イントロバートガール·シヴァルリィ~無気力少女の異世界冒険記
番外編 異世界の先輩~その②
俺の名は関涼太。
どこにでもいる普通の大学生だったのだが、ある日に突然自宅に突っ込んできた車に潰されて、気がつけば女神っぽい女の前にいた。
そこで、異世界へ行って世界を救わないかと言われ、引き受けるか悩んでいると――。
「今転生すれば特典が付きますよ」
と、言われたから引き受けたというのに、未だになんのスキルもアイテムも与えてもらってない。
異世界っていったら最初からレベル上げしないでもチートスキルとか俺TUEEEとか定番なのに……。
結局元の世界での能力のまま、このファンタジーな世界へと放り込まれたのだった。
そして、今は相棒の女竜騎士レビィと共に長かった森を抜けて、ようやく町へとたどり着いたところだ。
ここは一日ですべて見回れるくらいの小さな町だったが、住人たちに活気がある。
そこら中の屋台から商売熱心な声が聞こえてくる。
それに対して買い物客は、もう一声! と値切り始めていた。
こういう商売が盛んな町は、きっと人の出入りも激しいだろうから、今の俺たちには非常に助かる。
うん? 
なぜ助かるのかだって? 
それは――。
「おい、見てみろリョウタ」
レビィがポッと頬を染めながら人差し指を突き立てた。
何を見て顔を赤くしているのかと思い、その指の先にあるもの見てみる。
「また私たちの懸賞金が上がっているぞ。くぅぅぅ~! 騎士としては複雑だか、私的には悪名だろうとなんだろうと竜騎士として名が売れてきたということは感無量だ」
レビィは自分と俺の顔が描かれた手配書を見て顔を赤らめていた。
そうなんだよ……。
俺はこの懸賞金が上がって喜んでいるイカれた女と共に賞金首だからなんだよ。
だから、こういうよそ者が多そうな町は助かると言うわけなんだ。
なぜ俺たちが賞金首になったかというと――。
ある冒険者の集団に囲まれていたレヴィを助けようと、俺がその場に入って行ったときにたまたま躓いてしまって、冒険者の一人の顎に俺の頭がヒットして気を失ってしまった。
それを見た冒険者の集団は烈火の如く怒り、腰に帯びた剣を抜いて俺のことを殺そうとした。
そのときに止めに入ってくれたこちらの世界でいう警察みたいな兵士たちが来てくれて、これで無事に終わると思っていたのだが――。
「フフフ……通りすがりの男よ。この状況……まさに多勢に無勢だが、私は助けに入って来てくれたお前の心意気……。けして無駄にはせんぞッ! さあ、卑怯者どもめ! 臆さぬならばかかって来いッ!」
何を勘違いしたのかこの女……。
その場にいた俺以外の人間をすべて叩きのめしてしまったんだ。
それ以来ずっとこいつと逃亡生活……。
あぁっ! 俺の幸せな異世界ハーレム生活はいつやって来るんだよッ!
そんなことを考えている俺の横で、レビィは一人その身を悶えさせていた。
「しかし、このままいくとどこまで懸賞金が上がってしまうのか。そして、どこまで私の竜騎士としての名が売れていってしまうのか……あぁぁぁッ! 一体どうなってしまうのだろう、私の名はッ!」
恍惚の表情を浮かべ、激しく興奮し始めたレビィ。
俺はただ大きくため息をついて、うんざりすることしかできない。
彼女はいつもこんな感じだが、町を歩けば誰もが振り返るほどの美人だ。
金髪碧眼で顔は整っているし、手足が長くスタイルも抜群。
年齢は俺と同じくらいで、あと育ちもいいのだろう。
礼儀作法や丁寧な挨拶もできるし、誰であろうと分け隔てなく優しいところがある。
それに、困った人を放っておけない性格をしている。
俺も知り合うまでは、よくファンタジーとかに出てくる完璧過ぎる女騎士だと思っていたんだが。
「くぅぅぅ~! ダメだリョウタ! 私は自分を抑えられんッ!」
「バカッ!? やめろレビィ! ここは町の中だぞッ!」
しかし、俺の制止など意味はなく。
レビィは持っていた槍を地面に突き立てて、その場から跳躍。
あっという間に空へと消えていってしまった。
そうなんだよ……。
この女竜騎士はジャンプに命を懸けている残念美人なんだよ。
このすぐに飛びたがる癖がなければ、顔も綺麗だし、性格もまあ固いが素直で正直。
それでいて腕も立つし、この世界で旅をする相棒としては頼りになるのだが……。
「うおぉぉぉ! ぐはっ!?」
さっき飛んで行ったレビィが落ちてきた。
美人が天空から降りてくるってシチュエーションが、これほどまでに無様なものなのか。
そうなんだよ……。
レヴィは着地ができない竜騎士なんだよ。
こんなにスペックは高いのに本当に残念だ……。
俺は慣れた手つきでレヴィを起こすと、そのまま彼女を背負って歩き始めた。
「すみません。お騒がせしました……」
そして、集まる人の視線をの中を申し訳なさそうに頭を下げて進んでいった。
こんなザマだが、レヴィの夢は竜騎士として世界に名を轟かすことだ。
まあ着地もろくにできない竜騎士なんて、まず笑われるだけだが……。
実際に前に彼女の話を聞いたときに、そんなような話をしていた。
物心ついたときからずっと竜騎士に憧れていたレヴィだったが、周りからも両親からもずっと反対されていたそうだ。
お前には才能がないとか、もっと自分に向いていることがあるだろう? と。
彼女は散々言われ続けてきたようだ。
その中で唯一、彼女の姉だけが応援してくれていたらしい。
まあ、レヴィのジャンプを見れば誰でもそう言うだろう。
俺だって正直、諦めたほうがいいと思った……。
うん?
 じゃあ、俺はレヴィに竜騎士は諦めろって言わなかったのかだって? 
そうなんだよ……。
俺は彼女のことを応援しているんだよな……。
なんか気持ちがわかるんだよ。
俺も元の世界でずっと周りからやりたいことを否定されてきたからさ。
それで俺は「ああ、自分には才能がないんだな」って諦めちゃったけれど。
でも、レヴィは自分に才能がないのも知っていて――。
周りからも否定されて――。
それでも続けているのを見て――。
なんか応援したくなったと言うか……。
まあ、あまりうまく言えないが、彼女には好きなことを頑張ってもらいたいなって思ったんだ。
「いいかレヴィ。俺たちはお尋ね者なんだぞ。あんなに目立ったことして、この町の連中に気づかれたらどうするんだ?」
それから人目のつかない路地裏へ行き、意識を取り戻したレヴィに説教する俺。
彼女はいつものように申し訳なさそうにしている。
「ともかく、町を出るまでは大人しくしなくちゃ。ただでさえその竜騎士の甲冑は目立つんだし」
「うぅ……私もわかってはいるのだが……」
「それにレヴィは美人だからな。町に入ったときにすれ違った奴らが振り返っているのに気がつかなかったのか?」
「な、なっ!? わ、私が美人だと!? や、やめろリョウタッ! そういう冗談は言うなッ!」
俺は褒めているつもりはなかったのだが、レヴィは顔を真っ赤にして手をブンブン振り始めた。
いつも言っていることなんだから、いい加減に慣れてくれよ。
本当に面倒くさい……。
「わ、私は騎士だッ! 色恋沙汰など、こ、困るッ!」
「はいはい。わかったから、さっさと宿へ行こう」
そして、俺は布で顔を覆い、レヴィは兜で顔を隠し、この町の宿へと向かった。
これをやると眼鏡が曇るんだが、しょうがない。
賞金稼ぎや追手に捕まるよりはマシだ。
向かった宿屋では、幸いなことに部屋は空いていたので、早速泊めてもらうことにした。
「では、料金は先払いでお願いしますね」
どうやらこの宿屋は先払いらしく、俺はこの世界に転生した最初の一年――日雇いの労働で貯めたゴールドを出す。
今思い出しても、異世界へ来てなんで労働して生計を立てていたのか……。
普通は冒険をするものなのに……。
これも全部あの女神が悪いんだ。
いつになったらチートスキルをくれるんだ!
