イントロバートガール·シヴァルリィ~無気力少女の異世界冒険記

コラム

番外編 異世界の先輩~その③

りつける陽射ひざしが私の体をそそぐ。


大空の中でそれをびていると、この私――レビィ·コルダストのことを、まるで世界中が祝福しゅくふくしているかのようだ。


「ぐわッ!」


だが、そんな気持ちも地面じめんたたきつけられた瞬間しゅんかん台無だいなしになってしまう。


「あらら、失敗しっぱいすっか……」


地面にたおれてうめいている私のそばで、メイド服を着た女性がボソッと言った。


半開きの目で見ているこのメイドは、私の姉であるラビィ·コルダスト。


ずっとはなばなれになっていたのだが、私たちが現在げんざいいる国――ライト王国でふたたび会うことができた。


今は武芸百般ぶげいひゃっぱんだった姉に、私のわざを見てもらっているところだった。


「レヴィ……ホントにその技でカトプレパスをめたんすか?」


ラヴィねえさんがうたがいの目を私に向けている。


そう思うのも無理むりはない。


何故なら私は竜騎士りゅうきしでありながら、跳躍後ちょうやくご着地ちゃくちができないからだ。


かつて竜騎士の跳躍力は空飛ぶモンスターを凌駕りょうがし、飛竜ひりゅう脅威きょういから国をまもった――。


という物語ものがたりがある。


上空じょうくうから落下らっかしたときにられる速度そくど上乗うわのせした攻撃こうげきは、自身じしんからはっする攻撃よりも強力きょうりょくなものになる。


それが竜騎士の技であるジャンプだ。


おさなころの私は、その物語に夢中むちゅうになった。


華麗かれいちゅうまいい、よわき人々を助ける――そんな竜騎士にあこがれた。


だが、どうやら私には才能さいのうがなかったようで、もう何年も修行しゅぎょうんでいるというのに一向いっこう上達じょうたつする気配けはいがない。


すでにくなっている両親りょうしんも、幼き日の友人たちもみなそろって、私に竜騎士をあきらめるように言った。


それでも、目の前であきれているラヴィ姉さんだけはずっと応援おうえんしてくれた。


だから、こうやって空から無様ぶざまに落ちた姿を見られるのは、本当になさけない。


「ちょっと早いっすけど、城へもどろう。気がつけばもうおひるの時間っすよ」


ラヴィ姉さんは倒れている私をこすと、そのままかたかついではこんでいく。


私はかなりきたえているため普通ふつうの女性よりもおもいし、甲冑かっちゅうまで着ているというのに、ラヴィ姉さんはまるでわらたばでも持つように軽々かるがると担いでいた。


「なッ!? や、やめてくれ姉さん! こんな姿すがたを人に見られたらずかしくて生きていけないッ!」


「何を言っているんすか。姉が動けないいもうと背負せおうのに何を恥ずかしがる必要ひつようがある?」


「私はもう子供じゃないなんだ! こんな姿をあいつに見られたら幻滅げんめつされてしまうッ!」


私は体が動かなかったので必死ひっしに口を動かしたのが、ラヴィ姉さんにはその言葉はとどかなかった。


その状態じょうたいで、城内じょうないにある訓練場くんれんじょうからしろの中へと進んでいくと、ある少女が私たちに近づいてきた。


「ラヴィ姉さまにレヴィ。こんにちはなのですよ」


フードの付いたノースリーブの服を着た少女。


私がこのライト王国へ来るきっかけをくれたリム·チャイグリッシュだ。


こんな小さくて可愛かわいらしい姿をしているが、彼女は武道家ぶどうかさとストロンゲスト·ロードの跡継あとつぎである。


リムは武道家でありながら、そのゆめ大魔導士だいまどうし


その実力じつりょくは、歴代れきだい里長さとちょうの中でも一番と言われていた。


それで、魔法まほうのほうはというと――。


攻撃こうげき系魔法も回復かいふく系魔法も使いこなし、さらには、ほぼすべての属性ぞくせい魔法、さらにべつ属性の魔法を合体がったいさせて使うこともできるほどの手練てだれだ。


