不遇の魔道具師と星の王

緑野 りぃとる

第55話 一年後(前編)

 俺たちがあの家を出て、一年が経った。まだ一年しか立っていないのだが、非常に密度の濃い一年だった。

 家を出た後、父の下へ向かったのだが、そこは文字通り地獄のようになっていた。星賢者に聞いた時点ではまだ死者は3人だけだったはずなのだが、到着した時は50人以上は亡くなっていた。

 しかも、ヘルハウンドだった魔物は死んでしまった騎士たちの血肉を喰らい、赤黒く変色し、皮膚の上からは触れただけで皮膚が切り裂かれてしまいそうなほど鋭い逆鱗で覆われていた。

 それでもまだ300人近く生き残っているのは、生き残った彼らを覆うように地面から屹立する分厚い土壁、《土城壁》のおかげだろう。

 いくら俊敏に動くことのできるヘルハウンド変異種と言っても、突起のない巨大な土壁をよじ登ることはできないようで、中にいる獲物を喰らわんと土壁を叩き続けていた。

 俺は近くの安全が確保できそうなちょっとした雑木林のところにイリスと馬車を置いて行き、一人で父の下へと飛んでいった。

 突然上空から現れた俺に対して、騎士団の人たちはさまざまな表情を見せた。しかし、父がこちらに来てからは、周りの人たちの顔を見ている余裕はなかった。

「フェディ、なぜここに来た?」
「商人や旅の人たちから騎士団が思っていたよりも危険な状態であると聞いたからです。」
「そうか、色々聞きたいことがあるんだが、2つだけ聞かせろ。その左腕はどうした?」

 俺は父に失った左腕を見せながら話した。

「実は、ヘルメスの町にとてつもない量の魔物が押し寄せました。俺も魔物を殲滅する冒険者たちと一緒に戦っていましたが、突然魔物が魔力のようなものに変わり、謎の空間のヒビに吸い込まれていきました。その日々から放たれるおそらく呪詛を含んだ無数の刃から町を守る結界を張った際に魔力切れを起こしてしまい、左腕を失いました。」

 父は黙って聞いていた。他の騎士たちはヘルメスの町が襲われていること自体初耳だったのか驚きの声を上げていた。

「分かった。……その顔を見るところ、お前は家を出ていくんだな?」

 鋭い言葉に、一瞬言葉を詰まらせる。

「母さんは母さんで心を読めるが、父さんも似たようなことはできるんだ。魔力の流れをみて、その人の今の感情を読み取る。騎士としてこれ以上ないほど大事な素養だ。」

 俺は色々とお小言をもらうことかと思っていたが、父は母よりも優しかった。

「男は家を出て、経験を積んでなんぼだ。お前が強いこともよく知っている。好きにやってみたら良い。」

 父はそう言って俺の胸を拳で叩いた。

「ありがとうございます、父さん。それじゃあ、いってきます。」

 俺は再び風を纏って空へ飛び上がり、土城壁を出た。土壁の外では相変わらずヘルハウンド変異種が土壁を破らんと攻撃し続けていた。

 せっかくの機会なので俺は丹精込めて作り上げた《リーパー:γ》を試そうと思う。ヘルハウンド変異種は本来生えていないはずの鱗が全身にびっしりと生えており、耐久力としては申し分ないだろう。

 それに、土壁に夢中になっているため動きは完全に止まっている。こんな好条件では外すことの方が難しい。

 収納袋から《リーパー:γ》を取り出して、右腕だけで大まかな狙いをつける。そして、銃身を風で覆い、片手でも運用できる状態にした。

 ゆっくりと、正確にスコープにヘルハウンド変異種の全身が映るように銃を動かし、完全に全身にが収まった。

 俺は新たな、魔法の知識も上乗せされ、更なる改良を重ねた《リーパー:γ》の威力にワクワクしながら重い引き金を引いた。

 黒い銃身から放たれる金色の弾丸は、ものすごい速度の螺旋回転をしながら直進し、ヘルハウンドの背中に命中。

 金色の弾丸はものすごく硬そうに見える逆鱗に一切阻まれることなくヘルハウンドの体を貫いた。しかも、幸運なことに、通常のヘルハウンドとは少し違う位置にあった核をきれいに打ち抜いていたため、これまでのように強力になって起き上がってくるということもなかった。

