第22話　違和感のある強さ

　……セツナ、だと……？　あいつが……!?

　感情が読み取れない顔を見るが……確かに、あんな顔だった気がする。

　だけど、里には余所者が入ってきた時に自動発動する捕縛魔法が仕掛けられている。なのに何でここに入り込めたんだ……!?

　ええいっ、今はそんな事悩む暇はない！

「ハァッ！」

　当たれば間違いなく瀕死に追い込む、レアナのほぼ全力のパンチ。

　──が、セツナはそれを片手で受け止めた。

「うそっ!?　ひぎっ……!?」

　そのまま振り回され、地面に叩き付けられる。衝撃と風圧で周囲のエルフが吹き飛ばされたが、今そっちを気にしてる余裕はない。

「レアナちゃん！　この！」

　リエンの素人丸出しのキック。だが威力は上がってるのか、セツナが脚で受けた瞬間に地面が陥没した。

　間髪入れず俺が、《空中歩法エア・ウォーク》で加速したかかと落としを叩き込む。

「《風衝圧インパクト》」

「ぐべっ……!?」

　な、んだ、この衝撃波……!?

「かはっ……！」

　前からの衝撃の直後に背中から衝撃が……！　くそっ、どっかに突っ込んだか……！　ローブのお陰で痛みはないが、空気が肺から押し出された……。

　レアナとリエンも吹き飛ばされたのか、セツナの周りには誰もいない。

　セツナは冷めたような目で辺りを見渡す。

「……族長、どこにいるのかしら。出て来てくれないと殺せないわ。今なら苦しまずに殺してあげるわよ……」

　……やっぱりセツナの目的は、アデシャ族長らしいな。でなきゃ、最初からあんなド派手な魔法を使わないか。

　だけど、俺達もただここにいる訳じゃない。あいつがその気なら、俺らも全力で──。

「セツナ姉様ぁ！」

　……シュユ？

　シュユがセツナの前に立つ。だがセツナは、シュユを前にしても表情一つ変えない。

「……久しぶりね、シュユ」

「……お久しぶりです、セツナ姉様」

　セツナと違い、色んな感情が入り交じった顔をするシュユ。

　色々聞きたいことがあるはずだ。

　今までどうしてたのか。どこにいたのか。何で帰ってきてくれなかったのか。……何でアデシャ族長を狙うのか。

　声に出そうとしても、喉の奥でつっかえたように言葉が出てこないみたいだ。

「成長したわね。少しだけ大きくなったかしら？」

「……あれから三〇〇年経ちます。私も昔のままではありません」

「嬉しいわ。妹の成長が見られて」

　一瞬、表情が和らぐ。しかし──。

「だけど残念ね──それもここで終わるのは」

「……ぇ……？」

　っ！　殺気……！

「シュユ！　逃げろおおおおおおお！」

　クソがっ、ここからじゃ間に合わない……！

　セツナから放たれる濃密な殺気。それにシュユは飲まれたのか、一歩も動けずにいる。

　今から魔法を……いや、二人の距離が近すぎる……！

　どうする……どうするどうするどうす──

「妾の首を狙うとは、負の方面へ成長したのぅ、セツナ」

「っ」

　セツナがシュユから離れる。その瞬間、セツナのいた場所に鉤爪のような傷が付いた。

「シュユ、大丈夫かの？」

「……ぁ……アデシャ族長……」

　アデシャ族長が守ってくれたのか……よかった。

　シュユを守るように立ち塞がるアデシャ族長。セツナは、そんなアデシャ族長を見て首を傾げた。

「……私はあなたの命を狙いに来たのよ。何故、妹を守りに出てくるのかしら？　理解出来ないわ」

「一族を守るのは族長の務めじゃ。当然じゃろう。……お主は変わったな。昔は妹想いの良い姉だったのにの……」

　昔を懐かしんでるのか、それとも悲しんでるのか、アデシャ族長の目が鋭くなる。

　だがセツナは、無表情でそれを受け流した。

　瓦礫の中から這い出ると、レアナとリエンもそばにいたのかほぼ一緒に瓦礫から出てきた。

「全く、どんなパワーよあのセツナって奴。私のパンチがあーもあっさり止められるなんて……」

「こちらも本気は出せないとは言え、私達三人がかりでも傷一つ付けられないのは、驚きですね……」

「確かにな……」

　だが……何か引っかかる。あの強さ、一体何なんだ……？