その魔力まりょくコントロールの上手うまさは、賢者けんじゃレベルと言っていい。


だが、リムは体内にある魔力が極端きょくたんひくく、一日にとなえられる魔法は三回が限度げんど


それでは、いくら魔力コントロールが上手くできても大魔導士にはなれない。


なのだが、リムは夢を諦めずに、ライト王国に一から魔法の勉強べんきょうをしに来たというわけだ。


そういう身の上もあって、私と彼女はすぐに打ち解けた。


いくらまわりから才能がないと言われようが、そんな夢はかなえられないと言われようが、なりたい自分を諦めたくない。


未来みらい他人たにんに決められるものではないんだ。


私とリムはたがいにはげまし合い、必ず夢を叶えようとちかい合ったなか


というわけで、私たちはまだ出会って日はあさいが、まるで幼少の頃から一緒いっしょにいる友人のような関係かんけいである。


「う~すリム。調子ちょうしはどうっすか?」


「うぅ……午前の授業じゅぎょうですでに魔力切れになってしまったのですよ……」


うつむきながら言うリム。


無理もない。


いくら頑張がんばっても自分の思い通りにならないのだ。


私もその気持ちはよくわかる。


ラヴィ姉さんは、そんな彼女のあたまやさしくでた。


あせる必要はないっすよ。リムもレヴィもこれからこれから」


そして、そう言葉を続けた。


うれしそうにするリム。


ラヴィ姉さんの言葉を聞くと、なんだか私まで優しく撫でられたみたいに感じた。


「リムもよかったら一緒にお昼をどうすっか?」


「はい! なのですよ」


それから私たちはラヴィ姉さんの部屋で昼食ちゅうしょくを食べることになった。


ラビィ姉さんが作ってくれた野菜やさいスープと焼き立てのパン、それと城下町じょうかまちの近くにある牧場ぼくじょうからとどくチーズ。


このライト王国では、肉や魚は特別とくべつな日じゃないと食べない。


だが、どれも美味おいしいし、食べごたえもあるので十分に満足まんぞくできる食事だ。


「そういえばリム。リョウタを知らないか?」


私はパンをかじりながらリムにたずねた。


リョウタとは、私が自身のやり――グングニルをささげた男だ。


両親の死後、姉とも離れ離れになり、生きていくために傭兵ようへいをやり、そのままくさっていくしかなかった私に、また竜騎士の夢を思い出させてくれた人物でもある。


彼がいたから私はまた姉に会えたし、リムにも出会えた。


リョウタは私にとって、大空を飛んだときに見える太陽たいようなようなものだ。


それに、ラヴィ姉さん以外で初めて私の夢を応援してくれた人であり、ともかく大事な人……って!? わ、私は何を考えているんだ!?


私は騎士だぞ!? 


色恋沙汰いろこいざたなどいかんッ!


リョウタはただ私が槍を捧げた相手というだけだ!


「なんで顔が赤いかは訊かないですが。あの人なら馬小屋でえさをやるのに苦労くろうしてましたよ」


リムはどうでもよさそうな様子ようすで返事をしてきた。


それを聞いた私は椅子いすから立ち上がると、ラヴィ姉さんに手をつかまれる。


そのときのラヴィ姉さんの目は、普段と同じ半開きの無気力むきりょくなものだったが、すご威圧感いあつかんだった。


私が手を離すように言うと、姉さんは大きくため息をついた。


「レヴィ……姉からの忠告ちゅうこくっすけど。あの男はやめたほうがいいっす」


「リムもそう思うのですよ」


あきれた顔をしているラヴィ姉さんに、食事をしながらリムも同意どういしていた。


「今まであの男と何があったのかは聞いたっすけど。お前は素直過すなおすぎるから見えてないんすよ」


ラヴィ姉さんはそれから不機嫌ふきげんそうに話し始めた。


あの男――リョウタはお前に相応ふさわしくない。


家が亡くなったとはいえお前は貴族の出であり、現在げんざいは竜騎士なのだ。


あんなどこの馬のほねともわからない男に、何故そこまであつをあげるのだと。


この国――ライト王国の王であるウイリアム=ライト28世が国に入れるのをゆるしたとはいえ、あんなあやしい男は、早くこの国から追い出すべきだと。


そう、冷たく言い放った。


「そ、そんな言い方……いくらラヴィ姉さんでも怒るぞ」


私はラヴィ姉さんの言葉を聞いて、手を振りほどき、食って掛かった。


リョウタの人柄の素晴すばらしさは、姉さんとひさしぶりに会えた日の夜に、散々さんざん話したというのに……。


それが伝わってなかったと思うと……。


いや、私はリョウタがそんな悪い言い方をされて怒りがおさまらなかったのだ。


だが、それでもラヴィ姉さんは落ち着いた様子で言葉を続ける。


「レヴィのその綺麗きれいな金のかみも、そのんだあおひとみも。あの胡散臭うさんくさい男には似合わない……。何度でも言うっすよ。あの男ではでお前に不釣り合いっす」


「リムも同意見どういけんなのですよ」


そして、またリムがラヴィ姉さんに同意した。


何故だ……。


何故姉さんはわかってくれないんだ……。


リムだって、この国へ来る前にリョウタの勇敢ゆうかんな姿を見ただろう。


カトプレパスの力、相手を石化せきかすることもおそれず、リョウタがみずかおとりとなったからこそ、あのとき村をすくえたんじゃないか。


なのに何故……。


「ラヴィ姉さんもリムも何故わからないんだ!? リョウタがいなかったら私は竜騎士をやめていた! あいつは私にとって特別とくべつな人なんだよ!」


私はふるえる体を押さえ、部屋から飛び出していった。


そして、一心不乱いっしんふらんに城内を走り、リョウタがいると聞いた馬小屋を目指めざした。


その途中とちゅう、城内から中庭に出たとき――。


「これはこれはレヴィさん。そんなにあわててどうしたんですか?」


白いローブを着た若い男に声をかけられた。


笑みを作りながら、私のほうへと向かってくる。


この男の名は大賢者メルヘン·グース。


しばらく前に、このライト王国に召喚しょうかんされたせい騎士の少女と共に世界を平和へいわにした英雄えいゆうの一人だ。


私はメルヘンの顔を凝視ぎょうしした。


この人は、こんなしまりのない顔をしていても世界を平和にした英雄なのだ。


リョウタは見た目はあれだけど……と、思っていたが、このメルヘンも負けずに怪しいし、胡散臭い。


だから、人は見た目では判断はんだんできないのだ。


それでも、ラヴィ姉さんやリムに理解してもらおうなんて思う必要はない。


リョウタの良いところは私だけが知っていればそれでいい。


……って、わ、私はまたふしだらなことをッ!?


いかん!? いかんぞ!


リョウタはそういう対象たいしょうではないんだ!


