不遇の魔道具師と星の王

緑野 りぃとる

第36話 二度目の人生

 ストンと落下の感覚が終わり、俺は目を開けようとする。しかし、うまく力が入らずなかなか目が開かない。目だけではなく体のあらゆる部分を動かすことも難しかった。その代わりに、誰かに触れられたりすることには敏感に感じ取ることができ、今も誰かに抱き上げられているようだった。とても柔らかい感触が体の横に触れている気がする…。

「さあ、ルナ様。玉のように可愛らしい男の子ですよ。」
「ええ、ミヤ。ありがとうございます。」

 俺はやっとのことで目を開けることができた。ちょうど俺は俺の母親らしき女性に受け渡されたところだったようで、非常にタイミングが良かった。母は明るい茶色の髪を長く伸ばした、きれいな水色の瞳の女性だった。彼女は全身に玉のような汗をかきながらとても幸せそうに俺のことを抱いていた。

「ルナ!生まれたのか!?」
「ええ。男の子ですよ。」

 勢いよく部屋に飛び込んできたのは白髪を短すぎない長さで切りそろえた、少しガサツではあるがどこか世話焼きな感じがありそうな男だった。おそらく彼が俺の父親だろう。彼を見て、俺は彼の眼がマリアと非常にそっくりだと思った。マリアほど恐怖を感じるような威圧感のある目ではないが、赤い瞳はうっすらと輝いている気がする。

「旦那様、生まれたての赤子を《魔力眼》で見てはいけませんよ?」
「あはは、すまない。どうしても興奮すると制御するのを忘れちゃうんだ。」
「赤子に影響はありませんがどうしてもその眼は少し威圧感があるんですから…。ご子息に嫌われますよ?」
「全くおっしゃる通りです。気を付けます…。」

 かなり本気で反省したのか、彼はしょんぼりとした表情をしながら眼の光を収めた。俺は、しばらくその様子を見ていたのだが、やはり赤子の体力では限界が速いらしく、もう睡魔に押し負けてしまったのだった。


~~~~~

 俺がこの家に生まれて一年がたった。やはり本当の赤子ではないからか、動けるようになるのは非常に早く、1歳のいまでもハイハイで家を動き回ることはできるようになった。

 この家、いや、屋敷と呼ぶべきだろう。この屋敷は非常に広く、とてもじゃないが赤子の状態の俺では探索しきれないだろう。広い屋敷の床には隙間なく絨毯が敷き詰められていて、前世貧乏人だった俺からすれば廊下ででも余裕で寝れそうだ。

 まぁ赤子なのでそんなことをすれば間違いなく風邪をひいてしまうのだが。そんなくだらないことを考えながら探索していたある日、俺はこの屋敷の書庫らしき部屋を発見した。

 俺の記憶が正しければ本は非常に高価なもので、一冊の魔道具教本を買うには金貨30枚くらいは出さないといけない。

 そんな本が、この部屋には数えきれないほど置かれている。ざっと数えただけでも二千冊くらいはありそうだ。

 二千冊×金貨30枚=金貨6万枚

 この家は相当なお金持ちらしい。俺が驚き固まっているうちに、いつものように出産に立ち会っていたメイドに抱き上げられてしまう。

「だめですよ、フェルディナント坊ちゃま。上から本が落ちてきたら大変ですからね?」

 彼女はミヤ・ヴェルレー。この屋敷のメイドたちを仕切るいわゆるメイド長の女性だ。非常にスタイルがよく、出るところは出ていて、締まるところは程よく引き締まっている。

 前世ではこんな美女と密着することはなかったので緊張するかと思っていたのだが、身内だからか特に何も思うことはなかった。

 そして、この世界での俺の名前はフェルディナント・ヘルグリーンという。非常に長ったらしく、うんざりしたのだが、この地域では女性の名前は短く、男性の名前は長くつけることが慣習だそうだ。

 男性の名前は親しいもの同士、例えば友人や恋人、家族などの間では愛称で呼ぶのが常識らしい。俺も父と母からはフェディと呼ばれている。

 誰に向けた解説かもわからないまま解説をしている間に俺は子供部屋に戻されてしまったのだった。


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 俺は3歳になった。言葉も話せるようになり、件の書庫に立ち入ることも許された。俺は書庫に立ち入り許可が出たその日から本を読み漁ろうとした。

 しかし、残念なことにこの書庫に納められているほ本の多くは俺の知らない言語で書かれており、読めるのは書庫の一角を占めている魔導書だけだった。

 仕方がないので書庫から魔導書を何冊かもって庭のテラスへと持っていき、明るい太陽の光の下で魔導書を読み込んだ。前世ではまともに魔法の勉強をしたことが無かったため、ちんぷんかんぷんだったのだが、時々様子を見に来るミヤに質問したり見せてもらったりすることで何とか理解することができた。

 魔導書を読み漁っていると、ミヤのほかにも時々様子を見に来る女性がいる。明るい茶色の髪を少し高い位置で結った美女、俺の母であるルナ・ヘルグリーンだ。

 母は俺が庭のテラスで魔導書を読みふけっていると、ミヤやほかのメイドに変わってお茶を入れてくれたりお菓子を持ってきてくれたりする。そして俺が読んでいる魔導書の内容を見て、ときおりぎょっとした表情をする。

「ね、ねぇフェディ。あなたもしかしてその本の内容がわかるの?」
「少しわからないところはあるけどちょっとだけならわかります。」

 母は本当に非常にうれしそうな表情で屋敷へと走っていき、3冊の本を持ってきた。見たところ変哲のない魔導書に見えるのだが…。

「フェディが読んでいるのは中級の魔導書よ。これが入門と初級だからまずはこの本を読んで、読んだとおりに魔法を使ってごらんなさい?」

 俺は渡された魔導書に書かれているとおりに右手を突き出して詠唱する。

「火の神に変わり敵を焼き尽くす炎をここに。《火球》」

 俺が詠唱をしていくにつれて空中に魔法陣が形成されていき、詠唱が終わった瞬間に炎の玉が空へ向かって飛んでいった。

「フェディ!スゴいわ!」

 母は非常に興奮した様子でこちらに走って来て、抱きしめられた。

「ねぇ、ミヤ。あなたもスゴいと思うでしょう?」
「ええ、フェルディナント坊っちゃまは魔術師の才能があるかと思います。」
「でしょう?!」

 母は嬉しそうに屋敷へと戻っていき、ミヤもそれについて戻っていった。俺は前世も含めて初めて本物の魔法を使えたのが嬉しくてその後も何度か火球を撃ったりした。といっても5発撃ったところで体に力が入らなくなって寝てしまったのだが…

 その晩、父と母と食卓に着いた時に、唐突に父から騎士の訓練を始めると言われたのは非常に驚いた。

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