イントロバートガール·シヴァルリィ~無気力少女の異世界冒険記

コラム

番外編 異世界の先輩~その②

俺の名は関涼太せきりょうた


どこにでもいる普通ふつうの大学生だったのだが、ある日に突然自宅に突っ込んできた車につぶされて、気がつけば女神っぽい女の前にいた。


そこで、異世界へ行って世界をすくわないかと言われ、引き受けるかなやんでいると――。


「今転生てんせいすれば特典とくてんが付きますよ」


と、言われたから引き受けたというのに、いまだになんのスキルもアイテムもあたえてもらってない。


異世界っていったら最初さいしょからレベル上げしないでもチートスキルとか俺TUEEEとか定番ていばんなのに……。


結局けっきょく元の世界での能力のうりょくのまま、このファンタジーな世界へとほうり込まれたのだった。


そして、今は相棒あいぼう女竜騎士おんなりゅうきしレビィと共に長かった森を抜けて、ようやく町へとたどり着いたところだ。


ここは一日ですべて見回れるくらいの小さな町だったが、住人たちに活気かっきがある。


そこら中の屋台やたいから商売しょうばい熱心ねっしんな声が聞こえてくる。


それにたいして買い物客は、もう一声! と値切ねぎり始めていた。


こういう商売がさかんな町は、きっと人の出入りもはげしいだろうから、今の俺たちには非常ひじょうに助かる。


うん? 


なぜ助かるのかだって? 


それは――。


「おい、見てみろリョウタ」


レビィがポッとほほめながら人差ひとさしゆびを突き立てた。


何を見て顔を赤くしているのかと思い、その指の先にあるもの見てみる。


「また私たちの懸賞金けんしょうきんが上がっているぞ。くぅぅぅ~! 騎士としては複雑ふくざつだか、私的には悪名だろうとなんだろうと竜騎士として名が売れてきたということは感無量かんむりょうだ」


レビィは自分と俺の顔がかれた手配書てはいしょを見て顔を赤らめていた。


そうなんだよ……。


俺はこの懸賞金が上がってよろこんでいるイカれた女と共に賞金首しょうきんくびだからなんだよ。


だから、こういうよそ者が多そうな町は助かると言うわけなんだ。


なぜ俺たちが賞金首になったかというと――。


ある冒険者ぼうけんしゃ集団しゅうだんかこまれていたレヴィを助けようと、俺がその場に入って行ったときにたまたまつまづいてしまって、冒険者の一人のあごに俺の頭がヒットして気をうしなってしまった。


それを見た冒険者の集団は烈火れっかごといかり、こしびた剣を抜いて俺のことを殺そうとした。


そのときに止めに入ってくれたこちらの世界でいう警察けいさつみたいな兵士たちが来てくれて、これで無事に終わると思っていたのだが――。


「フフフ……とおりすがりの男よ。この状況じょうきょう……まさに多勢たぜい無勢ぶぜいだが、私は助けに入って来てくれたお前の心意気こころいき……。けして無駄むだにはせんぞッ! さあ、卑怯者ひきょうものどもめ! おくさぬならばかかって来いッ!」


何を勘違かんちがいしたのかこの女……。


その場にいた俺以外の人間をすべてたたきのめしてしまったんだ。


それ以来いらいずっとこいつと逃亡生活とうぼうせいかつ……。


あぁっ! 俺の幸せな異世界ハーレム生活はいつやって来るんだよッ!


そんなことを考えている俺の横で、レビィは一人その身をもだえさせていた。


「しかし、このままいくとどこまで懸賞金が上がってしまうのか。そして、どこまで私の竜騎士としての名が売れていってしまうのか……あぁぁぁッ! 一体どうなってしまうのだろう、私の名はッ!」


