純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

9:仕掛け人の姿



「……グスッ。なんてことだ、アレキサンダー。麻薬で脳をやられてしまったんだね」

ユキの言葉に、男子生徒の表情が一変した。

「……!」

男子学生はすぐさま鋭い殺気のようなものを纏い、拳を目の前のユキに向かって振り上げる。
すぐに、ガンと机を殴る鈍い音が教室へ響いた。しかし、それは本当に当てたいものではない。拳の当たった机は、真っ二つとまでは行かないが大きく歪む。

「そうかそうか、運動能力も落ちてしまったんだね」

それをひらりとかわすユキは、もう泣いていない。何度も何度も拳が襲ってくるも、机の周りを華麗に避けながらかわしていく。その素早さは、誰が見てもユキの方が数段上だった。

「振りが大きいよ。それじゃ当たらないなあ」

そう挑発するように言うと、反撃すべく男子生徒との距離を素早く詰め拳を固める。

「ぐっ……」

振り上げた重い拳は、男子生徒の懐へ。彼の身体は九の字に折れ曲がり、苦しそうな顔を見せてきた。続けて、ユキは仰け反った身体に素早く蹴りを加えると、周囲の机を巻き込み対面した壁に激突する。

「あれ、上界かと思ったんだけどもしかして本当にアカデミー生?」

本気を出していないユキが軽快にそう言うと、男子生徒は体制を戻し呪文を唱え始める。彼が大きく手を振ると、両手に光が集まってきた。その呪文を唱える口からは、胃が傷ついたのか血が無様に滴り落ちる。

「俺は主界だ」

ユキの挑発に乗った男子生徒は、呪文を唱え終わると顔をゆがめながら、

「主界の呪術使いだッ!」

と、力任せに言葉を放った。彼に集まった光は、そのままドス黒い紅に変わっていく。
それを、ユキは特に焦ることなく、なんなら腕組みなんかをして平然と眺めていた。

「ほぉ、呪術か。でも、そんな呪力で主界は入れないよ?」

禍々しい光は球体となって、だんだんと大きくなる。それに伴い光の輝きが一層増していくも、ユキは焦らない。

「実際なってんだよ、この力でな!」

そういうと、彼は球体を目の前にいるユキに向かって投げ範囲爆破させた。すぐに、周辺にあった机や椅子が吹き飛ぶ。爆発の風で窓ガラスが割れ、ドーンと激しい音を立てた。

「まだまだ作れるんだぜ!」

爆発の煙が、視界を悪くする。
男子生徒は吹き飛ぶ窓ガラスを巻き込みもう一度球体を作り、ユキがいるであろう方向にむかって投げた。
先ほどよりも強い爆発音が教室に響く。爆発により周囲の壁がゆがみ、穴が開き廊下が彼から見えた。その廊下には、倒れている人の足が覗いている。

「口だけだったな。知られたら生かしちゃおけないんだ。あばよ」

再度呪文を唱えて片手で球体を作ると、一気にユキとの距離を縮める。真っ黒な煙が立ち込める中、球体が異様なほど輝いていた。

「はい、ゲームオーバー♪」

しかし、その球体が投げられることはなかった。倒れているはずのユキが、後ろから男子生徒の手首を掴んだから。球体は、みるみるうちに小さくなって消えていく……。
無傷のユキは、空いたもう片方の手で先程彼が出したような禍々しい球体を素早く作った。そして、

「……な、なぜその術をお前が」
「年季が違うんだよ」

嘲笑うようにそう言うと、手に出した球体を直接驚愕する彼の鳩尾に喰らわせる。その瞬間、ユキの黒かった瞳が黄色く瞬いた。
彼女の瞳は、魔力コントロールや増強をしてくれるもの。使うと、無意識でもこうやって光を放ってしまう。元々の魔力量が多いこともあり、唐突に使用すると隠すのが難しいらしい。

「グフッ……」

吐血した男子生徒は、静かにその場へ崩れる。すると、男子生徒の身体変化が解け、髭の生えた初老の男性が出てきた。やはり、始めの姿はフェイクだったのだ。

「さて」

ユキが両手を高く掲げると、教室が元の綺麗な状態に戻った。何事もなかったかのように、静けさを取り戻す。
男性を見下ろすと、

「これだけ暴れても、人が来ないことに気づかない時点で失格だよ」

と、聞こえていないのを承知でつぶやいた。床に倒れている男性は、完全に気絶している。
ユキは、教室に入った時点でフィールドを張り幻術で教室を作り出していたのだ。幻術の教室では、本物の教室が傷つくことはない。男性は、ユキの作り出した教室で暴れていたことになる……。