「そんな顔を赤くしてどうしたのかな? 」


私はこの大賢者を見て、弱くなっていた心が強くなっていくのを感じた。


こんな見た目が“あれ”な男でも英雄なのだ。


リョウタだって……。


「いや、その……大賢者メルヘン殿……ありがとうございます」


「うん? なんかひど失礼しつれいなことを思われた気がするんだけど、まあいいか。それよりも午後からは死者ししゃ祝祭しゅくさいだよ。レヴィさんもぜひ参加さんかしてね」


死者の祝祭とは、このライト王国で行われている行事ぎょうじの一つ。


毎年死者のたましい安息あんそくいわうためにやっている国総出そうでのおまつりだ。


私はメルヘンの言葉に頭を下げ、その場を後にした。


午後は祝祭かぁ……。


なら、私もリョウタと二人で……。


って、あぁ~! 私はまたふしだらことをッ!?


私が一人その場であわてふためいていると、一人の男がちかづいてきた。


「なにしてんだ、レヴィ?」


眼鏡めがねをかけたえない男。


その体からは獣臭けものしゅうひどただよっており、その容姿ようしあいまってただのくたびれた男にしか見えない。


「リョ、リョウタッ!」


そう――。


この冴えない、くたびれた男が私の槍を捧げた人物――リョウタだ。


年齢ねんれいは私と同じ二十代前半ぜんはんなのだが、その挙動きょどうひとつ一つがゆっくりなため、まるで年寄としよりのような感じだ。


「お前、馬小屋にたんじゃなかったのかッ!?」


私は突然あらわれたリョウタを見て、さらに動揺どうようしてしまった。


それは、リョウタと一緒に祭りを見て回りたいなどと恥ずかしいことを考えていたからだ。


だが、そんな私を見たリョウタは、特に気にした様子もなく返事をしてくる。


「仕事ならさっきわったよ。……ってゆーか、レヴィやリムは王宮おうきゅうらしで、なんで俺だけ兵舎へいしゃ寝泊ねとまり……しかも馬の世話係せわがかりをやらされなきゃいけないんだよ」


私たちがこのライト王国へ到着とうちゃくし、ライト王に拝謁はいえつしたとき。


リムはその名が有名ゆうめいだったこともあり、すぐにでも魔法をまなぶことがゆるされ、城内の一室をあたえられた。


私はというと、この国のメイドだったラヴィ姉さんからのたのみもあり、姉さんの部屋に住まわせてもらうことに。


だが、リョウタだけは素性すじょうが知れないという理由で、ラヴィ姉さんはすぐにでもライト王国から追い出そうとした。


それでもライト王は優しく、反対はんたいする姉さんを説得せっとくして、なんとか馬の世話係としてこの国においてもらえることとなったのだ。


私とリョウタは、あるギルドでのいざこざもあっておたずね者だ。


しかし、ライト王はそれを知ったうえで私たちを受け入れてくれていた。


さすがは善人ぜんにんしかいない国といわれるライト王国をべる人物。


うたぐぶかく、他人たにんをあまり信用しんようしないラヴィ姉さんがそのけんささげただけのことはある。


「はぁ~、女神からはいっさい連絡れんらくがなくなっちゃったし……。いつになったら俺の異世界いせかいチートハーレム生活は始まるんだか……」


ためいきをつきながら、井戸いどのあるほうへとトボトボと向かうリョウタ。


リョウタはたまに私にはわからない言葉を使う。


おそらくだが、リョウタはよく女神のことをずいぶんとしたしい間柄あいだがらのように言っているので(私を含め、この世界のほとんどの人間が女神の存在そんざいを見たことはないが)、きっとえらばれた者にしかわからない神聖しんせいな言葉なのだろう。


そして女神のことは、私とリョウタだけの秘密ひみつでもある。


……秘密とはいっても、別にやましいことなんかない。


だが、リョウタと私……二人だけの秘密なんて……。


そんなことを思うだけで私は……私はッ!