恍惚こうこつ表情ひょうじょうかべ、激しく興奮こうふんし始めたレビィ。


俺はただ大きくため息をついて、うんざりすることしかできない。


彼女はいつもこんな感じだが、町を歩けば誰もが振り返るほどの美人だ。


金髪きんぱつ碧眼へきがんで顔はととのっているし、手足が長くスタイルも抜群ばつぐん


年齢は俺と同じくらいで、あとそだちもいいのだろう。


礼儀作法れいぎさほう丁寧ていねい挨拶あいさつもできるし、誰であろうと分けへだてなくやさしいところがある。


それに、こまった人をほうっておけない性格せいかくをしている。


俺も知り合うまでは、よくファンタジーとかに出てくる完璧過かんぺきすぎる女騎士だと思っていたんだが。


「くぅぅぅ~! ダメだリョウタ! 私は自分をおさえられんッ!」


「バカッ!? やめろレビィ! ここは町の中だぞッ!」


しかし、俺の制止せいしなど意味はなく。


レビィは持っていたやりを地面に突き立てて、その場から跳躍ちょうやく


あっという間に空へと消えていってしまった。


そうなんだよ……。


この女竜騎士はジャンプにいのちけている残念ざんねん美人なんだよ。


このすぐに飛びたがるくせがなければ、顔も綺麗きれいだし、性格もまあかたいが素直すなおで正直。


それでいてうでも立つし、この世界で旅をする相棒としてはたよりになるのだが……。


「うおぉぉぉ! ぐはっ!?」


さっき飛んで行ったレビィが落ちてきた。


美人が天空から降りてくるってシチュエーションが、これほどまでに無様ぶざまなものなのか。


そうなんだよ……。


レヴィは着地ちゃくちができない竜騎士なんだよ。


こんなにスペックは高いのに本当に残念だ……。


俺はれた手つきでレヴィをこすと、そのまま彼女を背負せおって歩き始めた。


「すみません。おさわがせしました……」


そして、あつまる人の視線しせんをの中をもうわけなさそうに頭を下げて進んでいった。


こんなザマだが、レヴィの夢は竜騎士として世界に名をとどろかすことだ。


まあ着地もろくにできない竜騎士なんて、まず笑われるだけだが……。


実際じっさいに前に彼女の話を聞いたときに、そんなような話をしていた。


物心ものごころついたときからずっと竜騎士にあこがれていたレヴィだったが、周りからも両親からもずっと反対はんたいされていたそうだ。


お前には才能さいのうがないとか、もっと自分に向いていることがあるだろう? と。


彼女は散々さんざん言われ続けてきたようだ。


その中で唯一ゆいいつ、彼女の姉だけが応援おうえんしてくれていたらしい。


まあ、レヴィのジャンプを見れば誰でもそう言うだろう。


俺だって正直、諦めたほうがいいと思った……。


うん?


 じゃあ、俺はレヴィに竜騎士はあきらめろって言わなかったのかだって? 


そうなんだよ……。


俺は彼女のことを応援しているんだよな……。


なんか気持ちがわかるんだよ。


俺も元の世界でずっと周りからやりたいことを否定ひていされてきたからさ。


それで俺は「ああ、自分には才能がないんだな」って諦めちゃったけれど。


でも、レヴィは自分に才能がないのも知っていて――。


周りからも否定されて――。


それでも続けているのを見て――。


なんか応援したくなったと言うか……。


まあ、あまりうまく言えないが、彼女には好きなことを頑張がんばってもらいたいなって思ったんだ。


「いいかレヴィ。俺たちはおたずね者なんだぞ。あんなに目立ったことして、この町の連中に気づかれたらどうするんだ?」


それから人目のつかない路地裏ろじうらへ行き、意識いしきを取りもどしたレヴィに説教せっきょうする俺。


彼女はいつものようにもうわけなさそうにしている。


「ともかく、町を出るまでは大人しくしなくちゃ。ただでさえその竜騎士の甲冑かっちゅうは目立つんだし」


「うぅ……私もわかってはいるのだが……」


「それにレヴィは美人だからな。町に入ったときにすれちがった奴らが振り返っているのに気がつかなかったのか?」


「な、なっ!? わ、私が美人だと!? や、やめろリョウタッ! そういう冗談じょうだんは言うなッ!」


俺はめているつもりはなかったのだが、レヴィは顔を真っ赤にして手をブンブン振り始めた。


いつも言っていることなんだから、いい加減かげんれてくれよ。


本当に面倒めんどうくさい……。


「わ、私は騎士だッ! 色恋沙汰いろこいざたなど、こ、こまるッ!」


「はいはい。わかったから、さっさと宿やどへ行こう」


そして、俺はぬので顔をおおい、レヴィはかぶとで顔をかくし、この町の宿へと向かった。


これをやると眼鏡めがねくもるんだが、しょうがない。


賞金かせぎや追手おってに捕まるよりはマシだ。


向かった宿屋では、さいわいなことに部屋はいていたので、早速めてもらうことにした。


「では、料金りょうきん先払さきばらいでおねがいしますね」


どうやらこの宿屋は先払いらしく、俺はこの世界に転生てんせいした最初の一年――日雇ひやといの労働ろうどうめたゴールドを出す。


今思い出しても、異世界へ来てなんで労働して生計せいけいを立てていたのか……。


普通は冒険ぼうけんをするものなのに……。


これも全部あの女神が悪いんだ。


いつになったらチートスキルをくれるんだ!


