不遇の魔道具師と星の王

緑野 りぃとる

第39話 ヘルグリーン家の日常

 翌日、俺は朝起きてすぐに朝食もとらずに書庫へと走った。あまりにも朝早かったせいで、隣の部屋で寝ているアメリアもメイドたちもまだ寝ていた。

 俺は彼女らを起こさないように足音を殺して書庫へと急いだ。書庫の扉を開き、今まで読めなかった本が並ぶ本棚の前で手前にある本を取り出し、読んでみる。

 《星賢者》は言語の翻訳も可能にするのか、今まで全く理解できなかった言語で書かれていた本も意味が分かるようになっており、すっと内容が頭の中に入ってきた。

 あまりにも面白いのでページをめくる手は止まらない。本は魔法に関すること、歴史に関すること、政治に関すること。多岐にわたった本がずらりと並べられていた。

 俺は読み終わった本を床に積み上げ、次の本を本棚から引っ張り出して再び読み始める。だんだんと体も《星賢者》の力に慣れてきたのか、どんどんページをめくる手の動きも無意識に早くなっていった。

 そうしてみんなが目を覚ましてミヤが朝食に呼ぶために書庫を訪れるころには、読み終わった本でできた壁ができていた。こんなに本を読める日が来るとは思っていなかった俺は、午後から始まる魔法の訓練の時間まで書庫に籠って本を読み漁る。

 朝食を終えてすぐに書庫に向かった俺にアメリアもついてきて、彼女も本を読んでいたのだが、だんだん俺が読み終わった本で出来上がっていく本の海を見かねたのか、途中からは読み終わった本を片付ける係に専念していた。何となく申し訳ないと思いながらも本を読む手は止めない。

 日が完全に登り切り、アメリアに書庫から引っ張り出されるまでの間に、俺は書庫に置いてある本のうち半分は読み終えてしまった。


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「さて、それじゃ今日は魔法というよりは歴史の話に近い話をしていこうと思います。」
「はーい!」

 俺は今日も今日とてアメリアの楽しい授業を聞いている。前世では授業どころか誰かにものを教わった記憶がない。そのせいだと思うが、彼女の授業を聞いていてものを教わる楽しさということを知った俺のこの頭は常に彼女の授業を心待ちにしていた。

 今日の話はこの世界に生きている種族の話だった。

「まず、この世界にはありとあらゆる種族の人たちが生きています。それは知っていますか?」
「はい。何となくは知っています。」
「まず、この世界の総人口の半数近くを占める人族。これについての説明はいらないでしょう。次に魔族。人口こそ人族よりも少ないですが基本的に人族と変わるところは見た目以外ほとんどありません。」
「具体的にどう違うんですか?」
「魔族の特徴は基本的に人族に比べて派手な髪色が多いです。また、肌の色が白かったり、はたまた黒かったり、中には青かったりする人もいますが、基本的には何ら変わりはありません。少し人族からの風当たりは強いですけれど。」

 俺はその説明を聞きながら失礼だなとは思いながらも彼女のきれいな赤い髪を見てしまった。その視線に彼女も気が付いたのか、少し不安な顔になりながら話し始めた。

「フェディは私の髪を見て、魔族なのでは無いだろうかと思ったでしょうが、私は魔族ではありません。エルフ、と言えば分かるでしょうか。私が人間じゃなくてガッカリしましたか?」
「いいえ、とてもきれいな髪だと思います。」

 彼女は俺のおそらく予想外の答えに驚いているように見えた。驚きながらもどこか嬉しそうで、照れているようにも見えた。

「そ、そういうことは将来好きだと思った女の子に言ってあげてください!」
「僕は先生のこと好きですよ?」
「子供が大人をからかうんじゃありません。」

 アメリアは軽く俺の頭をペチンと叩いた。

「でも、もし大人になってそういう気持ちがきちんと理解できるようになってもそう思ったのなら同じように言ってください。その時はちゃんと返事しますので。」

 そっぽを向きながら彼女はそう言った。俺は心の中で、通算二十数年の人生で初めて彼女のフラグ縦に成功した!歓喜しつつ、前世での必死だったころの自分を思い出して、果たしてこの世界で俺は自分の幸せを追い求めてもいいのだろうかと悩んでしまうのだった。

 一方アメリアは俺が難しそうな顔をしていて、もしかしたら変なことw行ってしまったのではなかろうかとオロオロしていた。俺はすぐにいつもの表情に戻ったので、すぐに授業は再開された。

 淡々と授業は進んでいき、彼女が今日ここまで教えると掲げた目標に到達したので、俺は彼女を連れて庭へ出て魔法の特訓をつけてもらうのだった。庭の隅で俺のことを見ながら両手に木剣を持って隠れていた父は見ないふりをした。

~~~~

 その夜、俺はベッドに入って寝ていたのだが、近くの部屋からの喘ぎ声によって目を覚まさせられた。両親は非常にお盛んなのと、まだまだ若いということもあって毎晩のように夜の営みをしている。

 ただ、いつもなら俺の寝室から離れたところにある父の部屋で行っているはずなのだが、今夜はなぜか俺の部屋に近い母の部屋で行っていた。

 俺は家族のそういうことに興奮はしないが、睡眠の邪魔をされて許せるほど寛大な男でもない。だが、夫婦の夜の営みに乱入していくほど野暮な男でもない。

 目が覚めてしまったということを理由に、俺は書庫にこそっと向かった。せっかくなので、今晩中にこの書庫の本をすべて読み切ってしまおうと意気込み俺はまだ一度も読んでいない本が眠る本棚に向かい合った。

 昼間もそうだったが、俺は一度本を読みだしたら誰かに止められるまでいつまでも本を読み続けているだろう。どうせ夜が明けるまでだろも起こしに来ないのだ。多分このままの調子でいけば読み切れるだろう。

 俺は雑念を一切消し、目の前の本に集中したのだった。そのおかげで、眠気で割増しになったジト目をこちらに向けている赤毛の少女に一切気が付くことはなかった。

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 朝、俺はすべての本を読み終え、ちょっとした満足感を味わいながら書庫を出ようと扉を開けようとしたのだが、なぜか扉は重く開かなかった。

 仕方がないので窓から一度外に出て、はだしのまま庭を歩き、玄関から家の中へと入った。なぜ書庫の扉が開かなかったのか不思議に思った俺は一度書庫の前までやってきた。

 書庫の扉の前では、一人のきれいな赤い髪の美少女が扉に寄り掛かる形できれいな寝息を立てていた。彼女の寝室は俺の部屋の隣なので彼女もおそらくは両親の夜の営みによって生まれた音で目を覚まされたのだろう。そして静寂を求めながらさまよっているうちにここにたどり着いたといった感じではなかろうか。

 とりあえずいつまでもここで寝ているわけにもいかないので彼女を起こすことにする。かわいらしい寝顔をまだ眺めていたいとも思ったのだが、風邪でもひかれて今日の授業がお休みになったら一日の楽しみもなくなってしまうだろう。

 くだらないことを考えながら俺は彼女の肩を軽くゆすった。

「わたしはぁ、もうりっぱなおとななんでぇすぅ。」

 夢を見ているのか、彼女は寝言をそこそこの声量で言いながら体勢を変えようとして、床に寝ころんでしまった。

 俺は何となく起こすのは忍びないなと思ってメイドが寝泊まりしている部屋に行ってミヤともう一人メイドを連れてきた後、アメリアを寝室まで運んでもらったのだった。

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