イントロバートガール·シヴァルリィ~無気力少女の異世界冒険記
番外編 異世界の先輩~その③
照りつける陽射しが私の体を注ぐ。
大空の中でそれを浴びていると、この私――レビィ·コルダストのことを、まるで世界中が祝福しているかのようだ。
「ぐわッ!」
だが、そんな気持ちも地面に叩きつけられた瞬間に台無しになってしまう。
「あらら、失敗すっか……」
地面に倒れて呻いている私の傍で、メイド服を着た女性がボソッと言った。
半開きの目で見ているこのメイドは、私の姉であるラビィ·コルダスト。
ずっと離れ離れになっていたのだが、私たちが現在いる国――ライト王国で再び会うことができた。
今は武芸百般だった姉に、私の技を見てもらっているところだった。
「レヴィ……ホントにその技でカトプレパスを追い詰めたんすか?」
ラヴィ姉さんが疑いの目を私に向けている。
そう思うのも無理はない。
何故なら私は竜騎士でありながら、跳躍後の着地ができないからだ。
かつて竜騎士の跳躍力は空飛ぶモンスターを凌駕し、飛竜の脅威から国を守った――。
という物語がある。
上空から落下したときに得られる速度を上乗せした攻撃は、自身から発する攻撃よりも強力なものになる。
それが竜騎士の技であるジャンプだ。
幼い頃の私は、その物語に夢中になった。
華麗に宙を舞い、弱き人々を助ける――そんな竜騎士に憧れた。
だが、どうやら私には才能がなかったようで、もう何年も修行を積んでいるというのに一向に上達する気配がない。
すでに亡くなっている両親も、幼き日の友人たちも皆揃って、私に竜騎士を諦めるように言った。
それでも、目の前で呆れているラヴィ姉さんだけはずっと応援してくれた。
だから、こうやって空から無様に落ちた姿を見られるのは、本当に情けない。
「ちょっと早いっすけど、城へ戻ろう。気がつけばもうお昼の時間っすよ」
ラヴィ姉さんは倒れている私を抱き起こすと、そのまま肩に担いで運んでいく。
私はかなり鍛えているため普通の女性よりも重いし、甲冑まで着ているというのに、ラヴィ姉さんはまるで藁の束でも持つように軽々と担いでいた。
「なッ!? や、やめてくれ姉さん! こんな姿を人に見られたら恥ずかしくて生きていけないッ!」
「何を言っているんすか。姉が動けない妹を背負うのに何を恥ずかしがる必要がある?」
「私はもう子供じゃないなんだ! こんな姿をあいつに見られたら幻滅されてしまうッ!」
私は体が動かなかったので必死に口を動かしたのが、ラヴィ姉さんにはその言葉は届かなかった。
その状態で、城内にある訓練場から城の中へと進んでいくと、ある少女が私たちに近づいてきた。
「ラヴィ姉さまにレヴィ。こんにちはなのですよ」
フードの付いたノースリーブの服を着た少女。
私がこのライト王国へ来るきっかけをくれたリム·チャイグリッシュだ。
こんな小さくて可愛らしい姿をしているが、彼女は武道家の里ストロンゲスト·ロードの跡継ぎである。
リムは武道家でありながら、その夢は大魔導士。
その実力は、歴代の里長の中でも一番と言われていた。
それで、魔法のほうはというと――。
攻撃系魔法も回復系魔法も使いこなし、さらには、ほぼすべての属性魔法、さらに別属性の魔法を合体させて使うこともできるほどの手練れだ。
その魔力コントロールの上手さは、賢者レベルと言っていい。
だが、リムは体内にある魔力が極端に低く、一日に唱えられる魔法は三回が限度。
それでは、いくら魔力コントロールが上手くできても大魔導士にはなれない。
なのだが、リムは夢を諦めずに、ライト王国に一から魔法の勉強をしに来たというわけだ。
そういう身の上もあって、私と彼女はすぐに打ち解けた。
いくら周りから才能がないと言われようが、そんな夢は叶えられないと言われようが、なりたい自分を諦めたくない。
未来は他人に決められるものではないんだ。
私とリムは互いに励まし合い、必ず夢を叶えようと誓い合った仲。
というわけで、私たちはまだ出会って日は浅いが、まるで幼少の頃から一緒にいる友人のような関係である。
「う~すリム。調子はどうっすか?」
「うぅ……午前の授業ですでに魔力切れになってしまったのですよ……」
俯きながら言うリム。
無理もない。
いくら頑張っても自分の思い通りにならないのだ。
私もその気持ちはよくわかる。
ラヴィ姉さんは、そんな彼女の頭を優しく撫でた。
「焦る必要はないっすよ。リムもレヴィもこれからこれから」
そして、そう言葉を続けた。
嬉しそうにするリム。
ラヴィ姉さんの言葉を聞くと、なんだか私まで優しく撫でられたみたいに感じた。
「リムもよかったら一緒にお昼をどうすっか?」
「はい! なのですよ」
それから私たちはラヴィ姉さんの部屋で昼食を食べることになった。
ラビィ姉さんが作ってくれた野菜スープと焼き立てのパン、それと城下町の近くにある牧場から届くチーズ。
このライト王国では、肉や魚は特別な日じゃないと食べない。
だが、どれも美味しいし、食べ応えもあるので十分に満足できる食事だ。
「そういえばリム。リョウタを知らないか?」
私はパンをかじりながらリムに訊ねた。
リョウタとは、私が自身の槍――グングニルを捧げた男だ。
両親の死後、姉とも離れ離れになり、生きていくために傭兵をやり、そのまま腐っていくしかなかった私に、また竜騎士の夢を思い出させてくれた人物でもある。
彼がいたから私はまた姉に会えたし、リムにも出会えた。
リョウタは私にとって、大空を飛んだときに見える太陽なようなものだ。
それに、ラヴィ姉さん以外で初めて私の夢を応援してくれた人であり、ともかく大事な人……って!? わ、私は何を考えているんだ!?
私は騎士だぞ!? 
色恋沙汰などいかんッ!
リョウタはただ私が槍を捧げた相手というだけだ!
「なんで顔が赤いかは訊かないですが。あの人なら馬小屋で餌をやるのに苦労してましたよ」
リムはどうでもよさそうな様子で返事をしてきた。
それを聞いた私は椅子から立ち上がると、ラヴィ姉さんに手を掴まれる。
そのときのラヴィ姉さんの目は、普段と同じ半開きの無気力なものだったが、凄い威圧感だった。
私が手を離すように言うと、姉さんは大きくため息をついた。
「レヴィ……姉からの忠告っすけど。あの男はやめたほうがいいっす」
「リムもそう思うのですよ」
呆れた顔をしているラヴィ姉さんに、食事をしながらリムも同意していた。
「今まであの男と何があったのかは聞いたっすけど。お前は根が素直過ぎるから見えてないんすよ」
ラヴィ姉さんはそれから不機嫌そうに話し始めた。
あの男――リョウタはお前に相応しくない。
家が亡くなったとはいえお前は貴族の出であり、現在は竜騎士なのだ。
あんなどこの馬の骨ともわからない男に、何故そこまで熱をあげるのだと。
この国――ライト王国の王であるウイリアム=ライト28世が国に入れるのを許したとはいえ、あんな怪しい男は、早くこの国から追い出すべきだと。
そう、冷たく言い放った。
「そ、そんな言い方……いくらラヴィ姉さんでも怒るぞ」
私はラヴィ姉さんの言葉を聞いて、手を振りほどき、食って掛かった。
リョウタの人柄の素晴らしさは、姉さんと久しぶりに会えた日の夜に、散々話したというのに……。
それが伝わってなかったと思うと……。
いや、私はリョウタがそんな悪い言い方をされて怒りが収まらなかったのだ。
だが、それでもラヴィ姉さんは落ち着いた様子で言葉を続ける。
「レヴィのその綺麗な金の髪も、その澄んだ碧い瞳も。あの胡散臭い男には似合わない……。何度でも言うっすよ。あの男ではでお前に不釣り合いっす」
「リムも同意見なのですよ」
そして、またリムがラヴィ姉さんに同意した。
何故だ……。
何故姉さんはわかってくれないんだ……。
リムだって、この国へ来る前にリョウタの勇敢な姿を見ただろう。
カトプレパスの力、相手を石化することも恐れず、リョウタが自ら囮となったからこそ、あのとき村を救えたんじゃないか。
なのに何故……。
「ラヴィ姉さんもリムも何故わからないんだ!? リョウタがいなかったら私は竜騎士をやめていた! あいつは私にとって特別な人なんだよ!」
私は震える体を押さえ、部屋から飛び出していった。
そして、一心不乱に城内を走り、リョウタがいると聞いた馬小屋を目指した。
その途中、城内から中庭に出たとき――。
「これはこれはレヴィさん。そんなに慌ててどうしたんですか?」
白いローブを着た若い男に声をかけられた。
笑みを作りながら、私のほうへと向かってくる。
この男の名は大賢者メルヘン·グース。
しばらく前に、このライト王国に召喚された聖騎士の少女と共に世界を平和にした英雄の一人だ。
私はメルヘンの顔を凝視した。
この人は、こんなしまりのない顔をしていても世界を平和にした英雄なのだ。
リョウタは見た目はあれだけど……と、思っていたが、このメルヘンも負けずに怪しいし、胡散臭い。
だから、人は見た目では判断できないのだ。
それでも、ラヴィ姉さんやリムに理解してもらおうなんて思う必要はない。
リョウタの良いところは私だけが知っていればそれでいい。
……って、わ、私はまたふしだらなことをッ!?
いかん!? いかんぞ!
リョウタはそういう対象ではないんだ!