いつになったら俺のターンが来るんだ!


俺はこの世界へ来てからずっと労働と逃亡とうぼうしかしていないぞ!


こないだ森で会った俺と同じ異世界へ来た少女は、魔道具まどうぐさずけられて暗黒騎士あんこくきしなってウハウハだというのに……。


あのクソ女神め、今度会ったら必ず殺してやる!


「いや~すいませんねお客さん。最近はこの町も物騒ぶっそうなもんで」


俺が内心で思いだし怒りをしていると、宿屋の亭主ていしゅが話を続けていた。


その物騒という言葉を聞いて、まさか俺たちがお尋ね者だとバレたのではないかと思ったが、話を聞くにどうも違うようで安心した。


なんでもこのところモンスターの襲撃しゅうげきが多いみたいで、料金を払わずに逃げてしまう客が多いのだそうだ。


なるほど、だから先払いというわけか。


でも、そんな話を聞くに、さっさとこの町を出たほうが賢明けんめいのようだ。


宿を確保かくほした俺たちは、その後にたびに必要なものを買いに行った。


食料しょくりょうや野宿に使う道具どうぐや、あとケガに薬草やくそうなどのしかったものは、大体手に入れることができた(ちなみに、薬草の使い道のほとんどは、着地に失敗しっぱいしたレヴィのために消費しょうひされる)。


買い物が終わり宿に戻ると、レヴィが夕食前に風呂へと行きたいと言ったので、俺は部屋で一人荷物をまとめていた。


ここはモンスターの襲撃が多いみたいだから、明日の朝には出発しゅっぱつしよう。


だが、俺たちはいったどこへ向かえばいいのやら……。


お尋ね者が安心して暮らせるところなんてあるのだろうか……。


ともかくいろいろ情報じょうほうを仕入れて、見つけるしかないよな……。


「ふう~。お~いリョウタ。今なら誰も居ないぞ」


風呂から上がったレヴィは、部屋に入るなり体に巻いていた布をバサッとベットに投げ飛ばした。


そして、俺がいる目の前で動きやすい格好かっこうへと着替きがえ始める。


「お、おいレヴィ!? お前まさか布一枚だけで風呂から歩いてきたのか? それと俺が目の前にいるのに着替え始めるなッ!」


「うん? 私の体には別に恥ずかしいところなどないぞ? 見られて困るものなど騎士にあってはならんしな」


「お前が困らなくても俺が困るんだよ!」


そうなんだよ……。


この女は顔やスタイルを褒められると顔を赤くするくせに、人前で平気ではだかになってしまうやつなんだよ。


貞操観念ていそうかんねんがズレているというか……。


こんな美人に目の前で裸になられたら、女慣れしていない俺のとって刺激しげきが強すぎる。


「安心しろ。裸になるのはお前の前ぐらいだ」


「それをやめろってんだよッ!」


その夜――。


スヤスヤととなりのベットでねむるレヴィの横で、俺は一人モゾモゾと自分をなぐめた。


毎夜のことだが、男というやつは結局けっきょく異世界でもやっていることは変わらないと思うと、なんだかなさけなくなるな……。


っていうか、いきなりこんなリアル美人と旅とか童貞どうていにはキツいだろ!


そして朝になり、宿屋から出ると――。


「おはようございますなのですよ」


突然フードの付いたノースリーブの服を着た少女に声をかけられた。


こないだ森で会ったビクニという少女と同じくらいの年齢ねんれいか?


ずいぶんと笑顔が可愛かわいい女の子だった。


まさかここからようやく異世界らしいイベントが始まるのでは? 


