不遇の魔道具師と星の王

緑野 りぃとる

第32話 馬脚を現す龍(1)

「だんちゃーく…」

ヒューーーーー

「今!」

ドゴォーーーーーン!!!!!

 空気を劈く爆音とともにケレンケン山脈は黒い炎に包まれた。上空には煤と蒸気によって生まれた黒い積乱雲が生まれている。

 ケレンケン山脈は邪龍のいた場所を大きく凹ませ、その他の場所では雷雨が発生した。まさに天変地異を引き起こした一発だった。

 邪龍も綺麗に消し飛んだように見えたのだが…

「レベッカ!避けて!」

 マリアの叫びと同時に黒い積乱雲のなかから邪龍の反撃、黒いブレスが飛んでくる。あまりにも早いタイミングでの反撃だったため、レベッカの体は一瞬硬直してしまう。その一瞬の硬直は、彼女に襲い掛かってくるブレスを回避するための貴重な一瞬を奪い去り、彼女はまもなく黒炎に包まれるだろう。

 俺はマリアの叫びを聞いた瞬間に、ここにいる誰かではない魔道具に叫んだ。

「来い!アルファ!!!」

 俺の絶叫に応えるのは、赤黒いゴーレム《戦闘用魔導人形防御特化仕様:通称アルファ》だ。アルファは俺の疾呼の声に応えてレベッカとブレスの間に割って入るような位置に出現した。アルファはそのままレベッカを連れ去るでも、ブレスを中和するために攻撃するでもなく、ただレベッカの前に立ちふさがり、防御態勢をとった。

 ブレスはそのままアルファとレベッカを包み込み続け、自身の眠りを邪魔した外敵を滅ぼさんと次の行動に移った。邪龍のブレスを完璧に凌ぎ切ったアルファは、一度防御態勢を解除し、レベッカを担いでミズ・ロックから撤退する。しかし、邪龍はレベッカに相当怒っているのか、彼女を狙って攻撃を続ける。おそらくこのまま彼女が攻撃され続ければ間違いなくアルファでは守り切ることはできないだろう。一刻も早く邪龍の怒りの矛先をこちらに向かせなければいけない。

 俺たちは手筈通り各々の最大火力を出せる中距離攻撃を準備していた。中でもマリアとライムはそれぞれ先ほどの兵器の攻撃にも匹敵するほどの威力を出せる自信があるといっていた。それらをすべて同時に叩き込む。

 そうすれば、邪龍はいったい誰を狙えばいいのかわからなくなり、混乱して動きを止めるだろう。

 俺は残った四人の中で最も動きが俊敏なため、邪龍の動線所上とすぐに移動し、邪龍の足止めをするべく立ちふさがった。邪龍はそれで一瞬判断が鈍ったのか動きを止める。その瞬間にマリアの号令で全員が一斉に攻撃を放った。

「雷帝!!」
「《龍の雷雲》《黄龍降誕》!」

 ライムは天空から極大の雷を召喚し、マリアは竜神魔法で雷魔法の威力を高める結界を張ったうえで雷の龍を降ろした。兵器によって生まれていた積乱雲の効果も相まったのか、俺が一度見せてもらった雷帝よりも大きなものだった。

 二条の雷に打たれた邪龍は悲鳴にも近い鳴き声を上げる。しかし邪龍は動きを止めない。依然俺に向かって突進してくる。

「黒龍の炎壁!」

 俺は今まで溜めていた魔法ではなく、あくまで邪龍の動きを止めるために不滅の炎による壁を作りだす。邪龍はそれでもお構いなしに突っ込んでくる。そのまま不滅の炎に包まれる邪龍。黒炎に包まれた瞬間、黒龍は動きをピタリと止めた。しかし、燃やされてもがき苦しむ様子はない。

 直後、俺は嫌な予感に駆られ、後ろに跳びあがる。直後、俺がいた場所には黒い炎でできた槍が大量に刺さっていた。瞬間、俺はまずいと思った。邪龍は今と同じ予備動作を見せ、空中で身動きをとることのできない俺を見ていた。

 邪龍はそのまま俺に向かって再び黒い槍の雨を放つ。その槍どもを空気でできた足場を蹴りかろうじて回避する。ほとんどは回避できたのだが、槍の一本が俺の右足を貫いていた。幸い炎のやりだったおかげで、貫かれたそばから傷口が焼かれ、出血はなかった。

 出血自体はなかったが、神経を切られたのかとんでもない激痛に襲われ、尚且つ膝から下を思うように動かすことができない。

「来い、シータ」

 俺は黄色いゴーレム《戦闘用魔導人形機動力特化仕様:通称シータ》を自分の足元に呼び出し、それに乗り込む。シータは本来偵察や石膏をさせるために俺がつい先日作り上げたゴーレムだが、万が一負傷したときのために使用者の意識と直接リンクして動かすことができるようにしている。

 シータと意識がリンクしたと思ったとき、すでに目の前には爪を振り上げた状態の邪龍がいた。必死に俺は感覚がつながったばかりのシータの足を動かしてその爪を回避しようとする。しかし初めてのリンクでうまく感覚がつかめず、うまく下がれない。

 俺は邪龍の爪を受け止めんと魔法剣を取り出し上にかざした。

 ドォォン!

 しかし、俺の頭上に振ってきたのは肉体と切り離された邪龍の前腕だった。音がした方向をちらっと見るとギッツさんがリーパーの反動を殺しきれずに倒れこんでいるのが見えた。

 俺は邪龍が苦悶の声を上げている間に一度後退し、自分の右足を治療する。やはりひざ下の筋肉につながる神経が切れていたせいでうまく動かなかったようだ。俺は魔道具を使って応急処置を済ませ、再び邪龍の目の前に立ちふさがる。まだ右足は思うように動かないが、アイラが控えているのはビマコの町の少し手前。ここからはかなり距離が開いているためそこまで向かって治療を受けるわけにはいかない。

 動かない右足に鞭を打って邪龍の攻撃をかいくぐり続ける。俺がこうして邪龍の眼の前をちょろちょろ動き続けて注意を引いている間に、俺以外の四人が魔法を叩き込んだり、狙撃したりする。

 そうして俺は何時間も邪龍の攻撃を凌ぎ切った。

 そろそろ気力も切れて危ない場面が増えてきたとき、邪龍の様子が大きく変わった。

 四人につけられた傷が見る見るうちに修復されていき、ギッツによって吹き飛ばされた前腕が生え、全身を覆っている鱗は混沌を模しているかのような禍々しい黒から、すべてを飲み込む夜空のような黒に変わった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品