いつになったら俺のターンが来るんだ!
俺はこの世界へ来てからずっと労働と逃亡しかしていないぞ!
こないだ森で会った俺と同じ異世界へ来た少女は、魔道具を授けられて暗黒騎士なってウハウハだというのに……。
あのクソ女神め、今度会ったら必ず殺してやる!
「いや~すいませんねお客さん。最近はこの町も物騒なもんで」
俺が内心で思いだし怒りをしていると、宿屋の亭主が話を続けていた。
その物騒という言葉を聞いて、まさか俺たちがお尋ね者だとバレたのではないかと思ったが、話を聞くにどうも違うようで安心した。
なんでもこのところモンスターの襲撃が多いみたいで、料金を払わずに逃げてしまう客が多いのだそうだ。
なるほど、だから先払いというわけか。
でも、そんな話を聞くに、さっさとこの町を出たほうが賢明のようだ。
宿を確保した俺たちは、その後に旅に必要なものを買いに行った。
食料や野宿に使う道具や、あとケガに効く薬草などの欲しかったものは、大体手に入れることができた(ちなみに、薬草の使い道のほとんどは、着地に失敗したレヴィのために消費される)。
買い物が終わり宿に戻ると、レヴィが夕食前に風呂へと行きたいと言ったので、俺は部屋で一人荷物をまとめていた。
ここはモンスターの襲撃が多いみたいだから、明日の朝には出発しよう。
だが、俺たちはいったどこへ向かえばいいのやら……。
お尋ね者が安心して暮らせるところなんてあるのだろうか……。
ともかくいろいろ情報を仕入れて、見つけるしかないよな……。
「ふう~。お~いリョウタ。今なら誰も居ないぞ」
風呂から上がったレヴィは、部屋に入るなり体に巻いていた布をバサッとベットに投げ飛ばした。
そして、俺がいる目の前で動きやすい格好へと着替え始める。
「お、おいレヴィ!? お前まさか布一枚だけで風呂から歩いてきたのか? それと俺が目の前にいるのに着替え始めるなッ!」
「うん? 私の体には別に恥ずかしいところなどないぞ? 見られて困るものなど騎士にあってはならんしな」
「お前が困らなくても俺が困るんだよ!」
そうなんだよ……。
この女は顔やスタイルを褒められると顔を赤くするくせに、人前で平気で裸になってしまう奴なんだよ。
貞操観念がズレているというか……。
こんな美人に目の前で裸になられたら、女慣れしていない俺のとって刺激が強すぎる。
「安心しろ。裸になるのはお前の前ぐらいだ」
「それをやめろってんだよッ!」
その夜――。
スヤスヤと隣のベットで眠るレヴィの横で、俺は一人モゾモゾと自分を慰めた。
毎夜のことだが、男というやつは結局異世界でもやっていることは変わらないと思うと、なんだか情けなくなるな……。
っていうか、いきなりこんなリアル美人と旅とか童貞にはキツいだろ!
そして朝になり、宿屋から出ると――。
「おはようございますなのですよ」
突然フードの付いたノースリーブの服を着た少女に声をかけられた。
こないだ森で会ったビクニという少女と同じくらいの年齢か?
ずいぶんと笑顔が可愛い女の子だった。
まさかここからようやく異世界らしいイベントが始まるのでは? 
この少女が困っていて、それを救うみたいなやつ。
あの女神もやっと重い腰を上げたのかと、俺が期待していると――。
「実は、町の守衛さんから頼まれたのです。賞金首が現れたから捕まえてくれって」
少女はニコッと笑うと、いきなり俺に向かって正拳突き。
ボディへもろに喰らった俺は、そのまま吹き飛ばされてしまった。
「ああっ! 大丈夫かリョウタ!? おのれ、いくら少女とはいえリョウタに手を出すとは……許さんッ!」
宿屋の壁に叩きつけられた俺が痛みで動けずにいると、レヴィは激昂して戦闘態勢に入っていた。
「このグングニルの錆にしてくれる」
そしてレヴィは、握っていた槍を風車のように振り回した。
それを見たフードの少女は、右の拳を左手で掴みながら胸を張った。
それはまるで三国志に出てくる武将の礼みたいだった。
「ワタシの名はリム·チャイグリッシュ。武道家の里ストロンゲスト·ロードを継ぐ者にして、大魔導士を目指す者なのです。悪い人は野放しにはできません」
武道家の里なのに大魔導士?
言っていることはよくわからないが、ともかくリムと名乗った少女も構える。
「ふん。私は竜騎士レヴィ·コルダスト。不意打ちをするような卑怯者に名乗る名などないわ!」
「いや、あの~名乗ってちゃってますけど」
「はうっ! う、うるさいッ! いいからかかって来いッ!」
レヴィがそう言うと、リムは先ほど俺に喰らわせた正拳突きを繰り出した。
だが、俺が目で追えるのはそこまでだった。
その後に蹴りも手刀を出しているのは確認できたが、正直動きが速過ぎで何をしているのかよくわからない。
それでもレヴィはすべてうまく捌いてみせる。
彼女はジャンプだけは残念だが、並みの男相手ならたとえ集団でも打ち倒せるほどで、その実力は本物なのだ。
むしろ、そんなレヴィを追い込んでいるリムのほうがすごい。
まだ子供といってもいいのに、レヴィの槍による乱れ突きも見事に躱している。
「正直驚きました。まさかこんな小さな町にいる賞金首が、リムと対等に戦えるんなんて」
「ふん。私も驚いているぞ。その身のこなし、ただ者ではないな」
何やらバトル漫画風の展開。
レヴィとリム二人とも互いに笑みを交わしながら、激しい攻防を続けている。
俺は止めに入ろうとしたが、さっき攻撃で動くのも辛く、見ているしかなかった。
そして、しばらくして――。
「少女よ、名をリムと言ったな。お前に竜騎士の技を見せてやるぞッ!」
「受けて立ちましょう。レヴィ·コルダスト」
まずい、まずいぞ。
ジャンプなんかしてもあのリムって子には絶対に当たるわけがない。
レヴィが着地に失敗して、俺たちが捕まってしまうだけだ。
異世界で刑務所に入れられるなんて嫌だよ!