「そんな顔を赤くしてどうしたのかな? 」
私はこの大賢者を見て、弱くなっていた心が強くなっていくのを感じた。
こんな見た目が“あれ”な男でも英雄なのだ。
リョウタだって……。
「いや、その……大賢者メルヘン殿……ありがとうございます」
「うん? なんか酷く失礼なことを思われた気がするんだけど、まあいいか。それよりも午後からは死者の祝祭だよ。レヴィさんもぜひ参加してね」
死者の祝祭とは、このライト王国で行われている行事の一つ。
毎年死者の魂の安息を祝うためにやっている国総出のお祭りだ。
私はメルヘンの言葉に頭を下げ、その場を後にした。
午後は祝祭かぁ……。
なら、私もリョウタと二人で……。
って、あぁ~! 私はまたふしだらことをッ!?
私が一人その場で慌てふためいていると、一人の男が近づいてきた。
「なにしてんだ、レヴィ?」
眼鏡をかけた冴えない男。
その体からは獣臭が酷く漂っており、その容姿も相まってただのくたびれた男にしか見えない。
「リョ、リョウタッ!」
そう――。
この冴えない、くたびれた男が私の槍を捧げた人物――リョウタだ。
年齢は私と同じ二十代前半なのだが、その挙動の一つ一つがゆっくりなため、まるで年寄りのような感じだ。
「お前、馬小屋に居たんじゃなかったのかッ!?」
私は突然現れたリョウタを見て、さらに動揺してしまった。
それは、リョウタと一緒に祭りを見て回りたいなどと恥ずかしいことを考えていたからだ。
だが、そんな私を見たリョウタは、特に気にした様子もなく返事をしてくる。
「仕事ならさっき終わったよ。……ってゆーか、レヴィやリムは王宮暮らしで、なんで俺だけ兵舎で寝泊まり……しかも馬の世話係をやらされなきゃいけないんだよ」
私たちがこのライト王国へ到着し、ライト王に拝謁したとき。
リムはその名が有名だったこともあり、すぐにでも魔法を学ぶことが許され、城内の一室を貸し与えられた。
私はというと、この国のメイドだったラヴィ姉さんからの頼みもあり、姉さんの部屋に住まわせてもらうことに。
だが、リョウタだけは素性が知れないという理由で、ラヴィ姉さんはすぐにでもライト王国から追い出そうとした。
それでもライト王は優しく、反対する姉さんを説得して、なんとか馬の世話係としてこの国においてもらえることとなったのだ。
私とリョウタは、あるギルドでのいざこざもあってお尋ね者だ。
しかし、ライト王はそれを知ったうえで私たちを受け入れてくれていた。
さすがは善人しかいない国といわれるライト王国を統べる人物。
疑り深く、他人をあまり信用しないラヴィ姉さんがその剣を捧げただけのことはある。
「はぁ~、女神からはいっさい連絡がなくなっちゃったし……。いつになったら俺の異世界チートハーレム生活は始まるんだか……」
ため息をつきながら、井戸のあるほうへとトボトボと向かうリョウタ。
リョウタはたまに私にはわからない言葉を使う。
おそらくだが、リョウタはよく女神のことをずいぶんと親しい間柄のように言っているので(私を含め、この世界のほとんどの人間が女神の存在を見たことはないが)、きっと選ばれた者にしかわからない神聖な言葉なのだろう。
そして女神のことは、私とリョウタだけの秘密でもある。
……秘密とはいっても、別にやましいことなんかない。
だが、リョウタと私……二人だけの秘密なんて……。
そんなことを思うだけで私は……私はッ!
「おい、今飛ぼうとしたろ」
「していないッ!」
リョウタが突然振り返り、私へと言った。
心を見透かされたと思うと恥ずかし過ぎて、飛ぼうとはしていないと嘘をついた。
私は興奮すると自分を抑えられなくなって、ジャンプして空へと飛びたくなるのだが、いつもリョウタに止められる。
止める理由は、私が着地できずにそのまま動けなくなってしまうからだ。
うぅ……自分のこの体質が恨めしい。
飛ぶことは大好きなのだが、この止められぬ性には困ってしまう。
それからスタスタと歩き始めたリョウタの後ろを、私は何も言わずについて行った。
そして、リョウタは目的地に着くと、井戸の水を汲んで体を拭き、うがいを始める。
「リョウタ、この後は何かあるのか?」
私は訊ねた。
もしもう仕事がないのなら、死者の祝祭――祭りへ行きたかったからだ。
だが、リョウタは不機嫌そうな顔をした。
「実はまだ仕事があるんだよ。レヴィはいいよな。何もしなくてよくて」
私はその言葉を聞いて苛立った。
こちらとて遊んでいるわけではない。
王国の兵たちの訓練を指導したり、街の警護や見回りだって自発的にやっているのだ。
それに私は、リョウタが酷いことを言われているのを庇っているというのに、そんな言い方はないじゃないか。
「……そうか。ならいい」
私は少し怒気が含んだ言い方をすると、その場から立ち去ろうとした。
「おい、なにを怒ってんだよ?」
「怒ってないッ!」
自分でもわかりやすく怒っているのが伝わる言い方をしてしまっていたが、後の祭り。
今さら引けず、私は早足でリョウタの前から去った。
それから私は一人で街へと向かった。
街では屋台などが道を埋め尽くして、店の者も道を歩く人も皆楽しそうにしていた。
何をそんなに浮かれている。
いくら祭りとはいえ、死者の魂の安息を祝う行事だろうが。
「ねえ、お母さん。今日はお父さんと会えるかな?」
目の前で母親に手を引かれていた少女が、突然そう言った。
母親はそれを聞いて、会いに来てくれるかもね、と優しく言葉を返していた。
私はそれを聞いて、自分が思ったことを恥じた。
この少女はきっと父親を亡くしている。
だから、毎年この死者の祝祭で父親に会えるかもしれないと、楽しみにしているのだ。
この少女だけではない。
この国の住民たちは、この祭りで亡くなった人への思いや言葉を表現するのだろう。
なのに私はなんということ……。
私はリョウタとギクシャクしたのもあって、少々苛立っていた。
心に余裕がないときは、どうしても他人のことを悪く見てしまう。
そんな自分が情けなくなった。
私が俯いているのに気がついたその少女が、持っていた飴をくれた。
「元気出して、騎士のお姉ちゃん。お姉ちゃんも今日は大事の人と会えるよ」
少女は何か誤解していたようだが、私はその気持ちが嬉しかった。
そこへ、ラヴィ姉さんとリムがやって来る。
二人が言うに、ライト王から死者たちへ言葉を贈る儀式がもうすぐ始まるので、街の広場へ行こうとのことだ。
「ラヴィ姉さん、仕事じゃなかったのか? それにリムにも午後の授業が」
私がそう訊き返すと、ラヴィ姉さんが説明をしてくれた。
どうやらライト王が、午後は皆手を止めて、死者たちが安らかに眠っていることを祝おうと伝令を回したようだ。
「そうか……。それだったらリョウタも……」
「うん? 何か言ったすっかレヴィ?」
「いや、なんでもない……」
私はこんなことならリョウタと一緒にいればよかったと思った。
そうすれば、一緒に祭りを楽しめたかもしれない。
だが、感情的になって飛び出してしまったのは私だ。
リョウタの言い方も酷かった――正直苛立った。
だが、一緒に祭りを楽しみたかったのが私の本音だった。
「ほらレヴィ、早く行きましょうなのですよ」
楽しそうに急かしてくるリム。
そして彼女が私の手を引き、私たちはラヴィ姉さんの後ろをついて行って広場へと向かった。
広場には、集まった人々が誰でもライト王の姿が見えるようにか、簡易的な舞台が築かれていた。
しばらくすると、その舞台にライト王が現れた。
「よく集まってくれた、我が国の民たちよ」
ライト王が笑顔でそう言うと、住民たちから声援が飛んだ。
まるでドラゴンを倒した英雄のような扱いに、私はただ驚いていた。
何故ならば、これほど民に親しまれている王を、私は今まで生きていて見たことがない。
ライト王に片腕がないことは、最初に拝謁したときに気がついたが、今考えるとそれはきっと誰かを庇って失ったのだろう。
多くの王が自分中心で物事を考えるというのに(だがそれは、けして恥ずかしいことではない)、ライト王はまず民であり人なのだ。
あの人が王でいる理由は、王族の名誉のためでも国を守るためでもない。
自分以外の者を守るために王でいるのだ。
「それでは、これから死者の祝祭の儀式を始める。大賢者メルヘン。さあ上がって来てくれ」
そして、ライト王の呼びかけにより、本物の英雄メルヘン·グースが登場した。
住民たちもさらに声援を送り始めている。
だが、リムだけは不満そうな顔をしていた。
「どうしたんだリム? そんな顔して?」
私が気になって訊ねると、リムは周りには聞こえないように耳打ちをして答えた。
リムは武道家の里での修行により、相手に流れる気を感じ取れるらしい。
それで、どうもメルヘンからは悪しき気を感じるようで、リムはあまり彼のことが好きじゃないようだ。
「なのですが。あの人が聖騎士の少女と共に世界を平和にしてくれたのは事実……。だから、当然手は出さないのです」
そういうリムではあったが、やはりメルヘンが住民たちに笑顔を向けると、何か納得が言っていない表情をしていた。
そういえばリムは、リョウタのことも毛嫌いしているが、もしかしたらあいつにも悪しき気とやらを感じるのだろうか。
私が思わずそのことを訊ねると、リムはクスクスと笑い始めた。
それは、まるで突然面白い顔を見せられたみたいな態度だった。
「リョウタに悪い気は感じませんよ。それにリムはあの人を嫌ってなんかいません。ただ、情けない人だなぁ~と思うだけなのです」
それを聞いて私は少し安心した。
リムはただ、リョウタの臆病なところが気に入らないだけのようだ。
そうだよな。
リョウタが悪い奴のはずがない。
私は人を見る目には自信がある。
これだけは唯一、私がラヴィ姉さんに勝っているところだ。
「それでは皆さん。これからあの愚者の大地で光と闇が再び出会います。そして、こちらの大陸もすぐにあの方が浄化してくれるでしょう」
メルヘンは舞台に上がると、意味がわからないことを話し始めた。
それは私だけではないようで、ラヴィ姉さんもリムも、住民たちも、そして、舞台の上にいるライト王へ兵士たちも理解できていないようだった。
「大賢者メルヘンよ。それは一体どういう意味なのだ?」
ライト王がメルヘンに訊ねると、当然舞台ごと周辺が爆発した。
そして、漂う煙の中から、モンスターが現れる。
「さあ、今日は死者の祝祭。思う存分楽しんでくださいね」
メルヘンがそういうと煙が晴れていき、モンスターの姿が見え始めた。
それは人間のように動く骸骨――スケルトンだった。
かなりの数のスケルトンはそれぞれ剣と大きな盾を持っており、ゆっくり動いていたかと思ったら、急に広場にいた者たちを襲い始めた。