「おい、今飛ぼうとしたろ」


「していないッ!」


リョウタが突然振り返り、私へと言った。


こころ見透みすかされたと思うと恥ずかしぎて、飛ぼうとはしていないとうそをついた。


私は興奮こうふんすると自分をおさえられなくなって、ジャンプして空へと飛びたくなるのだが、いつもリョウタに止められる。


止める理由は、私が着地できずにそのまま動けなくなってしまうからだ。


うぅ……自分のこの体質たいしつうらめしい。


飛ぶことは大好きなのだが、この止められぬさがにはこまってしまう。


それからスタスタと歩き始めたリョウタの後ろを、私は何も言わずについて行った。


そして、リョウタは目的地に着くと、井戸の水をんで体を拭き、うがいを始める。


「リョウタ、この後は何かあるのか?」


私はたずねた。


もしもう仕事がないのなら、死者の祝祭――祭りへ行きたかったからだ。


だが、リョウタは不機嫌ふきげんそうな顔をした。


「実はまだ仕事があるんだよ。レヴィはいいよな。何もしなくてよくて」


私はその言葉を聞いて苛立いらだった。


こちらとてあそんでいるわけではない。


王国のへいたちの訓練くんれん指導しどうしたり、まち警護けいごや見回りだって自発的じはつてきにやっているのだ。


それに私は、リョウタが酷いことを言われているのをかばっているというのに、そんな言い方はないじゃないか。


「……そうか。ならいい」


私は少し怒気どきふくんだ言い方をすると、その場から立ちろうとした。


「おい、なにをおこってんだよ?」


「怒ってないッ!」


自分でもわかりやすく怒っているのがつたわる言い方をしてしまっていたが、後の祭り。


今さら引けず、私は早足はやあしでリョウタの前から去った。


それから私は一人で街へと向かった。


街では屋台やたいなどが道をくして、店の者も道を歩く人もみな楽しそうにしていた。


何をそんなにかれている。


いくら祭りとはいえ、死者の魂の安息を祝う行事だろうが。


「ねえ、おかあさん。今日はお父さんと会えるかな?」


目の前で母親に手を引かれていた少女が、突然そう言った。


母親はそれを聞いて、会いに来てくれるかもね、と優しく言葉を返していた。


私はそれを聞いて、自分が思ったことを恥じた。


この少女はきっと父親を亡くしている。


だから、毎年この死者の祝祭で父親に会えるかもしれないと、楽しみにしているのだ。


この少女だけではない。


この国の住民たちは、この祭りで亡くなった人への思いや言葉を表現ひょうげんするのだろう。


なのに私はなんということ……。


私はリョウタとギクシャクしたのもあって、少々しょうしょう苛立っていた。


心に余裕よゆうがないときは、どうしても他人のことをわるく見てしまう。


そんな自分が情けなくなった。


私がうつむいているのに気がついたその少女が、持っていたあめをくれた。


「元気出して、騎士のお姉ちゃん。お姉ちゃんも今日は大事の人と会えるよ」


少女は何か誤解ごかいしていたようだが、私はその気持ちがうれしかった。


そこへ、ラヴィ姉さんとリムがやって来る。


二人が言うに、ライト王から死者たちへ言葉をおく儀式ぎしきがもうすぐ始まるので、街の広場ひろばへ行こうとのことだ。


「ラヴィ姉さん、仕事じゃなかったのか? それにリムにも午後の授業が」


私がそう訊き返すと、ラヴィ姉さんが説明せつめいをしてくれた。


どうやらライト王が、午後は皆手を止めて、死者たちがやすらかにねむっていることを祝おうと伝令でんれいを回したようだ。


「そうか……。それだったらリョウタも……」


「うん? 何か言ったすっかレヴィ?」


「いや、なんでもない……」


私はこんなことならリョウタと一緒にいればよかったと思った。


そうすれば、一緒に祭りを楽しめたかもしれない。


だが、感情的かんじょうてきになって飛び出してしまったのは私だ。


リョウタの言い方も酷かった――正直苛立った。


だが、一緒に祭りを楽しみたかったのが私の本音ほんねだった。


「ほらレヴィ、早く行きましょうなのですよ」


楽しそうにかしてくるリム。


そして彼女が私の手を引き、私たちはラヴィ姉さんのうしろをついて行って広場へと向かった。


広場には、あつまった人々ひとびとが誰でもライト王の姿が見えるようにか、簡易的かんいてき舞台ぶたいきずかれていた。


しばらくすると、その舞台にライト王が現れた。


「よく集まってくれた、が国の民たちよ」


ライト王が笑顔でそう言うと、住民たちから声援せいえんが飛んだ。


まるでドラゴンをたおした英雄のようなあつかいに、私はただおどろいていた。


何故ならば、これほど民にしたしまれている王を、私は今まで生きていて見たことがない。


ライト王に片腕かたうでがないことは、最初さいしょに拝謁したときに気がついたが、今考えるとそれはきっと誰かを庇ってうしなったのだろう。


多くの王が自分中心で物事を考えるというのに(だがそれは、けして恥ずかしいことではない)、ライト王はまず民であり人なのだ。


あの人が王でいる理由りゆうは、王族の名誉えいよのためでも国をまもるためでもない。


自分以外の者を守るために王でいるのだ。


「それでは、これから死者の祝祭の儀式を始める。大賢者メルヘン。さあ上がって来てくれ」


そして、ライト王の呼びかけにより、本物の英雄メルヘン·グースが登場とうじょうした。


住民たちもさらに声援を送り始めている。


だが、リムだけは不満ふまんそうな顔をしていた。


「どうしたんだリム? そんな顔して?」


私が気になって訊ねると、リムは周りには聞こえないように耳打みみうちをして答えた。


リムは武道家の里での修行しゅぎょうにより、相手に流れるオーラを感じ取れるらしい。


それで、どうもメルヘンからはしき気を感じるようで、リムはあまり彼のことが好きじゃないようだ。


「なのですが。あの人が聖騎士の少女と共に世界を平和にしてくれたのは事実じじつ……。だから、当然手は出さないのです」


