異世界スローライフ~境界の魔法使い~

本庄

レオナの日常

 
「『ウィンド・スィール』!」

 とても綺麗な魔法だった。

 無駄なんて一部も無い、最適解の魔法だった。教科書通りを超越すればこうなるのだろうと勝手に納得させられた。

 どうしてレオナ如きがあれだけの魔法を使える様になっているのかが分からない。アイツは落ちこぼれだ。私が幾ら教えても芽を出さなかったというのに、どうしてあそこまでの躍動を見せたのか。

 あんな塵がどうして咲いた? あんな落ちこぼれが一体どうして?

「…………」

「おかえり、レオナ。遅かったじゃないか」

「――――ッ!?」

 玄関先で待ち構えていれば怯えた顔のレオナが姿を現す。

「どうした……昨日は帰って来ないで。皆心配していたんだぞ?」

「……ごめんなさい」

「いやいや、いいんだよ。ソコはもういい、私が聞きたいのはただ一つ――――」

「ガッ――――ッ!」

 滑る様に手が動きレオナの首を鷲掴む。苦しそうに悶える声すら私の心臓を逆撫でしてくる。

「――――誰に魔法を習った?」

「な、何で……! アタシは魔法なんか……!」

「嘘を吐けッ! あれだけの魔法を教えられる人間がこんな街に居る筈がないだろうッ! 誰だ、誰に教わったァ!」

 推測は出来ている。今はとにかく答えが欲しい。あの男と相対したい。コレが奴へと至る鍵ならば必ず聞き出さなくてはならない。

「教えろ! 何処に居る! あの男は何者なのだッ!」

 あの迷宮で見た魔法が目に焼き付いて離れない。私が切り捨てた道具が、一体どうしてこうまで成った。ふざけるな、そんな風に出来ていない劣悪な品だからこそ捨てたというのに。

 壁へと叩き付け何時もの様に皮膚の表面だけを熱し続ける。

「あっ、ああ……ッ! ザ、ザインっていう人……! その人に魔法を習ったの!」

『あ、あの……! お時間よろしいですか?』

 ――――やはりそうか、そうなのか。オマエなのだな?

 ならば知らねばなるまい。奴が一体何者なのか。奴の存在の全てを暴かなければならない。

 その為には、我が悲願を成就し、更なる高みへと昇らなければ。

「くっ……くくっ……いいだろう。魅せてやる、ドワイト・ローレンスの真髄を」



――――

 ――――こんな日々が、アタシは嫌いだ。

 家では自分の居場所が無い。家族としては扱ってくれている。子供達は懐いてくれる、兄や姉達も良くしてくれた。あの人以外は。

『ああ、レオナは魔法を習わなくてもいいよ。君には才能が無いからね』

 優しい顔だった、最初は。それからは頼み込む度に額に青筋が浮かんだのが分かり、何時しか殴られ、家に子供としての居場所が消え始めた。

 迫害は無い、兄弟は居る。それでも親は居ない。

 学びたい物を学べず、心を埋める愛は無く、外の世界に逃げ出した。

 分からない事ばかりで、帰りたくない家だけが残った。

 分からない、分からない、一体何を知ればいいのかが分からない。力を付けて、冒険者になって、兄弟達を自由にするんだ。なけなしの小遣いを握り締め、アタシは魔法屋を訪れた。

 分からない。一体何から始めて、何を目指せばいいのか。適当に初心者用と書かれた物を買えばいいのだろうか。数冊を手に取り、見比べていると転機が訪れた。

「初めてならこっちの本がおすすめだぞ」

「えっ……?」

 知らない人から声を掛けられた。黒い髪に鋼色の瞳をしたローブの男。優しそうとは違う、どこか覇気の無い男。

 一を聞くと分かりやすい五や十になって返される。ゆっくりと理解するまで、夢に見た先生と教え子の様だと少し可笑しくなった。

「アタシ、レオナって言います! アタシの先生になって下さいっ!」

「はぁ……?」

 だからだろうか、彼にそんな言葉を掛けたのは。少し悩みながら、彼は首を縦に振る。

「先生になる代わりに条件がある。それを飲めるのなら、俺が教えてやろう」

「条件……?」

 本音を言えばマズイ事をしたかと思った。優しい顔をして、腹の中では何を考えているのかが分からない。何か如何わしい条件を突きつけられるのではないかと警戒心を奔らせた。

「俺のパシリになってくれ。金はこっちで出すからさ、アストナークから俺の家まで配達して欲しいんだよ。食べ物とか、書物とか……小さい物ばかりだからさ」

「…………はぁ?」

 少し気恥ずかしそうに頭を下げる彼に笑いが込み上げる。この男は一体何を畏まって子供なんかに頭を下げているのだろう。

「くすっ……お使いって事ですか?」

「あっ、そうそう。お使いを頼みたいんだ。人混みって苦手だからさ、街に行かなくても買い物が出来るなら最高だなって思って」

 話していて飽きない。この人の事が知りたい。どんな魔法を使うのか、何処で魔法を習ったのか。好きな食べ物や好きな場所、好きな本と好きな季節。

 多分アタシは、こんな逃げ場所を求めていたんだ。

「良いですよ、契約成立です! お使いなら任せて下さい!」

「ザインだ。よろしくな、レオナ」

 夢にまで見たこんな日々がアタシをどんどんまともに変える。優しく溶かされ、身も心も熱が灯り、何時しか熱い視線を飛ばす。

 ――――こんな日々なら、アタシは好きだ。

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