姿になったユキは、執務室の扉を勢いよく押した。少し……少し勢いが良すぎたせいで、扉にヒビが入っているのは多分気のせいだろう。
「なん、うぇっごほっ……」
その中でいつも通り仕事をしていた皇帝は、ユキを見るなりむせる。ちなみに、何も飲んでいない。
「うわ、こうちゃん20パーセント増ダサ☆ (当社比)」
「じゃから、お主のその呼び名のがダサいわぁぁ!!」
「まぁ、こうちゃんがダサいのは元からだからそれは置いといて」
さらりと酷いことを……。
反撃したはずが返り討ちにされてしまった皇帝は、やはりいつも通り苦い顔つきになって椅子の背もたれに身体を預けた。彼女に、口で勝とうと思うのが間違いなのかもしれない。
「これ、拾った」
そう言って真剣な表情になると、ポケットから複数の小袋を出し資料の山を押しのけ机の上に置く。
「じゃから、わしはダサくな……どこでそれを?」
それを見た皇帝の顔つきが変わった。瞬時に、中身が何なのかに気づいたようだ。
開け放たれていたカーテンを指一本で下ろし、閉鎖空間を作り出す皇帝。夜遅くなので、付き人もいないのだ。こういうことも自身で行わなくてはいけない。
「アカデミーの教室(嘘はついてない)」
「拾った時、他に誰かいなかったかの」
「いなかった(拾った時は)」
「拾ったのはそれだけかの」
「うん(大きな落としものはしたけど)」
カッコの中身、結構重要だと思うのだが。
「そうか……」
皇帝はユキの話を聞き、
「実はな、以前からアカデミー生を中心に麻薬を広げている組織がいる、と魔警から報告は来てるのじゃ。それに、麻取から」
と、魔法で書類を出しながら言った。
魔警とは、魔法特殊警察のこと。この国での争い事や違法行動を取り締まっている組織だ。麻取は、魔法省に属する麻薬取締官をさす。
ユキは、皇帝の話に耳を傾け……。
「あ、切れ毛」
いや、鏡を見ていた。
そんなのは、日常茶飯事なのだろう。皇帝は、ハサミで髪の毛をカットする彼女を気にせず話を進める。
「ちょうど今日、その麻薬の売人がアカデミー内でボロボロの状態で発見されとる。浅谷まさという、売人として指名手配されていたやつじゃ。やったのはお主じゃろう」
「うん(私って美人だなあ)」
あっさりとそれを認める。……鏡を見ながら。なお、皇帝が見せている資料を1度も見てない。
「やはり。試験の結果発表の時いなかったから変だと思っとった」
「いやー、弱かったね。私が本気出すまでもなかったよ」
やっと鏡とハサミをしまうと、皇帝の方を見た。資料を今出されたかのようにマジマジと見つめる姿に、目の前の彼が呆れているのは言うまでもない。
「あれで主界の呪術師だって言ってたけど、主界の基準どうなってんのさ」
呪術師とはいえ、主界の魔法使いなら他の術が使えて当然である。しかしユキと戦った呪術師は、呪術しか使用しなかった。呪術しか使用しない主界の魔法使いなんているわけがない。あの呪術師が嘘をついたのか、それとも……。
「わしに言われてもな。やつは、タイルの主界じゃった。また基準が違うんじゃろう」
「あ、なんだ隣国か」
隣のタイル国は妖術や呪術が盛んで、それを血族技として伝統的に継いでいる一族が多い。それもあり、この国……レンジュのアカデミーで妖術や呪術を教える先生は、タイル出身が多かった。
もちろん、アカデミーで雇っている先生たちは、妖術や呪術以外にも魔法は使えている。が、それでいて、ほとんどが上界クラスにとどまっているのだ。
「にしても弱かったなあ。不正してんじゃないの?」
魔法使いは、生まれた国で階級を与えられる。即ち、隣国に移り住もうが、遠くの地で働こうが、出身国で試験を受けなければいけないシステムだ。隣国からきたアカデミーの教師ですら上界なのに、あの呪術師が主界のわけがない。
システムを熟知しているユキは、あの弱さに納得がいっていない様子だった。
「それも考えられるのう。わしの方で調べてみよう」
そう言うと、皇帝は机に置いてあったパソコンのキーボードを打ち始めた。その様子を横目に、空いたソファーに腰掛けるユキ。しっかりと書類を貰い、読み込んでいる。そこには、今までの経緯や逮捕者、想定される組織の規模や密輸ルートが書き込まれていた。
その報告書は、魔警ではなく麻取が作成しているようだ。魔法省の紋章である月と星のデザインが施された印が押されている。
「はぁ、隣国制覇の旅に出ようかなぁ」
もともと、支援系魔法の使い手であるユキ。なのにも関わらず、体術も攻撃力も年齢にしては……いや、大人以上に優れている。彼女の強さなら、魔法界を制覇できるだろう。
「まあ、この顔ならもう既に制覇できてるか」
……顔でなく、実力で制覇してほしいところだが。
「隣国は、呪術に長けておる。下手に戦争なんかになると面倒じゃ、やめておけ」
「こっちは美に長けてるよー」
そ う で す か。
しばらくパチパチと音を立ててキーボードを鳴らしていた皇帝は、
「うぬ、宮に調査を依頼しておいた。しばらくすれば結果がわかるじゃろう。お主は任務に戻ってくれ」
と、ユキの言葉を軽く流し言い放つ。やはり、扱いに慣れている。
「今宮さんも大変だなあ。仕事増やしちゃって、彼女泣いてるよ」
「なぬ!あやつ、彼女がいるのか。後で茶化してみようかの」
面白い情報を手に入れた皇帝は、楽しそうに笑った。それを見て、やれやれといった表情を浮かべるユキ。ふいに立ち上がると、もう一度机の上にあった袋を見る。
「……」
何かがおかしい。
しかし、ユキにはただの直感であるその何かがわかっていない。
「……これ、本当に麻薬かなあ?」
「そうじゃろう」
「ふーん」
ユキは、納得のいっていないような顔で袋を凝視している。しばらく眺めていたが何を思ったのか、袋を破き中身の粉を机の上にぶちまけた。それは、資料の上にドバッと砂状のものを落とす。
「おぬし!何をしておる!」
「んー、味見?」
そして、そのぶちまけた粉を人差し指に付けペロリと舐めた。ユキは、しばらく舌の上で転がし、味を確かめてから飲み込む。目の前で見ている彼は、気が気でないよう。魔法のかかっている麻薬であれば、その威力が計り知れない。
「やっぱり」
しかし、いくら経ってもその症状はあらわれない。
ユキの言葉に、頭にハテナマークがたくさん浮かべる皇帝。なんなら、症状があらわれたらすぐに回復魔法を唱えようとしていたのか、その手には緑色の光が中途半端に宿っている。
「なんじゃ?」
「こうちゃん、今宮さん呼んで。これ、ただの砂糖だ」
「………はい?」
皇帝は、その言葉を理解できなかったらしく、素っ頓狂な声を出しながらしばらく固まっていた。
          
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