「初犯ではなさそう」

人間に向かって呪術を放つ、その行為に戸惑いが見られなかった。ということは、今までも人間に向かって違法な魔術を使用していたのだろう。通常、その行為は違反である。
ユキは、めんどくさそうに人差し指を振り縄を出した。指を器用に動かし、縄を操り男性を縛り上げる。

「……とりあえず外に転がしておくかあ」

そして、そのまま言葉通り窓からポーンと放り投げた。ここは、3階だ。骨が数本いくが、死ぬことはないだろう。
ドサッと音がして下に落ちたのを確認すると、床にあった小さな袋を拾う。見た感じ、麻薬の類に間違いないだろう。善良な一般市民であるユキは、懐を漁りスマホを取り出すと魔法特殊警察へと通報した。あとは、彼らが片付けてくれるだろう。

「はぁ、髪の毛が乱れちゃったよ」

髪の乱れ以外、服も肌も何もかも傷ついていない。鏡でそれを確認している辺り、まだ余裕そうだ。
これは、天野一族の特性で彼女の能力のひとつ。動体視力が通常の人よりとびぬけて良い。
ユキは、麻薬らしき袋をポケットにしまうと教室を出た。そろそろ、発表が終わって解散になっているはず……。


***


ユキが戦っていた時。
既に、こちらでは試験の結果発表が終わっていた。

「いやぁ、今年度は素晴らしい結果になったのう」

皇帝は、下界昇格者の発表を終えた綾乃に声をかける。彼女はリストを読み上げた直後で、少しだけ息が上がっていた。周囲のざわめきの方が大きいので、その会話は生徒に聞こえていないだろう。

「ありがとうございます。生徒の頑張りの結果でしょう」
「いやいや、合格者2桁という結果は十数年ぶりじゃろう。教え方も良かったんじゃ」

そうやって、生徒だけでなく教師にも労いの言葉をかける。綾乃は、そんな彼の気遣いが嬉しいらしく頬を緩めた。
集まって結果を見ていた生徒は、歓喜する者、落胆する者と様々な反応を見せている。その光景をぐるっと見渡した綾乃は、一緒に受かったゆり恵と共に笑っているまことを見つけた。しかし、その表情は暗い。

「……真田は、本当に成長しました」

と、トーンを落として言葉を紡ぐ。
まことは、元々成績が優秀な生徒ではなかった。黒世の後、周囲が驚くほど成績を伸ばしたのだ。あの時の彼はどこかネジが外れていて、何かが取りつかれたのではないかと心配する人たちがたくさん出た。もちろん、綾乃自身も。
その取り憑かれようは、皇帝の耳にも届いていた。勢いは1年たっても止まらず、その後もまことはいろいろな術を吸収する。3年間で全くの別人かと思われるほど、魔法が上達した。
そして、途中から笑顔も増えた。それは、隣にいるゆり恵の影響が大きい。いつもニコニコ笑っている彼女がいなかったらどうなっていたのか。教師は生徒に寄り添うものだが、ずっと一緒にいることはできない。綾乃は、ゆり恵に心の中で感謝の言葉を呟く。

「あの狼、雫の十八番なんです」

綾乃は、まことの母、雫を知っている。昔、彼女が下・上界だった時、同じチームとなって一緒に任務をこなしていった。時には喧嘩をし、時には肩を組んで、暴れて笑って。しかし、黒世で雫は帰らぬ人となった……。

「……そうだったのう。そうじゃった」

と、含みを持たせるような言い方をする。が、綾乃は気づいていない。
彼女の視線の先には、まことが。彼は、先ほどと同じくゆり恵と一緒に笑っている。発表と同時に配られた下界の証であるネックレスが、2人の首でキラリと光っていた。

「あの桜田君、良いパートナーとなりそうじゃな」

皇帝も、綾乃の視線の先にいる2人が喜んでいる様子を眺める。

「そうですね。……雫も喜んでるでしょう」

そう言った彼女の瞳には、涙が溜まっていた。皇帝は、それに気づくと、何も言わずに食堂の様子を見渡す。
食堂のざわめきと熱気は、その後もしばらく続いた。

          

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