「レヴィ! リム!  うちはライト王様を守る。広場のほうは任せるっすよ」
「はいなのですッ!」
「了解した、ラヴィ姉さん」
私とリムが返事をすると、ラヴィ姉さんは目の前にいたスケルトンの頭を蹴りで粉々に砕き、持っていた剣を奪った。
そしてスケルトンの集団の中、無人の荒野を走るかの如く、ライト王がいる舞台へと向かって行く。
「あわわ~、ラヴィ姉さまってお城のメイドじゃなかったのですかッ!?」
リムがラヴィ姉さんのあまりの強さに舌を撒いていた。
対面したときに、ライト王国の小間使いだと自身で名乗っていたので、無理もないが。
「ラヴィ姉さんは昔、武芸百般の騎士だった。今のを見る限り、腕は鈍っていなさそうだな」
「ただ者ではないと思ってはいましたが、まさかなのですよ」
「そんなことよりも住民たちを逃がすぞ、リム!」
そして、私とリムはスケルトンの大軍に向かっていった。
リムの言葉で思い出したが、このライト王国には周辺諸国にも名の通った、暴力メイドなる者がいると聞いたが、まさかラヴィ姉さんのことじゃないよな。
って、そんなことを考えるよりも、今は早く住民たちを避難させないといけない。
私は住民へと襲い掛かるスケルトンに槍を突き刺す。
だが、相手は集団――それもかなりの数だ。
次から次へと現れ、いくら倒しても切りがなかった。
「レヴィ、住民のみなさんはだいたい逃がしましたよ」
私が食い止めている間に、リムが広場にいた見張りの兵に頼んで、住民たちを誘導してくれたようだ。
「よしリム。あとはこいつらを片付けるだけだな。だが、午前の授業で魔力切れになったのだろう。戦えるか?」
「今日はもう魔法は使えません。ですが、それでもリムはまだまだ戦えます」
「心強いな。よし、我々もラヴィ姉さんに続くぞ」
私とリムは、スケルトンの集団を迎え撃ち、ラヴィ姉さんが向かった舞台へと急いだ。
敵の数は多く、打ち倒してもすぐに次の攻撃が襲ってきたが、私の横にはリムがいる。
私を襲う奴はリムが倒し、リムを狙う敵は私が倒す。
こんな状況だというのに不謹慎だが、私は戦いを楽しんでしまっていた。
それは隣にいる小さな少女――リムの動きと私の動きが、まるで何年も共に舞台へ上がっている踊り子のコンビのように感じたからだ。
これほどまで息が合うとは、槍を振るのが楽しくってしょうがない。
「あらかた片付いたな。よし、あとは兵士たちに任せて、次はライト王を助けるんだ」
「はいなのです。今の戦いで理解したのですよ。リムとレヴィのコンビに勝てる者などいません。魔王でも大魔王でも連れて来いなのですッ!」
リムも私と同じことを感じていたようだ。
なんの打ち合わせも訓練もなく、互いの体が動いたのだ。
先ほどの高揚感を感じられないようならば、戦うことを辞めたほうがいい。
またもや不謹慎極まりないが、つい笑みを浮かべてしまう。
そして、私たちが舞台に上がると、そこでは――。
「これはこれはレヴィさんにリムさん。遅かったですね」
しまりのない顔で笑うメルヘンと、折れた剣を握っているラヴィ姉さんが立っていた。
ラヴィ姉さんは、倒れているライト王を庇うようにメルヘンと向かい合っていたが、その体はすでに傷だらけで出血が酷い。
私は構えていたグングニルをメルヘンへと突き刺す。
すると、メルヘンの体が――。
「不死者の私にこんな原始的な攻撃では、ダメージを与えることなどできませんよ」
そう言い笑うと、ラヴィ姉さんが叫んだ。
「気を付けるっすよレヴィ、リム! メルヘンは、アンデッド――リッチっす!」
リッチはアンデッドモンスターの一種だ。
ローブを身にまとった骸骨で、禍々しいオーラを放っているというイメージが一般的である。
だが、メルヘンは大賢者で、しかも世界を平和にした英雄のはず。
一体何がどうなってアンデッドになったんだ?
「アンデッドなら、リムの技が有効なのですよ」
リムはそういうと、両手のその掌を合わせて構える。
その掌には光の波動が集まっていた。
「はぁぁぁ……オーラフィストッ!」
凄まじい光の波動がメルヘンを包んだ。
だが、メルヘンは少々ダメージを負ったものの、まだ動いている。
「聖属性か……またやっかな技を……」
そういったメルヘンの顔が歪み、次第にその顔の皮が崩れ落ちていった。
いや、顔の皮だけでない。
手足も含め、全身の皮が無くなり、スケルトンと同じような骸骨の姿へと変わった。
あの人間だったときのしまりのない顔は、カモフラージュだったのか。
「だが、それだけ私に勝てるものか。喰らいなさい、本物の地獄の業火を。ヘルフレイム·ダブル」
骸骨の姿となったメルヘンは、両手から激しく燃え上がる炎を出し、それをリムへと向けた。
リムはもう一度オーラフィストを撃とうと構えたが――。
「鈍臭いですね。技や魔法は相手よりも早く出せなければ、必ず一手遅れてしまいます。そして、それが勝敗を分ける」
激しい炎が二つの首を持ったドラゴンのような形となり、リムの体を貫いた。
体から煙をあげながら、黒焦げになったリムはその場で倒れる。
「リム! 大丈夫かッ!?」
まだ死んではいない。
だが、全身に負った火傷のせいで、もう戦えるとは思えなかった。
ヘルフレイムとは火の魔法。
魔力を手に集め、それを火に変えて相手へと放つ魔法だ。
だが、火を両手から放出し、さらにドラゴンの形へと変化させるなど、どれだけ魔力のコントロール技術が必要になるのか。
両手から放つ炎の造形魔法など、私は見たことも聞いたこともない。
「レヴィッ! 気を抜くなッ! 次が来るっすよッ!」
ラヴィ姉さんが叫んだ。
だが、もう時すでに遅く、二つの首を持った炎のドラゴンが、私の眼前に迫っていた。
ここで避ければリムが確実に死ぬ。
だが、私はこの炎を受け切ることができるのか?
たとえ凌いだとして、その後にメルヘンと戦えるのか?
そう考えた私だったが、元より選択肢などなかった。
ここで避ければリムが死ぬ。
その理由だけで私はこの炎のドラゴンを受け止めるしかない。
槍を立て、身構える私。
だが、その前に突然人影が――。
「下がれレヴィッ!」
「ラヴィ姉さんッ!?」
飛び込んできたラヴィ姉さんは、折れた剣を炎のドラゴンへと突き刺し、相殺しようとした。
激しい炎を全身に浴びながらも、姉さんはなんとか相殺に成功する。
「そんな傷だらけで、どうして私を庇ったんだ!?」
ラヴィ姉さんは私に心配をかけないためか、余裕の笑みを見せたが、先ほどの外傷と合わせて、もう戦えるようには見えない。
もはや立って喋っているだけでも辛いはずだ。
「やれやれ、相変わらず考え無しっすね。ここでお前がやられたら誰があいつを倒すんすか?」
その言葉を聞いた私は、ラヴィ姉さんを下がらせ、メルヘンの前へと出る。
「そう……だな。すまない姉さん。あとは私が片付ける」
メルヘンに効果がある攻撃は、リムの技――オーラフィストのみ。
そんなリムはもう戦闘不能。
聖属性も火属性も持たない私には、不死者のアンデッドを仕留めることはできず、戦えば確実に殺されるだろう。
だが、それでも私は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
不死者に対する恐怖も、仲間をやられた怒りもすべて飲み込み、自分がやるべきことに集中できていた。
「おやおや。なんだか覚悟が決まったような顔をしてますね」
メルヘンはそんな私の表情を見て、カタカタと歯を鳴らし、笑った。
笑う骸骨など滑稽で、見る者によれば恐ろしいものだろう。
しかし、私は一切を気にせずに、ただゆっくりと前へと出て行く。
「私には仲間がいる……」
「仲間ぁ? くだらないことを言いますね。事実その仲間はもういませんよ。戦えるのはもうあなた一人じゃないですか」
「お前は知らないんだ。いや……誰も知らない……私だけしか知らないんだ……。ラヴィ姉さんが私にしてくれたことで、それを思い出せた……」
「何を言っているのですか? 恐怖で頭がおかしくなったのですか? 困りますね。本当に恐ろしいのはこれからなのに」
メルヘンがそう言った瞬間――。
一匹の馬がもの凄い速度で私とメンヘルの前に現れた。
そして、その背に乗っていた人物が振り落とされ、私たちの目の前に転がり、馬はそのまま走り去って行ってしまった。
「お前は……?」
メルヘンは呟くように言った。
その声からして驚きを隠せないようだった。
だが、私は驚かない。
何故なら、この人物がここへ来ることをわかっていたからだ。
「あぁぁぁッ! なんでこういつもいつもこんな強そうな奴が現れるんだよッ!?」
そう――。
リョウタ――。
私が槍を捧げた男――。
リョウタはいつだって私の窮地に駆け付けてくれる。
「やはり来てくれたか、リョウタ!」
それでも私はリョウタが来てくれたことが嬉し過ぎて、ついはしゃいだ声を出してしまう。
「実は大賢者メルヘンは、アンデッド――リッチだった。こいつには打撃も効かないうえ、さらに強力な造形魔法を使うぞ」
「そういうお前はなんでそんな嬉しそうなんだよッ!?」
「お前がここにいるからだッ!」
自分でも凄いことを言ってしまったと思ったが、恥ずかしがることなど微塵もない。
だって、私はリョウタが来てくれたことを正直に言葉にしただけなのだから。
「お、お前はッ!? こ、こんなときにそういうことを言うかッ!?」
顔を真っ赤にしているリョウタ。
慌てているが、いつものことで私は安心する。
そして、きっといつものように何か打開策を考えているはずなんだ。
「くだらないものを見せられました。そんな雑魚がいくら来ようと私の優位は揺るぎませんよ」
メルヘンは再びカタカタと歯を鳴らすと、炎の造形魔法を唱えた。
私はリョウタに指示を出し、倒れているリムを助けるように言う。
そして、私はラヴィ姉さんを担いで、リムを抱えたリョウタと共に広場にあった建物の影に隠れた。
「姉さん、ライト王は?」
「すでに避難してもらっているっすよ。それにしても、まさかこいつが来るなんて……」
ラヴィ姉さんは、リョウタが現れたことに驚いているようだった。
無理もない。
あれだけこき下ろした男だ。
私はそのことで何か言ってやりたくなったが、今はそんなことをしている暇はない。
「リョウタ、何か考えているんだろう?」
「お前……相変わらず俺頼りだな……」
「当然だ。私はお前がいないと生きていく自信がない!」
「それが胸を張って言う台詞かよッ!」
そうは言いつつも、リョウタはちゃんと策を考えていてくれた。
街にアンデッドの集団が現れたと聞いたリョウタは、すぐに城にあった聖水を集め、それを私に渡そうとここへ馬を走らせたようだ。
やはりリョウタは、私のことを……。
あぁ……そこまで思われていたなんて恥ずかし過ぎるぞ!