そういうリムではあったが、やはりメルヘンが住民たちに笑顔を向けると、何か納得なっとくが言っていない表情ひょうじょうをしていた。


そういえばリムは、リョウタのことも毛嫌けぎらいしているが、もしかしたらあいつにも悪しき気とやらを感じるのだろうか。


私が思わずそのことを訊ねると、リムはクスクスと笑い始めた。


それは、まるで突然面白おもしろい顔を見せられたみたいな態度だった。


「リョウタに悪い気は感じませんよ。それにリムはあの人を嫌ってなんかいません。ただ、情けない人だなぁ~と思うだけなのです」


それを聞いて私は少し安心あんしんした。


リムはただ、リョウタの臆病おくびょうなところが気に入らないだけのようだ。


そうだよな。


リョウタがわるやつのはずがない。


私は人を見る目には自信じしんがある。


これだけは唯一ゆいいつ、私がラヴィ姉さんにまさっているところだ。


「それでは皆さん。これからあの愚者ぐしゃ大地だいちひかりやみふたたび出会います。そして、こちらの大陸たいりくもすぐにあの方が浄化じょうかしてくれるでしょう」


メルヘンは舞台に上がると、意味がわからないことを話し始めた。


それは私だけではないようで、ラヴィ姉さんもリムも、住民たちも、そして、舞台の上にいるライト王へ兵士たちも理解できていないようだった。


「大賢者メルヘンよ。それは一体いったいどういう意味なのだ?」


ライト王がメルヘンに訊ねると、当然舞台ごと周辺しゅうへん爆発ばくはつした。


そして、漂うけむりの中から、モンスターが現れる。


「さあ、今日は死者の祝祭。思う存分ぞんぶん楽しんでくださいね」


メルヘンがそういうと煙がれていき、モンスターの姿が見え始めた。


それは人間のように動く骸骨がいこつ――スケルトンだった。


かなりの数のスケルトンはそれぞれ剣と大きなたてを持っており、ゆっくり動いていたかと思ったら、きゅうに広場にいた者たちをおそい始めた。


「レヴィ! リム!  うちはライト王様を守る。広場のほうはまかせるっすよ」


「はいなのですッ!」


了解りょうかいした、ラヴィ姉さん」


私とリムが返事をすると、ラヴィ姉さんは目の前にいたスケルトンのあたまりで粉々こなごなくだき、持っていた剣をうばった。


そしてスケルトンの集団の中、無人むじん荒野こうやを走るかのごとく、ライト王がいる舞台へと向かって行く。


「あわわ~、ラヴィ姉さまってお城のメイドじゃなかったのですかッ!?」


リムがラヴィ姉さんのあまりの強さにしたいていた。


対面たいめんしたときに、ライト王国の小間使こまづかいだと自身で名乗なのっていたので、無理もないが。


「ラヴィ姉さんはむかし武芸百般ぶげいひゃっぱんの騎士だった。今のを見るかぎり、うでにぶっていなさそうだな」


「ただ者ではないと思ってはいましたが、まさかなのですよ」


「そんなことよりも住民たちをがすぞ、リム!」


そして、私とリムはスケルトンの大軍に向かっていった。


リムの言葉で思い出したが、このライト王国には周辺諸国しょこくにも名の通った、暴力ぼうりょくメイドなる者がいると聞いたが、まさかラヴィ姉さんのことじゃないよな。


って、そんなことを考えるよりも、今は早く住民たちを避難ひなんさせないといけない。


私は住民へと襲い掛かるスケルトンに槍を突き刺す。


だが、相手は集団――それもかなりの数だ。


次から次へと現れ、いくら倒しても切りがなかった。


「レヴィ、住民のみなさんはだいたい逃がしましたよ」


私が食い止めているあいだに、リムが広場にいた見張みはりの兵に頼んで、住民たちを誘導ゆうどうしてくれたようだ。


「よしリム。あとはこいつらを片付かたづけるだけだな。だが、午前の授業で魔力切れになったのだろう。戦えるか?」


「今日はもう魔法は使えません。ですが、それでもリムはまだまだ戦えます」


「心強いな。よし、我々もラヴィ姉さんに続くぞ」


私とリムは、スケルトンの集団をむかえ撃ち、ラヴィ姉さんが向かった舞台へと急いだ。


敵の数は多く、打ち倒してもすぐに次の攻撃が襲ってきたが、私の横にはリムがいる。


私を襲う奴はリムが倒し、リムをねらう敵は私が倒す。


こんな状況だというのに不謹慎ふきんしんだが、私は戦いを楽しんでしまっていた。


それはとなりにいる小さな少女――リムの動きと私の動きが、まるで何年も共に舞台へ上がっている踊り子のコンビのように感じたからだ。


これほどまでいきが合うとは、槍を振るのが楽しくってしょうがない。


「あらかた片付いたな。よし、あとは兵士たちに任せて、次はライト王を助けるんだ」


「はいなのです。今の戦いで理解したのですよ。リムとレヴィのコンビに勝てる者などいません。魔王でも大魔王でも連れて来いなのですッ!」


リムも私と同じことを感じていたようだ。


なんの打ち合わせも訓練くんれんもなく、互いの体が動いたのだ。


先ほどの高揚感こうようかんを感じられないようならば、戦うことをめたほうがいい。


またもや不謹慎きわまりないが、つい笑みをかべてしまう。


そして、私たちが舞台に上がると、そこでは――。


「これはこれはレヴィさんにリムさん。おそかったですね」


しまりのない顔で笑うメルヘンと、れた剣をにぎっているラヴィ姉さんが立っていた。


ラヴィ姉さんは、倒れているライト王を庇うようにメルヘンと向かい合っていたが、その体はすでに傷だらけで出血しゅっけつが酷い。


私はかまえていたグングニルをメルヘンへと突き刺す。


すると、メルヘンの体が――。


不死者ふししゃの私にこんな原始的げんしてきな攻撃では、ダメージを与えることなどできませんよ」


そう言い笑うと、ラヴィ姉さんが叫んだ。


「気を付けるっすよレヴィ、リム! メルヘンは、アンデッド――リッチっす!」


リッチはアンデッドモンスターの一種いっしゅだ。


ローブを身にまとった骸骨で、禍々まがまがしいオーラを放っているというイメージが一般的いっぱんてきである。


だが、メルヘンは大賢者で、しかも世界を平和にした英雄のはず。


一体何がどうなってアンデッドになったんだ?


