純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか

1:少女と青年②


眩い光に包まれたユキの両手は、中でピンク色の球体を作り出す。その球体を上に放つと、目の前に立っている桜の木と一緒に花びらを綺麗に散らせた。
これは、魔法の中で「幻術」といわれているもの。幻術は、名前の通り人を幻で惑わす魔法だ。戦闘にも、こうして見世物としても、幅広く使われやすい技といえる。
それは、ピンクの光を放ち、人々を楽しませてくれる。

「わー、何時見ても綺麗だわ」
「姫は飽きないねぇ」

城内にある中庭に移動した2人は、幻術を使ったパフォーマンスでひとときを過ごす。
散った桜はユキの手に集まり、消えていく。それは、何度か同じ工程を繰り返し丸いピンク色の饅頭に形を変えた。出現したそれの上には、一枚の桜の花が添えられている。

「どうぞ、ヒイズ地方特製の桜饅頭でございます」

そう言ってユキが差し出すと、直ぐに地べたに座っていた彩華が手を伸ばした。

「これも幻術なのね。ユキの食べ物は太らなくて嬉しいわ、いただきます!」

と、彼女は嬉しそうに桜色をした和菓子を口に運ぶ。

「いくら食べてもお腹がいっぱいにならないって不思議よね」
「えー。一口とは、姫は女の子じゃないねえ」

桜饅頭を頬張る彩華。その様子を見て、隣に座ったユキが苦笑する。
今日は、天気が良い。開放的な環境にある中庭は、こんな天気の日にもってこいの場所だろう。城の通路を超えて吹く風も、心地よい。

「……何よ、お父様みたいなこと言って!おいしいものを私がどう食べようが誰にも関係ないわ」

顔を真っ赤にしながら、桜饅頭を食べ終えた彩華が食って掛かる。ユキはそれをひらひらとかわしながら、

「確かに。正論だね」

と、返した。彼女の表情は、コロコロと変わるので見ていて飽きがこない。

「そうよ。私、別に偉くもなんともないんだもの。偉いのはお父様なのよ!その娘だってだけで、私に功績はないわ」

ユキは、彼女が特別扱いを嫌っていることは知っていた。過去に周囲から散々悪口に近い言葉、いや、それ以上にひどい言葉を浴びている。今でも、執務に関わると他の大臣が嫌な顔をする。
頭の硬い連中が多いためか、「女」というだけで除け者扱い。さらに、彼女が年齢のわりに頭脳が飛び抜けて良く、不正を許さない性格も相まって。
もちろん大臣が悪いのだが、その態勢を変えるのは容易ではない。皇帝も払拭しようとするが、そこは人手不足。まだ時間がかかりそうだ。

「むしろ、こんな手品ができるユキの方がずっとずーっと偉くてすごいわ。同い年だっていうのに。だからね、私が持っている功績の中には、ユキと友達だって項目があるのよ」
「それは光栄だな。でも、それより姫はお淑やかになるっていう項目を作ったほうがいいと思う」

ユキはそう言って、むくれ顔をしている彩華に向かって人差し指を振った。
すると、彼女が来ていた民族衣装が瞬く間に赤いボールガウンドレスに変化する。靴は、草履からかかとの高いミュールになっていた。

「これもね」

もう一度振ると、今度は桜の花びらが両手から出てきて彩華の頭を覆う。その手際の良さは、慣れているのか。

「わあ、他国のドレスね。赤、好きだわ」
「姫は、赤が似合うね。……頭も見て」

そう言って、どこから取り出したのか鏡を彩華に差し出すユキ。鏡に映った彼女の頭には、桜をモチーフにした大きめの髪飾りが刺さっていた。先ほどとは違う編み込みがされ、その根元は光を反射してキラキラと輝いている。

「素敵!これ、何を塗ったの?」
「ラメとワックスを混ぜてみた。どう、重くない?」

彩華は鏡を置き立ち上がると、クルッとその場で一回転した。が、慣れない高めのヒールのせいかグラついて倒れそうになる。

「……っと。いい感じだわ。綺麗。ほかの国の文化ってすごい!ユキは相変わらず物知りね」

倒れそうになった彼女を支え、ユキはそのままの流れで軽々と抱き上げた。それにすがりつくように、手を添える彩華。頬が、ほんのりと染まっていく。

「姫、見た目はいいんだから、もう少しおしゃれに興味を持つべきだと思うよ。見た目はいいんだから」
「まー!2回も言わないでくれる?」
「2度も言わせないでもらいたいね」

2人は顔を合わせると、同時に笑い出した。

「ユキは意地悪!でも、そういうところも気に入ってるわ」

彩華が地面に足をつけると、同時に服が元に戻った。これも、幻術の一種。時間が経てば、消えてしまう。

「いつか、姫に本物をプレゼントするよ」
「ほんと?嬉しいわ!」
「姫のためなら、ね」
「ありがとう。ユキ」

彼女の後ろに回ったユキは、そのまま髪を解き始める。そして、自らの手で動きやすいよう1本の三つ編みを作っていった。
編み終わると、彩華は立ち上がりまたその場でクルッと一回転する。腰まで伸びた髪の毛が、風になびいた。風にとっても、彼女の髪は柔らかくて触り心地が良いらしい。

「……綺麗だよ」
「……お世辞はいいわ」
「本当だよ」

その言葉は本心だった。
彼女以上に美しい容姿、心を持った女性はいない。毎日接しているユキは、いつもそう思っていた。
そんな言葉に頬を染める彩華。2人は、別に恋人同士ではない。今はそれでも、彩華にとっては満足だった。


「ユキ様、皇帝がお呼びです」

彩華が何かを言おうと口を開いた時。
臨時で雇われている傭兵の声により、2人の時間は終わった。

「わかったよ。姫を送り届けたら行く」
「かしこまりました。そのようにお伝えいたします」

傭兵はそう言うと一礼し、静かに下がっていく。

「また夕方ね」

2人きりになると、パンッとユキが手を叩いた。すると、周囲の光が彼女の周りに集まり、そのまま身体へ吸収されるように消えていく。

「稽古を頑張れるように。おまじないだよ」

びっくりしたような顔をした彩華。興味深そうに、自身の身体をペタペタと触っている。

「すごいわ!またやってね」
「わかったよ、姫」
「ユキといると、何だかいつまでも笑える気がするわ」
「……」

その言葉に笑うと、ユキは無言で彼女の手を取り稽古場へと足を進めた。



          

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