そう思うと、湧き上がる気持ちが抑えられなくなってきた。
この場ですぐにでも空へと飛びあがりたい。
「おい、今飛ぼうとしたろ」
「していないッ!」
身を震わせた私を見たリョウタは、呆れた顔をして言った。
ともかく、リョウタは考えた作戦を話し始めた。
アンデッドは聖水を浴びると、その身が崩れる。
たとえ、それがリッチのような上級クラスのアンデッドあろうともだ。
「なら、メルヘンの奴にここにある聖水をすべて浴びせるってことか?」
「いや違う。聖水を浴びるのはレヴィ、お前だ」
リョウタが言うに――。
全身と武器に聖水を浴びせた状態に私が、メルヘンに竜騎士の技――ジャンプを喰らわすというものだった。
「あいつはアンデッドのボスなんだろ? だったら聖水を浴びせるだけじゃ倒せない可能性が高い」
「なるほど。大ダメージを喰らわせたうえで聖水も浴びせるということか。よし、今すぐ飛ぶぞ、私は!」
「待てって! お前のジャンプは狙いが付けられないうえに着地もできないだろうが。だからチャンスは一度しかないことを理解しておけよ」
そして、リョウタは落ちていたスケルトンの大きな盾を拾って立ち上がった。
「毎度のことだが、俺が囮になる。今回はカトプレパスのときとは違って的が小さいが、頼んだぞ、レヴィ」
そういうと、リョウタは盾を突き出してメルヘンへと向かって行った。
リョウタは弱い。
私が知っている成人男性の中でも一番と言っていい。
だが、自分の弱さを受け入れ、そして勝つために強敵へと向かって行ける男はリョウタだけだ。
それに、竜騎士の才能はないと誰もが言ったこの私の技を、自分の命を懸けて信頼してくれる。
リョウタ……。
お前は出会ったときからそうだった。
私はリョウタが持ってきていた大量の聖水を、全身と武器にあるだけかけた。
そして、助走をつけ、槍を使い、勢いよく地面を突いて跳躍。
空へと飛びあがる。
青い空、白い雲が広がる空間へと入っていく。
そして最高地点に到達すると、槍を下に向けて下降。
風を感じながら、狙いをメルヘンへと定める。
下を見ると、メルヘンがリョウタに向かって炎の属性魔法を唱えていた。
だが、それでもリョウタはうまく盾で自身を守りながら、メルヘンをその場から動けないようにしていた。
「どうした大賢者メルヘンッ! こんなもんじゃ俺は倒せないぞ! 悔しかったらもっとスゲー魔法を使ってみろ!」
挑発して、相手の心を乱すのはリョウタの得意技だ。
これは誰が見ても最弱だとわかるリョウタだからこそ相手も苛立つのだ。
それを自分でもわかっていてやるリョウタ。
さすがは自分の弱さを受け入れているだけのことはある。
並の男なら、プライドが邪魔をしてこんな真似はできない。
「雑魚がちょこまかと。ならば、その盾ごと灰にしてやりますかね」
「いや、灰になるのはお前だよ、メルヘン」
「なにをバカなことを」
「いっけぇーレヴィッ!」
そのリョウタの声と共に、私の槍がメルヘンの体を貫いた。
聖水をたっぷりかけてあった効果か、貫かれたメルヘンの体は灰へと変わっていく。
「バ、バカな!? こんな残念な竜騎士に私がやられるなどッ!?」
「残念なのはお前だメルヘン。そのまま土に帰るがいい」
メルヘンの断末魔の叫びが周囲を覆い尽くすと、その体は完全に消え去った。
やった、やったぞ。
私は……私たちはこの国をアンデッドから救えたんだ。
安心して気が抜けた私は、その場にへたり込んでしまった。
騎士でありながら情けないが、ずっと続いた緊張も解けて、もう一歩も動けそうにない。
「おーいレヴィ。大丈夫か?」
そこへリョウタが現れ、私に手を伸ばした。
リョウタの体はあちこち焼け焦げていて、盾のおかげでまともには炎を喰らわなかったにしても、酷いケガに見えた。
「お前こそ大丈夫なのか? 私には酷いケガに見える……」
「なに言ってんだよ。こんなもん、お前との旅で負ったケガのほうがよっぽど酷かっただろ?」
「そうだったな……」
そして、私はリョウタの手を握り、その肩を借りた。
体はクタクタだったが、リョウタにこうやって寄りかかれているのは嬉しい。
「それにしても重いな。ちょっと太ったんじゃないかお前?」
「なッ!? なにを言うんだリョウタッ! ラヴィ姉さんは私なんか軽々と持ち上げていたぞ! 私が重いのではない。お前の修行が足りないんだッ!」
ちょっと甘えようと思った私の考えは甘かった。
そうだった……。
私とリョウタはそんな関係じゃなかったんだよな……。
そのとき――。
地面から突然灰が舞い上がり、それが次第に骸骨の形へとなった。
「よ、よくもやったな……」
メルヘンは死んでいなかった。
だが、私のジャンプで相当なダメージを受けたのだろう。
今にも崩れそうなその体には、ヒビやかけた箇所が至るところに見える。
聖水をあと一振りでも浴びせれば、止めがさせそうだった。
そんな体で何ができるのかと思っていると、メルヘンは近くにいたラヴィ姉さんに襲い掛かろうとしていた。
「せめて貴様の姉は道連れにしてやるッ!」
「やめろッ!」
ラヴィ姉さんはもう動けそうになかった。
だが、姉さんは私を見て笑みを浮かべた。
「レヴィ、うちが間違っていたようっす。そいつはお前の言う通りの男だったっすよ」
いくら国を救えてもこんな結末は嫌だ。
せっかくまたラヴィ姉さんに会えたのに……。
今度は一生会えなくなるじゃないか。
「姉さん逃げてくれッ!」
メルヘンがラヴィ姉さんに手をかけようとしたそのとき――。
飛んできた金属製の棒のようなものがメルヘンの腕を砕いた。
よく見ると、その棒のようなものは楽器である横笛――フルートだった。
「私の大事な人に手を出すな」
「な、何者だッ!?」
突如現れたその男は、剣をメルヘンへと振り落とし、その体をバラバラにした。
そして、そのバラバラになった体へリョウタが持っていた聖水を浴びせると、メルヘンは消滅。
今度こそ奴を始末することができた。
「やっと君のために剣が振るえた……」
私はこの突然助けに入った男のことを知っていた。
そうだ。
金色の長髪を後ろに束ね、その顔は誰が見ても整っていると思うほどの美貌。
愚者の大陸を除けば、世界最強と言われているほどの剣の使い手。
ラヴィ姉さんの婚約者だったルバート・フォルテッシだ。
「こ、これは夢っすか……?」
ラヴィ姉さんは、ルバートの姿を見ながら涙を流していた。
私は姉さんが泣いたところを見たのは、これが初めてのことだった。
父上と母上が死んだときでさえ泣かなかったというに。
ルバートの登場は、それだけのラヴィ姉さんの心を揺さぶったのだろう。
「いや、夢ではない。私は本物だよ、ラヴィ」
「……うちはもう貴族のお嬢さんじゃないっす……。ただの小間使いなんっすよ……。お前とは釣り合わない……」
「私ももう貴族ではない。ただの吟遊騎士さ。ラヴィ……ずっと会いたかった……」
そういうとルバートは、泣いているラヴィ姉さんを抱きしめた。
この国でラヴィ姉さんと会えて――。
そして、まさかルバートまで現れるなんて――。
二人のこれまでのことを知っているのもあって、なんだか私まで泣きそうだ。
「なんか絶対に仲良くなれそうにない奴が出てきたんだけど……」
リョウタは顔を引き攣られながらそう言っているが、私はそうは思わなかった。
何故ならリョウタもルバートも、大事な人ところへ必ず駆け付けるからだ。
「よかった……本当によかった……」
「って、うわぁッ!? おい! おいッ! レヴィッ! しっかりしろよッ!」
心配してくれている声を聞きながら、私もラヴィ姉さんのように男の体――リョウタの体に寄りかかった。
ルバートがここへいるのなら、きっとイルソーレとラルーナもいるだろう。
目が覚めたら三人をリムに紹介しよう。
きっと……いや絶対に仲良くなるはずだ。
今から楽しみだな……。
大空の中でそれを浴びていると、この私――レビィ·コルダストのことを、まるで世界中が祝福しているかのようだ。
「ぐわッ!」
だが、そんな気持ちも地面に叩きつけられた瞬間に台無しになってしまう。
「あらら、失敗すっか……」
地面に倒れて呻いている私の傍で、メイド服を着た女性がボソッと言った。
半開きの目で見ているこのメイドは、私の姉であるラビィ·コルダスト。
ずっと離れ離れになっていたのだが、私たちが現在いる国――ライト王国で再び会うことができた。
今は武芸百般だった姉に、私の技を見てもらっているところだった。
「レヴィ……ホントにその技でカトプレパスを追い詰めたんすか?」
ラヴィ姉さんが疑いの目を私に向けている。
そう思うのも無理はない。
何故なら私は竜騎士でありながら、跳躍後の着地ができないからだ。
かつて竜騎士の跳躍力は空飛ぶモンスターを凌駕し、飛竜の脅威から国を守った――。
という物語がある。