これはなんとしてもレヴィを止めて逃げねばと俺が思っていると――。
「モンスターだ! モンスターが来たぞ!」
突然叫び声と共に大きな破壊音が聞こえた。
どうやら噂で聞いていたモンスターが町を襲ってきたみたいだ。
これはあの武道家から逃げるチャンス。
俺はレヴィの元へと走り、今のうちにこの町から去ろうと言ったのだが――。
「あの悲鳴を聞いて逃げられるか!」
レヴィは俺のこともリムのことも放っておいて、叫び声と破壊音がするほうへと走り出して行ってしまった。
リムはそんな彼女の背中を見て呆気に取られていた。
まさかお尋ね者が町の人を助けに行こうとするなんて思わなかったのだろう。
そして、彼女は俺のところへとゆっくり歩いてくる。
「あなたは行かないのですか?」
俺は行くはずがないだろうと答えたかったが、リムの真っ直ぐな眼差しのせいで何も言えなくなっていた。
それに、ヘタなことを言えば、捕まえられるとも思ったのもあった。
しばらく俺が黙っていると、リムは軽蔑するような視線を向けてくる。
「あなたは弱いだけではなく酷い人なのですね。恋人を見捨てるつもりなんて」
「レ、レヴィは別に恋人じゃないぞ! そ、それに弱い俺なんかが行っても……役に立てない……。あいつの邪魔をするだけだ」
俺の自己弁護のような言葉に聞いたリムは、すぐに背を向けた。
背中を向けられているというのに、なぜか彼女に責められているような気分になる。
「リムの友人にすごい人がいます。その人は自分に力がないこと知っていながら、けして逃げません。他人のためなら自分の命さえも捨てる覚悟で立ち向かっていくのです」
そういうリムの声は冷たかった。
先ほどレヴィと戦っているときとは別人だと思うくらいに。
「あなたはその友人と雰囲気が似ていたので……いえ、リムの勘違いでしたね。リムは彼女を追います。あなたはどうぞ逃げるなりなんなりとお好きに」
リムはそういうとレヴィの向かってほうへと走り出していった。
もしかしてレヴィを助けに行ったのだろうか。
正義感が強そうな子だったし、その可能性が高いな。
さっきの戦いを見る限り、あの子がいれば、たとえレヴィがヘマしても大丈夫だろう。
そうだよ……。
俺なんかが行ったって邪魔になるだけだ。
だって俺、普通の大学生だぞ。
剣も魔法も使えない、体力もない頭も悪いただの人間だぞ。
それなのに、どうやってモンスターと戦えってんだよ。
確実に何もできないまま殺されるに決まってんだろ。
それをあの子は……俺が弱いってわかっていてあんなことを言いやがって。
逃げちゃいけねぇのかよ。
年上の人間に対してあんな偉そうなこと言いやがって。
一体何様のつもりだ。
ああいう強い奴には、弱い奴がそうやって生きていくしかねえのがわかんねぇんだ。
恵まれてるいる奴に俺の気持ちがわかってたまるか……。
俺は間違ってない……間違ってないんだ……。
「あの、お客さん。こんなときなんですが、部屋に忘れものがありましたよ」
俺が一人立ち尽くしていると、そこに泊まった宿の亭主が声をかけてきた。
今さらだが、この宿屋の亭主……。
かなりの年寄りのせいか男なのか女なのかわからん。
「こんな使いこまれたものだから、きっと大事なものではないですかね」
俺はその忘れものを受け取った。
それはボロボロノートみたいなものだった。
ページを開いて中を見てみると、そこにはこれまでのこと――。
レヴィが俺と出会ってからことが事細かに記されていた。
――今日はとても素敵な出会いがあった。
その記念として、これからのことを記録していきたいと思う。
父と母が亡くなってから姉ともはぐれてしまった私は、食べていくために傭兵として身を立てていた。
その、利害関係だけで何の信頼のない連中を相手にする生活は、日に日に私の心を腐らせていった。
何度も死にかけたし、味方だと思っていた相手に突然手篭めにされかけた。
思い出すだけでも身の毛がよだつ。
金だけで動くような奴らなぞに、私の操をくれてやるものか。
この身を捧げるべき相手は自分で決める。
離れ離れになってしまった姉がそうであったように。
ただその相手はまだ見つかっていない……。
だが、私は出会った。
この傭兵稼業に身を落した私を、自分の身の危険も顧みずに助けに入って来てくれた男に。
さらにその男は、私の夢を肯定してくれた。
散々迷惑をかけているというのに、けして諦めろと言わずに応援してくれたんだ。
ただ息をしているだけだった、ずっと死んでいるように生きていた私を目覚めさせてくれたんだ。
我がコルダスト家に伝わる家宝の槍――グングニル。
これを捧げる相手はこの男しかいない。
私はどんなに嫌がれようとも、これからもずっと彼の傍に居続けるつもりだ。
……レヴィ。
何を勘違いしているんだよ……。
俺は偶然その場に入って行っただけなのにさ……。
「どうかなさいましたか、お客さん?」
「ちくしょう……」
「はっ?」
「ちくしょうぅぅぅッ!」
そして俺は走り出した。
バカだ、俺はバカだ。
行ったって何もできやしないのによ。
でも、それでも行くしかない。
だってあんなの見たら逃げられないだろッ!
レヴィとリムが向かった町の出入り口へ走っていると、もうすでにモンスターの姿が建物の陰から見えていた。
その姿は牛のような体の四つ足で、豚のような鼻があり、その顔を地面に擦りつけるようにくっつけて進んでいる。
こちらにはまだ気がついていないが、その赤い一つ目で何かを探しているようだった。
というか、建物と同じくらいの大きさなんてデカすぎるだろ!?
なんであんなのがこんな小さな町を襲ってくるんだよッ!?
バランスとか設定とかが色々おかしいだろうがッ!?
俺がそのモンスターの近くに到着すると、レヴィとリムの姿が見えてきた。
だが、彼女たちは半壊した建物に隠れていて戦闘中というよりは、モンスターの様子を窺っているようだった。
「おい、何やってんだよ。さっさとあいつを倒さないのか?」
あとから来ておいて偉そうに言う俺のことを、リムは冷たい顔で見つめていたが、レヴィは両目をパッと見開いて喜んでいた。
「ほらな。リョウタは必ず来ると言っただろう」
レヴィがリムにそう言うと、彼女はそんなことよりもと言い、あの巨大な一つ目モンスターのことは話し始めた。
モンスターの名は“カトブレパス”。
恐ろしい外見に似合わず性格は大人しいらしいなのだが、何故か酷く興奮しているという。
「カトブレパスって……もしかしたら睨んだ相手を石にするやつか?」
俺が訊くと、リムは黙ったまま頷いた。
「なるほど。だから、こうやって隠れているわけか。……って、ようするにあいつに睨まれたら即死ってことかよ!?」
俺はその場でジタバタしながら、やはり来なければよかったと思った。
そんな俺の姿にリムが冷たい視線を向けていて、レヴィはニコニコと笑っていた。
「ウオォォォッ!」
カトブレパスの当然の咆哮。
それと同時に、カトブレパスの周りに雷が落ち始める。
その威力は凄まじく、周囲にあった建物を、まるでスポンジケーキみたいに崩していった。
おいおい、石化だけ気をつけていれば安心じゃないのかよ。
あんなの喰らったらただじゃ済まないぞ。
近づいたらあの巨大な体に吹き飛ばされるか、石にされる。
でも、このまま隠れていてもあの雷に打たれて死亡。
一体どうすりゃいいんだよ!
「このままでは埒が明かない。イチかバチか飛ぶか」
「飛ぶ? もしかしてそれは、先ほどリムに使おうとしていた竜騎士の技というやつなのですか?」
ブルブルと震えている俺の近くで、レヴィとリムがカトブレパスを倒す方法を話を始めていた。
それは竜騎士のジャンプでということなのだが、いくらあれだけ的がデカくても、レヴィのジャンプは確実に当たらないだろう。
避けられたところを踏み潰される。
それかジャンプする前に雷に打ち落とされるかで、どうみても無駄死にするだけだ。
いや、待てよ……。
ようはジャンプが当たればあいつを倒せるんだよな……。
「なあ、もし石にされたら、元に戻れずに死ぬのか?」
「いや、状態回復の魔法を使えば石化は解けるが……」
「今この場に魔法を使える奴がいないってことか……」
俺が訊ねるとレヴィが答えてくれた。
やはり石化したら現状では戦闘不能で即死みたいなものだ。
それだけはしょうがないか……。
それから俺はレヴィとリムに思いついたことを話した。
一人が囮になり、その間にリムがカトブレパスの足を攻撃してバランスを崩す。
そして、動けなくなったところをレヴィのジャンプで仕留める。
「おい、リョウタ!? その話だとカトブレパスを引きつける役はお前がやるつもりなのか!? バカな!? 死ぬつもりかッ!?」
レヴィはこの作戦が考えに反対だった。
それは俺の身を心配してくれているからだとわかるが、この方法が一番カトブレパスを倒せる確率が高い。
レヴィのジャンプが当たったところを見たのは、俺にたまたま落ちてきたときだけで、喰らった身としてはその威力は十分に知っている。
人間相手だと本気で飛ばない彼女だが、それを手加減抜きで喰らわせれば、絶対にあいつを倒せるはずだ。
リムの説得もあり、レヴィは渋々だが受け入れてくれた。
というか、俺だってこんな作戦やりたくねえよ!
