【ジョブチェンジ】のやり方を、《無職》の俺だけが知っている

赤金武蔵

差し入れ

「──よし、今日の訓練はここまで!」


「あ、あざ……した……」


 た、体力、持たねぇ……。


 ギルド長との訓練を続けて二週間。


 今だに俺はギルド長へ一発どころか、最後の最後まで体力が保った試しがない。毎日毎日ズタボロにされる。


 これ、本当に強くなってるのかな、俺……?


「…………(ふんすっ)」


「セトさん……俺を慰めてくれるのか」


「…………(うんうん)」


「……ありがとう、セトさん……」


 うぅ、俺を慰めてくれるのはセトさんだけだよ。男だけど、その優しさが身に染みる……。


「おいおい。オレは優しくないってか? これでも手加減してるんだが」


「ギルド長は……まあ……」


「お? 喧嘩売ってんのかテメェ?」


 め、滅相もございやせん……。


「……まあいい。おいゼノア、帰るぞ」


「う、うす。セトさん、また明日」


「…………」


 ……あれ、セトさん? 何も返事無しっすか?


「…………ま……」


 …………え?


 ゆっくり手を挙げ、ぎこちなく手を振るセトさん。


 そして……。


「…………また……明日」


 ────。


 ……せ……せ……せ……セトさんが……喋った……!?


「セト、お前口聞けるのか!?」


「…………(ぷい)」


「顔背けるんじゃねー! テメェ、ギルド長の俺がいくら話しかけても口開いたことねーじゃねーか!」


「…………(すたこら)」


「あっ、ちょっ、逃げんな!」


 一瞬で目の前から消えるセトさん。あの人も速いんだな……。


「ったく……」


「自由な人っすね」


「自由にも程があるがな。……さっさと帰るぞ。腹減った」


「うっす」


 ギルド長と並んでギルドを出る。と、見覚えのある二人組がギルドの前にいた。


「あっ、ゼノア!」


「あれ……クレア? それにレインさんも……どうしたんだよ急に」


「何よ。用がなきゃ来ちゃいけないの?」


「別にそういう訳じゃないが……」


 何これ面倒くさいカップルみたいなやり取り。


「ゼノア、訓練は順調?」


「…………」


「……ごめん、聞かなかったことにするわ」


 謝らないでくれ。虚しくなる。


 俺の何とも言えない顔を見て、クレアもドン引きしている。畜生、マジで何しに来たんだこいつ。


「クレア様」


「わ、分かってるわよっ」


 モジモジモジモジ……何だ?


「……ぜ、ゼノアっ、これ!」


「っと……これは?」


 いきなり突き出されたバスケット。そこに、綺麗な桃色のハンカチが掛けられている。


 ……ぁ……この香ばしい匂いは……。


 ハンカチを少し捲ると、そこには色とりどりのサンドイッチが並べられていた。


「これ……」


「ま、まあ、差し入れというか、応援というか……」


 ……そう、か……。


「……ありがとう、クレア。本当に嬉しいよ」


「べ、別にー? ゼノアがボコボコにされようと私には関係ないけど……。……えと、その……は、早く一緒に依頼受けたいだけっ。ホント、それだけだから!」


 ……はは、不器用なやつだな。


「……これ、食っていいか?」


「ど……どうぞ……」


 服で手を拭って、まずはサラダサンドを食べる。


「──うっっっめぇ……!」


 レタスのシャキシャキさ。トマトのジューシーさ。それを一つにするタルタルソースの酸味!


「これ、本当にクレアが作ったのか?」


「何よその言い方!? わ、私だって料理くらい出来るわよっ」


「クレア様は、ゼノア様の為に私に料理を習ってもごもご」


「れ、レイン! 余計なこと言わなくていいの!」


 ……そうか、レインさんに料理を……。


「……あれ? でもお前、レインと訓練してたんじゃ……」


「勿論してるわよ。その後にレインに習ってるに決まって……って習ってないわよ!? 習ってないからね!?」


 ……ああ、なるほど……クレアも頑張ってるんだな。


 剣術の修行に加えて、こんなに上手い飯まで……。


「……ありがとう、クレア。超元気出た」


「そ、それならいいのよ。じゃあね!」


「失礼します、ゼノア様。アイリッシュ様」


 クレアが足早に去り、レインさんもそれについて行く。


 その背中を見送っていると、ギルド長が俺の頭を乱雑に撫でてきた。


「良かったじゃねーか、ゼノア」


「……うっす」


 クレアも頑張ってる。レインさんも、この試練を乗り越えた。


 ギルド長も、キルセナさんも、セトさんも、こうして強くなったんだ。


 俺が今いる所を、皆通っていった。


 なら俺も……いや、【ジョブチェン】を使って、俺は皆を超える……!


「……いい目になって来たな」


「いい目?」


「おう。負けず嫌いの、男の目だ。濡れるぜ」


「……あ、あざっす?」


 どう反応すればいいのだろうか、これは……。


   ◆◆◆


 その日、留置所内はいつもと違う雰囲気を醸し出していた。


 留置所の中。《催眠術師》の力で深い眠りについているピッグ・デブーと、もう一つ見覚えのない人影があった。


 紫色のローブを身に纏い、黒い能面のような仮面を付けている人影。鍵が掛かっているのに、何故かそれは留置所の中にいた。


「ふーむ……少し深くやりすぎたでしょうか。眠りが深いですね」


 声が高い。女性だろうか。


 ピッグの髪を鷲掴みにし、その巨体を片手で持ち上げる。ローブから覗いた腕は、どこにそんな力があるのか不思議なほど細い。


「さあ、貴方の殺意を私に教えてくださいな」


 黒い仮面の内側で、赤い眼が妖しく光る。


 その眼に呼応するかのように、突如ピッグの目が見開かれた。


「あっ……がっ……ごっ……!?」


「……ゼノア、クレア、アイリッシュ……なるほどなるほど。彼らが貴方の殺意の元凶。実に濃密な殺意……いいですねぇ、いいですねぇ。脳内でグチャグチャにされているゼノアさん。犯され、孕まされ、助けを乞うクレアさんとアイリッシュさん。素晴らしいです、素晴らしいです、素晴らしいですよォ!」


 仮面の上からでも分かる、狂気に歪められた笑み。明らかに異常な笑い声を上げる人影が、手を離してピッグを地面に落とす。


「ではでは、貴方にその全てを叶える力を与えましょう。ゼノアさんを殺し尽くし、クレアさんとアイリッシュさんを嬲れる圧倒的な力を……ね」


 人影の手が、眼と同じく赤く光る。


 すると、ピッグの体が赤く光だし……ビクビクと痙攣を始めた。


「あゴッ……ギベッ……ギャッ……!? ブベッ……!」


 筋肉が、骨が、関節が歪み、別の形に変えられていく。


 変化はまだ止まらず……徐々に、異形の姿に変わっていった。


「ケヒャッ……ケヒャヒャヒャヒャッ! 変化が終わるまで一週間……楽しみにしていて下さいね、ピッグさん♪」


 女は鍵の掛かった留置所から、人一人も通れないような柵を、そこに何もないように通り抜けた。


「じゃあねー、ピッグさん」


 留置所から離れる人影。


 その影は、いつの間にか白衣を着た眼鏡の女性に姿を変えていた──。

コメント

  • ノベルバユーザー385074

    続きがとても気になる!

    0
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