上空から落下したときに得られる速度を上乗せした攻撃は、自身から発する攻撃よりも強力なものになる。
それが竜騎士の技であるジャンプだ。
幼い頃の私は、その物語に夢中になった。
華麗に宙を舞い、弱き人々を助ける――そんな竜騎士に憧れた。
だが、どうやら私には才能がなかったようで、もう何年も修行を積んでいるというのに一向に上達する気配がない。
すでに亡くなっている両親も、幼き日の友人たちも皆揃って、私に竜騎士を諦めるように言った。
それでも、目の前で呆れているラヴィ姉さんだけはずっと応援してくれた。
だから、こうやって空から無様に落ちた姿を見られるのは、本当に情けない。
「ちょっと早いっすけど、城へ戻ろう。気がつけばもうお昼の時間っすよ」
ラヴィ姉さんは倒れている私を抱き起こすと、そのまま肩に担いで運んでいく。
私はかなり鍛えているため普通の女性よりも重いし、甲冑まで着ているというのに、ラヴィ姉さんはまるで藁の束でも持つように軽々と担いでいた。
「なッ!? や、やめてくれ姉さん! こんな姿を人に見られたら恥ずかしくて生きていけないッ!」
「何を言っているんすか。姉が動けない妹を背負うのに何を恥ずかしがる必要がある?」
「私はもう子供じゃないなんだ! こんな姿をあいつに見られたら幻滅されてしまうッ!」
私は体が動かなかったので必死に口を動かしたのが、ラヴィ姉さんにはその言葉は届かなかった。
その状態で、城内にある訓練場から城の中へと進んでいくと、ある少女が私たちに近づいてきた。
「ラヴィ姉さまにレヴィ。こんにちはなのですよ」
フードの付いたノースリーブの服を着た少女。
私がこのライト王国へ来るきっかけをくれたリム·チャイグリッシュだ。
こんな小さくて可愛らしい姿をしているが、彼女は武道家の里ストロンゲスト·ロードの跡継ぎである。
リムは武道家でありながら、その夢は大魔導士。
その実力は、歴代の里長の中でも一番と言われていた。
それで、魔法のほうはというと――。
攻撃系魔法も回復系魔法も使いこなし、さらには、ほぼすべての属性魔法、さらに別属性の魔法を合体させて使うこともできるほどの手練れだ。
その魔力コントロールの上手さは、賢者レベルと言っていい。
だが、リムは体内にある魔力が極端に低く、一日に唱えられる魔法は三回が限度。
それでは、いくら魔力コントロールが上手くできても大魔導士にはなれない。
なのだが、リムは夢を諦めずに、ライト王国に一から魔法の勉強をしに来たというわけだ。
そういう身の上もあって、私と彼女はすぐに打ち解けた。
いくら周りから才能がないと言われようが、そんな夢は叶えられないと言われようが、なりたい自分を諦めたくない。
未来は他人に決められるものではないんだ。
私とリムは互いに励まし合い、必ず夢を叶えようと誓い合った仲。
というわけで、私たちはまだ出会って日は浅いが、まるで幼少の頃から一緒にいる友人のような関係である。
「う~すリム。調子はどうっすか?」
「うぅ……午前の授業ですでに魔力切れになってしまったのですよ……」
俯きながら言うリム。
無理もない。
いくら頑張っても自分の思い通りにならないのだ。
私もその気持ちはよくわかる。
ラヴィ姉さんは、そんな彼女の頭を優しく撫でた。
「焦る必要はないっすよ。リムもレヴィもこれからこれから」
そして、そう言葉を続けた。
嬉しそうにするリム。
ラヴィ姉さんの言葉を聞くと、なんだか私まで優しく撫でられたみたいに感じた。
「リムもよかったら一緒にお昼をどうすっか?」
「はい! なのですよ」
それから私たちはラヴィ姉さんの部屋で昼食を食べることになった。
ラビィ姉さんが作ってくれた野菜スープと焼き立てのパン、それと城下町の近くにある牧場から届くチーズ。
このライト王国では、肉や魚は特別な日じゃないと食べない。
だが、どれも美味しいし、食べ応えもあるので十分に満足できる食事だ。
「そういえばリム。リョウタを知らないか?」
私はパンをかじりながらリムに訊ねた。
リョウタとは、私が自身の槍――グングニルを捧げた男だ。
両親の死後、姉とも離れ離れになり、生きていくために傭兵をやり、そのまま腐っていくしかなかった私に、また竜騎士の夢を思い出させてくれた人物でもある。
彼がいたから私はまた姉に会えたし、リムにも出会えた。
リョウタは私にとって、大空を飛んだときに見える太陽なようなものだ。
それに、ラヴィ姉さん以外で初めて私の夢を応援してくれた人であり、ともかく大事な人……って!? わ、私は何を考えているんだ!?
私は騎士だぞ!? 
色恋沙汰などいかんッ!
リョウタはただ私が槍を捧げた相手というだけだ!
「なんで顔が赤いかは訊かないですが。あの人なら馬小屋で餌をやるのに苦労してましたよ」
リムはどうでもよさそうな様子で返事をしてきた。
それを聞いた私は椅子から立ち上がると、ラヴィ姉さんに手を掴まれる。
そのときのラヴィ姉さんの目は、普段と同じ半開きの無気力なものだったが、凄い威圧感だった。
私が手を離すように言うと、姉さんは大きくため息をついた。
「レヴィ……姉からの忠告っすけど。あの男はやめたほうがいいっす」
「リムもそう思うのですよ」
呆れた顔をしているラヴィ姉さんに、食事をしながらリムも同意していた。
「今まであの男と何があったのかは聞いたっすけど。お前は根が素直過ぎるから見えてないんすよ」
ラヴィ姉さんはそれから不機嫌そうに話し始めた。
あの男――リョウタはお前に相応しくない。
家が亡くなったとはいえお前は貴族の出であり、現在は竜騎士なのだ。
あんなどこの馬の骨ともわからない男に、何故そこまで熱をあげるのだと。
この国――ライト王国の王であるウイリアム=ライト28世が国に入れるのを許したとはいえ、あんな怪しい男は、早くこの国から追い出すべきだと。
そう、冷たく言い放った。
「そ、そんな言い方……いくらラヴィ姉さんでも怒るぞ」
私はラヴィ姉さんの言葉を聞いて、手を振りほどき、食って掛かった。
リョウタの人柄の素晴らしさは、姉さんと久しぶりに会えた日の夜に、散々話したというのに……。
それが伝わってなかったと思うと……。
いや、私はリョウタがそんな悪い言い方をされて怒りが収まらなかったのだ。
だが、それでもラヴィ姉さんは落ち着いた様子で言葉を続ける。
「レヴィのその綺麗な金の髪も、その澄んだ碧い瞳も。あの胡散臭い男には似合わない……。何度でも言うっすよ。あの男ではでお前に不釣り合いっす」
「リムも同意見なのですよ」
そして、またリムがラヴィ姉さんに同意した。
何故だ……。
何故姉さんはわかってくれないんだ……。
リムだって、この国へ来る前にリョウタの勇敢な姿を見ただろう。
カトプレパスの力、相手を石化することも恐れず、リョウタが自ら囮となったからこそ、あのとき村を救えたんじゃないか。
なのに何故……。
「ラヴィ姉さんもリムも何故わからないんだ!? リョウタがいなかったら私は竜騎士をやめていた! あいつは私にとって特別な人なんだよ!」
私は震える体を押さえ、部屋から飛び出していった。
そして、一心不乱に城内を走り、リョウタがいると聞いた馬小屋を目指した。
その途中、城内から中庭に出たとき――。
「これはこれはレヴィさん。そんなに慌ててどうしたんですか?」
白いローブを着た若い男に声をかけられた。
笑みを作りながら、私のほうへと向かってくる。
この男の名は大賢者メルヘン·グース。
しばらく前に、このライト王国に召喚された聖騎士の少女と共に世界を平和にした英雄の一人だ。
私はメルヘンの顔を凝視した。
この人は、こんなしまりのない顔をしていても世界を平和にした英雄なのだ。
リョウタは見た目はあれだけど……と、思っていたが、このメルヘンも負けずに怪しいし、胡散臭い。
だから、人は見た目では判断できないのだ。
それでも、ラヴィ姉さんやリムに理解してもらおうなんて思う必要はない。
リョウタの良いところは私だけが知っていればそれでいい。
……って、わ、私はまたふしだらなことをッ!?
いかん!? いかんぞ!
リョウタはそういう対象ではないんだ!
「そんな顔を赤くしてどうしたのかな? 」
私はこの大賢者を見て、弱くなっていた心が強くなっていくのを感じた。
こんな見た目が“あれ”な男でも英雄なのだ。
リョウタだって……。
「いや、その……大賢者メルヘン殿……ありがとうございます」
「うん? なんか酷く失礼なことを思われた気がするんだけど、まあいいか。それよりも午後からは死者の祝祭だよ。レヴィさんもぜひ参加してね」
死者の祝祭とは、このライト王国で行われている行事の一つ。
毎年死者の魂の安息を祝うためにやっている国総出のお祭りだ。
私はメルヘンの言葉に頭を下げ、その場を後にした。
午後は祝祭かぁ……。
なら、私もリョウタと二人で……。
って、あぁ~! 私はまたふしだらことをッ!?