でも、他に方法がないだろう!?
どうせ戦うんなら闇雲にやるんじゃなくて、少しでも勝率の高いほうを選ぶ。
それがこの俺、セキ·リョウタだ。
「じゃあ二人とも、作戦通り頼むぞ」
俺が走り出したと同時に、リムもカトブレパスの後ろへと向かった。
幸いなことにやつの動きはノロノロしていたので、踏み潰されることはなかったが――。
「ウオォォォッ!」
俺の姿を見た途端に激しく吠え始め、さっき以上に雷を落としてくる。
というか、このままじゃ石化しなくても雷に打たれて死ぬじゃねえか!
俺はそう思ったが、今さら怖気づいていられない。
こいつを倒さなきゃどっちにしろ死ぬんだ。
やってやる、やってやるぞ!
雷を避けながらなんとかカトブレパスの気を引いていると、突然その体が地面に倒れ込んだ。
「今なのですよ、レヴィッ!」
リムが奴のバランスを崩すのに成功したんだ。
俺はそれでホッと安心して、リムの声のするほうを見たら、カトブレパスと目が合ってしまった。
その瞬間――。
体が動かなくなったと思ったら声も出せず、気がつくと全身が石になっていた。
石化は別に痛みもなく、ただ意識があるまま動けないだけだった。
マジかよ……。
やっぱ俺は何をやっても失敗してしまうんだな。
ヘマをしてしまった自分が情けなかったが、ともかくこれでやつにレヴィのジャンプを当てられる。
動けないまま前を見ていると、空へと飛びあがったレヴィの姿が確認できた。
あいつ……こんなときに笑ってやがる。
人が石になったってのによ。
……でも、レヴィはやっぱり飛んでいるときが一番いい顔をするよな。
行けレヴィ!
お前の力をそいつに見せてやれ!
内心で叫ぶ俺。
そして、レヴィが槍を構えながら降下。
見事にその頭を突き刺した。
倒れていたカトブレパスは完全に沈黙。
やった!
この巨大なモンスターをやっつけることに成功したんだ。
「やったぞリョウタ! 私は……生まれて初めてジャンプでモンスターを仕留めたぞ!」
カトブレパスの頭から降り、石化した俺に抱きついてきたレヴィ。
突き刺した槍を抜くことも忘れ、まるで子供のようにはしゃいでいた。
やれやれ、そんな喜んでないで早くこの状態をなんとかしてくれ。
と、思っていた瞬間――。
「ウオォォォッ!」
カトブレパスが再び立ち上がって、俺たちに向かってきた。
嘘だろ……?
レヴィのジャンプでも倒せないのかよ……。
俺は動けないからこのまま殺されるのを待つしかないのか。
嫌だ、嫌だぞ!
こんなわけのわかんねえ世界で死にたくねえ!
死ぬ覚悟ができずにいた俺の前で、レヴィは一歩も動かずにカトブレパスと向き合っていた。
何してんだよ……。
早く逃げろよ!
お前まで死ぬ気かッ!?
声の出せない俺は心の中で叫んだが、レヴィは動かずに声をかけてきた。
「何を言いたいのかはわかるぞリョウタ。だが、私はこの身をお前に捧げた騎士だ。ここで逃げるわけがないだろう」
……何言ってんだよ。
早く逃げろよレヴィッ!?
「安心しろ。私が必ずこいつを倒し、お前を守ってみせる!」
俺が何を考えているかは伝わっていたが、レヴィはそれでも逃げずに向かってくるカトブレパスと対峙していた。
バカ野郎……。
槍もないお前がこいつに勝てるはずもないだろう……。
ここでお前まで死んだら……俺は……。
立ちはだかるレヴィ目掛けて、カトブレパスは雷を喰らわせた。
それは今までの比でないほど凄まじいものだった。
だが、彼女は倒れることなく、立ちはだかる。
「私は倒れんぞ! さあ、かかって来い!」
声を張り上げるレヴィだが、その姿を見るにもう立っているのも辛そうだった。
レヴィが殺される……。
ちくしょう……。
結局俺は何もできねえのかよ……。
「必ずこいつを倒し、お前を守ってみせる……なのですね、レヴィッ!」
リムの声が聞こえたらと思ったら、カトブレパスの頭が輝く閃光と共に吹き飛ばされた。
なんだ? もしかしてリムの技なのか?
何か波動拳的な武道の必殺技なのか?
「オーラフィストなのですよ」
そう言いながら、俺とレヴィの目の前に現れたリムはニッコリと微笑んだ。
その後――。
リムの魔法で石化を治してもらい、足早に町を出た俺たちだったが、どういうことだろう。
町の連中が俺たちを追いかけてくるじゃないか。
まさか俺たちを捕まえるつもりか?
町を救った英雄なのに。
「どうするリョウタッ!? ここで一戦交えるか?」
レヴィがふざけたことを言っている。
カトブレパスと戦ったばかりでまだフラフラだというのに、あの人数を相手に勝てるつもりかよ。
「いいから逃げるんだよッ!」
「わかった。私はたとえ地の果てだろうとお前についていくぞ」
それから俺たちはまた森へと入ってなんとか町の連中を撒くことができた。
ああ……これでまた入れなくなった町が増えた。
一体これからどうすりゃいいんだよ……。
そんな俯く俺の横でフラフラなのにご機嫌のレヴィが、急に立ち止まる。
「先回りしていたのか? またやりあうつもりなら受けて立つぞ」
レヴィが槍を構える。
俺が追手かと思って顔を上げると――。
「いえいえ、とんでもない。リムはあなたたちのことを誤解していました。先ほどの戦い、誠に感服なのです」
そこにはリムが立っていた。
リムは俺たちを捕まえるつもりはないと、右の拳を左手で掴みながら胸を張った。
じゃあ、何のために?
俺とレヴィがそう思っていると、彼女はある提案をしてきた。
「実はこのリム。魔法を一から勉強するためにライト王国という国へ向かっているのですよ」
彼女の話では、そのライト王国という国の王様は、余所者であろう犯罪者だろうと、分け隔てなく国への居住を認めてくれる人間なのだという。
国民は善人しか住んでいない土地柄もあって、どこにも居場所がない者が最後に辿り着く国なんだそうだ。
そんな国があるのならお尋ね者の俺たちでも、きっと安全に暮らせるのではないか? それがリムの提案だった。
「しかし、ここ何年で聞こえてくる話ですと“暴力メイド”と呼ばれる小間使いさんが悪人をバッタバッタと始末しているそうですけどね」
「それはおっかない……。でも、その国だったら俺たちを受け入れてくれそうだな」
「なのです」
「じゃあ、その暴力メイドってのに気をつければ問題はなさそうだし。よしレヴィ。次の目的地が決まったぞ」
俺は当然即決。
そんな素晴らしい国があるのなら、ぜひ行きたい。
「そうだな。たとえその暴力メイドが私たちを襲って来ようものなら、この私が……いや、見事竜騎士の技でカトブレパスを追い詰めた“この私”が返り討ちにしてやる」
「……お前。初めてジャンプが成功したのがよほど嬉しかったんだな……」
そして、俺たちはリムと同行させてもらうことに。
いや、本当によかった。
ライト王国にさえつけば、追手から怯える生活も終止符が打てそうだ。
そこで仕事でも見つけて、レヴィと慎ましいながらも大人しく暮らせて……いけるのだろうか……。
この女はトラブルメーカーだからな……。
「コラッリョウタ! あんまりジロジロ見るな! そんなに見つめられたら……その……照れるだろう……」
俺の視線を感じて、何か勘違いしたレヴィが顔を赤くしていた。
いや……まあいいか……。
「実はあの追いかけてきた町の人たちが、二人にお礼を言おうとしていたことは内緒なのです」
「うん? なんか言ったかリム?」
「なんでもないのですよ。では、気持ちを改めて出発しましょう」
何か小声で言っていたリムの言葉の内容は気になったが、俺たちはライト王国へ目指して歩を進めるのだった。
どこにでもいる普通の大学生だったのだが、ある日に突然自宅に突っ込んできた車に潰されて、気がつけば女神っぽい女の前にいた。
そこで、異世界へ行って世界を救わないかと言われ、引き受けるか悩んでいると――。
「今転生すれば特典が付きますよ」
と、言われたから引き受けたというのに、未だになんのスキルもアイテムも与えてもらってない。
異世界っていったら最初からレベル上げしないでもチートスキルとか俺TUEEEとか定番なのに……。
結局元の世界での能力のまま、このファンタジーな世界へと放り込まれたのだった。
そして、今は相棒の女竜騎士レビィと共に長かった森を抜けて、ようやく町へとたどり着いたところだ。
ここは一日ですべて見回れるくらいの小さな町だったが、住人たちに活気がある。
そこら中の屋台から商売熱心な声が聞こえてくる。
それに対して買い物客は、もう一声! と値切り始めていた。
こういう商売が盛んな町は、きっと人の出入りも激しいだろうから、今の俺たちには非常に助かる。
うん? 