この少女が困っていて、それを救うみたいなやつ。


あの女神もやっと重いこしを上げたのかと、俺が期待きたいしていると――。


「実は、町の守衛しゅえいさんからたのまれたのです。賞金首があらわれたからつかまえてくれって」


少女はニコッと笑うと、いきなり俺に向かって正拳せいけん突き。


ボディへもろにらった俺は、そのままき飛ばされてしまった。


「ああっ! 大丈夫だいじょうぶかリョウタ!? おのれ、いくら少女とはいえリョウタに手を出すとは……ゆるさんッ!」


宿屋の壁に叩きつけられた俺がいたみで動けずにいると、レヴィは激昂げきこうして戦闘態勢せんとうたいせいに入っていた。


「このグングニルのさびにしてくれる」


そしてレヴィは、握っていた槍を風車ふうしゃのように振り回した。


それを見たフードの少女は、右のこぶしを左手でつかみながらむねを張った。


それはまるで三国志に出てくる武将ぶしょうれいみたいだった。


「ワタシの名はリム·チャイグリッシュ。武道家ぶどうかさとストロンゲスト·ロードをぐ者にして、大魔導士だいまどうし目指めざす者なのです。悪い人は野放のばなしにはできません」


武道家の里なのに大魔導士?


言っていることはよくわからないが、ともかくリムと名乗なのった少女もかまえる。


「ふん。私は竜騎士レヴィ·コルダスト。不意打ふいうちをするような卑怯者に名乗る名などないわ!」


「いや、あの~名乗ってちゃってますけど」


「はうっ! う、うるさいッ! いいからかかって来いッ!」


レヴィがそう言うと、リムは先ほど俺に喰らわせた正拳突きをり出した。


だが、俺が目で追えるのはそこまでだった。


その後にりも手刀しゅとうを出しているのは確認かくにんできたが、正直動きが速過はやすぎで何をしているのかよくわからない。


それでもレヴィはすべてうまくさばいてみせる。


彼女はジャンプだけは残念だが、みの男相手ならたとえ集団でも打ちたおせるほどで、その実力は本物なのだ。


むしろ、そんなレヴィを追い込んでいるリムのほうがすごい。


まだ子供といってもいいのに、レヴィの槍によるみだれ突きも見事みごとかわしている。


「正直おどろきました。まさかこんな小さな町にいる賞金首が、リムと対等たいとうに戦えるんなんて」


「ふん。私も驚いているぞ。その身のこなし、ただ者ではないな」


何やらバトル漫画風まんがふう展開てんかい


レヴィとリム二人ともたがいに笑みをかわわしながら、激しい攻防こうぼうを続けている。


俺は止めに入ろうとしたが、さっき攻撃こうげきで動くのもつらく、見ているしかなかった。


そして、しばらくして――。


「少女よ、名をリムと言ったな。お前に竜騎士のわざを見せてやるぞッ!」


「受けて立ちましょう。レヴィ·コルダスト」


まずい、まずいぞ。


ジャンプなんかしてもあのリムって子には絶対に当たるわけがない。


レヴィが着地に失敗して、俺たちが捕まってしまうだけだ。


異世界で刑務所けいむしょに入れられるなんていやだよ!


これはなんとしてもレヴィを止めて逃げねばと俺が思っていると――。


「モンスターだ! モンスターが来たぞ!」


突然さけび声と共に大きな破壊音はかいおんが聞こえた。


どうやらうわさで聞いていたモンスターが町をおそってきたみたいだ。


これはあの武道家から逃げるチャンス。


俺はレヴィの元へと走り、今のうちにこの町からろうと言ったのだが――。


「あの悲鳴ひめいを聞いて逃げられるか!」


レヴィは俺のこともリムのこともほうっておいて、叫び声と破壊音がするほうへと走り出して行ってしまった。


リムはそんな彼女の背中せなかを見て呆気あっけに取られていた。


まさかお尋ね者が町の人を助けに行こうとするなんて思わなかったのだろう。


そして、彼女は俺のところへとゆっくり歩いてくる。


「あなたは行かないのですか?」


俺は行くはずがないだろうと答えたかったが、リムの真っ直ぐな眼差まなざしのせいで何も言えなくなっていた。


それに、ヘタなことを言えば、捕まえられるとも思ったのもあった。


しばらく俺がだまっていると、リムは軽蔑けいべつするような視線しせんを向けてくる。


「あなたは弱いだけではなくひどい人なのですね。恋人を見捨てるつもりなんて」


「レ、レヴィは別に恋人じゃないぞ! そ、それに弱い俺なんかが行っても……役に立てない……。あいつの邪魔じゃまをするだけだ」


俺の自己弁護じこべんごのような言葉に聞いたリムは、すぐに背を向けた。


背中を向けられているというのに、なぜか彼女にめられているような気分になる。


「リムの友人にすごい人がいます。その人は自分にちからがないこと知っていながら、けして逃げません。他人のためなら自分のいのちさえも捨てる覚悟かくごで立ち向かっていくのです」