「アンデッドなら、リムの技が有効ゆうこうなのですよ」


リムはそういうと、両手りょうてのそのてのひらを合わせて構える。


その掌には光の波動オーラが集まっていた。


「はぁぁぁ……オーラフィストッ!」


凄まじい光の波動がメルヘンをつつんだ。


だが、メルヘンは少々ダメージを負ったものの、まだ動いている。


聖属性せいぞくせいか……またやっかな技を……」


そういったメルヘンの顔がゆがみ、次第しだいにその顔のかわが崩れ落ちていった。


いや、顔の皮だけでない。


手足も含め、全身の皮が無くなり、スケルトンと同じような骸骨の姿へと変わった。


あの人間だったときのしまりのない顔は、カモフラージュだったのか。


「だが、それだけ私に勝てるものか。らいなさい、本物の地獄じごく業火ごうかを。ヘルフレイム·ダブル」


骸骨の姿となったメルヘンは、両手から激しくえ上がるほのおを出し、それをリムへと向けた。


リムはもう一度オーラフィストを撃とうと構えたが――。


鈍臭どんくさいですね。技や魔法は相手よりも早く出せなければ、かなら一手いっておくれてしまいます。そして、それが勝敗しょうはいける」


激しい炎が二つのくびを持ったドラゴンのような形となり、リムの体をつらぬいた。


体から煙をあげながら、黒焦くろこげになったリムはその場で倒れる。


「リム! 大丈夫かッ!?」


まだ死んではいない。


だが、全身に負った火傷やけどのせいで、もう戦えるとは思えなかった。


ヘルフレイムとは火の魔法。


魔力を手に集め、それを火に変えて相手へと放つ魔法だ。


だが、火を両手から放出ほうしゅつし、さらにドラゴンの形へと変化させるなど、どれだけ魔力のコントロール技術が必要になるのか。


両手から放つ炎の造形ぞうけい魔法など、私は見たことも聞いたこともない。


「レヴィッ! 気を抜くなッ! 次が来るっすよッ!」


ラヴィ姉さんが叫んだ。


だが、もう時すでに遅く、二つのくびを持った炎のドラゴンが、私の眼前がんぜんせまっていた。


ここでければリムが確実かくじつに死ぬ。


だが、私はこの炎を受け切ることができるのか?


たとえしのいだとして、その後にメルヘンと戦えるのか?