なぜ助かるのかだって? 
それは――。
「おい、見てみろリョウタ」
レビィがポッと頬を染めながら人差し指を突き立てた。
何を見て顔を赤くしているのかと思い、その指の先にあるもの見てみる。
「また私たちの懸賞金が上がっているぞ。くぅぅぅ~! 騎士としては複雑だか、私的には悪名だろうとなんだろうと竜騎士として名が売れてきたということは感無量だ」
レビィは自分と俺の顔が描かれた手配書を見て顔を赤らめていた。
そうなんだよ……。
俺はこの懸賞金が上がって喜んでいるイカれた女と共に賞金首だからなんだよ。
だから、こういうよそ者が多そうな町は助かると言うわけなんだ。
なぜ俺たちが賞金首になったかというと――。
ある冒険者の集団に囲まれていたレヴィを助けようと、俺がその場に入って行ったときにたまたま躓いてしまって、冒険者の一人の顎に俺の頭がヒットして気を失ってしまった。
それを見た冒険者の集団は烈火の如く怒り、腰に帯びた剣を抜いて俺のことを殺そうとした。
そのときに止めに入ってくれたこちらの世界でいう警察みたいな兵士たちが来てくれて、これで無事に終わると思っていたのだが――。
「フフフ……通りすがりの男よ。この状況……まさに多勢に無勢だが、私は助けに入って来てくれたお前の心意気……。けして無駄にはせんぞッ! さあ、卑怯者どもめ! 臆さぬならばかかって来いッ!」
何を勘違いしたのかこの女……。
その場にいた俺以外の人間をすべて叩きのめしてしまったんだ。
それ以来ずっとこいつと逃亡生活……。
あぁっ! 俺の幸せな異世界ハーレム生活はいつやって来るんだよッ!
そんなことを考えている俺の横で、レビィは一人その身を悶えさせていた。
「しかし、このままいくとどこまで懸賞金が上がってしまうのか。そして、どこまで私の竜騎士としての名が売れていってしまうのか……あぁぁぁッ! 一体どうなってしまうのだろう、私の名はッ!」
恍惚の表情を浮かべ、激しく興奮し始めたレビィ。
俺はただ大きくため息をついて、うんざりすることしかできない。
彼女はいつもこんな感じだが、町を歩けば誰もが振り返るほどの美人だ。
金髪碧眼で顔は整っているし、手足が長くスタイルも抜群。
年齢は俺と同じくらいで、あと育ちもいいのだろう。
礼儀作法や丁寧な挨拶もできるし、誰であろうと分け隔てなく優しいところがある。
それに、困った人を放っておけない性格をしている。
俺も知り合うまでは、よくファンタジーとかに出てくる完璧過ぎる女騎士だと思っていたんだが。
「くぅぅぅ~! ダメだリョウタ! 私は自分を抑えられんッ!」
「バカッ!? やめろレビィ! ここは町の中だぞッ!」
しかし、俺の制止など意味はなく。
レビィは持っていた槍を地面に突き立てて、その場から跳躍。
あっという間に空へと消えていってしまった。
そうなんだよ……。
この女竜騎士はジャンプに命を懸けている残念美人なんだよ。
このすぐに飛びたがる癖がなければ、顔も綺麗だし、性格もまあ固いが素直で正直。
それでいて腕も立つし、この世界で旅をする相棒としては頼りになるのだが……。
「うおぉぉぉ! ぐはっ!?」
さっき飛んで行ったレビィが落ちてきた。
美人が天空から降りてくるってシチュエーションが、これほどまでに無様なものなのか。
そうなんだよ……。
レヴィは着地ができない竜騎士なんだよ。
こんなにスペックは高いのに本当に残念だ……。
俺は慣れた手つきでレヴィを起こすと、そのまま彼女を背負って歩き始めた。
「すみません。お騒がせしました……」
そして、集まる人の視線をの中を申し訳なさそうに頭を下げて進んでいった。
こんなザマだが、レヴィの夢は竜騎士として世界に名を轟かすことだ。
まあ着地もろくにできない竜騎士なんて、まず笑われるだけだが……。
実際に前に彼女の話を聞いたときに、そんなような話をしていた。
物心ついたときからずっと竜騎士に憧れていたレヴィだったが、周りからも両親からもずっと反対されていたそうだ。
お前には才能がないとか、もっと自分に向いていることがあるだろう? と。
彼女は散々言われ続けてきたようだ。
その中で唯一、彼女の姉だけが応援してくれていたらしい。
まあ、レヴィのジャンプを見れば誰でもそう言うだろう。
俺だって正直、諦めたほうがいいと思った……。
うん?
 じゃあ、俺はレヴィに竜騎士は諦めろって言わなかったのかだって? 
そうなんだよ……。
俺は彼女のことを応援しているんだよな……。
なんか気持ちがわかるんだよ。
俺も元の世界でずっと周りからやりたいことを否定されてきたからさ。
それで俺は「ああ、自分には才能がないんだな」って諦めちゃったけれど。
でも、レヴィは自分に才能がないのも知っていて――。
周りからも否定されて――。
それでも続けているのを見て――。
なんか応援したくなったと言うか……。
まあ、あまりうまく言えないが、彼女には好きなことを頑張ってもらいたいなって思ったんだ。
「いいかレヴィ。俺たちはお尋ね者なんだぞ。あんなに目立ったことして、この町の連中に気づかれたらどうするんだ?」
それから人目のつかない路地裏へ行き、意識を取り戻したレヴィに説教する俺。
彼女はいつものように申し訳なさそうにしている。
「ともかく、町を出るまでは大人しくしなくちゃ。ただでさえその竜騎士の甲冑は目立つんだし」
「うぅ……私もわかってはいるのだが……」
「それにレヴィは美人だからな。町に入ったときにすれ違った奴らが振り返っているのに気がつかなかったのか?」
「な、なっ!? わ、私が美人だと!? や、やめろリョウタッ! そういう冗談は言うなッ!」
俺は褒めているつもりはなかったのだが、レヴィは顔を真っ赤にして手をブンブン振り始めた。
いつも言っていることなんだから、いい加減に慣れてくれよ。
本当に面倒くさい……。
「わ、私は騎士だッ! 色恋沙汰など、こ、困るッ!」
「はいはい。わかったから、さっさと宿へ行こう」
そして、俺は布で顔を覆い、レヴィは兜で顔を隠し、この町の宿へと向かった。
これをやると眼鏡が曇るんだが、しょうがない。
賞金稼ぎや追手に捕まるよりはマシだ。
向かった宿屋では、幸いなことに部屋は空いていたので、早速泊めてもらうことにした。
「では、料金は先払いでお願いしますね」
どうやらこの宿屋は先払いらしく、俺はこの世界に転生した最初の一年――日雇いの労働で貯めたゴールドを出す。
今思い出しても、異世界へ来てなんで労働して生計を立てていたのか……。
普通は冒険をするものなのに……。
これも全部あの女神が悪いんだ。
いつになったらチートスキルをくれるんだ!