そういうリムの声はつめたかった。


先ほどレヴィと戦っているときとは別人だと思うくらいに。


「あなたはその友人と雰囲気ふんいきていたので……いえ、リムの勘違かんちがいでしたね。リムは彼女を追います。あなたはどうぞ逃げるなりなんなりとお好きに」


リムはそういうとレヴィの向かってほうへと走り出していった。


もしかしてレヴィを助けに行ったのだろうか。


正義感せいぎかんが強そうな子だったし、その可能性かのうせいが高いな。


さっきの戦いを見るかぎり、あの子がいれば、たとえレヴィがヘマしても大丈夫だろう。


そうだよ……。


俺なんかが行ったって邪魔じゃまになるだけだ。


だって俺、普通ふつうの大学生だぞ。


剣も魔法まほうも使えない、体力もない頭も悪いただの人間だぞ。


それなのに、どうやってモンスターと戦えってんだよ。


確実かくじつに何もできないまま殺されるに決まってんだろ。


それをあの子は……俺が弱いってわかっていてあんなことを言いやがって。


逃げちゃいけねぇのかよ。


年上の人間に対してあんなえらそうなこと言いやがって。


一体何様のつもりだ。


ああいう強い奴には、弱い奴がそうやって生きていくしかねえのがわかんねぇんだ。


めぐまれてるいる奴に俺の気持ちがわかってたまるか……。


俺は間違まちがってない……間違ってないんだ……。


「あの、お客さん。こんなときなんですが、部屋にわすれものがありましたよ」


俺が一人立ちくしていると、そこに泊まった宿の亭主が声をかけてきた。


今さらだが、この宿屋の亭主……。


かなりの年寄りのせいか男なのか女なのかわからん。


「こんな使いこまれたものだから、きっと大事なものではないですかね」


俺はその忘れものを受け取った。


それはボロボロノートみたいなものだった。


ページを開いて中を見てみると、そこにはこれまでのこと――。


レヴィが俺と出会ってからことが事細ことこまかにきるされていた。


――今日はとても素敵すてきな出会いがあった。


その記念きねんとして、これからのことを記録きろくしていきたいと思う。


父と母がくなってから姉ともはぐれてしまった私は、食べていくために傭兵ようへいとして身を立てていた。


その、利害関係りがいかんけいだけで何の信頼しんらいのない連中を相手にする生活は、日に日に私のこころくさらせていった。


何度も死にかけたし、味方だと思っていた相手に突然手篭てごめにされかけた。


思い出すだけでも身の毛がよだつ。


金だけで動くような奴らなぞに、私のみさおをくれてやるものか。


この身をささげるべき相手は自分で決める。


はなばなれになってしまった姉がそうであったように。


ただその相手はまだ見つかっていない……。


だが、私は出会った。


この傭兵稼業かぎょうに身を落した私を、自分の身の危険きけんかえりみずに助けに入って来てくれた男に。


さらにその男は、私の夢を肯定こうていしてくれた。


散々さんざん迷惑めいわくをかけているというのに、けして諦めろと言わずに応援してくれたんだ。


ただいきをしているだけだった、ずっと死んでいるように生きていた私を目覚めさせてくれたんだ。


我がコルダスト家に伝わる家宝かほうの槍――グングニル。


これを捧げる相手はこの男しかいない。


私はどんなにいやがれようとも、これからもずっと彼のそばに居続けるつもりだ。


……レヴィ。


何を勘違いしているんだよ……。


俺は偶然ぐうぜんその場に入って行っただけなのにさ……。


「どうかなさいましたか、お客さん?」


「ちくしょう……」


「はっ?」


「ちくしょうぅぅぅッ!」


そして俺は走り出した。


バカだ、俺はバカだ。


行ったって何もできやしないのによ。


でも、それでも行くしかない。


だってあんなの見たら逃げられないだろッ!


