【ジョブチェンジ】のやり方を、《無職》の俺だけが知っている

赤金武蔵

ギルド長宅

 もう無理やだ死んじゃうぅ……!


 マジで……マジでこれはヤバい。今日だけで八回も死にかけたんだけど。ギルド長手加減し無さすぎじゃない……?


「おい、男が簡単に泣くんじゃねーよ。あと服に付けたら殺すからな」


「ひゃい……」


 今俺は、ギルド長に担がれて、ギルド長の家に拉致られていた。


 ギルド特別救済措置……ギルド長と寝食を共にするって言ってたけど、マジか……。


「おーし、着いたぞ。ここがオレん家だ」


「……ここが?」


 思ってたより、普通だな。うん、普通の家だ。


 もっとこう……ゴリゴリに装飾したりとか、尖ったものがいっぱい置いてあるイメージだったけど……。


 家の中に入っても、めちゃめちゃ綺麗にされている。ゴミもないし、カーペットなんかはシミひとつ付いてない。


 ……意外すぎる。


「おいゼノア。お前失礼なこと考えてたろ」


「あ、いや、その……」


「オレだって、客を呼ぶときは掃除くらいする」


 ……マジで意外過ぎる。


 ようやく下ろされると、まずは家の中を案内された。


 一階はキッチンが一つ、リビングが二つ、小さい部屋が三つ、風呂、トイレがある。


 二階には部屋が二つあって、一つはギルド長の部屋。もう一つは客用の部屋で、今回俺の使う部屋らしい。


「家の中は、基本好き勝手使ってくれていい。飯は基本、自分で用意しろ。オレは肉しか食わねぇし、それも焼くだけだ。凝ったもんは作れねーから、そのつもりでいろ」


「うっす」


 へぇ……やっぱりギルド長ってだけあって、結構広い家だな……。


 二階へ登り、廊下の右手。そこに『客用』と乱雑な字で彫られた扉があった。


「ここがゼノアの部屋だ。オレの部屋は隣り。何があってもオレの部屋に入ることは許さん」


「うっす」


 部屋に入る、と……かなりシンプルな部屋だ。ベッドとテーブルと椅子があるだけで、特に娯楽と呼べるものは何もない。


「家ん中の紹介は以上だ。服は、昼間の間にアルフレッド家の奴に運ばせてある。今日は風呂入って寝ろ」


 ギルド長が部屋の端を指さす。あのトランクケースか。


 中を確認すると、確かに俺の服や、レインさんから貰った本が詰め込まれていた。


「何か質問はあるか?」


「いえ、ないっす」


「分かった。明日は朝七時に起こしに来るから、起きてろよ」


 起こしに来るから起きてろって、理不尽……。


 ギルド長が部屋を出ていくと、隣の部屋の扉が開いた音が聞こえた。ギルド長も、自分の部屋に戻ったみたいだ。


 ……今は特にやることもないし、風呂入って汗を流してこよう。


   ◆◆◆


「さっぱりぃ〜……!」


 アルフレッド家程ではないけど、のびのびと脚を伸ばせて、ゆっくり出来る風呂だった!


 ベッドに横になり、天井を見上げる。


 ……ここが、俺の一ヶ月間の寝床、か……。


 ……一ヶ月……一ヶ月持つ気がしねぇ……。


 ちくしょう、泣きたくもないのに涙が出ちまう……。


 ……ええいっ! こんな所で折れてる暇はないぞ、ゼノア! 少しでも強くなるために、まずは魔力コントロールの訓練だ!


 まずは一つ、魔力球を作り出す。これはもう慣れたもんで、簡単に出来る。


 次に二つ目。


「よっ。……お?」


 思ったより簡単に作れたな……。今まで魔法を使って来たから、自然と魔力コントロールの腕が上がったのかもな。よしよし、いい感じだぞ。


 順調に、三つ、四つと作っていき……五つ目、


「ぉ、ぐっ……!?」


 い、一気にコントロールが難しくなった……!


 落ち着け……集中しろ、集中するんだ、俺。


 目を閉じ、五つの魔力球を安定させるように集中する。


 ……よし、いい感じだ。これを暫く維持して……。


「……っ……ぁ……んっ……!」


 ……ん? 何の音?


「ぁーっ……! はっ……! ぉっ……!」


 この音……ギルド長の部屋? 何か水っぽい音も聞こえるし……どうしたんだろ?


 ……もしかしたらギルド長も、秘密の特訓をしてるのかもしれない。なるほど、ギルド長の強さの秘訣は、寝る前の秘密の特訓にあったのか。


 他のハンターも頑張ってるんだろうけど……ギルド長程の人でも、頑張ってるんだな……。


 ……よしっ、ギルド長も頑張ってるんだ。まだまだ貧弱な俺が、泣き言を言ってられないよな……!


 目を閉じ、自分の魔力球に集中する。


 集中、集中、集中……!


 …………。


 その日、俺は魔力球を五つ維持するのに精一杯で、気を失うように寝てしまった。


 俺が気を失うその直前まで、ギルド長の部屋からは水っぽい音や苦しそうな音が聞こえていた。くそぅ……体力もあの人の方が上、か……。がくっ。

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