第百八十四話 すべてを絞り尽くせ

ワルキューレと同じくリムも身構みがまえる。


零こぼれた涙なみだを拭ぬぐい、彼女をじっと見据みすえる。


すると、ワルキューレは握にぎっていた聖剣せいけん――“女神の慈悲じひ”を捨すて去さった。


何故彼女が女神より与あたえられた武器を捨て去ったのか。


リムが理解りかいできないでいると、ワルキューレは炎ほのおを吐はき出した。


今はそんなことを考えている余裕よゆうなどない。


相手を倒たおすことに集中しゅうちゅうしなければと、リムは向かってくる業火ごうかを避さけながら気持ちを切り替かえる。


だが、動いた方向ほうこうにはすでにワルキューレがおり、彼女の拳こぶしがリムへと襲おそい掛かかる。


「やはり力ちからもスピードも私のほうが上だな!」


まるで暴雨ぼううのように降ふり注そそぐ休みのない連打れんだ。


リムは先ほどのようにカウンターを仕掛しかけようとしたが、そのあまりの攻撃こうげきの速度そくどに手も足も出せずにいた。


そしてついに受け切れず、力任まかせに吹ふき飛ばされてしまう。


「ここまでだな、リム·チャイグリッシュ!」


ワルキューレが勝利りょうりを確信かくしんした叫さけび声をあげる。


洞窟どうくつの壁かべに叩たたきつけられたリムは、次に炎が向かってくるとわかっていながらも、体に受けたダメージのせいで今までのように動けないでいた。


このままではやられる。


だが、すでに魔力は尽つきかけている。


唱となえられるのはあと一度のみ。


ここは回復かいふく魔法を使うべきか。


それとも向かってくる炎を相殺そうさいするために、氷こおり魔法を使うべきか。


リムは今さらながら自分の魔力量のなさ――。


魔法の才能さいのうのなさにうんざりしていた。


武術ぶじゅつの才能だけでは竜人化りゅうじんかしたワルキューレが勝てない。


それが人間の――自分の限界げんかいだ。


「ビクニ……ごめんなさい……。リムは……あなたのところまで行けそうにないです……」


諦あきらめかけていたリムの頭の中では、ビクニの姿すがたが浮うかんでいた。


今度は自分が彼女を救すくう番ばんと意気込いきごんで来たものの、ビクニの顔すら見ることもなくここで死ぬ。


何が里始まって以来いらいの才能だ。


何が武術の天才てんさいだ。


そんなもの――大事な人を守まもれなかったら何の役やくにも立たないではないか。


彼女はあまり悔くやしさに目が滲にじみ始めていると――。


「私を英雄えいゆうって言ってくれたのはあなたじゃないッ! なら……英雄なら……自分よりも相手が強くったって、諦めちゃいけないでしょッ!? あなただって、そんな英雄になりたいって言ってたじゃないッ!」


ビクニの言葉が彼女の中で再生さいせいされた。


あのとき――。


精霊せいれいにそそのかされて我われを忘わすれているときに彼女が叫さけんでくれた言葉だ。


「……ビクニ。でもダメなのですよ……。リムは……好きな人ひとり守れない……無力むりょくな人間なのです……」


だが、ビクニの声はまだ続く。


「全部リムだよ。望のぞまなかった才能さいのうも……今まで頑張がんばってきたのも……武道も魔法も全部リムの力ちからじゃないッ! リムは私に言ったよッ! 英雄になりたいってッ!」


リムの中で、ビクニが必死ひっしの形相ぎょうそうで叫び続ける。


それを聞き――いや、思い出してリムは笑う。


そうだ。


こんなところで負けてはいけない。


まだ自分は全力ぜんりょくを出していないじゃないか。


武術の才もわずかな魔力も使い切っていない。


それなのに――。


まだ絞しぼり出せるのに諦めたら――。


自分のために命いのちを懸かけてくれた彼女――ビクニに申もうし訳わけが立たない。


――そう思うと、リムは自然しぜんと立ち上がっていた。


そんな彼女の姿を見たワルキューレが叫ぶ。


「いい覚悟かくごだリム·チャイグリッシュ。それでこそ私が認みとめた人間だ。これで終わらせてやるッ!」


吐き出された炎がリムを焼やき尽くそうと襲おそい掛かかる。


だがリムは落ち着いた様子ようすで、向かってくる炎を前にその両目りょうめを瞑つぶった。