レヴィとリムが向かった町の出入り口へ走っていると、もうすでにモンスターの姿が建物たてものかげから見えていた。


その姿は牛のような体の四つ足で、ぶたのようなはながあり、その顔を地面に擦りつけるようにくっつけて進んでいる。


こちらにはまだ気がついていないが、その赤い一つ目で何かをさがしているようだった。


というか、建物と同じくらいの大きさなんてデカすぎるだろ!?


なんであんなのがこんな小さな町をおそってくるんだよッ!?


バランスとか設定せっていとかが色々いろいろおかしいだろうがッ!?


俺がそのモンスターの近くに到着とうちゃくすると、レヴィとリムの姿が見えてきた。


だが、彼女たちは半壊はんかいした建物にかくれていて戦闘中せんとうちゅうというよりは、モンスターの様子をうかがっているようだった。


「おい、何やってんだよ。さっさとあいつをたおさないのか?」


あとから来ておいて偉そうに言う俺のことを、リムは冷たい顔で見つめていたが、レヴィは両目をパッと見開いてよろこんでいた。


「ほらな。リョウタはかならず来ると言っただろう」


レヴィがリムにそう言うと、彼女はそんなことよりもと言い、あの巨大な一つ目モンスターのことは話し始めた。


モンスターの名は“カトブレパス”。


おそろしい外見がいけん似合にあわず性格せかいは大人しいらしいなのだが、何故かひど興奮こうふんしているという。


「カトブレパスって……もしかしたらにらんだ相手を石にするやつか?」


俺が訊くと、リムはだまったままうなづいた。


「なるほど。だから、こうやって隠れているわけか。……って、ようするにあいつに睨まれたら即死そくしってことかよ!?」


俺はその場でジタバタしながら、やはり来なければよかったと思った。


そんな俺の姿にリムが冷たい視線しせんを向けていて、レヴィはニコニコと笑っていた。


「ウオォォォッ!」


カトブレパスの当然の咆哮ほうこう


それと同時に、カトブレパスの周りにかみなりが落ち始める。


その威力いりょくすさまじく、周囲しゅういにあった建物を、まるでスポンジケーキみたいにくずしていった。


おいおい、石化だけ気をつけていれば安心じゃないのかよ。


あんなのらったらただじゃまないぞ。


近づいたらあの巨大な体に吹き飛ばされるか、石にされる。


でも、このまま隠れていてもあの雷に打たれて死亡しぼう


一体どうすりゃいいんだよ!


「このままではらちかない。イチかバチか飛ぶか」


「飛ぶ? もしかしてそれは、先ほどリムに使おうとしていた竜騎士の技というやつなのですか?」


ブルブルとふるえている俺の近くで、レヴィとリムがカトブレパスを倒す方法を話を始めていた。


それは竜騎士のジャンプでということなのだが、いくらあれだけまとがデカくても、レヴィのジャンプは確実に当たらないだろう。


けられたところをつぶされる。


それかジャンプする前に雷に打ち落とされるかで、どうみても無駄死むだじにするだけだ。


いや、待てよ……。


ようはジャンプが当たればあいつを倒せるんだよな……。


「なあ、もし石にされたら、元に戻れずに死ぬのか?」


「いや、状態回復じょうたいかいふくの魔法を使えば石化はけるが……」


「今この場に魔法を使える奴がいないってことか……」


俺がたずねるとレヴィが答えてくれた。


やはり石化したら現状げんじょうでは戦闘不能せんとうふのう即死そくしみたいなものだ。


それだけはしょうがないか……。


それから俺はレヴィとリムに思いついたことを話した。


一人がおとりになり、そのあいだにリムがカトブレパスの足を攻撃してバランスを崩す。


そして、動けなくなったところをレヴィのジャンプで仕留しとめる。


「おい、リョウタ!? その話だとカトブレパスを引きつける役はお前がやるつもりなのか!? バカな!? 死ぬつもりかッ!?」


レヴィはこの作戦が考えに反対だった。


それは俺の身を心配してくれているからだとわかるが、この方法が一番カトブレパスを倒せる確率が高い。


レヴィのジャンプが当たったところを見たのは、俺にたまたま落ちてきたときだけで、喰らった身としてはその威力は十分に知っている。


人間相手だと本気で飛ばない彼女だが、それを手加減抜てかげんぬきで喰らわせれば、絶対にあいつを倒せるはずだ。


リムの説得せっとくもあり、レヴィは渋々しぶしぶだが受け入れてくれた。


というか、俺だってこんな作戦やりたくねえよ!