いつになったら俺のターンが来るんだ!
俺はこの世界へ来てからずっと労働と逃亡しかしていないぞ!
こないだ森で会った俺と同じ異世界へ来た少女は、魔道具を授けられて暗黒騎士なってウハウハだというのに……。
あのクソ女神め、今度会ったら必ず殺してやる!
「いや~すいませんねお客さん。最近はこの町も物騒なもんで」
俺が内心で思いだし怒りをしていると、宿屋の亭主が話を続けていた。
その物騒という言葉を聞いて、まさか俺たちがお尋ね者だとバレたのではないかと思ったが、話を聞くにどうも違うようで安心した。
なんでもこのところモンスターの襲撃が多いみたいで、料金を払わずに逃げてしまう客が多いのだそうだ。
なるほど、だから先払いというわけか。
でも、そんな話を聞くに、さっさとこの町を出たほうが賢明のようだ。
宿を確保した俺たちは、その後に旅に必要なものを買いに行った。
食料や野宿に使う道具や、あとケガに効く薬草などの欲しかったものは、大体手に入れることができた(ちなみに、薬草の使い道のほとんどは、着地に失敗したレヴィのために消費される)。
買い物が終わり宿に戻ると、レヴィが夕食前に風呂へと行きたいと言ったので、俺は部屋で一人荷物をまとめていた。
ここはモンスターの襲撃が多いみたいだから、明日の朝には出発しよう。
だが、俺たちはいったどこへ向かえばいいのやら……。
お尋ね者が安心して暮らせるところなんてあるのだろうか……。
ともかくいろいろ情報を仕入れて、見つけるしかないよな……。
「ふう~。お~いリョウタ。今なら誰も居ないぞ」
風呂から上がったレヴィは、部屋に入るなり体に巻いていた布をバサッとベットに投げ飛ばした。
そして、俺がいる目の前で動きやすい格好へと着替え始める。
「お、おいレヴィ!? お前まさか布一枚だけで風呂から歩いてきたのか? それと俺が目の前にいるのに着替え始めるなッ!」
「うん? 私の体には別に恥ずかしいところなどないぞ? 見られて困るものなど騎士にあってはならんしな」
「お前が困らなくても俺が困るんだよ!」
そうなんだよ……。
この女は顔やスタイルを褒められると顔を赤くするくせに、人前で平気で裸になってしまう奴なんだよ。
貞操観念がズレているというか……。
こんな美人に目の前で裸になられたら、女慣れしていない俺のとって刺激が強すぎる。
「安心しろ。裸になるのはお前の前ぐらいだ」
「それをやめろってんだよッ!」
その夜――。
スヤスヤと隣のベットで眠るレヴィの横で、俺は一人モゾモゾと自分を慰めた。
毎夜のことだが、男というやつは結局異世界でもやっていることは変わらないと思うと、なんだか情けなくなるな……。
っていうか、いきなりこんなリアル美人と旅とか童貞にはキツいだろ!
そして朝になり、宿屋から出ると――。
「おはようございますなのですよ」
突然フードの付いたノースリーブの服を着た少女に声をかけられた。
こないだ森で会ったビクニという少女と同じくらいの年齢か?
ずいぶんと笑顔が可愛い女の子だった。
まさかここからようやく異世界らしいイベントが始まるのでは? 
この少女が困っていて、それを救うみたいなやつ。
あの女神もやっと重い腰を上げたのかと、俺が期待していると――。
「実は、町の守衛さんから頼まれたのです。賞金首が現れたから捕まえてくれって」
少女はニコッと笑うと、いきなり俺に向かって正拳突き。
ボディへもろに喰らった俺は、そのまま吹き飛ばされてしまった。
「ああっ! 大丈夫かリョウタ!? おのれ、いくら少女とはいえリョウタに手を出すとは……許さんッ!」
宿屋の壁に叩きつけられた俺が痛みで動けずにいると、レヴィは激昂して戦闘態勢に入っていた。
「このグングニルの錆にしてくれる」
そしてレヴィは、握っていた槍を風車のように振り回した。
それを見たフードの少女は、右の拳を左手で掴みながら胸を張った。
それはまるで三国志に出てくる武将の礼みたいだった。
「ワタシの名はリム·チャイグリッシュ。武道家の里ストロンゲスト·ロードを継ぐ者にして、大魔導士を目指す者なのです。悪い人は野放しにはできません」
武道家の里なのに大魔導士?
言っていることはよくわからないが、ともかくリムと名乗った少女も構える。
「ふん。私は竜騎士レヴィ·コルダスト。不意打ちをするような卑怯者に名乗る名などないわ!」
「いや、あの~名乗ってちゃってますけど」
「はうっ! う、うるさいッ! いいからかかって来いッ!」
レヴィがそう言うと、リムは先ほど俺に喰らわせた正拳突きを繰り出した。
だが、俺が目で追えるのはそこまでだった。
その後に蹴りも手刀を出しているのは確認できたが、正直動きが速過ぎで何をしているのかよくわからない。
それでもレヴィはすべてうまく捌いてみせる。
彼女はジャンプだけは残念だが、並みの男相手ならたとえ集団でも打ち倒せるほどで、その実力は本物なのだ。
むしろ、そんなレヴィを追い込んでいるリムのほうがすごい。
まだ子供といってもいいのに、レヴィの槍による乱れ突きも見事に躱している。
「正直驚きました。まさかこんな小さな町にいる賞金首が、リムと対等に戦えるんなんて」
「ふん。私も驚いているぞ。その身のこなし、ただ者ではないな」
何やらバトル漫画風の展開。
レヴィとリム二人とも互いに笑みを交わしながら、激しい攻防を続けている。
俺は止めに入ろうとしたが、さっき攻撃で動くのも辛く、見ているしかなかった。
そして、しばらくして――。
「少女よ、名をリムと言ったな。お前に竜騎士の技を見せてやるぞッ!」
「受けて立ちましょう。レヴィ·コルダスト」
まずい、まずいぞ。
ジャンプなんかしてもあのリムって子には絶対に当たるわけがない。
レヴィが着地に失敗して、俺たちが捕まってしまうだけだ。
異世界で刑務所に入れられるなんて嫌だよ!