　強化されたレアナとリエンの攻撃を軽々と受け止め、広範囲に及ぶ《風衝圧インパクト》の魔法をあの威力で……。

　……いや、今は考えてる暇はない、か。

　三人に近づくと、セツナがこっちに視線を移した。

「……誰かしら？　人間？」

「純人間産の人間族だ。……クロの狙ってるレアナの雇い主、と言えば分かるか？」

「……そう、貴方が……なら、貴方も、族長も、レアナって女も、皆まとめてここで殺す。そうすればクロ様の目的にまた一歩近づく。クロ様の為……大義の為に」

　なるほど。やっぱりこいつも、クロの部下って訳か。

　一層強まる殺気。だけどこっちも、はいそーですかで殺られる訳にはいかねーよ。

　睨み合うこと数瞬。

「……やめたわ」

「……は？」

　やめた？　何が？

「クロ様からは、暗殺に失敗したら戻るように言われてるの。ここで下手に動いたら、クロ様に怒られてしまうわ。……それもご褒美だけれど」

　怒られるのがご褒美って意味が分からないが……。

「待て。俺達がお前を逃がすと思うか？」

「ええ。貴方達では、私に追いつけない。……それじゃあ、またいずれ」

　いつの間に出していた《妖精の羽フェアリーウィング》を一回羽ばたかせると、一瞬で目の前から姿を消した。

　辺りを見渡しても、影も形もない。

「……まさか、時空間魔法か？」

「違う。私、見えたわ。と言っても、《鑑定眼》でギリギリ視認できるスピードだったから、どっちへ飛んで行ったかは分からないけど……」

　レアナの目でも見切れないんじゃ、俺らの目で見える訳ないか……。

　ふぅ……すげぇ疲れたな……。

　一息ついてると、リエンがアデシャ族長に話しかけていた。

「アデシャ族長。何故セツナさんは、あなたを狙ったのか分かりますか？」

「……恐らく、戦力の低下が目的じゃろ。妾を消すことで、一時的にじゃがサシェス族の士気が落ちる。今後の戦争に備えての前準備と言った所だと思う」

　俺もそれは思った。有能な指揮官の死は全体の士気の低下に直結する。クロは、そこを狙ったんだろう。

　だけど問題は。

「問題は、何でセツナがここに入り込めたのかよ。だってここ、捕縛魔法のトラップが仕掛けられてるんでしょ？　そこに引っ掛からないって変じゃない？」

　レアナが俺の思った疑問を代弁してくれた。

　その疑問に、アデシャ族長が答える。

「……セツナとシュユは姉妹。恐らく、魔力の波長も似ているから、その波長に合わせたのじゃろう」

「……波長に合わせる？　そんな事可能なのか？」

「うむ。特にあの子は、魔力や魔法に関する精緻な技術を得意としていた。じゃが、まさか魔力の波長を調整してくるとは思わなんだ……」

　そりゃそうだ。そんな荒業聞いた事もない。

　魔力の波長以外にも、血液の情報を登録するしかないか……？　それとももっと別の方法を……。

「あ、あのっ」

　何かを思ったのか、シュユが申し訳なさそうに声を上げた。

「……もし私のせいで、セツナ姉様がここに入れるのであれば、私の魔力登録を破棄した方がいい。私一人のせいで里を、族長を危険に晒すなんて……」

「くかかかかっ、安心せいシュユ。あの程度の小娘に殺られるほど、妾も落ちぶれてはおらん。それにあの子の口振りからして、狙いは妾一人。クロとやらに命令されたことを忠実にこなしているだけだから、里にも危害は加えんと思う。だからシュユが心配することはないぞ」

　心配するシュユを宥めるように、アデシャ族長がシュユの頭を撫でる。

　確かに、あの時は宝舞神楽を舞っていたから隙をつかれたかもしれないが、俺と同等か少しアデシャ族長の方が強いだろう。そう易々と殺られないだろうが……。

　あのセツナの強さ。パワーだけならレアナ以上。それに、もしかしたら魔法技術もリエン以上。スピードも俺以上。……はは、笑えねぇ。

　それに加えて、まだエンパイオが控えている。……どうしろってんだ……。

　結局この日は壊れたやぐらの撤去、罠の改良、アデシャ族長の護衛等々の話し合いで時間を取られ、里の見学には行けなかった。

　そしてこの日から二週間。セツナ達の奇襲は無く、緊張感はあるものの穏やかに過ぎていった。