そう考えた私だったが、もとより選択肢せんたくしなどなかった。


ここで避ければリムが死ぬ。


その理由だけで私はこの炎のドラゴンを受け止めるしかない。


槍を立て、身構える私。


だが、その前に突然人影ひとかげが――。


「下がれレヴィッ!」


「ラヴィ姉さんッ!?」


飛び込んできたラヴィ姉さんは、折れた剣を炎のドラゴンへと突き刺し、相殺そうさいしようとした。


激しい炎を全身に浴びながらも、姉さんはなんとか相殺に成功せいこうする。


「そんな傷だらけで、どうして私を庇ったんだ!?」


ラヴィ姉さんは私に心配をかけないためか、余裕よゆうの笑みを見せたが、先ほどの外傷がいしょうと合わせて、もう戦えるようには見えない。


もはや立ってしゃべっているだけでもつらいはずだ。


「やれやれ、相変わらず考え無しっすね。ここでお前がやられたら誰があいつを倒すんすか?」


その言葉を聞いた私は、ラヴィ姉さんを下がらせ、メルヘンの前へと出る。


「そう……だな。すまない姉さん。あとは私が片付ける」


メルヘンに効果こうかがある攻撃は、リムの技――オーラフィストのみ。


そんなリムはもう戦闘不能せんとうふのう


聖属性も火属性も持たない私には、不死者のアンデッドを仕留めることはできず、戦えば確実に殺されるだろう。


だが、それでも私は、自分でも驚くほど落ち着いていた。


不死者に対する恐怖きょうふも、仲間なかまをやられたいかりもすべて飲み込み、自分がやるべきことに集中しゅうちゅうできていた。


「おやおや。なんだか覚悟かくごが決まったような顔をしてますね」


メルヘンはそんな私の表情を見て、カタカタとを鳴らし、笑った。


笑う骸骨など滑稽こっけいで、見る者によれば恐ろしいものだろう。


しかし、私は一切いっさいを気にせずに、ただゆっくりと前へと出て行く。


「私には仲間がいる……」


「仲間ぁ? くだらないことを言いますね。事実その仲間はもういませんよ。戦えるのはもうあなた一人じゃないですか」


「お前は知らないんだ。いや……誰も知らない……私だけしか知らないんだ……。ラヴィ姉さんが私にしてくれたことで、それを思い出せた……」


「何を言っているのですか? 恐怖で頭がおかしくなったのですか? こまりますね。本当に恐ろしいのはこれからなのに」


メルヘンがそう言った瞬間――。


一匹の馬がもの凄い速度で私とメンヘルの前に現れた。


そして、その背に乗っていた人物が振り落とされ、私たちの目の前にころがり、馬はそのまま走り去って行ってしまった。


「お前は……?」


メルヘンはつぶやくように言った。


その声からして驚きを隠せないようだった。


だが、私は驚かない。


何故なら、この人物がここへ来ることをわかっていたからだ。


「あぁぁぁッ! なんでこういつもいつもこんな強そうな奴が現れるんだよッ!?」


そう――。


リョウタ――。


私が槍を捧げた男――。


リョウタはいつだって私の窮地きゅうちけ付けてくれる。


「やはり来てくれたか、リョウタ!」


それでも私はリョウタが来てくれたことが嬉し過ぎて、ついはしゃいだ声を出してしまう。


「実は大賢者メルヘンは、アンデッド――リッチだった。こいつには打撃も効かないうえ、さらに強力な造形魔法を使うぞ」


「そういうお前はなんでそんな嬉しそうなんだよッ!?」


「お前がここにいるからだッ!」


自分でも凄いことを言ってしまったと思ったが、恥ずかしがることなど微塵みじんもない。


だって、私はリョウタが来てくれたことを正直に言葉にしただけなのだから。


「お、お前はッ!? こ、こんなときにそういうことを言うかッ!?」


顔をにしているリョウタ。


慌てているが、いつものことで私は安心する。


そして、きっといつものように何か打開策だかいさくを考えているはずなんだ。


「くだらないものを見せられました。そんな雑魚ざこがいくら来ようと私の優位ゆういるぎませんよ」


メルヘンは再びカタカタと歯を鳴らすと、炎の造形魔法をとなえた。


私はリョウタに指示しじを出し、倒れているリムを助けるように言う。


そして、私はラヴィ姉さんを担いで、リムをかかえたリョウタと共に広場にあった建物のかげに隠れた。


「姉さん、ライト王は?」


「すでに避難してもらっているっすよ。それにしても、まさかこいつが来るなんて……」


ラヴィ姉さんは、リョウタが現れたことに驚いているようだった。


無理もない。


あれだけこき下ろした男だ。


私はそのことで何か言ってやりたくなったが、今はそんなことをしているひまはない。


「リョウタ、何か考えているんだろう?」


「お前……相変わらず俺頼りだな……」


「当然だ。私はお前がいないと生きていく自信がない!」


「それがむねを張って言う台詞せりふかよッ!」


そうは言いつつも、リョウタはちゃんとさくを考えていてくれた。


街にアンデッドの集団が現れたと聞いたリョウタは、すぐに城にあった聖水せいすいを集め、それを私にわたそうとここへ馬を走らせたようだ。


やはりリョウタは、私のことを……。


あぁ……そこまで思われていたなんて恥ずかし過ぎるぞ!


