不遇の魔道具師と星の王

緑野 りぃとる

第42話 救いの言葉

 みんなが卒業祝いをしてくれた夜、俺はいつも以上に大きくなってしまった悩みを抱えてしまい、寝付けないでいた。俺はずっと悩んでいた。この世界に転生してからずっと。

 俺はもしかしたらこの家に生まれてくるはずだった子供の魂を殺してこの家に生まれてきたのではないか?もしそうだったとしたら俺がこの世界で人と同じような幸せを感じることは許されないだろう。

 俺はこの世界の守護神に変わってこの世界を守るために生まれ変わった。こんな当たり前のように幸せを享受してもいいのだろうか?前世で俺が置いてきてしまった仲間たちが今の俺を見たら恨むのではないだろうか?

 今まではそう言った悩みを抱えながらもなんとかやり過ごしてこれた。しかし、今までで一番幸せと感じるような出来事があって、俺の中にいるどこか不自由で真面目な自分が頭の中を支配した。

 思わず頭を抱えてベッドの隅に縮こまってしまう。いったい俺はどうすれば前世の仲間たちも報われるのだろうか。いったいどうすればこの家の子供として生まれるはずだった子供に対して償えるのか。このまま俺はこの家に家族として居座ってもいいものなのだろうか。

 考えれば考えるほど思考はマイナスなものへと変わっていき、頭の中で自分を責めるくらい声が強くリフレインし続ける。

「…どうしたんですか?」

 声の主はそっと俺の部屋に入ってきて隣にちょこんと腰掛ける。俺は彼女に悩みを打ち明けることをためらった。彼女にいくら俺の出自や悩みを話しても何も解決しないだろうということをどうしても思ってしまう。

 だが、俺の中の彼女を好きだと思っている自分が無意識に俺の口を動かした。

「俺はこれからどうすればいいのでしょうか?」
「…?」

 普段ならこんな情けないことを彼女に話したりはしない。

「どう、とは?」
「もし師匠が仲間を残して死んでしまった後、別の人間として生き返った時、どうしますか?」

 しばらく流れる沈黙。そして彼女は言葉を紡いだ。

「具体的にどうする、というのは実際にそうなってみないとわかりません。その仲間というのもどれくらいの関係なのかがわからないのでどう、とは言えません。」

 でも、と彼女は続ける。

「私はもう何人も仲間だった冒険者を亡くしています。そのたびに私、思うんです。」

 一呼吸間をおいて彼女は話し続ける。

「もし生まれ変わることができたのなら、生き残った私よりも幸せになってほしい、と。」

 俺は思わず涙を流してしまった。心のどこかに刺さっていた氷の棘が一本、徐々に溶けてきえて行く感覚。胸が熱くなる感覚を感じながら俺は涙を流し続けた。

「もし、あなたが本気で大切にしてきた仲間なら、みんなあなたの幸せを願うはずです。それは前世で残してきた仲間たちだけではありません。フェディのお父さん、お母さん。そしてもちろん、私もです。」

 アメリアは俺の頭を抱いて包み込んだ。

「幸せを感じることに誰かの許可なんていりません。その幸せはあなただけのものなんですから。」

 俺はもう自分と体格も同じくらいになった、師匠で恩人で、俺が一番大事にしたいと思える少女の膝の上で泣き疲れて寝てしまうのだった。


~~~~

 翌朝、俺はアメリアの膝の上で起床した。昨晩は泣くだけ泣いて、情けなく疲れてそのまま寝てしまったらしい。しかも彼女は俺が安心して眠れるように一晩中ひざ枕をしながら眠っていたようだ。

 本当に彼女には頭が上がらない。まだまだこの家の子供として生まれてくるはずだった子供に対する罪悪感は消えていない。だが、誰かに俺の幸せを認めてもらえた。それだけで今は生きていけるだろう。

 俺は朝の弱い彼女を起こしてしまわないようにそっと膝から頭を上げる。そして急いで屋敷の隅にあったちんまりとした作業場に急ぐ。俺はその作業場で前世の記憶を頼りに、《星賢者》のサポート大いに得てある魔道具を作成する。

 約10年ぶりに魔道具を製作した俺の手は傷だらけになってしまった。この体になってからは一切魔道具を作らなかったので手の皮が非常に弱く、ところどころ皮がむけていたりするところがあった。

 手に傷を作りながらも前世と何ら変わりのない出来栄えの魔道具が完成し、俺はひそかに安心していた。

 俺はその魔道具を丁寧に持ち上げて、銀のチェーンを通した。こうすれば見た目はとてもおしゃれな杖を模したペンダントだ。もちろんただのペンダントではないがそんなことを差し置いてもかなり喜んでもらえるような出来栄えだ。

 ペンダントをこっそり俺の部屋に持ち帰った時にはもうアメリアは俺の部屋からいなくなっていた。おそらく俺の隣の部屋で荷物をまとめて屋敷を出ていく準備をしているのだろう。

 俺は彼女の邪魔をしないように気を付けながら作ったばかりの魔道具を動作させてみてきちんと動くかどうか確認した。

 
 そして、ついに別れの時間がやってきた。

 アメリアは思ったよりも早く旅支度を済ませてしまい、朝食を食べ終わった後すぐに出発することになった。家族みんなで、屋敷を出て行ってしまうアメリアの見送りをする。

 心なしか、妹のメイと弟のローズヴェルトもさみしそうな顔をしていた。

「皆さん、四年間という長い間本当にお世話になりました。」

 アメリアはそう言って深々と頭を下げる。

「アメリアさん、まだこの屋敷を使ってくれてもいいのよ?」

 母は非常に残念そうにしていた。

「いえ、家庭教師として教えられることが無くなってしまった今、この屋敷に居座るわけにもいきません。それに、やりたいこともできました。」
「そうか…。それで、これからどこに?」
「とりあえずアテナを出てスイレンで家庭教師をしつつ、魔法大学で至高の魔法を学ぼうかと思っています。」
「スイレンか。アメリアなら心配ないと思うが、道中気を付けてな。」

 両親がアメリアと名残惜しそうに会話していた。その会話もあらかた終わったところで彼女はこちらに振り返った。

「フェディ、私は正直あなたにとっていい先生であれたという自信はありません。いつもあなたに驚かされてばかりです。でも、最後に一つだけ。一人で抱え込むには大きすぎることはたくさんあります。そんなときは仲間でも、ご両親でも、兄弟でもいい。みんなを頼ってください。もちろん、私も駆けつけますから。」
「師匠、本当にありがとうございました。師匠にはたくさんのものをもらったのに、俺はまだ何も返せていない。」

 俺はアメリアに感謝の言葉を伝えながら今朝作り上げたペンダントを取り出す。

「なので、せめてこのペンダントを師匠に。」
「これは?」
「今朝、少し早く起きて完成させました。」

 アメリアはペンダントをみて、俺の顔をみて、泣きそうな顔になった。

「私は本当にいい弟子に恵まれましたね。」

 ジト目をウルウルさせながらアメリアはペンダントを首に下げた。

「では、そろそろ出発します。今までお世話になりました。」

 彼女は馬にまたがってゆっくりと屋敷を出ていく。俺はどんどん遠ざかっていく小さな背中が見えなくなるまで手を振り続けた。

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