でも、他に方法がないだろう!?


どうせ戦うんなら闇雲やみくもにやるんじゃなくて、少しでも勝率しょうりつの高いほうをえらぶ。


それがこの俺、セキ·リョウタだ。


「じゃあ二人とも、作戦通りたのむぞ」


俺が走り出したと同時に、リムもカトブレパスの後ろへと向かった。


さいわいなことにやつの動きはノロノロしていたので、踏み潰されることはなかったが――。


「ウオォォォッ!」


俺の姿を見た途端とたんはげしくえ始め、さっき以上に雷を落としてくる。


というか、このままじゃ石化しなくても雷に打たれて死ぬじゃねえか!


俺はそう思ったが、今さら怖気おじけづいていられない。


こいつを倒さなきゃどっちにしろ死ぬんだ。


やってやる、やってやるぞ!


雷を避けながらなんとかカトブレパスの気を引いていると、突然その体が地面に倒れ込んだ。


「今なのですよ、レヴィッ!」


リムが奴のバランスを崩すのに成功したんだ。


俺はそれでホッと安心して、リムの声のするほうを見たら、カトブレパスと目が合ってしまった。


その瞬間しゅんかん――。


体が動かなくなったと思ったら声も出せず、気がつくと全身が石になっていた。


石化は別にいたみもなく、ただ意識いしきがあるまま動けないだけだった。


マジかよ……。


やっぱ俺は何をやっても失敗しっぱいしてしまうんだな。


ヘマをしてしまった自分がなさけなかったが、ともかくこれでやつにレヴィのジャンプを当てられる。


動けないまま前を見ていると、空へと飛びあがったレヴィの姿が確認できた。


あいつ……こんなときに笑ってやがる。


人が石になったってのによ。


……でも、レヴィはやっぱり飛んでいるときが一番いい顔をするよな。


行けレヴィ!


お前の力をそいつに見せてやれ!


内心で叫ぶ俺。


そして、レヴィが槍を構えながら降下こうか


見事みごとにその頭を突き刺した。


倒れていたカトブレパスは完全に沈黙ちんもく


やった!


この巨大なモンスターをやっつけることに成功したんだ。


「やったぞリョウタ! 私は……生まれて初めてジャンプでモンスターを仕留めたぞ!」


カトブレパスの頭から降り、石化した俺に抱きついてきたレヴィ。


突き刺した槍を抜くこともわすれ、まるで子供のようにはしゃいでいた。


やれやれ、そんな喜んでないで早くこの状態をなんとかしてくれ。


と、思っていた瞬間――。


「ウオォォォッ!」


カトブレパスがふたたび立ち上がって、俺たちに向かってきた。


うそだろ……?


レヴィのジャンプでも倒せないのかよ……。


俺は動けないからこのまま殺されるのを待つしかないのか。


いやだ、嫌だぞ!


こんなわけのわかんねえ世界で死にたくねえ!


死ぬ覚悟かくごができずにいた俺の前で、レヴィは一歩も動かずにカトブレパスと向き合っていた。


何してんだよ……。


早く逃げろよ!


お前まで死ぬ気かッ!?


声の出せない俺は心の中で叫んだが、レヴィは動かずに声をかけてきた。


「何を言いたいのかはわかるぞリョウタ。だが、私はこの身をお前に捧げた騎士だ。ここで逃げるわけがないだろう」


……何言ってんだよ。


早く逃げろよレヴィッ!?


「安心しろ。私が必ずこいつを倒し、お前を守ってみせる!」


俺が何を考えているかは伝わっていたが、レヴィはそれでも逃げずに向かってくるカトブレパスと対峙していた。


バカ野郎……。


槍もないお前がこいつに勝てるはずもないだろう……。


ここでお前まで死んだら……俺は……。


立ちはだかるレヴィ目掛けて、カトブレパスは雷を喰らわせた。


それは今までのでないほど凄まじいものだった。


だが、彼女は倒れることなく、立ちはだかる。


「私は倒れんぞ! さあ、かかって来い!」


声を張り上げるレヴィだが、その姿を見るにもう立っているのもつらそうだった。


レヴィが殺される……。


ちくしょう……。


結局けっきょく俺は何もできねえのかよ……。


「必ずこいつを倒し、お前を守ってみせる……なのですね、レヴィッ!」


リムの声が聞こえたらと思ったら、カトブレパスの頭がかがや閃光せんこうと共に吹き飛ばされた。


なんだ? もしかしてリムの技なのか?


