不遇の魔道具師と星の王

緑野 りぃとる

第43話 6年後

 アメリアがヘルグリーン家を去ってからもう六年がたった。俺は15歳になり、背格好も父と同じくらい大きくなった。あの後、父は俺に短槍術を教えてくれた。魔法を無詠唱で使えるとはいえ、少しでも視界を広くとるための短槍術だと父は言っていた。

 短槍自体は扱いの難しい武器ではないためすぐに習得できたが、完成された剣術を使う剣士を相手にした際、いまだ発展途上の短槍術では太刀打ちできないことが多々あった。その証拠に、父には初めの4年間は槍先を当てるどころか掠らせることすらできなかった。

 父は俺に稽古をつけるとき、いつも決まって同じことを言った。

「目の前で誰が殺されようと、相手が隙を見せようと、何があっても心を静めるんだ。怒りに心を支配されれば隙が生まれ、隙を見せた相手にとどめの一撃を刺そうとしたときは動きが単調になる。何があっても心を静めるんだ。」

 俺は父の言っていることが何となくわかった。前世で黒龍と戦っているとき、俺はいたって冷静だった。右足を貫かれた時だって冷静に黒龍の動きが止まるまで魔道具を駆使して戦い続けた。ドラゴンナイツと初めて一緒に戦った時だってアイアンゴーレムを落ち着いて破壊した。

 父は騎士団の大隊長を務めるほどの実力者だ。当然父の周りにもたくさんの実力者がおり、ほとんど毎日父に連れられて準特級剣士がうちに来て稽古をつけてくれた。そのおかげでだんだん短槍術の練度も上がり、6年修業した今では自分の体の一部のように扱うことができるようになった。

 最近は父が魔物と戦って実力を磨いてこい、というので冒険者として討伐依頼をこなしている。今日は家がある街、ヘルメスの町から少し離れたところに位置する迷宮、《ヘルメスの迷宮》で狼型の火を吐く魔物、ヘルハウンドを狩りに来ていた。

 すでに依頼されていた25体は狩っており、今は町に戻るために迷宮の出口を目指しているところだった。迷宮では魔物が生まれない安全地帯というものがあり、その安全地帯には魔物は入ってくることはできない。迷宮の一番初めのワンフロアはその安全地帯になっているのだが、なぜか金属を打ち付け合う音が聞こえてきた。

 俺は不審に思って駆け足でそのフロアに踏み込むと、一人の女性の冒険者が四人の冒険者らしき装備を身に着けた男たちに襲われていた。何とか男たちの攻撃は彼女が手に持っている片手剣でさばいているが、体中には無数の切り傷が走っており、片手剣もヒビが入り今にも均衡が崩れ去ろうとしているように見えた。