これはなんとしてもレヴィを止めて逃げねばと俺が思っていると――。
「モンスターだ! モンスターが来たぞ!」
突然叫び声と共に大きな破壊音が聞こえた。
どうやら噂で聞いていたモンスターが町を襲ってきたみたいだ。
これはあの武道家から逃げるチャンス。
俺はレヴィの元へと走り、今のうちにこの町から去ろうと言ったのだが――。
「あの悲鳴を聞いて逃げられるか!」
レヴィは俺のこともリムのことも放っておいて、叫び声と破壊音がするほうへと走り出して行ってしまった。
リムはそんな彼女の背中を見て呆気に取られていた。
まさかお尋ね者が町の人を助けに行こうとするなんて思わなかったのだろう。
そして、彼女は俺のところへとゆっくり歩いてくる。
「あなたは行かないのですか?」
俺は行くはずがないだろうと答えたかったが、リムの真っ直ぐな眼差しのせいで何も言えなくなっていた。
それに、ヘタなことを言えば、捕まえられるとも思ったのもあった。
しばらく俺が黙っていると、リムは軽蔑するような視線を向けてくる。
「あなたは弱いだけではなく酷い人なのですね。恋人を見捨てるつもりなんて」
「レ、レヴィは別に恋人じゃないぞ! そ、それに弱い俺なんかが行っても……役に立てない……。あいつの邪魔をするだけだ」
俺の自己弁護のような言葉に聞いたリムは、すぐに背を向けた。
背中を向けられているというのに、なぜか彼女に責められているような気分になる。
「リムの友人にすごい人がいます。その人は自分に力がないこと知っていながら、けして逃げません。他人のためなら自分の命さえも捨てる覚悟で立ち向かっていくのです」
そういうリムの声は冷たかった。
先ほどレヴィと戦っているときとは別人だと思うくらいに。
「あなたはその友人と雰囲気が似ていたので……いえ、リムの勘違いでしたね。リムは彼女を追います。あなたはどうぞ逃げるなりなんなりとお好きに」
リムはそういうとレヴィの向かってほうへと走り出していった。
もしかしてレヴィを助けに行ったのだろうか。
正義感が強そうな子だったし、その可能性が高いな。
さっきの戦いを見る限り、あの子がいれば、たとえレヴィがヘマしても大丈夫だろう。
そうだよ……。
俺なんかが行ったって邪魔になるだけだ。
だって俺、普通の大学生だぞ。
剣も魔法も使えない、体力もない頭も悪いただの人間だぞ。
それなのに、どうやってモンスターと戦えってんだよ。
確実に何もできないまま殺されるに決まってんだろ。
それをあの子は……俺が弱いってわかっていてあんなことを言いやがって。
逃げちゃいけねぇのかよ。
年上の人間に対してあんな偉そうなこと言いやがって。
一体何様のつもりだ。
ああいう強い奴には、弱い奴がそうやって生きていくしかねえのがわかんねぇんだ。
恵まれてるいる奴に俺の気持ちがわかってたまるか……。
俺は間違ってない……間違ってないんだ……。
「あの、お客さん。こんなときなんですが、部屋に忘れものがありましたよ」
俺が一人立ち尽くしていると、そこに泊まった宿の亭主が声をかけてきた。
今さらだが、この宿屋の亭主……。
かなりの年寄りのせいか男なのか女なのかわからん。
「こんな使いこまれたものだから、きっと大事なものではないですかね」
俺はその忘れものを受け取った。
それはボロボロノートみたいなものだった。
ページを開いて中を見てみると、そこにはこれまでのこと――。
レヴィが俺と出会ってからことが事細かに記されていた。
――今日はとても素敵な出会いがあった。
その記念として、これからのことを記録していきたいと思う。
父と母が亡くなってから姉ともはぐれてしまった私は、食べていくために傭兵として身を立てていた。
その、利害関係だけで何の信頼のない連中を相手にする生活は、日に日に私の心を腐らせていった。
何度も死にかけたし、味方だと思っていた相手に突然手篭めにされかけた。
思い出すだけでも身の毛がよだつ。
金だけで動くような奴らなぞに、私の操をくれてやるものか。
この身を捧げるべき相手は自分で決める。
離れ離れになってしまった姉がそうであったように。
ただその相手はまだ見つかっていない……。
だが、私は出会った。
この傭兵稼業に身を落した私を、自分の身の危険も顧みずに助けに入って来てくれた男に。
さらにその男は、私の夢を肯定してくれた。
散々迷惑をかけているというのに、けして諦めろと言わずに応援してくれたんだ。
ただ息をしているだけだった、ずっと死んでいるように生きていた私を目覚めさせてくれたんだ。
我がコルダスト家に伝わる家宝の槍――グングニル。
これを捧げる相手はこの男しかいない。
私はどんなに嫌がれようとも、これからもずっと彼の傍に居続けるつもりだ。
……レヴィ。
何を勘違いしているんだよ……。
俺は偶然その場に入って行っただけなのにさ……。
「どうかなさいましたか、お客さん?」
「ちくしょう……」
「はっ?」
「ちくしょうぅぅぅッ!」
そして俺は走り出した。
バカだ、俺はバカだ。
行ったって何もできやしないのによ。
でも、それでも行くしかない。
だってあんなの見たら逃げられないだろッ!
レヴィとリムが向かった町の出入り口へ走っていると、もうすでにモンスターの姿が建物の陰から見えていた。
その姿は牛のような体の四つ足で、豚のような鼻があり、その顔を地面に擦りつけるようにくっつけて進んでいる。
こちらにはまだ気がついていないが、その赤い一つ目で何かを探しているようだった。
というか、建物と同じくらいの大きさなんてデカすぎるだろ!?
なんであんなのがこんな小さな町を襲ってくるんだよッ!?
バランスとか設定とかが色々おかしいだろうがッ!?
俺がそのモンスターの近くに到着すると、レヴィとリムの姿が見えてきた。
だが、彼女たちは半壊した建物に隠れていて戦闘中というよりは、モンスターの様子を窺っているようだった。
「おい、何やってんだよ。さっさとあいつを倒さないのか?」
あとから来ておいて偉そうに言う俺のことを、リムは冷たい顔で見つめていたが、レヴィは両目をパッと見開いて喜んでいた。
「ほらな。リョウタは必ず来ると言っただろう」
レヴィがリムにそう言うと、彼女はそんなことよりもと言い、あの巨大な一つ目モンスターのことは話し始めた。
モンスターの名は“カトブレパス”。
恐ろしい外見に似合わず性格は大人しいらしいなのだが、何故か酷く興奮しているという。
「カトブレパスって……もしかしたら睨んだ相手を石にするやつか?」
俺が訊くと、リムは黙ったまま頷いた。
「なるほど。だから、こうやって隠れているわけか。……って、ようするにあいつに睨まれたら即死ってことかよ!?」
俺はその場でジタバタしながら、やはり来なければよかったと思った。
そんな俺の姿にリムが冷たい視線を向けていて、レヴィはニコニコと笑っていた。
「ウオォォォッ!」
カトブレパスの当然の咆哮。
それと同時に、カトブレパスの周りに雷が落ち始める。
その威力は凄まじく、周囲にあった建物を、まるでスポンジケーキみたいに崩していった。
おいおい、石化だけ気をつけていれば安心じゃないのかよ。
あんなの喰らったらただじゃ済まないぞ。
近づいたらあの巨大な体に吹き飛ばされるか、石にされる。
でも、このまま隠れていてもあの雷に打たれて死亡。
一体どうすりゃいいんだよ!
「このままでは埒が明かない。イチかバチか飛ぶか」
「飛ぶ? もしかしてそれは、先ほどリムに使おうとしていた竜騎士の技というやつなのですか?」
ブルブルと震えている俺の近くで、レヴィとリムがカトブレパスを倒す方法を話を始めていた。
それは竜騎士のジャンプでということなのだが、いくらあれだけ的がデカくても、レヴィのジャンプは確実に当たらないだろう。
避けられたところを踏み潰される。
それかジャンプする前に雷に打ち落とされるかで、どうみても無駄死にするだけだ。
いや、待てよ……。
ようはジャンプが当たればあいつを倒せるんだよな……。
「なあ、もし石にされたら、元に戻れずに死ぬのか?」
「いや、状態回復の魔法を使えば石化は解けるが……」
「今この場に魔法を使える奴がいないってことか……」
俺が訊ねるとレヴィが答えてくれた。
やはり石化したら現状では戦闘不能で即死みたいなものだ。
それだけはしょうがないか……。
それから俺はレヴィとリムに思いついたことを話した。
一人が囮になり、その間にリムがカトブレパスの足を攻撃してバランスを崩す。
そして、動けなくなったところをレヴィのジャンプで仕留める。
「おい、リョウタ!? その話だとカトブレパスを引きつける役はお前がやるつもりなのか!? バカな!? 死ぬつもりかッ!?」
レヴィはこの作戦が考えに反対だった。
それは俺の身を心配してくれているからだとわかるが、この方法が一番カトブレパスを倒せる確率が高い。
レヴィのジャンプが当たったところを見たのは、俺にたまたま落ちてきたときだけで、喰らった身としてはその威力は十分に知っている。
人間相手だと本気で飛ばない彼女だが、それを手加減抜きで喰らわせれば、絶対にあいつを倒せるはずだ。
リムの説得もあり、レヴィは渋々だが受け入れてくれた。
というか、俺だってこんな作戦やりたくねえよ!
でも、他に方法がないだろう!?
