探偵事務所OJYO★SAMA

めとろ

薄い粘土のベール 00

結局彼は最後まで無罪を主張していた。

浮気相手の女を殺した私のフィアンセは、まだ若いのに獄中で風邪をこじらせてあっさり死んでしまった。
人を殺し、裁判というしかるべき手順を踏んで、塀の中に入れられているフィアンセを、私は彼が風邪で入院するその日まで、何度も訪ねた。
私という婚約者がありながら別の女と関係を持ち、挙句の果てにその浮気相手を殺してしまったフィアンセと、どうして別れないのか、会う人みんなが私に聞いた。
婚約を破棄して当然だと思う。そうしないほうが不自然だ。わかる。
でもあの日から私の天気はいつだって曇りで、モノクロで色をなくし、すべての音は遠ざかり、うすい粘土でおおわれている。
独りでいれば現実に押しつぶされてしまいそうだったし、それでも必要以上に誰かと会ったりすることはできそうになかった。
婚約の解消だとか、今後のことを考えるだとか、あらゆることがただもう面倒だった。
だから決まった時間に起きて仕事に行き、休みが来れば彼に会いに行った。
その時の私には、ガラスの向こう側にいる彼をぼんやりと眺めることが、一番楽だったのだ。
起きて着替えて、おそめの朝食、或いは早めの昼食をとり、電車に乗り、彼のもとを訪ねる。
そして彼は言う。俺はやってない。
私は相槌を打つでもなく、その言葉を上の空で眺め、そしてまた電車に乗り、家に着けば食事の支度をして温かい風呂に入り、眠る。
そういったルーティーンが、何をするより楽だった。
それなのに。
彼の死んでしまった今、私は、どうやって生きていこうか。
それとも彼の死でやっと、私にまとわりつくこの薄い粘土ははがれてくれるの?
考えてもきりがなく、すぐに眠れるわけがない。
気が付けばガラス越しに聞いた、彼の言葉を反芻していた。
俺はやってない。
彼はいつだって、そのセリフを繰り返すだけだった。
だけど、最後の面会の日は少し違った。
『なにか忘れている気がする』
たしかにそう言った。

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