何か波動拳はどうけん的な武道の必殺技なのか?


「オーラフィストなのですよ」


そう言いながら、俺とレヴィの目の前に現れたリムはニッコリと微笑んだ。


その後――。


リムの魔法で石化を治してもらい、足早に町を出た俺たちだったが、どういうことだろう。


町の連中が俺たちを追いかけてくるじゃないか。


まさか俺たちを捕まえるつもりか?


町をすくった英雄えいゆうなのに。


「どうするリョウタッ!? ここで一戦まじえるか?」


レヴィがふざけたことを言っている。


カトブレパスと戦ったばかりでまだフラフラだというのに、あの人数を相手に勝てるつもりかよ。


「いいから逃げるんだよッ!」


「わかった。私はたとえ地のてだろうとお前についていくぞ」


それから俺たちはまた森へと入ってなんとか町の連中をくことができた。


ああ……これでまた入れなくなった町がえた。


一体これからどうすりゃいいんだよ……。


そんなうつむく俺の横でフラフラなのにご機嫌きげんのレヴィが、急に立ち止まる。


「先回りしていたのか? またやりあうつもりなら受けて立つぞ」


レヴィが槍を構える。


俺が追手かと思って顔を上げると――。


「いえいえ、とんでもない。リムはあなたたちのことを誤解ごかいしていました。先ほどの戦い、まこと感服かんぷくなのです」


そこにはリムが立っていた。


リムは俺たちを捕まえるつもりはないと、右のこぶしを左手でつかみながらむねを張った。


じゃあ、何のために?


俺とレヴィがそう思っていると、彼女はある提案ていあんをしてきた。


「実はこのリム。魔法を一から勉強するためにライト王国という国へ向かっているのですよ」


彼女の話では、そのライト王国という国の王様は、余所者よそものであろう犯罪者はんざいしゃだろうと、分け隔てなく国への居住いじゅうみとめてくれる人間なのだという。


国民は善人ぜんにんしか住んでいない土地柄とちがらもあって、どこにも居場所いばしょがない者が最後に辿たどり着く国なんだそうだ。


そんな国があるのならお尋ね者の俺たちでも、きっと安全に暮らせるのではないか? それがリムの提案だった。


「しかし、ここ何年で聞こえてくる話ですと“暴力ぼうりょくメイド”と呼ばれる小間使こまづかいさんが悪人をバッタバッタと始末しまつしているそうですけどね」


「それはおっかない……。でも、その国だったら俺たちを受け入れてくれそうだな」


「なのです」


「じゃあ、その暴力メイドってのに気をつければ問題はなさそうだし。よしレヴィ。次の目的地が決まったぞ」


俺は当然即決そっけつ


そんな素晴すばらしい国があるのなら、ぜひ行きたい。


「そうだな。たとえその暴力メイドが私たちを襲って来ようものなら、この私が……いや、見事竜騎士の技でカトブレパスを追い詰めた“この私”が返り討ちにしてやる」


「……お前。初めてジャンプが成功したのがよほど嬉しかったんだな……」


そして、俺たちはリムと同行させてもらうことに。


いや、本当によかった。


ライト王国にさえつけば、追手から怯える生活も終止符しゅうしふが打てそうだ。


そこで仕事でも見つけて、レヴィとつつましいながらも大人しく暮らせて……いけるのだろうか……。


この女はトラブルメーカーだからな……。


「コラッリョウタ! あんまりジロジロ見るな! そんなに見つめられたら……その……れるだろう……」


俺の視線を感じて、何か勘違いしたレヴィが顔を赤くしていた。


いや……まあいいか……。


「実はあの追いかけてきた町の人たちが、二人にお礼を言おうとしていたことは内緒ないしょなのです」


「うん? なんか言ったかリム?」


「なんでもないのですよ。では、気持ちをあらためて出発しゅっぱつしましょう」


何か小声で言っていたリムの言葉の内容は気になったが、俺たちはライト王国へ目指してを進めるのだった。

「イントロバートガール·シヴァルリィ~無気力少女の異世界冒険記」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く