どうせ戦うんなら闇雲にやるんじゃなくて、少しでも勝率の高いほうを選ぶ。
それがこの俺、セキ·リョウタだ。
「じゃあ二人とも、作戦通り頼むぞ」
俺が走り出したと同時に、リムもカトブレパスの後ろへと向かった。
幸いなことにやつの動きはノロノロしていたので、踏み潰されることはなかったが――。
「ウオォォォッ!」
俺の姿を見た途端に激しく吠え始め、さっき以上に雷を落としてくる。
というか、このままじゃ石化しなくても雷に打たれて死ぬじゃねえか!
俺はそう思ったが、今さら怖気づいていられない。
こいつを倒さなきゃどっちにしろ死ぬんだ。
やってやる、やってやるぞ!
雷を避けながらなんとかカトブレパスの気を引いていると、突然その体が地面に倒れ込んだ。
「今なのですよ、レヴィッ!」
リムが奴のバランスを崩すのに成功したんだ。
俺はそれでホッと安心して、リムの声のするほうを見たら、カトブレパスと目が合ってしまった。
その瞬間――。
体が動かなくなったと思ったら声も出せず、気がつくと全身が石になっていた。
石化は別に痛みもなく、ただ意識があるまま動けないだけだった。
マジかよ……。
やっぱ俺は何をやっても失敗してしまうんだな。
ヘマをしてしまった自分が情けなかったが、ともかくこれでやつにレヴィのジャンプを当てられる。
動けないまま前を見ていると、空へと飛びあがったレヴィの姿が確認できた。
あいつ……こんなときに笑ってやがる。
人が石になったってのによ。
……でも、レヴィはやっぱり飛んでいるときが一番いい顔をするよな。
行けレヴィ!
お前の力をそいつに見せてやれ!
内心で叫ぶ俺。
そして、レヴィが槍を構えながら降下。
見事にその頭を突き刺した。
倒れていたカトブレパスは完全に沈黙。
やった!
この巨大なモンスターをやっつけることに成功したんだ。
「やったぞリョウタ! 私は……生まれて初めてジャンプでモンスターを仕留めたぞ!」
カトブレパスの頭から降り、石化した俺に抱きついてきたレヴィ。
突き刺した槍を抜くことも忘れ、まるで子供のようにはしゃいでいた。
やれやれ、そんな喜んでないで早くこの状態をなんとかしてくれ。
と、思っていた瞬間――。
「ウオォォォッ!」
カトブレパスが再び立ち上がって、俺たちに向かってきた。
嘘だろ……?
レヴィのジャンプでも倒せないのかよ……。
俺は動けないからこのまま殺されるのを待つしかないのか。
嫌だ、嫌だぞ!
こんなわけのわかんねえ世界で死にたくねえ!
死ぬ覚悟ができずにいた俺の前で、レヴィは一歩も動かずにカトブレパスと向き合っていた。
何してんだよ……。
早く逃げろよ!
お前まで死ぬ気かッ!?
声の出せない俺は心の中で叫んだが、レヴィは動かずに声をかけてきた。
「何を言いたいのかはわかるぞリョウタ。だが、私はこの身をお前に捧げた騎士だ。ここで逃げるわけがないだろう」
……何言ってんだよ。
早く逃げろよレヴィッ!?
「安心しろ。私が必ずこいつを倒し、お前を守ってみせる!」
俺が何を考えているかは伝わっていたが、レヴィはそれでも逃げずに向かってくるカトブレパスと対峙していた。
バカ野郎……。
槍もないお前がこいつに勝てるはずもないだろう……。
ここでお前まで死んだら……俺は……。
立ちはだかるレヴィ目掛けて、カトブレパスは雷を喰らわせた。
それは今までの比でないほど凄まじいものだった。
だが、彼女は倒れることなく、立ちはだかる。
「私は倒れんぞ! さあ、かかって来い!」
声を張り上げるレヴィだが、その姿を見るにもう立っているのも辛そうだった。
レヴィが殺される……。
ちくしょう……。
結局俺は何もできねえのかよ……。
「必ずこいつを倒し、お前を守ってみせる……なのですね、レヴィッ!」
リムの声が聞こえたらと思ったら、カトブレパスの頭が輝く閃光と共に吹き飛ばされた。
なんだ? もしかしてリムの技なのか?
何か波動拳的な武道の必殺技なのか?
「オーラフィストなのですよ」
そう言いながら、俺とレヴィの目の前に現れたリムはニッコリと微笑んだ。
その後――。
リムの魔法で石化を治してもらい、足早に町を出た俺たちだったが、どういうことだろう。
町の連中が俺たちを追いかけてくるじゃないか。
まさか俺たちを捕まえるつもりか?
町を救った英雄なのに。
「どうするリョウタッ!? ここで一戦交えるか?」
レヴィがふざけたことを言っている。
カトブレパスと戦ったばかりでまだフラフラだというのに、あの人数を相手に勝てるつもりかよ。
「いいから逃げるんだよッ!」
「わかった。私はたとえ地の果てだろうとお前についていくぞ」
それから俺たちはまた森へと入ってなんとか町の連中を撒くことができた。
ああ……これでまた入れなくなった町が増えた。
一体これからどうすりゃいいんだよ……。
そんな俯く俺の横でフラフラなのにご機嫌のレヴィが、急に立ち止まる。
「先回りしていたのか? またやりあうつもりなら受けて立つぞ」
レヴィが槍を構える。
俺が追手かと思って顔を上げると――。
「いえいえ、とんでもない。リムはあなたたちのことを誤解していました。先ほどの戦い、誠に感服なのです」
そこにはリムが立っていた。
リムは俺たちを捕まえるつもりはないと、右の拳を左手で掴みながら胸を張った。
じゃあ、何のために?
俺とレヴィがそう思っていると、彼女はある提案をしてきた。
「実はこのリム。魔法を一から勉強するためにライト王国という国へ向かっているのですよ」
彼女の話では、そのライト王国という国の王様は、余所者であろう犯罪者だろうと、分け隔てなく国への居住を認めてくれる人間なのだという。
国民は善人しか住んでいない土地柄もあって、どこにも居場所がない者が最後に辿り着く国なんだそうだ。
そんな国があるのならお尋ね者の俺たちでも、きっと安全に暮らせるのではないか? それがリムの提案だった。
「しかし、ここ何年で聞こえてくる話ですと“暴力メイド”と呼ばれる小間使いさんが悪人をバッタバッタと始末しているそうですけどね」
「それはおっかない……。でも、その国だったら俺たちを受け入れてくれそうだな」
「なのです」
「じゃあ、その暴力メイドってのに気をつければ問題はなさそうだし。よしレヴィ。次の目的地が決まったぞ」
俺は当然即決。
そんな素晴らしい国があるのなら、ぜひ行きたい。
「そうだな。たとえその暴力メイドが私たちを襲って来ようものなら、この私が……いや、見事竜騎士の技でカトブレパスを追い詰めた“この私”が返り討ちにしてやる」
「……お前。初めてジャンプが成功したのがよほど嬉しかったんだな……」
そして、俺たちはリムと同行させてもらうことに。
いや、本当によかった。
ライト王国にさえつけば、追手から怯える生活も終止符が打てそうだ。
そこで仕事でも見つけて、レヴィと慎ましいながらも大人しく暮らせて……いけるのだろうか……。
この女はトラブルメーカーだからな……。
「コラッリョウタ! あんまりジロジロ見るな! そんなに見つめられたら……その……照れるだろう……」
俺の視線を感じて、何か勘違いしたレヴィが顔を赤くしていた。
いや……まあいいか……。
「実はあの追いかけてきた町の人たちが、二人にお礼を言おうとしていたことは内緒なのです」
「うん? なんか言ったかリム?」
「なんでもないのですよ。では、気持ちを改めて出発しましょう」
何か小声で言っていたリムの言葉の内容は気になったが、俺たちはライト王国へ目指して歩を進めるのだった。
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