私が一人その場で慌てふためいていると、一人の男が近づいてきた。
「なにしてんだ、レヴィ?」
眼鏡をかけた冴えない男。
その体からは獣臭が酷く漂っており、その容姿も相まってただのくたびれた男にしか見えない。
「リョ、リョウタッ!」
そう――。
この冴えない、くたびれた男が私の槍を捧げた人物――リョウタだ。
年齢は私と同じ二十代前半なのだが、その挙動の一つ一つがゆっくりなため、まるで年寄りのような感じだ。
「お前、馬小屋に居たんじゃなかったのかッ!?」
私は突然現れたリョウタを見て、さらに動揺してしまった。
それは、リョウタと一緒に祭りを見て回りたいなどと恥ずかしいことを考えていたからだ。
だが、そんな私を見たリョウタは、特に気にした様子もなく返事をしてくる。
「仕事ならさっき終わったよ。……ってゆーか、レヴィやリムは王宮暮らしで、なんで俺だけ兵舎で寝泊まり……しかも馬の世話係をやらされなきゃいけないんだよ」
私たちがこのライト王国へ到着し、ライト王に拝謁したとき。
リムはその名が有名だったこともあり、すぐにでも魔法を学ぶことが許され、城内の一室を貸し与えられた。
私はというと、この国のメイドだったラヴィ姉さんからの頼みもあり、姉さんの部屋に住まわせてもらうことに。
だが、リョウタだけは素性が知れないという理由で、ラヴィ姉さんはすぐにでもライト王国から追い出そうとした。
それでもライト王は優しく、反対する姉さんを説得して、なんとか馬の世話係としてこの国においてもらえることとなったのだ。
私とリョウタは、あるギルドでのいざこざもあってお尋ね者だ。
しかし、ライト王はそれを知ったうえで私たちを受け入れてくれていた。
さすがは善人しかいない国といわれるライト王国を統べる人物。
疑り深く、他人をあまり信用しないラヴィ姉さんがその剣を捧げただけのことはある。
「はぁ~、女神からはいっさい連絡がなくなっちゃったし……。いつになったら俺の異世界チートハーレム生活は始まるんだか……」
ため息をつきながら、井戸のあるほうへとトボトボと向かうリョウタ。
リョウタはたまに私にはわからない言葉を使う。
おそらくだが、リョウタはよく女神のことをずいぶんと親しい間柄のように言っているので(私を含め、この世界のほとんどの人間が女神の存在を見たことはないが)、きっと選ばれた者にしかわからない神聖な言葉なのだろう。
そして女神のことは、私とリョウタだけの秘密でもある。
……秘密とはいっても、別にやましいことなんかない。
だが、リョウタと私……二人だけの秘密なんて……。
そんなことを思うだけで私は……私はッ!
「おい、今飛ぼうとしたろ」
「していないッ!」
リョウタが突然振り返り、私へと言った。
心を見透かされたと思うと恥ずかし過ぎて、飛ぼうとはしていないと嘘をついた。
私は興奮すると自分を抑えられなくなって、ジャンプして空へと飛びたくなるのだが、いつもリョウタに止められる。
止める理由は、私が着地できずにそのまま動けなくなってしまうからだ。
うぅ……自分のこの体質が恨めしい。
飛ぶことは大好きなのだが、この止められぬ性には困ってしまう。
それからスタスタと歩き始めたリョウタの後ろを、私は何も言わずについて行った。
そして、リョウタは目的地に着くと、井戸の水を汲んで体を拭き、うがいを始める。
「リョウタ、この後は何かあるのか?」
私は訊ねた。
もしもう仕事がないのなら、死者の祝祭――祭りへ行きたかったからだ。
だが、リョウタは不機嫌そうな顔をした。
「実はまだ仕事があるんだよ。レヴィはいいよな。何もしなくてよくて」
私はその言葉を聞いて苛立った。
こちらとて遊んでいるわけではない。
王国の兵たちの訓練を指導したり、街の警護や見回りだって自発的にやっているのだ。
それに私は、リョウタが酷いことを言われているのを庇っているというのに、そんな言い方はないじゃないか。
「……そうか。ならいい」
私は少し怒気が含んだ言い方をすると、その場から立ち去ろうとした。
「おい、なにを怒ってんだよ?」
「怒ってないッ!」
自分でもわかりやすく怒っているのが伝わる言い方をしてしまっていたが、後の祭り。
今さら引けず、私は早足でリョウタの前から去った。
それから私は一人で街へと向かった。
街では屋台などが道を埋め尽くして、店の者も道を歩く人も皆楽しそうにしていた。
何をそんなに浮かれている。
いくら祭りとはいえ、死者の魂の安息を祝う行事だろうが。
「ねえ、お母さん。今日はお父さんと会えるかな?」
目の前で母親に手を引かれていた少女が、突然そう言った。
母親はそれを聞いて、会いに来てくれるかもね、と優しく言葉を返していた。
私はそれを聞いて、自分が思ったことを恥じた。
この少女はきっと父親を亡くしている。
だから、毎年この死者の祝祭で父親に会えるかもしれないと、楽しみにしているのだ。
この少女だけではない。
この国の住民たちは、この祭りで亡くなった人への思いや言葉を表現するのだろう。
なのに私はなんということ……。
私はリョウタとギクシャクしたのもあって、少々苛立っていた。
心に余裕がないときは、どうしても他人のことを悪く見てしまう。
そんな自分が情けなくなった。
私が俯いているのに気がついたその少女が、持っていた飴をくれた。
「元気出して、騎士のお姉ちゃん。お姉ちゃんも今日は大事の人と会えるよ」
少女は何か誤解していたようだが、私はその気持ちが嬉しかった。
そこへ、ラヴィ姉さんとリムがやって来る。
二人が言うに、ライト王から死者たちへ言葉を贈る儀式がもうすぐ始まるので、街の広場へ行こうとのことだ。
「ラヴィ姉さん、仕事じゃなかったのか? それにリムにも午後の授業が」
私がそう訊き返すと、ラヴィ姉さんが説明をしてくれた。
どうやらライト王が、午後は皆手を止めて、死者たちが安らかに眠っていることを祝おうと伝令を回したようだ。
「そうか……。それだったらリョウタも……」
「うん? 何か言ったすっかレヴィ?」
「いや、なんでもない……」
私はこんなことならリョウタと一緒にいればよかったと思った。
そうすれば、一緒に祭りを楽しめたかもしれない。
だが、感情的になって飛び出してしまったのは私だ。
リョウタの言い方も酷かった――正直苛立った。
だが、一緒に祭りを楽しみたかったのが私の本音だった。
「ほらレヴィ、早く行きましょうなのですよ」
楽しそうに急かしてくるリム。
そして彼女が私の手を引き、私たちはラヴィ姉さんの後ろをついて行って広場へと向かった。
広場には、集まった人々が誰でもライト王の姿が見えるようにか、簡易的な舞台が築かれていた。
しばらくすると、その舞台にライト王が現れた。
「よく集まってくれた、我が国の民たちよ」
ライト王が笑顔でそう言うと、住民たちから声援が飛んだ。
まるでドラゴンを倒した英雄のような扱いに、私はただ驚いていた。
何故ならば、これほど民に親しまれている王を、私は今まで生きていて見たことがない。
ライト王に片腕がないことは、最初に拝謁したときに気がついたが、今考えるとそれはきっと誰かを庇って失ったのだろう。
多くの王が自分中心で物事を考えるというのに(だがそれは、けして恥ずかしいことではない)、ライト王はまず民であり人なのだ。
あの人が王でいる理由は、王族の名誉のためでも国を守るためでもない。
自分以外の者を守るために王でいるのだ。
「それでは、これから死者の祝祭の儀式を始める。大賢者メルヘン。さあ上がって来てくれ」
そして、ライト王の呼びかけにより、本物の英雄メルヘン·グースが登場した。
住民たちもさらに声援を送り始めている。
だが、リムだけは不満そうな顔をしていた。
「どうしたんだリム? そんな顔して?」
私が気になって訊ねると、リムは周りには聞こえないように耳打ちをして答えた。
リムは武道家の里での修行により、相手に流れる気を感じ取れるらしい。
それで、どうもメルヘンからは悪しき気を感じるようで、リムはあまり彼のことが好きじゃないようだ。
「なのですが。あの人が聖騎士の少女と共に世界を平和にしてくれたのは事実……。だから、当然手は出さないのです」
そういうリムではあったが、やはりメルヘンが住民たちに笑顔を向けると、何か納得が言っていない表情をしていた。
そういえばリムは、リョウタのことも毛嫌いしているが、もしかしたらあいつにも悪しき気とやらを感じるのだろうか。
私が思わずそのことを訊ねると、リムはクスクスと笑い始めた。
それは、まるで突然面白い顔を見せられたみたいな態度だった。
「リョウタに悪い気は感じませんよ。それにリムはあの人を嫌ってなんかいません。ただ、情けない人だなぁ~と思うだけなのです」
それを聞いて私は少し安心した。
リムはただ、リョウタの臆病なところが気に入らないだけのようだ。
そうだよな。
リョウタが悪い奴のはずがない。
私は人を見る目には自信がある。
これだけは唯一、私がラヴィ姉さんに勝っているところだ。
「それでは皆さん。これからあの愚者の大地で光と闇が再び出会います。そして、こちらの大陸もすぐにあの方が浄化してくれるでしょう」
メルヘンは舞台に上がると、意味がわからないことを話し始めた。
それは私だけではないようで、ラヴィ姉さんもリムも、住民たちも、そして、舞台の上にいるライト王へ兵士たちも理解できていないようだった。
「大賢者メルヘンよ。それは一体どういう意味なのだ?」
ライト王がメルヘンに訊ねると、当然舞台ごと周辺が爆発した。
そして、漂う煙の中から、モンスターが現れる。
「さあ、今日は死者の祝祭。思う存分楽しんでくださいね」
メルヘンがそういうと煙が晴れていき、モンスターの姿が見え始めた。
それは人間のように動く骸骨――スケルトンだった。
かなりの数のスケルトンはそれぞれ剣と大きな盾を持っており、ゆっくり動いていたかと思ったら、急に広場にいた者たちを襲い始めた。
「レヴィ! リム!  うちはライト王様を守る。広場のほうは任せるっすよ」
「はいなのですッ!」
「了解した、ラヴィ姉さん」
私とリムが返事をすると、ラヴィ姉さんは目の前にいたスケルトンの頭を蹴りで粉々に砕き、持っていた剣を奪った。
そしてスケルトンの集団の中、無人の荒野を走るかの如く、ライト王がいる舞台へと向かって行く。
