【ジョブチェンジ】のやり方を、《無職》の俺だけが知っている

赤金武蔵

石版

「あぐっ……!」


 い、た……! ここ、井戸の底、だよな……。暗くて分からないけど、このカビ臭さと薄ら寒さ……間違いなさそうだけど……。


 ……? 何だ、この細長い棒みたいなの……? それが無数に……。


「……ひっ……!?」


 こ、これっ……骨!? 今までここに落とされてきた人達の……!?


「だ、誰か……! た、すけ……!」


 こ、声が出ない……! あの豚、これを考えて俺の顔面を……!?


「た、すけ、て……! 誰、か……!」


 がむしゃらに、誰にも届かないかもしれないけど、声を出す。こんな所で、生まれてから何もなしえないで死ぬなんて……絶対に嫌だ……!


 十分か、二〇分か……それとももっと長い時間が経ったのか、分からない。喉も枯れて、声らしい声も出せなくなった。


 ……俺、本当にここで死ぬのかな……まあ、このまま生きても、俺に意味なんてないのかもな……。


 目が慣れたのか、井戸の中がハッキリと見えるようになった。やっぱり、俺のクッションになったのは、今までここに入れられた人達の骨らしい。それも、一〇〇人や二〇〇人じゃすまないだろう数だ。


 俺もいつか、この人達みたいに骨に……。


 ……なんで俺、生まれてきたんだろ……。


 生きる希望もない。ここで飢え死ぬ未来しか見えない。それならいっそ、舌を噛み切って……。


「……っ……こ、れ、は……?」


 ……横、穴……? 井戸に、横穴が空いてる……?


 な、何でもいいっ、ここから出られるなら……!


 急いで横穴に入り、手探りで進んでいく。何でこんな横穴があるのか分からないけど、少しでも生きられるなら……!


 それにここから出たら、もうアイツらの所に帰らなくていいんだ。俺は死んだことになってるから、俺はもう、自由なんだ……!


 はやる気持ちを抑えて、進む。どんどん、進む。


 暗すぎて、自分の手元すら見えない。それでも、通路の感覚を見失わないように、常に手で通路の壁を触る。


 ……どこまで、続いてるんだろう。坂道も、曲がり道もない。ただただ、真っ直ぐな穴だ。


 ……こんな真っ直ぐな穴ということは、地上になんて続いてないんじゃ……? これ、このまま進んでいいのかな……?


 い、いや、俺にはもうこのまま進むしか道はないんだ……!


 ひたすら、最後の希望に縋るように進む。


 そして……あ、あれっ、穴の壁が、無くなった……? ということは、ここが出口、なのか?


 ……出口なのに、真っ暗だ……何も見えない。足元も見えない。どうなってるんだ……?


 地面を擦るように、足を前に出す。と──真上から、暗闇を照らす暖かな光りが灯った。火……じゃない。巨大な、透明な宝石のようなものが辺りを照らしてる。


 その光で、ようやく今いる場所がどんな所なのか分かった。


「うわ……ひ、ろ……」


 とんでもない広さの洞窟だ。地下をそのままくり抜いたみたいな洞窟。こんなものが、村の地下にあったなんて……。


 だけど……俺がさっき来た道以外の道がない。ここが、行き止まりなのかも……。


 ……は、はは……そう簡単に行くわけない、か……俺、ここで死ぬんだな……。


「……っ? ……あれ、は……」


 何だろう……洞窟の真ん中に、何かある……?


 ……ここまで来たら、もう何でもいい……どうせ死ぬんだ。最後に、あれがどんなものなのか拝んでやる……。


 洞窟の中央にある何かに向かって歩みを進める。……何でか分からないけど、洞窟の中央に進めば進むほど、どことなく暖かいような感じがする……。


 ようやく、霞んだ俺の目でも見えてきた。あれは……石版、か?


 ……何も書いてない。俺より頭一つ分でかい石版が、洞窟の中央に立ってるだけだ。


「なん、だ……こ、れ……」


 見れば見るほど、ただの石版だ。こんなものがどうしてここに……。


 ……はは、笑える……このジョブ至上主義のクソみたいな世界に生まれて、クソみたいな扱いを受けて、クソみたいに殺される。そして最後に辿り着いた場所が、こんな訳分からない場所なんて……あんまりだろ……!


 こんな……こんな……!


 怒りと悔しさと悲しみで手が震える。


 なあ、神様……神様が俺達にジョブを与えてるんだったら……何で、俺みたいな欠陥品も作ったんだよ……!


 力強く握り締めた拳で、石版を殴る──!










『生命の接触を確認。【ジョブチェンジ】モード、起動』


 その瞬間、俺の頭の中に、無機質な声が響いた。


 ……え? なに?

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