 俺は地上に降り立つこともなく、《リーパー:γ》を収納袋へしまい、騎士団をかこっていた土城壁を取り払ってイリスと馬車を置いてきた雑木林へと戻った。その後はスイレン王国へ向かいながら、七星についての情報も集めていた。

 七星について調べていくうちに、一緒に出てくる二つの名前もよく聞くようになった。

 一人は前世の俺、アルト・ロゼンタール。そしてもう一人は邪神に体を売ったとされているザックレー、前世の俺をクビにした魔道具店の店主だった。

 なぜザックレーが邪神に体を売ったと言われていることが真実かどうかは定かではない。いかんせん俺は前世であの店を追い出されてから一切ザックレーの噂を耳にしていなかった。

 サーシャに少し話を聞いた限りではこのままだと経営は厳しいものになるということではあったが、それでも何とかするものだと思っていて、その時は気にも留めていなかった。

 それにしても邪神、である。異世界の神か、はたまた全くの別の存在なのか。なんにせよ、俺の周りには人外の存在が多すぎて困ったことこの上ない。

 もしまた神と話す機会があればそのことについてもいろいろと聞いてみようと思った。

 といっても、一年たった今まで、一回も神のいる場所にはいくことができていないのだが。

 そんなこんなでゆっくりと冒険者家業をしつつ、イリスの呪いの状況をみながら道中の町で情報を集め、つい先日、スイレン王国王都へと到着したのであった。

 なぜここまで時間がかかってしまったのかというと、単に迷子になってしまった、わけではなくなんと俺が前世で生み出した魔道具、《戦闘用魔導人形防御特化仕様》通称アルファを見つけてしまったからだ。

 アルファはキューレイという小さな町の中央に全身を錆びだらけの状態にしながらまるで銅像のような状態で置かれていた。アルファの置かれている台座には、こう書かれていた。

〝かの大賢人、アルト・ロゼンタールが生み出し、この地を邪龍より守るために尽力した誉れ高い鎧〟

 町の人に聞いてみたところ、アルファの正しい名前も、運用方法も、ましてはこいつが自分で動くことですら知らなかった。

 俺は何となく一緒に黒龍と戦ったアルファを負いいていくのは忍びないと思って町長に相談したのだが、譲っても構わないが、この鎧を使えることを証明すること、もし動かすことができるのであれば今のアルファと全く同じ状態の偽物ないし模型を用意することを条件に出されたのだ。

 俺は早速今のアルファと同じような形状の像を作ったのだが、まずそれだけで一か月を費やしてしまった。というのも、実はこのような大きさの銅像など作ったことが無く、何度も作ってはやり直し手を繰り返しているうちにそれほど時間が立っていたのだ。

 なんでも、アルファの場所に熱狂的な大賢人アルト・ロゼンタール信者が毎年のように聖地巡礼として訪れるそうだ。そして、その熱狂的な信者たちは少しでも違和感がある像を置けばすぐに気が付くという。

 アルファと全く同じ性能で、同じ外見のゴーレムを作り出すことも考えたのだが、万が一運用方法を知っている人が現れた場合、すぐに悪用されてしまうかもしれないということで動くことのない像を作ることにしたんのだった。

 そうして出来上がったアルファ増を町長に見せると、驚きの声と共に、快く町の中央にあるアルファを譲ってくれた。アルファ増のすり替えは夜中、町長が立ち会って行われた。

 さすがに白昼堂々すり替えるといろいろな噂が流れてしまうという町長の懸念もあり、俺もあまり目立ちたくなかったため、夜中に決行することにしたのだ。

 無事アルファを手に入れた俺は、イリスと共にキューレイの町を出たのだった。

 町を出た後、しばらくしてあそこが件の凶星大災害の爆心地であったことを知った時の俺の驚きようはすさまじかったとイリスは言っていた。

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