「あわわ~、ラヴィ姉さまってお城のメイドじゃなかったのですかッ!?」
リムがラヴィ姉さんのあまりの強さに舌を撒いていた。
対面したときに、ライト王国の小間使いだと自身で名乗っていたので、無理もないが。
「ラヴィ姉さんは昔、武芸百般の騎士だった。今のを見る限り、腕は鈍っていなさそうだな」
「ただ者ではないと思ってはいましたが、まさかなのですよ」
「そんなことよりも住民たちを逃がすぞ、リム!」
そして、私とリムはスケルトンの大軍に向かっていった。
リムの言葉で思い出したが、このライト王国には周辺諸国にも名の通った、暴力メイドなる者がいると聞いたが、まさかラヴィ姉さんのことじゃないよな。
って、そんなことを考えるよりも、今は早く住民たちを避難させないといけない。
私は住民へと襲い掛かるスケルトンに槍を突き刺す。
だが、相手は集団――それもかなりの数だ。
次から次へと現れ、いくら倒しても切りがなかった。
「レヴィ、住民のみなさんはだいたい逃がしましたよ」
私が食い止めている間に、リムが広場にいた見張りの兵に頼んで、住民たちを誘導してくれたようだ。
「よしリム。あとはこいつらを片付けるだけだな。だが、午前の授業で魔力切れになったのだろう。戦えるか?」
「今日はもう魔法は使えません。ですが、それでもリムはまだまだ戦えます」
「心強いな。よし、我々もラヴィ姉さんに続くぞ」
私とリムは、スケルトンの集団を迎え撃ち、ラヴィ姉さんが向かった舞台へと急いだ。
敵の数は多く、打ち倒してもすぐに次の攻撃が襲ってきたが、私の横にはリムがいる。
私を襲う奴はリムが倒し、リムを狙う敵は私が倒す。
こんな状況だというのに不謹慎だが、私は戦いを楽しんでしまっていた。
それは隣にいる小さな少女――リムの動きと私の動きが、まるで何年も共に舞台へ上がっている踊り子のコンビのように感じたからだ。
これほどまで息が合うとは、槍を振るのが楽しくってしょうがない。
「あらかた片付いたな。よし、あとは兵士たちに任せて、次はライト王を助けるんだ」
「はいなのです。今の戦いで理解したのですよ。リムとレヴィのコンビに勝てる者などいません。魔王でも大魔王でも連れて来いなのですッ!」
リムも私と同じことを感じていたようだ。
なんの打ち合わせも訓練もなく、互いの体が動いたのだ。
先ほどの高揚感を感じられないようならば、戦うことを辞めたほうがいい。
またもや不謹慎極まりないが、つい笑みを浮かべてしまう。
そして、私たちが舞台に上がると、そこでは――。
「これはこれはレヴィさんにリムさん。遅かったですね」
しまりのない顔で笑うメルヘンと、折れた剣を握っているラヴィ姉さんが立っていた。
ラヴィ姉さんは、倒れているライト王を庇うようにメルヘンと向かい合っていたが、その体はすでに傷だらけで出血が酷い。
私は構えていたグングニルをメルヘンへと突き刺す。
すると、メルヘンの体が――。
「不死者の私にこんな原始的な攻撃では、ダメージを与えることなどできませんよ」
そう言い笑うと、ラヴィ姉さんが叫んだ。
「気を付けるっすよレヴィ、リム! メルヘンは、アンデッド――リッチっす!」
リッチはアンデッドモンスターの一種だ。
ローブを身にまとった骸骨で、禍々しいオーラを放っているというイメージが一般的である。
だが、メルヘンは大賢者で、しかも世界を平和にした英雄のはず。
一体何がどうなってアンデッドになったんだ?
「アンデッドなら、リムの技が有効なのですよ」
リムはそういうと、両手のその掌を合わせて構える。
その掌には光の波動が集まっていた。
「はぁぁぁ……オーラフィストッ!」
凄まじい光の波動がメルヘンを包んだ。
だが、メルヘンは少々ダメージを負ったものの、まだ動いている。
「聖属性か……またやっかな技を……」
そういったメルヘンの顔が歪み、次第にその顔の皮が崩れ落ちていった。
いや、顔の皮だけでない。
手足も含め、全身の皮が無くなり、スケルトンと同じような骸骨の姿へと変わった。
あの人間だったときのしまりのない顔は、カモフラージュだったのか。
「だが、それだけ私に勝てるものか。喰らいなさい、本物の地獄の業火を。ヘルフレイム·ダブル」
骸骨の姿となったメルヘンは、両手から激しく燃え上がる炎を出し、それをリムへと向けた。
リムはもう一度オーラフィストを撃とうと構えたが――。
「鈍臭いですね。技や魔法は相手よりも早く出せなければ、必ず一手遅れてしまいます。そして、それが勝敗を分ける」
激しい炎が二つの首を持ったドラゴンのような形となり、リムの体を貫いた。
体から煙をあげながら、黒焦げになったリムはその場で倒れる。
「リム! 大丈夫かッ!?」
まだ死んではいない。
だが、全身に負った火傷のせいで、もう戦えるとは思えなかった。
ヘルフレイムとは火の魔法。
魔力を手に集め、それを火に変えて相手へと放つ魔法だ。
だが、火を両手から放出し、さらにドラゴンの形へと変化させるなど、どれだけ魔力のコントロール技術が必要になるのか。
両手から放つ炎の造形魔法など、私は見たことも聞いたこともない。
「レヴィッ! 気を抜くなッ! 次が来るっすよッ!」
ラヴィ姉さんが叫んだ。
だが、もう時すでに遅く、二つの首を持った炎のドラゴンが、私の眼前に迫っていた。
ここで避ければリムが確実に死ぬ。
だが、私はこの炎を受け切ることができるのか?
たとえ凌いだとして、その後にメルヘンと戦えるのか?
そう考えた私だったが、元より選択肢などなかった。
ここで避ければリムが死ぬ。
その理由だけで私はこの炎のドラゴンを受け止めるしかない。
槍を立て、身構える私。
だが、その前に突然人影が――。
「下がれレヴィッ!」
「ラヴィ姉さんッ!?」
飛び込んできたラヴィ姉さんは、折れた剣を炎のドラゴンへと突き刺し、相殺しようとした。
激しい炎を全身に浴びながらも、姉さんはなんとか相殺に成功する。
「そんな傷だらけで、どうして私を庇ったんだ!?」
ラヴィ姉さんは私に心配をかけないためか、余裕の笑みを見せたが、先ほどの外傷と合わせて、もう戦えるようには見えない。
もはや立って喋っているだけでも辛いはずだ。
「やれやれ、相変わらず考え無しっすね。ここでお前がやられたら誰があいつを倒すんすか?」
その言葉を聞いた私は、ラヴィ姉さんを下がらせ、メルヘンの前へと出る。
「そう……だな。すまない姉さん。あとは私が片付ける」
メルヘンに効果がある攻撃は、リムの技――オーラフィストのみ。
そんなリムはもう戦闘不能。
聖属性も火属性も持たない私には、不死者のアンデッドを仕留めることはできず、戦えば確実に殺されるだろう。
だが、それでも私は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
不死者に対する恐怖も、仲間をやられた怒りもすべて飲み込み、自分がやるべきことに集中できていた。
「おやおや。なんだか覚悟が決まったような顔をしてますね」
メルヘンはそんな私の表情を見て、カタカタと歯を鳴らし、笑った。
笑う骸骨など滑稽で、見る者によれば恐ろしいものだろう。
しかし、私は一切を気にせずに、ただゆっくりと前へと出て行く。
「私には仲間がいる……」
「仲間ぁ? くだらないことを言いますね。事実その仲間はもういませんよ。戦えるのはもうあなた一人じゃないですか」
「お前は知らないんだ。いや……誰も知らない……私だけしか知らないんだ……。ラヴィ姉さんが私にしてくれたことで、それを思い出せた……」
「何を言っているのですか? 恐怖で頭がおかしくなったのですか? 困りますね。本当に恐ろしいのはこれからなのに」
メルヘンがそう言った瞬間――。
一匹の馬がもの凄い速度で私とメンヘルの前に現れた。
そして、その背に乗っていた人物が振り落とされ、私たちの目の前に転がり、馬はそのまま走り去って行ってしまった。
「お前は……?」
メルヘンは呟くように言った。
その声からして驚きを隠せないようだった。
だが、私は驚かない。
何故なら、この人物がここへ来ることをわかっていたからだ。
「あぁぁぁッ! なんでこういつもいつもこんな強そうな奴が現れるんだよッ!?」
そう――。
リョウタ――。
私が槍を捧げた男――。
リョウタはいつだって私の窮地に駆け付けてくれる。
「やはり来てくれたか、リョウタ!」
それでも私はリョウタが来てくれたことが嬉し過ぎて、ついはしゃいだ声を出してしまう。
「実は大賢者メルヘンは、アンデッド――リッチだった。こいつには打撃も効かないうえ、さらに強力な造形魔法を使うぞ」
「そういうお前はなんでそんな嬉しそうなんだよッ!?」
「お前がここにいるからだッ!」
自分でも凄いことを言ってしまったと思ったが、恥ずかしがることなど微塵もない。
だって、私はリョウタが来てくれたことを正直に言葉にしただけなのだから。
「お、お前はッ!? こ、こんなときにそういうことを言うかッ!?」
顔を真っ赤にしているリョウタ。
慌てているが、いつものことで私は安心する。
そして、きっといつものように何か打開策を考えているはずなんだ。
「くだらないものを見せられました。そんな雑魚がいくら来ようと私の優位は揺るぎませんよ」
メルヘンは再びカタカタと歯を鳴らすと、炎の造形魔法を唱えた。
私はリョウタに指示を出し、倒れているリムを助けるように言う。
そして、私はラヴィ姉さんを担いで、リムを抱えたリョウタと共に広場にあった建物の影に隠れた。
「姉さん、ライト王は?」
「すでに避難してもらっているっすよ。それにしても、まさかこいつが来るなんて……」
ラヴィ姉さんは、リョウタが現れたことに驚いているようだった。
無理もない。
あれだけこき下ろした男だ。
私はそのことで何か言ってやりたくなったが、今はそんなことをしている暇はない。
「リョウタ、何か考えているんだろう?」
「お前……相変わらず俺頼りだな……」
「当然だ。私はお前がいないと生きていく自信がない!」
「それが胸を張って言う台詞かよッ!」
そうは言いつつも、リョウタはちゃんと策を考えていてくれた。
街にアンデッドの集団が現れたと聞いたリョウタは、すぐに城にあった聖水を集め、それを私に渡そうとここへ馬を走らせたようだ。
やはりリョウタは、私のことを……。
あぁ……そこまで思われていたなんて恥ずかし過ぎるぞ!