そう思うと、き上がる気持ちが抑えられなくなってきた。


この場ですぐにでも空へと飛びあがりたい。


「おい、今飛ぼうとしたろ」


「していないッ!」


身をふるわせた私を見たリョウタは、呆れた顔をして言った。


ともかく、リョウタは考えた作戦を話し始めた。


アンデッドは聖水を浴びると、その身が崩れる。


たとえ、それがリッチのような上級じょうきゅうクラスのアンデッドあろうともだ。


「なら、メルヘンの奴にここにある聖水をすべて浴びせるってことか?」


「いやちがう。聖水を浴びるのはレヴィ、お前だ」


リョウタが言うに――。


全身と武器ぶきに聖水を浴びせた状態に私が、メルヘンに竜騎士の技――ジャンプを喰らわすというものだった。


「あいつはアンデッドのボスなんだろ? だったら聖水を浴びせるだけじゃ倒せない可能性かのうせいが高い」


「なるほど。大ダメージを喰らわせたうえで聖水も浴びせるということか。よし、今すぐ飛ぶぞ、私は!」


「待てって! お前のジャンプは狙いが付けられないうえに着地もできないだろうが。だからチャンスは一度しかないことを理解しておけよ」


そして、リョウタは落ちていたスケルトンの大きな盾を拾って立ち上がった。


「毎度のことだが、俺がおとりになる。今回はカトプレパスのときとは違ってまとが小さいが、頼んだぞ、レヴィ」


そういうと、リョウタは盾を突き出してメルヘンへと向かって行った。


リョウタは弱い。


私が知っている成人せいじん男性の中でも一番と言っていい。


だが、自分の弱さを受け入れ、そして勝つために強敵きょうてきへと向かって行ける男はリョウタだけだ。


それに、竜騎士の才能はないと誰もが言ったこの私の技を、自分のいのちけて信頼しんらいしてくれる。


リョウタ……。


お前は出会ったときからそうだった。


私はリョウタが持ってきていた大量の聖水を、全身と武器にあるだけかけた。


そして、助走じょそうをつけ、槍を使い、いきおいよく地面を突いて跳躍ちょうやく


空へと飛びあがる。


青い空、白いくもが広がる空間へと入っていく。


そして最高地点さいこうちてん到達とうたつすると、槍を下に向けて下降かこう


風を感じながら、ねらいをメルヘンへとさだめる。


下を見ると、メルヘンがリョウタに向かって炎の属性魔法を唱えていた。


だが、それでもリョウタはうまく盾で自身を守りながら、メルヘンをその場から動けないようにしていた。


「どうした大賢者メルヘンッ! こんなもんじゃ俺は倒せないぞ! くやしかったらもっとスゲー魔法を使ってみろ!」


挑発ちょうはつして、相手の心をみだすのはリョウタの得意技とくいわざだ。


これは誰が見ても最弱さいじゃくだとわかるリョウタだからこそ相手も苛立つのだ。


それを自分でもわかっていてやるリョウタ。


さすがは自分の弱さを受け入れているだけのことはある。


なみの男なら、プライドが邪魔じゃまをしてこんな真似まねはできない。


「雑魚がちょこまかと。ならば、その盾ごとはいにしてやりますかね」


「いや、灰になるのはお前だよ、メルヘン」


「なにをバカなことを」


「いっけぇーレヴィッ!」


そのリョウタの声と共に、私の槍がメルヘンの体を貫いた。


聖水をたっぷりかけてあった効果か、貫かれたメルヘンの体は灰へと変わっていく。


「バ、バカな!? こんな残念ざんねんな竜騎士に私がやられるなどッ!?」


「残念なのはお前だメルヘン。そのまま土に帰るがいい」


メルヘンの断末魔だんまつまの叫びが周囲をおおくすと、その体は完全に消え去った。


やった、やったぞ。


私は……私たちはこの国をアンデッドからすくえたんだ。


安心して気が抜けた私は、その場にへたり込んでしまった。


騎士でありながら情けないが、ずっと続いた緊張きんちょうも解けて、もう一歩も動けそうにない。


「おーいレヴィ。大丈夫か?」


そこへリョウタが現れ、私に手を伸ばした。


リョウタの体はあちこち焼け焦げていて、盾のおかげでまともには炎を喰らわなかったにしても、酷いケガに見えた。


「お前こそ大丈夫なのか? 私には酷いケガに見える……」


「なに言ってんだよ。こんなもん、お前とのたびで負ったケガのほうがよっぽど酷かっただろ?」


「そうだったな……」


そして、私はリョウタの手を握り、その肩を借りた。


体はクタクタだったが、リョウタにこうやって寄りかかれているのは嬉しい。


「それにしてもおもいな。ちょっとふとったんじゃないかお前?」


「なッ!? なにを言うんだリョウタッ! ラヴィ姉さんは私なんか軽々と持ち上げていたぞ! 私が重いのではない。お前の修行が足りないんだッ!」


ちょっとあまえようと思った私の考えは甘かった。


そうだった……。


私とリョウタはそんな関係じゃなかったんだよな……。


そのとき――。


地面から突然灰が舞い上がり、それが次第に骸骨の形へとなった。


「よ、よくもやったな……」


メルヘンは死んでいなかった。


だが、私のジャンプで相当なダメージを受けたのだろう。


今にも崩れそうなその体には、ヒビやかけた箇所が至るところに見える。


聖水をあと一振りでも浴びせれば、止めがさせそうだった。


そんな体で何ができるのかと思っていると、メルヘンは近くにいたラヴィ姉さんに襲い掛かろうとしていた。


「せめて貴様きさまの姉は道連みちづれにしてやるッ!」


「やめろッ!」


ラヴィ姉さんはもう動けそうになかった。


だが、姉さんは私を見て笑みを浮かべた。


「レヴィ、うちが間違っていたようっす。そいつはお前の言う通りの男だったっすよ」


いくら国を救えてもこんな結末けつまついやだ。


せっかくまたラヴィ姉さんに会えたのに……。


今度は一生いっしょう会えなくなるじゃないか。


「姉さん逃げてくれッ!」


メルヘンがラヴィ姉さんに手をかけようとしたそのとき――。


飛んできた金属製きんぞくせいぼうのようなものがメルヘンの腕をくだいた。


よく見ると、その棒のようなものは楽器がっきである横笛よこぶえ――フルートだった。


「私の大事な人に手を出すな」


「な、何者だッ!?」


突如とつじょ現れたその男は、剣をメルヘンへと振り落とし、その体をバラバラにした。


そして、そのバラバラになった体へリョウタが持っていた聖水を浴びせると、メルヘンは消滅しょうめつ


今度こそ奴を始末しまつすることができた。


「やっと君のために剣が振るえた……」


私はこの突然助けに入った男のことを知っていた。


そうだ。


金色の長髪を後ろに束ね、その顔は誰が見てもととのっていると思うほどの美貌びぼう


愚者の大陸をのぞけば、世界最強と言われているほどの剣の使い手。


ラヴィ姉さんの婚約者こんやくしゃだったルバート・フォルテッシだ。


「こ、これは夢っすか……?」


ラヴィ姉さんは、ルバートの姿を見ながらなみだを流していた。


私は姉さんが泣いたところを見たのは、これがはじめてのことだった。


父上と母上が死んだときでさえ泣かなかったというに。


ルバートの登場は、それだけのラヴィ姉さんの心を揺さぶったのだろう。


「いや、夢ではない。私は本物だよ、ラヴィ」


「……うちはもう貴族きぞくのおじょうさんじゃないっす……。ただの小間使いなんっすよ……。お前とは釣り合わない……」


「私ももう貴族ではない。ただの吟遊騎士ぎんゆうきしさ。ラヴィ……ずっと会いたかった……」


そういうとルバートは、泣いているラヴィ姉さんをきしめた。


この国でラヴィ姉さんと会えて――。


そして、まさかルバートまで現れるなんて――。


二人のこれまでのことを知っているのもあって、なんだか私まで泣きそうだ。


「なんか絶対ぜったい仲良なかよくなれそうにない奴が出てきたんだけど……」


リョウタは顔を引きられながらそう言っているが、私はそうは思わなかった。


何故ならリョウタもルバートも、大事な人ところへ必ず駆け付けるからだ。


「よかった……本当によかった……」


「って、うわぁッ!? おい! おいッ! レヴィッ! しっかりしろよッ!」


心配してくれている声を聞きながら、私もラヴィ姉さんのように男の体――リョウタの体に寄りかかった。


ルバートがここへいるのなら、きっとイルソーレとラルーナもいるだろう。


目がめたら三人をリムに紹介しょうかいしよう。


きっと……いや絶対に仲良くなるはずだ。


今から楽しみだな……。

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