第百十七話 計算ミス

立ち上がった俺は指ゆびをパッチンと鳴ならした。


すると、ルバートの真下ましたから魔法陣まほうじんが浮うかび上がり、凄すさまじい魔力まりょくがその体を縛しばり上げた。


昨夜さくやにググの魔力を使って仕込しこんでおいた罠わなの魔法――イージートラップだ。


いくらルバートが剣士けんしとして強つよくても、魔力耐性たいせいは大たいしたことがないと踏ふんでいた俺は、いざというときのために用意よういしておいたんだ。


「どうだ? 一晩ひとばん寝ねかせておいた幻獣げんじゅうバグの魔力の味あじは?」


ググの奴やつはあんな小さな体をしているが、本気ほんきを出せば一国いっこくを滅ほどぼせるほどの魔力を持った幻獣。


たとえ精霊せいれいだろうと、この罠の魔法を解とくことは不可能ふかのうだ。


俺が挑発ちょうはつするように訊たずねても黙だまっていたセイレーンだったが、不機嫌ふきげんそうな顔から一転いってん、笑みを浮かべてこちらを見つめてくる。


その直後ちょくご、突然ルバートが倒たおれた。


「もう潮時しおどきのようね。まあ、ちょうど飽あきていたし、この国も終わらしちゃおう」


そう言ったセイレーンは、幽霊ゆうれいのようだった体からその実体じったいを現あらわし、背せに生はえた鳥の翼つばさを広ひろげて空へと舞まい上がった。


俺は、まさかセイレーンに罠の魔法が通じないとは思わなかった自分の配慮はいりょのなさを悔くやんだ。


だが、すぐに自分のコウモリの翼を広げて追いかける。


奴は“飽きていた、終わらせる”と言った。


なら、これから一体いったい何をするつもりなんだ?


上空じょうくうでピタリと止まったセイレーンは、そのまま翼を広げた状態じょうたいで口を大きく開けて歌い始める。


その音量おんりょうは、まるで竜りゅうの咆哮ほうこうかというくらい大きなものだった。


だが、そのセイレーンの歌声は美しく、メロディーは物悲ものがなしく、まるで言葉にできない不安ふあんや怒いかりを伝つたえているかのようだ。


「おい答こたえろセイレーンッ! 今の歌はなんだッ!?」


俺が怒鳴どなって訊くと、セイレーンは嬉うれしそうにその鳥の翼を動かした。


「さっき言ったでしょう? この国を終わりにするのよ。そして、最後さいごなんだかみんなの望のぞみを解放かいほうしてあげるの。私のこのルナティックサウンドでね」


そして、セイレーンは歌い続けた。


ルナティックサウンドというのは、術じゅつをかけた対象者たいしょうしゃを操あやつる魔法だ。


だが、どうやらセイレーンはその自分の歌声に魔力を乗のせて、この海の国マリン·クルーシブルにいるすべての住民じゅうみんを操あやつるつもりのようだ。


俺は地上ちじょうを――中心街ちゅうしんがいの様子ようすを見てみると、そこら中で人間たちと亜人あじんたちが武器ぶきを持って殺ころし合いを始めていた。


「なんて魔力だ……本当に国中くにじゅうにルナティックサウンドをかけちまったのか……?」


「あら? でも、あなたには効きかないのね。なんて憎にくったらしのかしら。いいわ、この国の奴らよりもあなたを先さきに始末しまつしてあげる」


セイレーンは、その鳥の翼を動かし、無数むすうの羽根はねをまるでナイフのように飛ばしてきた。


速度そくどを上げる魔法ファストドライブを唱となえれることができれば避さけられたのだが、当然今は朝なので使えない。


俺は全身ぜんしんにそのナイフのような羽根を受け、建物たてものの屋根やねに叩たたき落とされてしまった。


「ちくしょう……本来ほんらいの魔力が戻もどれば……あんな精霊ごときに……」


「まだ生きてるの? あなたは吸血鬼きゅうけつきなんだから不死身ふじみなのは夜だけにしてよ」


そして、セイレーンが再ふたたび翼を動かし、俺へ止とどめを刺さそうとした瞬間しゅんかん――。


「ソニックを殺しちゃダメェェェッ!」


よく知っているヒステリックな女の声が聞こえた。


俺が倒れながらも声のするほうを見ると、ビクニが屋根の上に立っている。


そして、その手にはビクニだけが扱あつかえる暗黒騎士あんこくきしの魔剣まけんがあり、どうしてだが奴の背丈せたけを超こえるほど刃やいばが大きくなってた。