そう思うと、湧き上がる気持ちが抑えられなくなってきた。
この場ですぐにでも空へと飛びあがりたい。
「おい、今飛ぼうとしたろ」
「していないッ!」
身を震わせた私を見たリョウタは、呆れた顔をして言った。
ともかく、リョウタは考えた作戦を話し始めた。
アンデッドは聖水を浴びると、その身が崩れる。
たとえ、それがリッチのような上級クラスのアンデッドあろうともだ。
「なら、メルヘンの奴にここにある聖水をすべて浴びせるってことか?」
「いや違う。聖水を浴びるのはレヴィ、お前だ」
リョウタが言うに――。
全身と武器に聖水を浴びせた状態に私が、メルヘンに竜騎士の技――ジャンプを喰らわすというものだった。
「あいつはアンデッドのボスなんだろ? だったら聖水を浴びせるだけじゃ倒せない可能性が高い」
「なるほど。大ダメージを喰らわせたうえで聖水も浴びせるということか。よし、今すぐ飛ぶぞ、私は!」
「待てって! お前のジャンプは狙いが付けられないうえに着地もできないだろうが。だからチャンスは一度しかないことを理解しておけよ」
そして、リョウタは落ちていたスケルトンの大きな盾を拾って立ち上がった。
「毎度のことだが、俺が囮になる。今回はカトプレパスのときとは違って的が小さいが、頼んだぞ、レヴィ」
そういうと、リョウタは盾を突き出してメルヘンへと向かって行った。
リョウタは弱い。
私が知っている成人男性の中でも一番と言っていい。
だが、自分の弱さを受け入れ、そして勝つために強敵へと向かって行ける男はリョウタだけだ。
それに、竜騎士の才能はないと誰もが言ったこの私の技を、自分の命を懸けて信頼してくれる。
リョウタ……。
お前は出会ったときからそうだった。
私はリョウタが持ってきていた大量の聖水を、全身と武器にあるだけかけた。
そして、助走をつけ、槍を使い、勢いよく地面を突いて跳躍。
空へと飛びあがる。
青い空、白い雲が広がる空間へと入っていく。
そして最高地点に到達すると、槍を下に向けて下降。
風を感じながら、狙いをメルヘンへと定める。
下を見ると、メルヘンがリョウタに向かって炎の属性魔法を唱えていた。
だが、それでもリョウタはうまく盾で自身を守りながら、メルヘンをその場から動けないようにしていた。
「どうした大賢者メルヘンッ! こんなもんじゃ俺は倒せないぞ! 悔しかったらもっとスゲー魔法を使ってみろ!」
挑発して、相手の心を乱すのはリョウタの得意技だ。
これは誰が見ても最弱だとわかるリョウタだからこそ相手も苛立つのだ。
それを自分でもわかっていてやるリョウタ。
さすがは自分の弱さを受け入れているだけのことはある。
並の男なら、プライドが邪魔をしてこんな真似はできない。
「雑魚がちょこまかと。ならば、その盾ごと灰にしてやりますかね」
「いや、灰になるのはお前だよ、メルヘン」
「なにをバカなことを」
「いっけぇーレヴィッ!」
そのリョウタの声と共に、私の槍がメルヘンの体を貫いた。
聖水をたっぷりかけてあった効果か、貫かれたメルヘンの体は灰へと変わっていく。
「バ、バカな!? こんな残念な竜騎士に私がやられるなどッ!?」
「残念なのはお前だメルヘン。そのまま土に帰るがいい」
メルヘンの断末魔の叫びが周囲を覆い尽くすと、その体は完全に消え去った。
やった、やったぞ。
私は……私たちはこの国をアンデッドから救えたんだ。
安心して気が抜けた私は、その場にへたり込んでしまった。
騎士でありながら情けないが、ずっと続いた緊張も解けて、もう一歩も動けそうにない。
「おーいレヴィ。大丈夫か?」
そこへリョウタが現れ、私に手を伸ばした。
リョウタの体はあちこち焼け焦げていて、盾のおかげでまともには炎を喰らわなかったにしても、酷いケガに見えた。
「お前こそ大丈夫なのか? 私には酷いケガに見える……」
「なに言ってんだよ。こんなもん、お前との旅で負ったケガのほうがよっぽど酷かっただろ?」
「そうだったな……」
そして、私はリョウタの手を握り、その肩を借りた。
体はクタクタだったが、リョウタにこうやって寄りかかれているのは嬉しい。
「それにしても重いな。ちょっと太ったんじゃないかお前?」
「なッ!? なにを言うんだリョウタッ! ラヴィ姉さんは私なんか軽々と持ち上げていたぞ! 私が重いのではない。お前の修行が足りないんだッ!」
ちょっと甘えようと思った私の考えは甘かった。
そうだった……。
私とリョウタはそんな関係じゃなかったんだよな……。
そのとき――。
地面から突然灰が舞い上がり、それが次第に骸骨の形へとなった。
「よ、よくもやったな……」
メルヘンは死んでいなかった。
だが、私のジャンプで相当なダメージを受けたのだろう。
今にも崩れそうなその体には、ヒビやかけた箇所が至るところに見える。
聖水をあと一振りでも浴びせれば、止めがさせそうだった。
そんな体で何ができるのかと思っていると、メルヘンは近くにいたラヴィ姉さんに襲い掛かろうとしていた。
「せめて貴様の姉は道連れにしてやるッ!」
「やめろッ!」
ラヴィ姉さんはもう動けそうになかった。
だが、姉さんは私を見て笑みを浮かべた。
「レヴィ、うちが間違っていたようっす。そいつはお前の言う通りの男だったっすよ」
いくら国を救えてもこんな結末は嫌だ。
せっかくまたラヴィ姉さんに会えたのに……。
今度は一生会えなくなるじゃないか。
「姉さん逃げてくれッ!」
メルヘンがラヴィ姉さんに手をかけようとしたそのとき――。
飛んできた金属製の棒のようなものがメルヘンの腕を砕いた。
よく見ると、その棒のようなものは楽器である横笛――フルートだった。
「私の大事な人に手を出すな」
「な、何者だッ!?」
突如現れたその男は、剣をメルヘンへと振り落とし、その体をバラバラにした。
そして、そのバラバラになった体へリョウタが持っていた聖水を浴びせると、メルヘンは消滅。
今度こそ奴を始末することができた。
「やっと君のために剣が振るえた……」
私はこの突然助けに入った男のことを知っていた。
そうだ。
金色の長髪を後ろに束ね、その顔は誰が見ても整っていると思うほどの美貌。
愚者の大陸を除けば、世界最強と言われているほどの剣の使い手。
ラヴィ姉さんの婚約者だったルバート・フォルテッシだ。
「こ、これは夢っすか……?」
ラヴィ姉さんは、ルバートの姿を見ながら涙を流していた。
私は姉さんが泣いたところを見たのは、これが初めてのことだった。
父上と母上が死んだときでさえ泣かなかったというに。
ルバートの登場は、それだけのラヴィ姉さんの心を揺さぶったのだろう。
「いや、夢ではない。私は本物だよ、ラヴィ」
「……うちはもう貴族のお嬢さんじゃないっす……。ただの小間使いなんっすよ……。お前とは釣り合わない……」
「私ももう貴族ではない。ただの吟遊騎士さ。ラヴィ……ずっと会いたかった……」
そういうとルバートは、泣いているラヴィ姉さんを抱きしめた。
この国でラヴィ姉さんと会えて――。
そして、まさかルバートまで現れるなんて――。
二人のこれまでのことを知っているのもあって、なんだか私まで泣きそうだ。
「なんか絶対に仲良くなれそうにない奴が出てきたんだけど……」
リョウタは顔を引き攣られながらそう言っているが、私はそうは思わなかった。
何故ならリョウタもルバートも、大事な人ところへ必ず駆け付けるからだ。
「よかった……本当によかった……」
「って、うわぁッ!? おい! おいッ! レヴィッ! しっかりしろよッ!」
心配してくれている声を聞きながら、私もラヴィ姉さんのように男の体――リョウタの体に寄りかかった。
ルバートがここへいるのなら、きっとイルソーレとラルーナもいるだろう。
目が覚めたら三人をリムに紹介しよう。
きっと……いや絶対に仲良くなるはずだ。
今から楽しみだな……。
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