 と、俺が静観している間に彼女の剣が砕け散った。俺はその瞬間考えることをやめて腰の朧霊刀を抜き、今彼女に振り下ろされようとしている大斧の前に立ちはだかった。


~~~~~

 私の名前はイリス・イベラロード。魔法が使えるという理由だけで冒険者になり、小さいころに読んだお伽噺に出てくる冒険者にあこがれてこれまで冒険者として生活してきた。8歳の冒険者になりたての頃は、これから本当にお伽噺のような冒険者になれると思って疑っていなかった。

 冒険者になった私は、お伽噺に出てくる英雄のように、私は冒険者ギルドへ行き、一人で依頼を受けて、意気揚々と《ヘルメスの迷宮》に入った。これから私の大冒険が始まるのだとその時までは思っていた。

 しかし、実際に魔物と対峙してみると、足はガクガク震え、体中から冷汗が噴き出し、せっかく使えるようになった自慢の魔法も詠唱すらできなかった。私は泣きながら必死に逃げて、何とか迷宮を脱出してギルドに依頼のキャンセルを申請しに行ったのだった。

 その時私は初めて知ったのだ。

 -私は英雄にはなれないのだ-

 それから私は生きるために毎日戦わなくてもクリアできる依頼を何個も受けて、その日一日を生きていける額のお金を必死に稼いだ。とても私が思い描いていた、理想の冒険者像とはかけ離れた現状と現実に、絶望をも覚えた。

 それでも9年間毎日コツコツお金を貯めて装備をそろえ、即席とはいえパーティを組んで、やっと今日、あの日逃げ出した迷宮にリベンジしに来たのだ。依頼の魔物は即席で組んだ屈強な男の人たちと一緒に協力して討伐し、依頼の数を狩り終えた。魔物と対峙したときはやはり足は震え、手に持った剣先は情けなく右往左往した。しかし、始めの一体を狩った後は何とか魔物と戦う感覚に慣れて、男たちと協力しながらではあるが戦えるようになった。

 そして意気揚々と迷宮を出ようと帰る道中で、私は男たちに襲われたのだ。

「お前すぐに魔物に吹っ飛ばされて役に立たなかっただろ!報酬の分配にお前は入れねぇ!」
「そうだ!無能に渡す金なんかねぇ!」
「その装備も無能にはもったいねえだろ!剥いで金に換えてやる!」

 男たちはそう言って一斉に私に襲い掛かってきた。私はたまらず腰に差した片手剣を抜き、男たちの攻撃を防ぎ続けた。男たちの攻撃はとても重く、早く、何より執拗だった。徐々に体の傷は増えていき、どんどん視界が暗くなっていく。

(あぁ。私、こんなところで死んじゃうんだ…。)

 それまで何とか男たちの攻撃を防いできた剣が、ついに砕けてしまった。地面に倒れた私は頭上に振り下ろされる大斧の風圧を感じながら眼を閉じ、短かく、未練ばかり残った私の人生に幕が降ろされるその時をそっと待った。

ガギィィン!!

 しかし、重たい金属同士がぶつかり合う音が私の頭上に聞こえたきり、私の身には何も起きなかった。霞む目を開けて、そっと顔を上げると、私の前には業物に見える刀を振りぬいた、白味の強い金髪の男の人が立っていた。私を襲っていた男の人たちはみんな私の前に立つ男の人に吹き飛ばされたのか、少し離れたところで尻もちをつきながらこちらをにらんでいた。

「大丈夫。俺が君を守るから少し下がってて。」

 私の前に立つ男の人は刀を腰の鞘に戻して背中から真っ赤で大きな魔石の埋め込まれた杖を取り出した。

「さっさとここから消えないと殺すぞ?」

 青年は底冷えする声で男たちを脅した。男たちは本気で青年が自分たちを殺すとは思っていないのか、下卑た笑い声をあげながら青年に襲い掛かっていく。

「その杖を売れば結構な金になるぜぇ!ケケケ!」
「四対一だ!立場をわきまえろバカガキ!」
「少し魔法が使えるからって舐めてんじゃねぇぞガキィ!」
「てめぇは殺して迷宮の奥にでも捨ててやる!」

 それぞれが青年に獲物を振りかぶり、とびかかる。青年は飛び退くでもなく、防ぐ姿勢をとるでもなく、杖を男たちに向けて呟いた。

「《テンペスト》」

 青年がそうつぶやくと、青年を中心に立つことすらままならない突風が巻き起こり、たちまち男たちはバランスを崩して倒れる。倒れた男たちは立ち上がろうともがくが、信じられないほどの風圧で体を自由に動かすことすらできない。

 そんな状態でもがき続ける男たちの頭上に、紫の雷が落とされる。雷に打たれた男たちはそのまま意識を手放し、その場に突っ伏した。

「大丈夫だった?」

 そのまま振り返った青年の顔を私は生涯忘れないだろう。まるで、忘れようとしていたお伽噺に出てくる英雄のようにどこか恥ずかしそうで、それでもどこか私を安心させてくれる、そんな微笑みだった。

 私は安心して気が抜け、そのまま眠ってしまうのだった。

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